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大地蛇が誘う逃亡劇

封印の巫女になる少女の苦悩

 封印、それが意味するものは、何か?

 どんな理屈を捏ね様とも、それは、自分達の力が足らない事を認め、問題を先送りする事。

 何れは、その封印した物と相対せなければいけない。



「貴殿は、次の封印の巫女に選ばれた」

 神官の言葉を、まだ若い一人の少女、ミヤビが聞いた。

 ざわめく周囲と裏腹にミヤビは、淡々と頭を下げる。

「そのお役目、謹んでお受けいたします」

「次の満月の夜、今の封印の巫女との魂移しの儀を行う。それまでの間、心静かに過ごすが良い」

 神官の言葉は、冷たくもあるがミヤビは、それを反論もせず、受けその場を後にした。



 ミヤビの小さな私室にミヤビの幼馴染みの衛兵、フウジが駆け込んできた。

「ミヤビ! お前が封印の巫女に選ばれたって本当か!」

 ミヤビが小さく溜息を吐く。

「もう、知れてしまったのね。本当の事よ」

「何を考えてるんだ! あの人は、お前の親父だろう!」

 フウジが言うのは、神官の事であり、ミヤビの実の父親でもあった。

「お父様は、凄く悩んだんだと思う。でも、封印の巫女の資格を持つ人間の中で最年長なのは、私なんだから妥当な判断だと思うわ」

「何他人事の様な事を言っているんだ! お前だって知っているだろうが! 封印の巫女の五年のお役目を全うした後の人間が廃人同様になってる事くらい!」

 激昂するフウジにミヤビが鋭い目を向けるミヤビ。

「フウジより知っているわ! 先代の封印の巫女は、私のお母さん何だから!」

 ミヤビの脳裏には、本当に生きているのかすら怪しい、何も映さない目、まともな言葉を喋れず涎を垂れ流す口の母親の姿が過ぎる。

 半ば強制的に生かされる封印の巫女の役目を終えたミヤビの母親は、神官であった父親の手の中で三日もせずに死を迎えた。

「だったらどうして素直に受けたんだ! 拒否すれば、きっと……」

 フウジの言葉をミヤビが遮る。

「そして、他の誰か、私より年下の子を犠牲にしろと言うの?」

「それは……」

 言葉に詰まるフウジにミヤビが言う。

「……誰かがやらなければいけない事なのよ」

 長い沈黙の後、フウジが叫ぶ。

「クソー! 何であんなのが封印されているんだよ!」

 フウジが見上げる先には、何百年と封印された巨大な竜の姿があった。

 彼の竜が目覚めれば世界が滅びるとされている。

 それを阻止する為に人々は、封印の巫女を使って、彼の竜を封印し続けるのであった。



 夜中、ミヤビが起きて震え出す。

「……封印の巫女なんてなりたくない」

 小さく呟き、涙するミヤビ。

 誰も目撃する事がない筈のミヤビの弱音。

「だったら逃げるか?」

 ミヤビは、その声の主を探した。

 すると、一人の男が立っていた。

「何者!」

 ミヤビが睨むと男が淡々と語る。

「お前が封印の巫女を拒むのなら逃がす為に来た者だ」

 信じられない言葉だった。

「それが何を意味するか解っているの?」

 ミヤビの質問に男は、質問で返す。

「私は、逆に問いたい。こんな無意味な事をなぜ続ける?」

「無意味って、封印を行わなければ多くの人が死ぬ事になります!」

 ミヤビの怒声に男が冷たい目を向ける。

「はっきりいってやろう。この封印は、あと数回が限界だ。少し考えれば判る。封印の資格を持つものは、お前を入れても片手で数えられる程。その数名も子供を産むには、まだまだ時間がかかるのだぞ?」

 男の指摘は、ミヤビも知っていた。

 そして、その対応策として神官達が自分に強制的に子供を産ませようとしていた事まで。

 だからこそミヤビは、フウジ以外の男の子供を孕むより封印の巫女になる事を受け入れたのだ。

「だからってここまま封印を続けなければこの世界は、滅びてしまうわ。それを甘んじて受けろと言うの?」

「逆に問おう、お前は、自分が封印の巫女となって亡くなった後、封印が限界になって世界が滅びるのは、平気なのだな?」

 男の問いは、ひたすら鋭くミヤビを貫く。

「そんな事は、無いわ! でもでも……」

 ミヤビにもまともな答えが無い中、男が言う。

「延命処置が無駄とは、思わない。特に今回のケースでは、有効な手段だったのだ。封印を成している間に何らかの解決方法を探るという意味でな。しかし、お前等は、封印の巫女を犠牲にしただけで何もして来なかった。そう遠くない竜の解放は、お前達の怠慢に起因する」

 返す言葉が無いミヤビ。

「だから諦めろと言うの?」

「少し違うな。そんな無駄な事に命を懸けないで、逃げる道があると言っているのだ」

 男の言葉は、ミヤビにとって極悪な美酒だった。

 自分に言い訳が出来る逃げる理由。

 しかし、それでもミヤビは、答えた。

「そんな事は、出来ません。私には、護りたい人がいるから」

 強い意志を見せたミヤビに男が告げる。

「ならば一つの奇跡を見せてやろう」

 男が指を鳴らすと床を突き破って地面が盛り上がりミヤビを取り込む。

「ここは、どこ?」

 ミヤビが途惑っていると、そこにフウジが落ちてくる。

「どうなってるんだ!」

「フウジまで、どうして!」

 ミヤビを見てフウジが驚く。

「お前も取り込まれたのかよ? 本当にどうなっているだよ!」

『そこは、通常より早く時が流れる。そこでなら二人の子供を作る時間があるだろう。それが私の出来る最大限の助力だ』

 男は、その声の後、何もして来なかった。

 ミヤビから事情を聞いたフウジは、悔しそうに言う。

「何で逃げなかったんだよ! お前だけでも生き残れば良かっただろう?」

「それじゃ、フウジと一緒に居られない。フウジと一緒に居られなかったら私が生き残る意味なんてないわ」

 ミヤビの答えにフウジは、力強く抱きしめるしか出来なかった。

「子供を作ろう。フウジとの子供、その子には、こんな悲しい思いをさせない様に変えて。私は、その為の時間の為に頑張るから」

「約束する。絶対にお前との子供には、幸せな人生をおくらせる!」

 フウジとミヤビは、その不思議な空間で子供を作った。



 行方不明のミヤビが赤子を抱いて現れた時には、誰もが驚いたが、事情を聞いて、神官達は、神の奇跡だと感謝の祈りをする中、ミヤビの父親だけは、辛そうな顔をしていた。

 そして、ミヤビは、満月の夜、封印の巫女となった。

 赤子を寝かしつけるフウジの元にミヤビの父親がやって来た。

「お前達が会った男は、ミヤビの母親も会っていたのだ。ミヤビと同じ様な事を言われたらしい。ミヤビの母親もミヤビと同じ様に大切な人を護る為に封印の巫女になる事を選んだ。私に全てを託してな」

「それじゃ、何でこんな事になってるんですか!」

 フウジの追求を当然の様に受けミヤビの父親が答える。

「真実を語ろう。あの巨大な竜は、決して邪悪な者では、無いのだ。逆にこの世界を正しく改変する為の者だ。しかし、当時の権力者がそれを拒み、封印の巫女のシステムを作った。そしてそのシステムは、長き時の間に正義になってしまったのだ」

「だったら、ミヤビが封印の巫女になる必要なんて無かったじゃないですか!」

 掴みかかるフウジにミヤビの父親が言う。

「ミヤビがならなくても他の誰かが封印の巫女にされていた。それを見捨てる訳には、行かなかった」

「あんたは、最低の父親だ!」

 フウジの叱責をミヤビの父親は、正面から受け止めた。

 有る意味その叱責こそミヤビの父親にとって救いだったのかもしれない。

「神官の私には、真実を調べる以上の事は、出来なかった。しかし、君なら変えられるかもしれない。これは、王族の不正の証明だ」

 ミヤビの父親が差し出し証拠を掴み、そこに描かれた罪悪の数々を見てフウジが怒りを籠めて叫んだ。

「こんなふざけた連中の為にミヤビが犠牲になったのかよ!」

 フウジは、その証拠を手に動き出す。

「俺は、この世界を変えて見せます!」

 この後、フウジは、革命を起こし、成功させた。

 その後、ミヤビが、封印の巫女の立場から解放されるが、手遅れであった。

 命こそ永らえたが、その瞳に光は、無かったのだった。



 八百刃の神殿。

「やりきれない結末です」

 大地蛇の言葉に八百刃が苦笑する。

「権力を持った人間が支配した人間を犠牲にする、それが現実だよ」

「弱き者が、弱いままである。それは、罪だという事だな?」

 白牙の呟きに八百刃が頷く。

「弱い事を免罪符に犠牲を払い続ける事を良しとした時点で、その怠惰が悪なんだからね」

「もっと早くに干渉すべきでは、なかったのでしょうか?」

 大地蛇の言葉に八百刃が首を横に振る。

「あちき達は、その悪に自ら打ち勝つ可能性を信じなければいけない。だから限界まで待つんだよ」

「我々は、目の前の犠牲者だけを見ている訳には、行かないのだ」

 白牙が切々と語る。

「でも努力した人間には、奇跡があっても良いと思うけどね」

 八百刃は、一枚の命令書を大地蛇に渡す。

「これは、越権行為だと言われかねませんが?」

「そこは、上手くやっといてよ」

 手を振りふりする八百刃に頭を下げて大地蛇が命令、ミヤビの治療しに行く。

 大雑把なやりとりに白牙が大きなため息を吐く。

「お前な、そうやって気軽に言うが、後始末する方の身になってみろ!」

「まあ、がんばって」

 八百刃の気楽な物言いに白牙が切れたのは、言うまでも無い事である。

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