炎翼鳥の監督下で撃ち出される魂の弾丸
人の魂を弾丸にして撃ち出し天敵を滅ぼす世界の話
魂を武器にする方法とは、何か。
この世で一番強いベクトル、運命とも宿命とも言われるベクトルを使う事を意味する。
本来なら未来を生きる為に使われる力を一瞬で消費するそれは、とてつもない威力を秘めている。
そんな兵器を人が使いこなせる様にする為の実験。
その監督を炎翼鳥がする事になった。
今回は、そんな世界のお話。
この世界には、人類の天敵が居る。
ビルの様な巨体を有し、あらゆる物理兵器が通用しない。
この世界の絶滅種の形態を模様するそいつをカルマと呼んだ。
一度現れれば、人類に多大な被害を与えるカルマに有効な唯一の武器、それが人の命と引き換えに放たれるスピリットライフル。
正に命と引き換えにダメージを与える。
それをコアに命中させればカルマを倒す事が可能であった。
その非人道的な武器に幾度となく物議が起こるが、最終的には、常に使われる事になるのであった。
そのカルマは、絶滅した狼の姿を模して居た。
今回もまた、スピリットライフルが使われる事になり、その狙撃手達が集められた。
「一説には、人類が蔑ろにした生物の恨みが具現化した物で、正に人類の業だって話だぞ」
暗い顔でそう告げた狙撃手が弾丸になる親族が居ない子供達を見る。
「しかしよ、何で子供なんだ? どうせ犠牲するんだったら死刑囚とかで良いだろう?」
それに対して経験が一番多い狙撃手、ルマンが答える。
「負の感情しか持たない犯罪者の魂では、カルマを増幅させるからだ」
自分のライフルに睡眠薬で眠らせた子供を繋げる。
「だからって他にも選択肢があるだろう!」
苛立つ狙撃手をルマンが睨む。
「ここで俺達が撃たなければ、もっと多くの犠牲が出るぞ」
「……わかっているさ」
それでもほとんど狙撃手がうしろめたさを隠せない。
しかし、ルマンは、淡々とカルマに銃口を合わせ、引き金を引いた。
子供の魂が籠った弾丸は、カルマの胸を貫き、消滅させた。
歓喜の声が周囲からは、あがる。
しかし、ルマンの周りにあるのは、重苦しい沈黙。
その中、ルマンは、子供の生死の確認を行う。
念入りな確認の後、ルマンが断言する。
「死亡を確認した」
狙撃手達が俯く。
カルマを倒す為の仕方ない犠牲だと頭で解って居ても心が納得しない。
ルマンは、遺体を抱き上げ、その場を離れる。
その夜、ルマンは、子供の遺体の側でギターを鳴らす。
「貴方は、他の狙撃手の様に飲まないの?」
政府からのエージェントの女性、カイリの質問にルマンは、ギターを弾きながら。
「必要無い」
眉をひそめるカイリ。
「必要無いってどういう事?」
「奴等は、この子供の事を忘れる為に飲んでいる。俺は、忘れない」
ルマンの揺るぎない決意を籠めた言葉にカイリは、哀しい顔をする。
「損な生き方ね?」
「関係無い。それが幼い魂を犠牲にしてまで生きる俺の業だ」
止まる事ない葬送曲にカイリは、ルマンの哀しみを知るのであった。
翌日、ルマンは、孤児院に来ていた。
「そうですか、あの子は、亡くなりましたか……」
院長の深い哀しみにルマンは、告げる。
「俺がその命を奪いました。恨むのでしたら俺を恨む様に伝えて下さい」
哀れみを籠めて院長が見詰める。
「ルマン、貴方は、何時もそうですね。全ての罪を自ら背負う。貴方もまた、カルマの犠牲者だと言うのに……」
遠い目をするルマン。
「姉を犠牲にして生き延びた俺には、それでも足らない位です」
ルマンは、狙撃手の報酬の全てを寄附して、院長室を後にする。
その帰り道、ルマンに石が投げつけられた。
「人殺し! あいつを返せ!」
泣きながら、石を振り上げる子供を職員が止める。
「止めなさい。あのおじさんは、皆を護る為にしょうがなくやったのよ」
大人の理屈では、子供が納得する訳もなく、子供が暴れる。
ルマンは、職員を制止する。
「好きなだけやらせて下さい。私が人殺しなのは、本当の事です。だから坊主、俺を殺すつもりなら、強く、そして偉くなれ。強さだけでは、人を殺せない。偉くなれば合法的に殺す事が出来る。俺は、ルマン、決して逃げ隠れしない」
子供は、ルマンをにらみ続け、立ち去るルマンに叫ぶ。
「絶対に強くて、偉くなってお前を殺してやるぞ!」
近くに止めた、罵詈雑言が書かれ続けた車に乗ろうとした時、カイリが現れた。
「何であんな事を言ったの?」
「知り合いをスピリットライフルの弾丸にされた人間は、恨みのぶつける対象が無い。根元のカルマは、滅び、実際に命を奪った狙撃手と政府には、正義がある。だから、俺個人がその対象になるだけだ」
ルマンの答えにカイリが哀しそうな顔をする。
「貴方の過去を調べました。最初にスピリットライフルの弾丸にしたのは、実の姉だそうですね?」
ルマンは、一瞬の戸惑いもなく肯定した。
「家の傍にカルマが突然現れた。スピリットライフルの開発者だった俺の両親は、護身用とスピリットライフルを隠し持っていたが、撃てなかった。俺達を弾丸に出来なかったからだ。そして俺達を庇ってカルマに殺された。カルマに怒りを持った俺に姉がスピリットライフルを差し出した。これだったらカルマを殺せると。何も知らなかった俺は、姉を弾丸にしてるなど気付かぬままに何度も引き金を引いた。今思えばあれは、奇跡だった。ろくに銃を射ったことさえ無かった俺がコアに当てるまで姉の魂がもったのだからな」
子供には、辛すぎた経験。
「私も同じ町に住んで居たわ。だから、私は、貴方と貴方のお姉さんに助けられたのよ」
カイリの告白にもルマンは、淡々と答える。
「感謝なら姉だけにしてくれ」
そのまま車に乗ってバイトに向かうのであった。
数週間後、再びカルマが顕れた。
招集に応じてやって来たルマンが見たのは、普段と異なる意識がある姉弟であった。
カイリは、感情を圧し殺し、政府からの通達を告げる。
「研究の結果、睡眠状態より、覚醒状態の方が僅かですが生存率が高いとの事です」
弟を背中に庇う姉が必死に訴える。
「弟だけは、助けてください!」
困惑する狙撃手達を尻目にカイリが絞り出す様に否定の言葉を告げる。
「それは、出来ないわ。カルマを倒さなければ多くの人が死ぬことになる」
「でしたら、あたしが死ぬまで、弟の魂を使わないで下さい!」
少女の悲壮な決意にルマンが応えた。
「解った、約束しよう」
そして自分のスピリットライフルと少女を繋ぐ。
「ルマン、貴方に射てるの?」
「俺が射たなければいけないんだ……」
ルマンは、鯨に似たカルマの胸に銃口を合わせて引き金を引いた。
少女の魂が籠った弾は、カルマの胸に直撃したが、抉るに止まった。
「クソー!」
感情を剥き出しに苛立つルマン。
「……続けて下さい」
少女が弱々しい声で告げ、歯を食い縛り次弾を射つルマン。
先程とは、僅かにずれた場所に着弾するが結果は、同じだった。
「もっと皮膚が薄い場所は、無いのか!」
カルマを出来るだけ少ない弾数で滅ぼす為に日々生物学を学び続けたルマンにも、今の場所以上に薄い場所が解らない。
刻一刻と被害を拡げるカルマ。
「まだ大丈夫です……」
誰が見ても大丈夫とは、思えない少女の顔にルマンは、姉の姿を重ねる。
「ルマン、貴方独りがこれ以上苦しむ必要は、無いわ!」
カイリが叫ぶがルマンは、引き金を引く。
前弾と一ミリも狂いもない着弾。
カルマの胸が抉れコアが剥き出しになる。
あと一発でカルマが倒せる。
「お姉ちゃん!」
少年の叫びが響き渡る中、少女が倒れた。
姉にすがり付く少年の姿に行動をしなければいけない狙撃手達が動けない。
その中、ルマンが少女からスピリットライフルを切り離す。
慌てその腕を掴むカイリ。
「もう十分よ! 貴方がこれ以上重みを背負う必要は、無いわ!」
「一度引き金を引いた以上、その引き金を躊躇するわけには、いかない」
ルマンは、少年に問いかける。
「姉の意思を継ぐ覚悟は、あるか?」
泣きながら少年が言う。
「死んでもカルマを滅ぼせって事ですか?」
ルマンは、自らにスピリットライフルを繋げた。
「お前を生かす為に何でもする覚悟だ。お前が引き金を引け」
周りの大人が騒ぐなか、少年は、スピリットライフルを受け取った。
「何で貴方が犠牲にならないといけないのよ!」
カイリの悲痛な訴えにルマンが一片の曇りのない顔で答える。
「俺は、その子の弟を助けたいって願いに応える為にスピリットライフルを射った。ここでその子の願いを護らない訳には、いかないからだ」
少年の手の中で震える銃身を固定しルマンが告げる。
「射つんだ!」
少年は、震える指で引き金を引いた。
ルマンの魂の弾丸は、カルマのコアを撃ち抜いた。
数時間後の病室でルマンが目を覚ました。
「……生きているのか?」
それに対し、傍に居た赤髪の医師が答える。
「生きたいと願う強い心が君を助けたよ」
「あの女の子も一命をとりとめたわ」
花瓶を持ってやって来たカイリの言葉に心の底から安堵するルマン。
「良かった……」
そんな様子を見て、カイリが俯く。
「貴方は、死ぬつもりだと思っていたわ」
ルマンは天井を見ながら言う。
「あの子達に俺の重さまで背負わす事は、出来ないからな……」
そんな微妙な空気の中、赤髪の医師が告げる。
「あの女の子も弟を残して死ねなかったのだろう。スピリットライフルの連続発射記録を持つ少女と同じにな」
ルマンの顔が歪む。
「俺の姉の事だな?」
赤髪の医師は、頷く。
「今回の実験も始まりは、そこでした」
ルマンが両手で顔を覆う。
「運命ってやつか……」
「死ぬ覚悟では、何も遺せない。困難に打ち克ち、生きる覚悟だけが未来を切り開きます」
赤髪の医師は、そう言い残し、病室を出ていくと人気が無い廊下にポニーテールの看護婦(?)が居た。
「何をやってるのですか八百刃様?」
ポニーテールの看護婦、八百刃が首をかしげる。
「似合ってない?」
大きなため息を吐く赤髪の医師、人に化けた炎翼鳥。
「看護婦にしては、幼すぎます」
拗ねた顔をする八百刃を炎翼鳥が問い詰める。
「八百刃様!」
八百刃は、頭を掻きながら言う。
「それじゃ本題。カルマを使った魂兵器の使用法のガイダンスは、上手く行ってる」
炎翼鳥が複雑な顔をする。
「生きる意思が大切だということに漸く気付いた所です。私の予想では、あの男の姉の一件で気付く筈でした」
「命懸けの事をしておきながら、自分の命を大切しろなんて難しい事だよ。限りある個の未来より、種の未来が優先される事は、必然だよ」
八百刃の答えに炎翼鳥が渋い顔をした。
「個の未来を画けない者に種の未来を画けるわけがありません」
八百刃が少し哀しそうな顔をする。
「相手を思いやる気持ちは、大切。でも本当に相手を思いやるのだったら一緒に未来を歩まないといけないのにね。大変だと思うけど監督を続けて」
「全霊を用い当たらせていただきます」
頭を下げる炎翼鳥。
八百刃は、廊下を歩み去ろうとした。
「八百刃様、どちらに行かれるのですか?」
「待ってる間に入院患者さんにここのオムライスが美味しいって聞いたから食べに……」
「行くな!」
子猫姿の白牙が怒鳴る。
「病院は、ペット厳禁何だよ!」
八百刃の意味不明のクレームに白牙は、怒りを堪えながら引っ張る。
「そうかそれなら尚更に帰るぞ」
「オムライス! オムライスがあちきを待っているの!」
八百刃の切なる叫びを黙殺する八百刃獣達であった。




