百姿獣が見せる勝利者のその後
エスパーだけの世界は、平和になりえるか?
戦う力、それを定めているのは、八百刃である。
しかし、戦う力は、ただ戦いの場だけで使われる物では、無く、戦いが終わった後も消える事は、無いのであった。
その世界では、エスパーとノンエスパーとの大決戦が行われていた。
数で圧倒的に上回るノンエスパーであったが、エスパーの圧倒的な戦闘力に、敗北を目前にしていた。
敗北への恐怖がノンエスパー達を狂気に陥れた。
自らも絶滅させかねない生物兵器を散布したのだ。
「これでエスパーを全滅させられるぞ!」
それがノンエスパーの代表の発した最後の言葉だった。
問題の生物兵器は、エスパー、ノンエスパー関係なく人類に猛威を振るった。
多くの人間が生物兵器の影響で全身が石化して動けなくなった。
そして、生き残ったのは、生物的に強靭だったエスパーのみだった。
エスパーは、ノンエスパー達の暴走で、図らずとも目標としていたエスパーの世界を手に入れてしまった。
それが、更なる悲劇を呼ぶ事になることも知らず。
エスパーの指導者、エルスは、エスパーのみで形成された社会を見て安堵していた。
「これで、迫害の無い世界が生まれる」
エルスは、強大なエスパーであった。
ありとあらゆる種類の超能力を持ち、どの能力でも一番であった。
それが故に、一番の迫害の対象であった。
「力無き者は、ある者を利用し、利用価値が無くなれば危険視し、排除しようとして来た。何度、裏切られて来た事か……」
エルスの体に刻まれた傷跡以上に深く心に刻まれた痛みを反芻する。
そして窓から見える平和な筈の世界を見て微笑む。
「全ての人間が力を持つこの世界、誰もが争わずにすむ世界だ」
しかし、エルスが目前で爆発が起こった。
「何かの事故か?」
瞬間移動で現場に向かった。
「貴様ら(発火能力)パイロキネシスなんて、そうやって炎を出すしか能がないだろうが!」
叫んだ男が念動力で炎の中心に居た男に攻撃する。
「ふん、非力な(念動力)サイコキネシスなんか通じるかよ!」
炎が一気に念動力を放った男を飲み込もうとした。
次の瞬間、それら全てをエルスが無効化する。
「君達は、何をしているのだ?」
ここに至り、ようやくエルスに気付き周囲の人間がざわめく中、発火能力者が言う。
「奴が悪いんだ! パイロキネシスなんて一般生活には、全く役に立たない力じゃないかって言いやがったんだからな!」
「実際そうだろう!」
念動力者が怒鳴り返しにらみ合う姿を見てエルスは、深いため息を吐く。
「君達は、大きな勘違いをしている。全ての能力が尊く、それぞれの個性なのだ。それに優劣などない」
エルスの一言に騒ぎは、治まった。
遅れてやってきた部下に後始末を指示し、自室に戻るエルス。
すると、そこに一体のスライムが居た。
「貴様、何者だ!」
強烈な念動力を放つエルスだったが、そのスライムは、平然とその姿を変えていく。
「何の冗談だ!」
睨むエルスと同じ姿になったスライムが告げる。
『私は、お前と同じ力を使える状態になった。さて、ここで問題だ。何故戦争が起こった?』
「力無き者の傲慢さが全ての原因だ!」
今度は、発火能力を放つエルスだが、スライムは、あっさりとそれを相殺した。
『本当にそうなのか?』
「それ以外に何があると言うのだ!」
瞬間移動でスライムの後ろに移動したエルスが力を集中した手刀でスライムの首を狙う。
しかし、スライムは、瞬間移動で、自分の向きを逆転させ、同じ力を籠めた手刀で受け止める。
『それでは、更に問う。先ほどの争いは、どうして起こった?』
エルスは、床を変質させた槍でスライムを狙う。
「ただの勘違いだ! お互いを理解すれば、あの様な争いになる訳がない!」
スライムも床を変質させた槍で防ぎ告げた。
『それは、ノンエスパーとも同じでは、無かったのか?』
「違う! 奴らは、力を持たなかった! だから、力を持つエスパーを理解する事が出来なかったのだ!」
最大限に高められた念動力がスライムに直撃して、スライムを完全に四散させた。
「……なんだったのだ?」
極度の消耗に膝をつくエルスであった。
まるで昨夜の事件が何かの箍を外したのかのように、エスパー同士の争いが増え始めた。
「何故だ? 何故エスパー同士で争わなければいけないのだ?」
エルスは、争いあう者達の気持ちがまるで理解できなかった。
『それがお前の限界という奴だ』
いきなりの声に驚き振り返るとあのスライムが居たのでエルスが再び念動力を使おうとした時、スライムが一気にエルスを覆い尽くす。
そして、エルスは、スライムの中で身動きがとれなくなる。
『放せ!』
必死に力を振り絞るエルスだったが、スライムは、ビクともしない。
『何故争うか、それを見てみるのだ』
スライムは、瞬間移動した。
スライムは、小学校の一つの教室に現れた。
「あいつは、テレパスだぜ? きっと俺達の考えを読んでるんだぜ?」
「テストだってきっと先生の頭を覗いて良い点をとってるに決まってる?」
届く筈の無い小声の悪口に少女が叫ぶ。
「あたしは、そんな事してないもん!」
「やっぱり、力を使っていたんだ!」
否定が更なる疑いを少女にもたらす。
『止めるんだ、落ち着け、もっと話し合えば!』
エルスの声は、スライムから漏れる事は、無かった。
それどころか、スライムやスライムに取り込まれたエルスの姿を誰も視界に捉える事は、出来ない。
そしてエルスの目の前で少女が糾弾され、テレパス能力しか持たない少女は、抗う事も出来ず、泣き崩れるしか出来なかった。
次にスライムが移動したのは、サッカースタジアム。
少年が蹴ったシュートがドライブ回転をしてゴールに吸い込まれていった。
「やったー!」
歓喜の声をあげる少年。
しかし、相手チームが抗議をあげる。
「今のシュートは、不自然な回転が掛かっていた。きっと奴がサイコキネシスで曲げたんだ!」
「馬鹿いってるんじゃない!」
少年が抗議するが、強いサイコキネシス能力を持つ少年の主張は、受け入れられず、幻のゴールとなってしまった。
その後も、少年が何かする度にクレームがあがり、最後には、少年は、何も出来ないでただ立っているだけでも不利になる度に抗議があがった。
そうなっては、もうサッカーを続ける雰囲気は、無くなっていた。
『あの少年は、念動力を使ってなど居ないぞ!』
エルスの思いにスライムが答える。
『それを証明する術が無いのだ。そして、実際に使っているかどうかなど関係ない。勝負の世界では、漬け込む隙があればそれを突くだけの話。強力な力が逆に己を不利にする事がある良い例だ』
拳を握り締めるエルス。
スライムは、いくつもの現実を見せてから元の部屋に戻ってエルスを開放した。
「ノンエスパーと戦いの時は、力を合わせて協力しあえたのに、どうしてこうなってしまうのだ!」
無意味に壁を叩くエルスにスライムが淡々と語る。
『単純な話だ。人は、常に多数派と少数派を作り、争い続ける。そして少数派は、多数派と戦う為に強い結束を生む。逆の場合もあるが、それは、少数派の総合的な力が勝った時だ。ノンエスパーという多数派が居なくなった今、新たな多数派と少数派を作り始めたそれだけの事だ』
「そんなのは、おかしい! 何故、争いあわなければいけないのだ!」
エルスの主張にスライムは、答えず消えていく。
「私は、絶対に認めない。きっと理解しあえる筈だ!」
エルスは、自分の信念を信じ、争いの沈静化の為にありとあらゆる手段を打つのであった。
そんなエルスの努力を嘲る様に世界は、超能力の種類による差別化が生まれ、各派閥で争いが頻繁に起こるようになるのであった。
エルスは、絶望の中、自分の無力さを痛感していた。
「ノンエスパーを打破すれば、エスパーの幸せな世界が来ると思っていたの……」
そんなエルスの前に再びスライムが現れた。
『貴様は、相手に打ち破る事のみに集中してしまった。戦いとは、相手に勝つ為にするものでは、無いのだ』
「だったら何為にするのだ!」
エルスの怒声にスライムが小さな子供の姿に変化する。
『寄り良い未来を掴む為にするもの。その経過で敵対者と戦う事もあるが、敵を打ち破ったからといって望む未来は、得られない。お前が真に求めている物は何なのだ?』
エルスは、少し前までなら即答できた答えに詰まる。
「エスパーだけの世界。そうなれば全ての者が幸せになる筈だったのだ」
スライムは、その手の中から小さな薬瓶を取り出す。
『これは、石化を直す薬だ。これの使い道は、自分で考えるのだな』
薬瓶を残し消えていくスライム。
エルスは、その薬を手に呟く。
「以前の私だったらこの薬をエスパーだけに使っていただろうな」
苦笑し、エルスは、新たな行動に動き始める。
数年後、薬に力によって復活したノンエスパーは、再びエスパーの弾圧を始めた。
エルス達は、それと戦い続けていた。
そんな中、エルスの部下が愚痴を漏らす。
「こんな事ならノンエスパーなど助けてやるんじゃなかった」
その言葉にエルスが鋭い視線を向けた。
「お前は、何時から神になった?」
「神って……」
困惑する部下にエルスが釘を刺す。
「私達は、単なる人間だ。ノンエスパーというような化け物でもない。そんな私達が、種の存亡を決められるわけ無いだろう。出来るのは、次の世代のエスパーの為に少しでも良い世界を作る事だ。その為には、ノンエスパーの存在も必要なのだ。エスパーだけでは、世界は、成り立たない。それがあの数年の教訓だ」
「そうでしたね」
エスパー同士が争いあった日々を思い出して暗い顔をする部下にエルスは、真っ直ぐ前を向いて告げた。
「グズグズするな、行くぞ!」
エルス達の戦いは、終わらない。
八百刃神殿。
「全ては、指示通り、一度エスパーだけの世界を体験させてから薬を供給しました」
百姿獣の報告に八百刃が答える。
「ご苦労様。ところであなた自身の感触として彼らは、変われると思う?」
百姿獣は、首を横に振る。
「人間は、簡単に変われません」
八百刃が頷く。
「だからといって諦める訳には、いかない。それがあちき達の使命だからね」
「今回のデータは、次回の参考になるだろう」
白牙がそう締めくくり、この案件は、終了した事になった。
「さて、こっからが本題だけど、エルスに過剰干渉してなかった?」
八百刃の指摘に百姿獣は、無言を貫くのを見て白牙が睨む。
「おい、まさかと思うが、我々が干渉したら今回のデータが意味を無くなるんだぞ! 今回の事にも多くの犠牲が出ている以上、それを無効にする事の意味が解っているのか!」
八百刃が手を横に振る。
「たった一人の人間の力じゃ何も変わらない。そのまま参考データにして良いよ。ただし、白牙の言葉の意味も理解して、あちき達が完全に管理すればそれこそ誰も不幸にならない世界が出来るかもしれない。でもそれは、誰も幸せになれない世界。争いが無い世界が争いすら起こらない世界なのと同じ。自ら変わっていくそれこそ世界の真の革新。あちき達は、それを手助け以上の事は、しない。それがあちきの考え、それに従えないと言うなら、八百刃獣を辞めてもらうよ」
淡々としているが重みがある言葉に百姿獣が頭を垂れる。
「八百刃様の深いお考えは、理解しています。わが心の弱さを痛感します」
八百刃が優しい笑顔を向ける。
「心の弱さを恥じないで。弱さを理解して、それを一緒に乗り越えていこうよ」
「八百刃様……」
感動している百姿獣だが、白牙が突っ込む。
「一緒にと言って直ぐに現場に出られたら俺達が余計に苦労するって事をいい加減自覚しろ」
「そうかな?」
首を傾げる八百刃に白牙が半眼で睨む。
「この間だって……」
その後、八百刃は、実例を含んだ愚痴を長々と聞くことになるのであった。




