白牙が記憶する滅びる町
滅びが確定した町に白牙が現れた
白牙は、八百刃獣の中でも最強の力を持つと言われる存在。
普段は、緊急時の助力の為に八百刃の神殿で待機し、八百刃の秘書的な仕事をしている。
しかし、ここ一番の時に八百刃が、大任を任せるのは、やはり白牙なのである。
白牙は、子猫の姿で町を歩いていた。
「猫さんだ!」
子供逹が無邪気に近付いて来る。
『昔だったら、邪険にしてたな』
そんな事を思いながら白牙は、子供逹に付き合う。
「もう夕飯よ、帰ってきなさい!」
母親の呼ぶ声に子供逹が答える。
「猫さん、また明日ね!」
明日を信じ、家に帰る子供逹。
疲れた顔をして家路を進む大人。
『この者逹も家に帰れば暖かい家族が待っていると信じているのだろうな』
白牙は、遣る瀬無さに襲われる。
そして狂気が始まる。
さっきまで白牙で遊んでいた子供が悲鳴をあげながら逃げてくる。
二の腕から大量の出血をしていた。
その後を追うように血走った目をした母親がやってくる。
「喰わせろ!」
涎を垂れ流し、素足で実の子供に追い縋る姿は、飢餓地獄に住む餓鬼の様だった。
大人と子供の差、あっさり組み付かれ、噛みつかれる子供。
「痛い! ごめんなさい! 良い子に成るから止めて!」
必死に謝る子供だったが、母親は、やめようとしない。
そこに丁度帰って来た父親が母親を引き剥がす。
「何をやっているんだ!」
母親は、動じることなく、今度は、父親に向かって噛みつこうとする。
「どうなっているんだ?」
困惑しながらも子供を庇いながら母親を押さえつけようとした父親だが、そのふとももが噛みつかれた。
「止めろ!」
噛みついて居た者を払う。
「誰だ!」
父親が振り返って確認するとそこには、母親同様、血走った目をした子供が居た。
「喰わせろ!」
「……何なんだ!」
父親が混乱している間に母親が再び噛みついて来る。
それを引き剥がしている間に子供が噛みつく。
激痛と恐怖が父親を襲うなか、父親の目も血走り、噛みついて居た子供に噛みつき返す。
そこから先は、お互いの肉を喰らい合う地獄絵図が繰り広げられた。
それは、その家族だけにとどまらなかった。
町全体に爆発的に拡がり、たった数時間で一つの町が死者の町に変わってしまった。
生き残った僅かな人間も同様な状態に陥る。
呪いの様なその事件が起こった町を人々は、ゾンビに魅入られた町と呼び近づく者すら居なかった。
白牙は、町の中心でただ待っていた。
『このまま終わりを迎えるのか?』
そんな時、一人の青年が現れた。
「本当に何も残っていないな……」
事件後、恐怖に囚われた人々が過剰なまでの空爆を行った町には、建物の瓦礫しか残っていなかった。
「猫か、何処から来たんだい?」
青年は、答えが返ってくると思わなかったが、何気なく声をかけただけだった。
『私は、あの日からずっとここに居る』
テレパシーで伝える白牙に驚く青年。
「この猫からなのか?」
周りを見回す青年に白牙が答える。
『そうだ。お前は、あの日、何が起こったかを知りたいか?』
青年の顔に緊張が走る。
「知っているのか?」
白牙は、頷くと語り始める。
『開発コード、餓鬼霊。食品に混入されたウイルスは、体内に侵入すると食欲を際限なく増幅し、同時に満腹中枢を破壊する。ウイルスに侵された人間は、目の前に居る家族さえ食べ物にしか見えなくなる。最悪なのは、このウイルスは、体液から感染する。噛みつかれたら最後、感染から逃れられない』
信じられない話に激しく動揺する青年だがある事実に気付く。
「開発コードと言うことは、誰かが作った物なのか!」
白牙が頷く。
『この国の兵器開発者が産み出した、軍事用ウイルスだ』
青年は、愕然とした。
「何でそんな真似を……」
『他国に詮索されずに、正確な実験データを得る為だ』
白牙の答えに怒りを覚える青年。
「ふざけている! そんな人道を外れた事が許されると思って居るのが!」
『許されない。もうすぐ事故が発生して問題のウイルスが流出する。想定されていない事態の中、事故の影響で変質したウイルスは、世界中に拡がり、この世界は、滅びる』
淡々と告げる白牙。
「そんな、軍の暴走の償いを全人類にさせると言うのか!」
青年の詰問に白牙が苦笑する。
『全人類では、すまない。全生物が滅びる』
長い沈黙の後、青年が疑問を告げた。
「お前は、何者だ?」
『神に代わってこの世界の終わりを見届ける者』
白牙のストレートな答えに青年が戸惑う。
「神は、それほどに軍の暴挙が許せないと言われるのか?」
『神を過小評価するな。神が認めぬ兵器等、存在は、しない』
白牙の返答に青年は、驚く。
「それでは、世界が滅びるのは、神が下した運命だと言うのか!」
『それも違う。神は、救いの道を数多に用意しておられた。それら全てを台無しにしたのがお前逹人類なのだ』
白牙はそう告げると空を切る。
青年の前には、今の生活を満喫する人々の姿が広がる。
『この満たされた生活をおくるのに、どれだけの犠牲が強いられて居るかを知っているか?』
青年が長い思考の後、首を横に振る。
『軍の暴挙と責めるお前とて、軍人が奪い取った領土からの物資で満たされた生活をおくっている。警告は、幾度となくされた。それに関わらずお前らがしたのは、綺麗事を述べ、軍の縮小のみ。その上で更なる豊かさを求めた。その相反する考えが狂気を呼んだのだ』
打ちのめされた青年に白牙が告げる。
『我の力を使えば、この世界を滅びから救う事も出来る』
その一言に青年が懇願する。
「それならば、どうかこの世界をお救い下さい!」
『本当に良いのだな?』
白牙の念押しに青年がなりふり構わず願う。
「世界が救われるのでしたら、どうなっても構いません!」
『この国を消滅させる事になってもか?』
白牙の言葉に目を見開く青年。
「……どう言うことですか?」
『単純な話だ。諸悪の根源であるこの国を無くせば世界が救われる』
白牙の淡々とした言葉に青年の顔が真白になる。
「それしか無いのですか?」
搾り出すように声にした青年に白牙が即答する。
『それしか根本的な解決は、出来ない。選択肢は、二つ。世界と共に滅びるか、世界の為に自分達が滅びるかだ』
青年は、その場に膝を着く。
「私は、ただの一般人。大統領でも、将軍でもないのです! 国を賭ける選択など出来ません!」
白牙が淡々と告げる。
『お前だけだった。愚かな行為の犠牲者の町を自らの足で、弔いに来たのは。その者だけが選択の権利が与えられる。お前が来なければ、このまま世界は、滅びていた事だろう』
青年は、周りを見回してから聞き返す。
「私以外にも多くの人が来たのでは?」
『研究者や、興味本位のマスコミに弔いの気持ちがあるとでも思うか?』
青年が此処に来るといった時の周囲の反応を思い出して苦悩する。
『時間は、そう無いと思え』
白牙が急かす。
青年は、立ち上がり弱々しく首を横に振る。
「無理です。私には、そんな決断は、出来ません」
白牙がため息を吐く。
『解った。お前がここに来た時に多少の期待をした私が愚かだった』
胸を貫かれる思いになる青年が最後の気力を振り絞って言う。
「チャンスを下さい。この国を見た目の裕福さに惑わされない、心が豊な人の国に変えて見せます!」
白牙が鋭い視線を向ける。
『それは、口にするほど簡単な事では、無いぞ』
青年が頷く。
「それでも、きっとやって見せます!」
白牙の右前足が大きく空を切ると天を裂くような強烈な衝撃が走った。
『覚悟しろ。もしもその宣言に間違いがあれば、再び愚考を繰り返され、世界を滅ぼす事になるぞ』
その一言と共に白牙が姿を消した。
緊張から開放された青年が意識を失うのであった。
青年が意識を取り戻したのは、取材に来たマスコミに救助された時だった。
「ゾンビに魅入られた町で何があったのですか?」
マスコミの質問に青年は、自分があった子猫の姿をした神の使いの事を話した。
庶民派で知られる知識人が失笑する。
「そんな馬鹿げた話がある訳がない。君は、夢でも見ていたのだよ」
青年は、白牙の圧倒的な存在感を思い出して首を横に振る。
「あれは、間違いなく神の使いでした」
周りのスタッフも呆れた顔をし、中には、頭をさして指を回し、青年の頭がおかしいと言わんばかりの人間も居た。
そんな中、若いスタッフが駆け込んできた。
「大変です。軍の研究施設が消滅しました!」
驚きが広がる中、知識人が質問する。
「実験の事故か?」
若いスタッフは、青褪めた顔で答える。
「そんなのでは、無いんです。本当に消えたのです。確かに研究所があった筈なのに、そこには、もう何も残っていないのです」
動揺する回りのスタッフに若いスタッフが唾を飲み込み恐ろしい可能性を提示した。
「時間は、丁度、その青年を発見する直前。詰まり、その青年があった神の使いが物凄い衝撃を放った直後だと思われます」
「馬鹿な! それでは、まるでその研究所が問題のウイルスを開発していて、神の使徒がそれを消滅させたみたいでは、無いか?」
知識人は、誰かに否定を求めてそう問い掛けたが、誰も否定をしてくれなかった。
畏怖が篭った視線に晒された青年が告げる。
「時間を下さったのだと思います。しかし、変わらなければ世界は、終わります」
一躍の時の人になった青年は、必死に国を変えていこうと努力をするのであった。
八百刃の神殿。
「お疲れ様」
八百刃の労いに白牙が冷たい一言を告げる。
「チャンスなど与えず、あの国を消滅させた方が良かったのではないか?」
八百刃が首を横に振る。
「滅びを待つものにチャンスをあげ過ぎって事は、無いよ」
ため息を吐く。
「十中八九、あの青年の言葉は、守られない。国がそう簡単に変わる訳がないのだからな。そうなれば世界が滅びるか、その前に我々があの国を消滅さえるか、手間が増えるだけだ」
八百刃が頬をかきながら言う。
「少しでも可能性があるんだったら、幾ら手間が増えても仕方ないと思う。貴方達には、苦労をかけるわね」
白牙が肩をすくめる。
「俺達は、お前の使徒だ。お前が決めた事には、従うだけだ」
「ありがとう」
微笑む八百刃だったが、白牙がにじり寄る。
「どうでもいいが、またやってるな?」
冷や汗をかいて視線を逸らす八百刃。
「何の事?」
「解らないと思ってるのか! あれ程、分身を現場に出すなって言っているだろうが!」
今日も八百刃神殿に白牙の怒声が広がるのであった。




