九尾鳥が伝えた呪いの行方
科学兵器による一方的な殺戮の先にあるのは?
九尾鳥は、魔法の管轄している。
その中には、呪いも含まれている。
それは、戦いと呼べる物では、なかった。
一方的な殲滅、正に機械的な駆逐作業であった。
戦いを仕掛けたのは、その土地に住む原住民族。
駆逐したのは、後から来た殺戮人形を有する大国。
やる前から結果は、判りきっていた。
それでも原住民族は、己の誇りのために立ち上がった。
民族の誇りがこもった武器を手に必死に。
しかし、獣を狩る武器では、鋼の体を持つ殺戮人形には、傷一つ付けられなかった。
駆逐が終わった。
大国は、死体を肥料とし、原住民族が住んでいた土地に機械を入れて、大農園にした。
その一部始終を九尾鳥が観察していた。
「蛮行ここに至りって感じですね?」
現地の神の使徒が話し掛けると九尾鳥が告げる。
「彼等の戦いは、まだ終わっていない」
「終わっていないって、女子供関係なく皆殺しになったのですよ?」
首を傾げる現地神の使徒であった。
原住民族の駆逐より十年が経過した。
大国では、怪事件が頻繁した。
多くの人命が失われたが、どの事件も動機が不明瞭だった。
一人の博士の所に、政府の人間と名乗るクオと言う男がやって来た。
「一連の怪事件の容疑者におかしな共通点が発見されたのです」
それを聞いた博士がため息混じりに告げる。
「その様な事を民族博士である私に言ってどうなるわけでも無いでしょう」
クオは、引かなかった。
「そうでもありません。容疑者がみな、かつて原住民族が住んでいた農地で働く農家の家族なのですから。私は、バラモン族の呪いかもしれないと考えています」
博士が苦笑する。
「確かにバラモン族には、呪いを行うシャーマンが実在しました。しかし、どんな優れたシャーマンでも死んだ後、十年経ってから呪いを発動させられませんよ」
クオは、食い下がる。
「本当にそうなのでしょうか?」
博士は、呆れた顔をしてコーヒーを運んで来た助手の女性に声をかける。
「彼女は、原住民族について詳しく調査しております。後の事は、彼女と話をしてもらえませんか?」
「博士、いきなりなんですか?」
困惑する助手の女性。
この時、博士は、クオが怒って帰る事を期待していた。
「解りました。名前を伺って宜しいでしょうか?」
クオが助手の女性に話し掛けた。
博士は、肩をすくめて言う。
「君、答えなさい。そのまま、クオさんの話を聞いてあげるのだ」
「ハリと言います」
頭を下げる助手の女性、ハリ。
博士は、席を立ち上がる。
「私も多忙でして、失礼します。後は、頼みます」
博士は、そのまま立ち去る。
戸惑いながらもハリは、会話を続けた。
「根本的な話ですが、どうしてバラモン族だと思われたのですか? あの戦いで滅びた民族の中には、他にも呪いを行う民族がいたはずです」
「そうなのですか? 私は、詳しく無いもので……」
クオの言葉に小さくため息を吐くハリ。
「随分と曖昧な根拠なのですね?」
クオは、何か遠いところに有るものを見るような顔で告げる。
「解決の糸口が見つからないのです。それに反して、事件件数だけは、加速的に増えている。このままでは、取り返しのつかない事に……」
クオの真剣な表情にハリは、何かを感じた。
「確かホダン族には、自分や親族の体を使った呪いがありました」
「本当ですか?」
クオの問いにハリが頷く。
「はい。自分や親族の体の一部で呪いを行う相手の家の近くに埋めるというものです。これは大きく重要な場所の方が強い呪いになると言われて居ます。親族の心臓を埋めたシャーマンが相手を見事呪殺したと言う記録があります」
「彼等の遺体は、肥料として農地に埋められています」
回答を得たって顔をするクオに対してハリが首を横に振る。
「それを使うシャーマンがいません。博士も言っていた様に死後にそれだけの呪いを行えるシャーマンは、いません」
「しかし、呪いの触媒が存在します。何かしらの方法がある筈です」
諦めきれないクオをみてハリが呟く。
「一度問題の土地に行った方が良いかも」
何気ない一言にクオが反応する。
「そうですよ、一度、現地に向かいましょう。博士には、私から了解を得ます」
いきなりの展開にハリが慌てる。
「待ってください。私にも色々用事が……」
「一刻を争うのです!」
クオの勢いに押され、現地に向かうハリ。
広大な農地を見てハリが感嘆する。
「本当に広いですね……」
クオが土を拾い上げ、見せる。
「白い欠片があるのが解りますか?」
ハリが石とは、異なる質感を持ったそれに首を傾げる。
「肥料の一種ですか?」
クオが頷く。
「はい。この広大な農地を豊かにしている肥料、原住民族の骨です」
ハリが飛び退く。
「冗談ですよね?」
クオが首を横に振る。
「貴女達が口にしている野菜の大半が原住民族の死体を肥料とした農地で育てられています」
嘔吐するハリ。
「民族学者の貴女でしたら熟知していた事でしょね」
クオの指摘にハリが頷けない。
口元を拭った後、ハリは、苦々しい表情で告げる。
「知識としては、知っていました。でも実感は、無かったです」
ハリは、畑にあった生命力の輝きが消え、地獄に通じる暗い闇が吹き上がっている気がした。
農作業機械が動くなか、一人の少年が不思議な棒を持って畑を見ていた。
「あの棒は……」
ハリは、少年に近付く。
「僕、その棒をどうしたの?」
少年が淡々と答える。
「僕が作った」
「君がこれを……」
明らかに猜疑心を漂わせるハリに少年が強く主張する。
「嘘なんてついてない!」
「ごめんなさい」
ハリは、謝り少年から離れる。
「あの少年が持つ杖がどうかしたのか?」
クオの質問にハリは、困惑した表情で答えた。
「あれは、ホダン族のシャーマンが呪殺に使う杖とそっくりでした。とても偶然だとは思えません」
クオがハリに告げる。
「もしかしたら、ホダン族のシャーマンの生き残りが居て、少年を利用しているのかもしれない」
ハリが頷く。
「その可能性が出てきました。本格的な調査が必要です」
最初は、呪殺なんて非科学的な事とあまり相手にもされなかったが、増加を続ける怪事件と少年達が持って居た偶然とは、思えない相似性を持つ杖と言う物証が政府を動かした。
その結果恐るべき事が発覚した。
問題の杖は、大規模に広がっており、呪殺の儀式は、遊びとして子供たちの間に広がっていた。
政府は、大々的に生き残りのシャーマンの捜索を行ったが見付ける事が出来なかった。
調査が進むにつれ発覚したのは、全てが手遅れだったと言う事実だった。
問題の農地で育った野菜を食べた全ての国民が呪殺の対象となっていて、儀式も完了していたのだ。
より多くの野菜を食べていた農地の人間が呪殺の効果で狂い始めていただけだったのだ。
「どうにかする方法が無いのか!」
高官の怒声に民俗学の博士達が脂汗を流しながら言う。
「しかし、彼らの呪いを解く方法は、我々には、窺い知る事は、出来ません」
「ならば、私は、呪いに掛かってしなないといけないのか!」
元首の言葉に緊張が張り詰める中、博士の一人が言う。
「唯一方法があるとしたら、生き残ったシャーマンを見つけだし、解呪の方法を聞きだすことだけなのですが?」
今度は、情報局の人間が脂汗を流す。
「我々も全力を尽くしています、その痕跡を見つける事は、出来ません」
「それで、済むと?」
高官の一人の言葉に元首が告げる。
「何としても見つけ出すのだ。我々の命が掛かっているのだ。手段は、問わない!」
こうして、魔女狩りを連想させる様な残虐な調査が始まるのであった。
ハリは、農地に紛れた人骨の欠片を見ながら呟く。
「やはり、あの戦いは、間違いだったのね」
「あれは、戦争なんて表現出来るものじゃなかった」
いつの間にかに現れたクオの言葉にハリが驚く。
「あの戦争を知っているのですか?」
クオが頷く。
「あれは、一方的な殲滅戦だった。兵器の差が有りすぎた上、この国には、原住民族を必要としていなかった。だから、その死体を肥料にするなどという非人道的行為が出来た」
視線を逸らすハリ。
「私達は、豊かな生活の為に、その悲劇を地面の下に埋もれさせていた。それが今、噴出し手着ているのですね」
クオが静かに語る。
「この国に残された時間は、短い。その中で君は、何をするつもりだ?」
ハリは、人骨が混ざる骨を手に取りながら言う。
「これから起こる悲劇の原因を人々に伝えます。意味の無いことかもしれません。しかし、知っておくべきだと思うのです。何の責任が無い、戦後の子供にも伝えないと」
「そんな子供が国を滅ぼす儀式を行っていたのが皮肉だな」
クオの一言にハリが悩みだす。
「おかしい。何で、子供達が儀式の真似をしていたの?」
「遊びだったと聞いているが?」
クオの答えをハリが否定する。
「それがおかしいのよ。遊びだとしたら、生き残ったシャーマンが子供達と接触していた事になる。そんな報告が無い。それどころか杖だって子供達の手作りだった。そんな事を教える時間がシャーマンにあったなんて思えない!」
クオは、沈黙する中、ハリは、未だに儀式を続けている十歳にも満たない少年を見る。
そして思い出してしまうホダン族のシャーマンに伝わるもう一つの秘術を。
「まさか、そんな事が……」
少年に駆け寄るハリ。
「貴方が、ホダン族のシャーマンの生き残り、いえ、転生した存在ね?」
少年が頷く。
「そうだよ、僕こそが、虐げられた民の総意を受け継いだ復讐者だ」
自分で確認しながらも信じられないって顔をするハリ。
「そんな、貴方は、解っているの? 貴方がしているのは、貴方の両親も殺す事なのよ」
少年は、淡々と語る。
「仮初の血縁などに執着は、しない。なによりも、僕にかけられた意志は、僕一人の意志で覆せる物では、無い」
「そんな……」
ハリがその場に崩れ落ちる中、クオが悲しそうに告げた。
「勝利者も居ない、虚しい勝利だな」
少年がクオを見る。
「それが復讐だ。あの圧倒的な戦力差の中、奴隷として、民族の誇りを棄てる以外には、何も残らないと解っていても、僕達には、それしか道が無かった」
少年の少年と思えない深い悲しみが篭った瞳にハリが涙を流す。
「ごめんなさい。全て私達がいけなかったのね」
「そうだ、お前達大国が、僕達を踏みにじった。今度は、僕達が踏みにじる番なのだ!」
少年の激情にクオが遠くを見る。
「そうやって踏みつけあった結果、何も残らない不毛の土地となる。それが解っているのか?」
「それがどうした! 滅びた僕達の屍の上に立つ大国の人間等、居ない方がましだ!」
少年の叫び声にハリが首を横に振る。
「お願い。そんな悲しい事を言わないで。確かに私達は、罪を犯した。しかし、貴方や貴方と一緒に儀式をしたような子供達は、何の罪が無い筈、罰なら、私達が受ける。だから子供たちだけは、助けて」
「お前大国が子供も殺した事を忘れるな。大国に生まれた人間は、皆滅びよ!」
少年の言葉にクオが告げた。
「何の罪も無い子供まで犠牲にするとは、本当にこの国のやった事と同じ事をするのだな?」
言葉に詰まる少年をハリが抱きしめる。
「せめて貴方だけは、生き残って。そして、私達の犯した罪を伝えて、二度と、こんな悲劇を起こさないために」
少年が動揺する。
「無理だ、僕の体も大国の人間だ。呪いから逃れる術は、無い」
「貴方だったら、自分に掛かった呪いを解けるでしょ?」
ハリの一言を聞いて少年が笑う。
「正体を現したな、そうやって解呪の方法を知ろうというのだな!」
クオが肩をすくめる。
「人の善意を信じられないとは、堕ちる所まで堕ちたな」
少年が苛立つ。
「貴様も死ぬのだぞ! 死ぬのが怖くないのか!」
それに対してクオが苦笑する。
「いい事を教えてやろう。私は、死なない。理由は、簡単だ、お前達の人骨で育った野菜を食べてないからだ」
それを聞いて少年が顔を引きつらせる。
「馬鹿な、そんな事があるわけが……」
クオが自信たっぷりに続ける。
「疑うのなら確認してみるのだな」
少年は、短い呪文と共に杖を向けて愕然とする。
「馬鹿な、そんな訳があるわけない! お前には、呪いを欠片すら感じれない!」
「私は、生き残る。多分、他にも何人かは、生き残るだろう。お前が滅び、そこの民族学者が居なくなることで存在すら残さず消えるお前達と違い、この国の子は、育ち、その意志は、引き継がれる」
クオの言葉に少年が歯軋りする。
「そんな馬鹿な、それでは、僕は、何の為に……」
そんな中、一枚の写真を取り出すクオ。
「この子は、この国の子供として育っている一人の子供だ」
それを見て、少年が驚く。
「嘘だ! それは、我が血族だ!」
クオが頷きハリが言う。
「聞いた事がある。原住民族の人達と愛し、子供を作った人達が居るって。当時の人々は、戦争に巻き込まれて死んだけど、まだ産まれていない赤ちゃんは、その惨劇から逃れ、この国の子として育ったって」
「お前のやろうとした呪殺は、そんな子供たちまで殺し、真にお前達の未来を断ち切る事になる」
クオの言葉に少年がその場に崩れる。
「もう手遅れだ。僕の力でも、ここまで進んでしまった呪いは、解けない」
「諦めないで下さい。何か方法があるかもしれません! 貴方や罪の無い子供達の未来だけは、救いたいんです」
ハリが強く望んだ。
「お前自身は、死ぬのが怖くないのか?」
少年の問い掛けに、ハリが震える手を見せて言う。
「怖いです。でも、それ以上に子供達が、私達の事を伝える人間が居なくなる事が怖いのです」
少年の顔から憑き物が落ちた。
「僕は、母親が作る食事が好きだ。あの人達にも生きて欲しかった。でも全ては、復讐の為だと諦めていた。しかし、それが自らの民族の血を真に絶つ事になるなんてな」
クオが確認する。
「復讐者よ、お前は、復讐を止めるか?」
少年が答える。
「復讐よりも民族の未来とこの体の家族を選びたい」
「罪深き民族の者よ、お前は、自分達の蛮行を、反省し、その罪を隠さず、後世に受け継ぐか」
クオの問い掛けにハリが強く頷く。
「もしも、生き残れたら、一生をかけて、自分達の国が犯した間違いを子供たちに伝え、二度と起こさせないようにするわ」
クオが微笑む。
「その答えを待っていた」
次の瞬間、クオは、九本の尾を持つ鳥、九尾鳥に姿を変え、数本の尾が輝く。
『全ての呪いを解除した。しかし、忘れるな。次に蛮行が行われた時は、その時こそ、お前ら双方が消える時だと』
そのまま天に消えていく九尾鳥。
「今のは?」
ハリの呟きに少年が語る。
「古き言い伝えにある、我らにシャーマンの力を伝えし、九尾の尾を持つ神の使い。まさか実在していたとは……」
二人は、ただ、九尾鳥の消えた天を仰ぎ続けた。
八百刃の神殿。
九尾鳥の報告書を見て、ヤオが眉を寄せる。
「少しヒントを出し過ぎな気がするね」
白牙も頷く。
「干渉もし過ぎだ。お前から行動してどうする」
九尾鳥が頬をかく。
「流石にあの状態から動くのは、難しいですから」
「言い訳だな。次からは、もう少しやり方を考えろ」
白牙の指導に九尾鳥が頭を下げる。
「気をつけます」
「まあ、結果オーライって事で。しかし、科学と違って魔法の進化は、方向性が安定しないね」
八百刃の言葉に九尾鳥が頷く。
「進化レベルで言えば大国とホダン族は、同一でした。それが本気で戦争をすれば両者が壊滅する可能性が高いと言うのに、気付かなかった為の不幸でしたね」
白牙も嘆息する。
「戦争は、力差が大きすぎれば、一方的な殺戮となり、小さ過ぎれば、両者の泥沼の争いになる」
「それを調節するのがあちき達の仕事だって事だよ。今後とも頑張って」
八百刃の一言に頷く九尾鳥。
「話が変わるけど、嘘は、駄目だよ。野菜を食べて無くても、その野菜を食べた動物を食べたら間接的に呪いの対象になるんだから」
八百刃の指摘に九尾鳥が苦笑する。
「そうですね。野菜も食べてなかったが正確ですね」
「我々は、食事する必要が無いからな。それなのに、食事に拘る奴が居るからな」
白牙が八百刃の方を見る。
「良いじゃん、人間、美味しい物を食べてれば皆幸せになれるんだよ!」
「神様は、その範疇外だ!」
主張を白牙に斬って棄てられる八百刃であった。




