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鏡界兎が監督する新兵器開発

新兵器の開発には、様々な思惑が絡み合う物である

 八百刃の仕事の中には、人間に与える新兵器に関する物の監督もある。

 開発段階での問題点など、八百刃獣が監視し、問題ある場合、干渉する事もある。

 今回の話は、そんな一例である。



 一人の科学者がいた。

 彼は、自分の研究が国の為に使われる事を疑わなかった。

「済まない、ここまでずれこむなんて思わなかったんだ」

 そんな科学者、レイリーに妻、マカリスがため息で応える。

「絶対に間に合う筈だったんだ!」

 熱弁するレイリーだったがマカリスは、呆れた顔をする。

「前回の旅行の時も同じ事を言って居たわ」

 その一言で何も反論出来なくなるレイリー。

「もういいわ、また一人で行ってくる」

 旅行バックを片手に家を出ていくマカリスの後ろ姿に離婚の危機を感じるレイリーであった。



 研究室のディスクに着くが一向に仕事を始めないレイリーに助手のナタリスが言う。

「博士を置いて一人で旅行に行く奥様の方に問題があります。博士はこの国の未来にとってとても大切な研究をしているのですから」

 自分を庇う発言に対してレイリーは、苛立ちを覚えた。

「妻を悪く言うのは、止めてくれ。約束を破った私が悪いのだから」

「しかし!」

 まだ何か言おうとしたナタリスをレイリーが睨んで黙らせる。

 ナタリスが部屋から出ていった後、小さくため息を吐いてからレイリーが研究を再開する。

 彼の研究は、光の屈折をコントロールする物で、本来は死角になるポイントまで観測が可能になると言う物だった。

「空中に散布したナノマシーンを使って、光の屈折を完全にコントロール出来れば、様々な分野に応用が出来る」

 目の前のテスト計画を見て苦虫を噛んだ顔になる。

「兵器としての運用が最初になるのが気に入らないがな」

 それでもレイリーは、テストの為にナノマシーンのプログラムを続ける。



 テスト本番、地平線の先の目標に対して視覚によるロックオンが行われた。

 目標とされたのは、植民地のある地方都市だった。

 テストが順調に進んで行くなか、テストの責任者である大佐が告げた。

「これより実射を行う」

 立ち上がるレイリー。

「予定と違います!」

 大佐が冷笑と共に答える。

「我々軍人は、君らと違って仮定には、興味が無いのだよ。必要なのは実績。そして、君のシステムで前々から我が国に反抗的な行動を続ける組織のリーダーを確認した。このチャンスを逃す必然性は、無いのだよ」

「お待ち下さい!」

 制止するレイリーを無視して放たれたミサイルは、予定通りの成果をあげた。

 レイリーのシステムから送られてくる映像には、その惨状が明確に写り出されていた。

 愕然としているレイリーに大佐が近付き握手をしてくる。

「素晴らしい成果だ! このシステムさえ在れば、我が軍は、惑星上の全ての物を標的に出来る!」

「……ありがとうございます」

 レイリーは、そう絞り出すのが限界だった。



 研究室に戻ったレイリーは、自分が関わった惨劇を何度も見直していた。

 そんな中、決して居ては、いけない人間を見つけた。

「そんな馬鹿な事は、無い!」

 自分の勘違いであることを信じ、見直すがそこには、確かにマカリスが映って居た。

「どうしてだ!」

 慌てて旅行の予定を見直すレイリーだったが、そこには、無情にも実験が行われていた地域の名前が有った。

「まだだ、まだ巻き込まれたとは、限らない!」

 必死に妻の生存に繋がる情報を探すレイリーであったが、徒労であった。

 レイリーが絶望する中、ナタリスが入ってきた。

「博士もお気付きになりましたか?」

 マカリスの事を指していることは、すぐに解ったレイリーが怒鳴る。

「解って居るなら独りにしてくれ!」

 そんなレイリーに対してマカリスは、服を脱いで近付く。

「悲しみを癒せるとは、思えませんが、ほんの一時忘れる助けになれると思います」

「ナタリス……」

 絶望の中にあったレイリーがナタリスに手を伸ばした時、ナタリスの背後にあった鏡に兎が映っていた。

 その兎の悲しそうな目にマカリスの顔が重なった。

「やはり独りにしてくれ」

 唇を噛み締めながら部屋からでるナタリスであった。



 レイリーは、大切な妻を失った悲しみから鬱ぎこんでいた。

 そんな中、何故かいる筈の無い兎が鏡に映り、ある一点を見ていた。

 最初は、幻覚と無視していたレイリーだったが、どうにも気になり、兎の視線の先を確認する。

「馬鹿なナノマシーンが勝手に大量生産されている?」

 突発的事態に驚くレイリーだったが、それでも動かなかった。

「あいつが死んだ今、どうなろうと関係ないか」

 その時、何度もリピートされていたマカリスの最後の映像に兎が割り込む。

 その兎が見上げる先には、お土産を買うマカリスの姿があった。

「あいつ、またこれを買って来るつもりだったのか……」

 研究室にも飾られている鯉の置物を見るレイリー。

「滝を登り、竜に成る鯉のように、私にも大物に成れって買って来てくれてた」

 長い沈黙の後、レイリーが動きだす。



 研究の責任者である大佐の執務室に入るレイリー。

「大変です、何者かが私に無許可にナノマシーンを大量生産しています」

 大佐が平然と告げる。

「私が許可した」

 驚くレイリー。

「あれは、私が管理しなければ大変な事になります!」

「安心して下さい、博士の代わりにあたしが管理をしていますから」

 そう言ったナタリスは、入るなり大佐にくっつき言う。

「研究しか取り柄が無いクセにあたしの誘いを断る、恐妻家は、もう必要無いって事よ」

 歯ぎしりをするレイリー。

「そういう事か! 最初から研究成果を奪うつもりだったんだな!」

 大佐が笑みを浮かべる。

「君には感謝している。これで私は、更に上を目指せる」

「そうそう、奥様が巻き込まれたのも偶然じゃないわ。あたしが送られていた旅行計画を調べて一緒に殺そうとしたのよ。奥様を亡くした貴方をあたしの虜にして、これからも利用してやろうと思ったのに想像以上のへたれなんですもの」

 肩をすくめるナタリスにレイリーが殴りかかる。

「よくも妻を!」

 大佐が銃を射つ。

「妻を失った上での凶行、牢屋で死を待つのだな」

 肩を撃ち抜かれたレイリーだったが、肩の痛みより自分の不甲斐なさによる妻の死に胸が張り裂けそうであった。



 それから一ヶ月が過ぎた日、レイリーの牢屋にナタリスが現れた。

「おしさしぶりです博士。あたしたちに協力する気になりましたか?」

 レイリーが苦虫を噛んだ顔で言う。

「妻を殺したお前らには、死んでも協力しない」

 舌打ちするナタリス。

「本当に情けない男ね!」

 そして立ち去ろうとしたナタリスにレイリーが言う。

「助手だったお前に最後の助言だ。大量生産してナノマシーンの放出は、止めろ。今の段階ではテストの三倍が限界だ」

 苦笑するナタリス。

「情けないわね、そんな虚仮脅ししか出来ないなんて」

 信じず立ち去るナタリス。

「取り返しのつかなくなる前に気付けば良いが」

 その時、兎が鏡の中を駆け出していった。



 レイリーのシステムの御披露目、将軍を前にし、大佐は、輝かしい未来を信じて疑わなかった。

「将軍、このシステムさえ在れば、我が国は、無敵です」

 大佐の自信たっぷりの発言に満足そうに頷く将軍。

「その力を見せてみろ」

 大佐が笑みを浮かべた。

「今すぐに!」

 そして展開される大画面には、大量の兎が走り回っていた。

「大佐、これは、何の冗談かね?」

 青ざめる大佐。

「すいません、今すぐに止めさせます!」

 大佐に睨まれるナタリスであったが、こちらも困惑していた。

「原因は、不明です!」

 誰もが状況を掴めない中、とんでもない報告が舞い込んでくる。

「空港からの緊急連絡、パイロット達の不自然な視界の歪みが連続しているとの事です!」

 大佐がナタリスに詰め寄る。

「どうにかしろ!」

「あたしには、無理です!」

 ナタリスが泣き崩れると大佐が怒鳴る。

「レイリーを呼べ!」

 呼び出されたレイリーに大佐が詰め寄る。

「あの兎は、なんだ!」

 レイリーが信じられないって顔をする。

「こんなことは、あり得ない! あの兎は、物理法則を超越したところにある!」

 大佐が苛立つ。

「詰まり、あの兎は、お前にもどうしようもないって事か!」

 レイリーが頷く。

「私だけじゃない、人類が干渉できるものじゃないのだ」

「それじゃあ、この現象をどうする事も出来ないのか!」

 大佐のヒステリックに叫びにレイリーが言う。

「逆ですよ、この兎が暴走するナノマシーンを制御して、周囲の光の直進を維持しているのですよ」

「何だって!」

 驚愕する大佐にレイリーが説明する。

「ナタリスは、ナノマシーンの量が増加しても、運用分の制御は、十分可能と判断していたのでしょうが、このシステムの最大の課題は、運用外のナノマシーンの制御、他の光の直進を阻害しない事なのです。今の状況は、こちらの制御下に無い無数のナノマシーンが勝手に光の進行方向を変化させているものです。もしもあの兎が制御を行って居なかったら、もっと大惨事になっていました」

 青ざめる大佐を無視して将軍が言う。

「ナノマシーンの廃除は、可能か?」

 レイリーが操作を続けながら答える。

「制御可能な量を海中に誘導し、廃棄していく事で二時間以内に完全廃除が完了します」

 将軍が頷く。

「よろしく頼んだぞ」

 そして大佐に冷たい目を向ける。

「今回の失態、それと実験中のミサイル使用を含めて君への対応は、考えさせてもらう」

 崩れ落ちる大佐。



 レイリーは、その後自分の研究を平和利用する為の研究に生涯を費やすのであった。



「この兎のぬいぐるみ、可愛いわよね?」

 旅行先の土産屋でマカリスが言うとレイリーがうんざりした顔で言う。

「また買うつもりか? ただでさえ家の中が兎に占領されているんだぞ?」

 マカリスが睨む。

「私の命の恩人なんだから良いじゃない。土産屋で見つけてなんとなく追いかけたら、避難所で、助かったんだから。まあ、状況が状況だったから帰るのに時間が掛かったけどね」

 溜め息を吐きながらレイリーが兎をつつく。

「いくら調査してもナノマシーンを制御した怪現象の正体は、掴めなかった。結局、お前は、何者なんだ?」

 マカリスが微笑みながら言う。

「きっと神様のペットだよ」

 苦笑するレイリー。

「神様か? どんなに科学が発展しても神様には、勝てないって事か?」

 指を振るマカリス。

「違うわよ。間違った時にフォローしてくれてるだけ。何時もは、優しく見守ってくれてるの」

「随分と都合の良い神様だな?」

 レイリーの突っ込みにマカリスが頷く。

「だって神様だもん」

 不思議な説得力にレイリーも納得するのであった。



 八百刃の神殿。

 光の制御システムに関する鏡界兎の報告を聞いて白牙が眉をひそめる。

「干渉の仕方にばらつきが見られる。特に暴走制御は、ここまで完璧にやる必要はなかったな」

 鏡界兎が頭を下げる。

「今後、気を付けます」

 用事が発生し白牙が外した後、八百刃が言う。

「マカリスさんを助けるつもりだったらその後のフォローもしないとね」

 鏡界兎の顔がひきつる。

「報告してないのをどうして知ってるんですか?」

「話してみて生かすに値する人だったからフォローして、開発者のモチベーション維持って名目で承認とっといた」

「また現地に来てたんですか? 怒られますよ」

 鏡界兎の言葉に八百刃が口指を当てる。

「お互い白牙には、内緒だよ」

 溜め息を吐く鏡界兎であった。

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