闘歌蟋蟀のラジオ番組
闘歌蟋蟀が人のふりをして、音楽家をやっています
その戦いは、戦いである事を誰も知らない戦いであった。
長い内乱が続く、テルース帝国。
そこでは、数名の後継者が自分こそ真の皇帝と主張し、戦いが続いていた。
多くの者達が、戦いに疲れ、見えない明日に絶望しかけていた。
『今日も、始まる正義の味方、謎のライダーさんのナイトミュージックステーション!』
ラジオから聞こえるDJの声に、兵士達が苦笑する。
「この時代に正義の味方だってよ」
「誰が正義だなんて、もう解らないって言うのによ」
そう馬鹿にしながらも、兵士達は、この番組を楽しみにしていた。
馬鹿馬鹿しいほど、単純で、正義を歌う、馬鹿な歌手、謎のライダーの歌声は、一日の疲れを癒していたのだ。
番組が終わり、DJ、マルッケがヘッドホンを外す。
「今夜も無事に終わったな」
それに対して、彼の放送をずっとサポートしていた、技術者、マリーヌが怒鳴る。
「警官達が、スタジオの外に張り込んでいる状況で無事って言うの!」
マルッケが笑顔で答える。
「何時ものことじゃないか。今更、何を言っているんだい?」
頭を掻き、マリーヌが地団駄を踏む。
「そんな毎日がイヤだって言うのが解らないの!」
それを聞いて、マルッケが頭を下げる。
「俺の我侭につき合わせてすまない。だけど、お前が居ないと、放送が続けられないんだ」
そんな素直な態度にマリーヌが顔を真赤にさせる。
「仕事だからよ。ちゃんと、ギャラは、払って貰うわよ!」
マルッケが頷く。
「これでも、リスナーからの援助があるから安心してくれよ」
「凄いもんだな。内戦続きで、物資が不足している状況で、この番組を聴きたいと、物資を提供してくれるんだから」
そういうのは、ナイトミュージックステーションで歌を披露している、謎のライダー。
因みにマルッケも、彼が何者かは、知らない。
「それだけ、貴方の歌が素晴らしいって事ですよ。それじゃ、何時もの様に逃げますか!」
マリーヌが大きなため息を吐いて、ヘルメットを被るのであった。
「今度こそ、あのふざけた海賊放送を続ける奴らを捕まえるぞ!」
一人、熱意を燃やす警部。
「警部、別にあんな毒にも薬にもならない海賊放送くらいほっておいても、良いじゃないですか?」
部下の言葉に警部がにらみ返す。
「冗談も休み休み言え! あいつらの所為で、私がどれだけ上から文句を言われているか。奴らを捕まえて、生まれてきたことを後悔させてやる!」
部下達が溜め息を吐く中、窓のガラスが破られて、一台の自動二輪車が、飛び出す。
「奴らだ、追いかけろ!」
警部の一声で、一斉に追跡を開始する、パトカーと白バイ。
大量に投入されたそれらを嘲笑うように、謎のライダーが操る自動二輪車は、闇夜に消えていくのであった。
翌日の朝、政府非公認の闇市場に多くの人々が詰め寄せる。
「昨日のナイトミュージックステーション、聴いた?」
「聴いたに決まってるじゃない! この御時勢に、政治色が全く無い番組ってあれくらいだもん!」
人々がラジオのネタに盛り上がる中、マルッケは、今夜のスタジオを探していた。
「今度の西の方のスタジオにするかな?」
「西のスタジオは、先週全部使って、オーナー連中からNGだされているわよ」
マリーヌの言葉に眉を顰めるマルッケ。
「ちゃんと弁償したのにな」
マリーヌは、給料の一部、現物支給の牛乳をみせながら言う。
「お金とかの問題じゃないの。今の帝国で、後継者争いに関係ない番組なんて、全部の後継者達から睨まれるだけよ!」
マルッケが肩をすくめる。
「太鼓もち番組や、誹謗中傷番組を作って楽しいのかね?」
大きく溜め息を吐くマリーヌ。
「楽しい、楽しくないって話じゃないでしょうが」
マルッケは、マリーヌの顔をじっくりみながら告げる。
「そういう問題だよ。作ってる人間が楽しんでない番組じゃ、聴いてる方だって楽しくないだろう?」
そんな邪気の無いマルッケの顔を見つめてマリーヌが呟く。
「こんな顔を見ちゃったら、離れられなくなっちゃうじゃない」
そこに謎のライダーが来る。
「マルッケ、お前は、自分のやっている事の意味を考えた事があるか?」
「お前から、そんなまともな事を聞かれるとは、思わなかったぞ」
マルッケが驚く中、謎のライダーの後ろから、ポニーテールの少女が現れて言う。
「あちきがお願いしたの」
マリーヌがその少女に抱きつく。
「可愛い! まさか、貴方の娘?」
謎のライダーが困った顔をする。
「あまり、突っ込まないで欲しい」
マリーヌが少女に頬ずりをしながら言う。
「いいわよ、どうせ、何時もどおり謎ですませるんだから」
そして、マルッケが少女の方を向く。
「どうして、そんな事を気にするんだい?」
少女は、深遠な瞳で答える。
「それが、この世界の未来を変えるからだよ」
「この世界の未来まで変わってしまうのかい?」
マルッケが聞き返すと少女は、あっさり頷く。
困った顔をするマルッケをフォローする様にマリーヌが言う。
「こいつは、単なる趣味人間で、そんな大それた人間じゃない」
それにも少女が頷く。
「それも知ってる。世界の未来を決めるのは、あちきで、あくまでその判断材料にするだけ」
マルッケが苦笑しながら言う。
「随分と偉いんだね。それじゃ答えるよ。俺のやっている事は、単なる我侭だ。でも、我侭が出来るって事を示す事に意味があると思っている。これで良いかい?」
少女が頷く。
「それで十分だよ。闘歌蟋蟀、予定通り、貴方の力で、全ての伝えない」
謎のライダーが頭を下げる。
「八百刃様のご命令のままに」
次の瞬間、謎のライダーは、人のシルエットをもったコオロギに変化する。
「化け物!」
マリーヌが思わず叫ぶが、マルッケが落ち着いた様子で言う。
「その様子では、軍の兵器って訳でもないな。どうして、俺の番組に協力した」
謎のライダー、闘歌蟋蟀が答える。
「それが、今回の任務に一番、有効だったからだ」
闘歌蟋蟀の生み出す音楽が、世界に広がっていく。
そこには、謎のライダーとして伝えてきた、正義の歌だった。
「それじゃ、帰るよ」
少女の一言に、闘歌蟋蟀が頷く。
『早く帰らないとまた白牙殿に怒られますからね』
眉を顰める少女、八百刃。
「現場の声を聴くことが大切だって、何度も言っているんだけどな」
すると、白い子猫、白牙が現れて八百刃を睨む。
『お前が直接聴く必要は、無い! お前が動くと、周りにどれだけの迷惑が掛かるかまだ解らないのか!』
「闘歌蟋蟀、逃げて!」
『了解!』
闘歌蟋蟀は、八百刃を自前のバイクに乗せて、走りだす。
『逃がすか!』
白牙も空中を駆ける様に追いかけていく。
「あの子達は、何者だったの?」
困惑するマリーヌにマルッケが何かが変わった人々を見て言う。
「世界を変えられる偉い人たちだろう」
その後、謎の歌は、人々に自分と周りの人間を思いやる、我侭という優しさを取り戻し、建前だけの忠誠と言う名の盲目をやめ、新たな道を歩む事になった。
そんな中、マルッケは、束縛があろうと無かろうと自分の好きな番組を作り続けるのであった。




