酒風転猿が預けられる若い神様
神様の新人教育のお話です
酒風転猿、酒を飲み、高速回転して、竜巻を生み出す猿の八百刃獣。
八百刃獣の中でもパワーの上下が激しい一刃である。
八百刃の神殿に一人の若き神が居た。
「お目にかかれ光栄です、八百刃様」
頭を下げる神に、八百刃が気さくに言う。
「そんな、硬くならなくても良いよ。今度の仕事は、聞いているわね、黄地斧さん」
その言葉に若き神、黄地斧が頷く。
「はい。これから赴く世界の争いの監督。間違ってもどちらかが滅びる事が無い様にする事ですね?」
「そう、今回の仕事の目的は、どれだけ、戦争状態を維持出来るかの実験も含まれているの。だから限界まで頑張って欲しいの」
八百刃の言葉に黄地斧が胸を張り告げる。
「必ずや八百刃様にご満足頂ける結果をもたらしてみせます」
「そうそう、後一つ、お願いがあるの? 八百刃の一刃を預かって欲しいの。ちょっと酒癖が悪くて謹慎させるんだけど、ここだと謹慎中でも酒を飲めるから。お願いね」
八百刃がそういって、猿の八百刃獣、酒風転猿を差し出す。
「解りました。確かにお預かりいたします」
こうして黄地斧は、新たな任務につく事になるのであった。
「あんたも大変ですね」
気楽な様子の酒風転猿に黄地斧が苛立ちを籠めて言う。
「それだけ信頼されているという証拠だ」
その視界には、争い合う二つの勢力があった。
両国とも決死の思いで、戦っている。
このままでは、両方とも滅びる事も想定される。
「さっそくトラブルですね。どうします?」
黄地斧が地面を叩き言う。
「中断させるまでだ」
黄地斧の力で大きな地震が起き、両者の戦いは、中断した。
地震の被害が大きく、交戦続行が難しくなり撤退を開始する。
それを見て酒風転猿が言う。
「随分と強引ですな」
「これが一番確実だった」
黄地斧の言葉に酒風転猿が言う。
「そうですか、ですが、これだと、このまま休戦って事もありますよ」
「馬鹿な、これだけ戦意が高まっているのだ、状況さえ整えば、戦闘を再開するのだろう?」
黄地斧の予想は、外れた。
地震の影響が回避した後も、戦いは、再開される事がなかった。
「どうしてだ?」
酒風転猿が言う。
「難しい事じゃないですよ。戦争は、一時の勢いって奴があるんです。それを失ってみれば戦争は、続けられなくなる場合がある」
黄地斧が困惑する中、酒風転猿が言う。
「戦う理由を作ってやれば良いのです。地震で鉱山が新しく発見されると言うシナリオは、どうですか?」
それを聞いて、黄地斧が頷く。
「それなら不自然では、無いな」
こうして、黄地斧は、自分が起こした地震で露出した場所から鉱石を大量に発見させる。
その発見が地震による大損害をこうむった二国を開戦に導くのであった。
地震の被害もあり、両国の争いは、低レベルな争いになっていた。
「これで宜しいのですか?」
酒風転猿の言葉に黄地斧が頷く。
「これなら、被害も少なく、戦いの継続が十分に可能だろう」
酒風転猿が言う。
「戦争の被害は、小さくても積み重なる物なんですよ」
「どういう意味だ?」
黄地斧が問い返すと、酒風転猿が答える。
「戦争って生産性が無いんです。全てを得るかどうか? その状態で損失だけが計上されていけば、休戦もありますよ」
酒風転猿の言うとおり、両国の間で休戦協定が結ばれようとしていた。
「予定外だ。どうすれば良いのだ!」
慌てる黄地斧に酒風転猿が言う。
「戦いの大本を刺激してやることです。それで、戦う理由もあれば、戦いは、続きます」
「そうか、元々の戦う理由。確か、突然の侵攻による民間人被害だったな。だったら、その遺族に干渉すれば」
黄地斧は、遺族の夢に干渉し、戦いを再加熱させるのであった。
結局、そんなやり取りを繰り返しながら黄地斧の戦争継続は、続けられていた。
酒風転猿も途中からは、余計な口を挟まなくなったが、戦いは、完全に泥沼に嵌っていった。
そして、両国とも、戦争の為に戦争をやる状況に陥っていた。
「もっとだ、もっと戦争を続けるのだ」
その様子を見て酒風転猿が言う。
「そろそろ限界でしょう。終戦させるべきですね」
「黙れ、お前の意見など聞かぬ!」
黄地斧が強引に続けようとすると酒風転猿は、酒を飲み言う。
「力尽くで止めるまでです」
「たかが使徒に私を止める事が出来ると思っているのか!」
黄地斧が力の象徴である斧を振り上げる。
黄地斧には、十分に勝算があった。
上級八百刃獣ならともかく、目の前の中級八百刃獣は、長い間一緒に居たが、負ける気がしなかったのだ。
しかし、酒を飲み続ける酒風転猿の力は、グングン上がっていく。
「馬鹿な、どこにそんな力が?」
困惑する黄地斧に酒風転猿が言う。
「私は、酒を飲めば飲むほど強くなるのですよ!」
強烈な回転が竜巻となり、黄地斧を巻き込み吹き飛ばす。
それによって、黄地斧の呪縛を失った国々が休戦をするのであった。
八百刃の神殿。
「今回は、その納得行く結果にならず、すいません」
黄地斧が頭を下げると八百刃が言う。
「気にしないで、こっちが想定した通りの結果だから」
驚く黄地斧に白牙が告げる。
「問題があったとすれば、制止をした酒風転猿を排除しようとした事だな」
慌てる黄地斧。
「それは、その、申し訳ありません」
頭を下げる黄地斧に八百刃が言う。
「それも想定の内だから気にしないで良いよ。これかも職務を頑張って」
恐縮した態度で帰っていく黄地斧を見送ってから酒風転猿が現れる。
「こんな物で良かったのですか? なんでしたら、直接私が、監視すれば良かった気もしますが?」
八百刃が言う。
「新人教育も大切なのよ」
白牙が続ける。
「教育係にお前を選んだのも、通常時の力で油断させ、酒飲みのトラブルで預けてあるスタンスを取らせ、あくまで自分主導で動いている気を起こさせる為だ」
八百刃が苦笑する。
「まあ、酒飲んだ貴方に勝てるクラスの神様って少ないんだけどね」




