月華猫が放つ安らぎの香
戦いに向かない筈の月華猫の仕事とは?
月華猫、人に安らぎを与える華を咲かす能力を持つ猫の八百刃獣。
長い戦乱がその土地には、起こっていた。
前線の兵士達の心労も激しい。
しかし、その前線では、何故か、夜襲が行われなかった。
前線基地の脇に猫も戯れる小さな花壇があった。
誰が育てると言う訳では、無いのだが、知らず知らずの内に誰かが水をやり、雑草を抜くなどの手入れを行っていた。
そして今日も、大柄で強面の歩兵が体を小さく屈め、枯れた葉っぱなどをとっていた。
「ファルス、お前も好きだな」
後ろから軽い雰囲気の狙撃手が来て言うと歩兵、ファルスが答える。
「休憩時間だ、俺が何をしようと勝手だろう、ロックス」
狙撃手、ロックスは、ファルスの肩を叩きながら言う。
「誰も悪いなんて言ってねえよ。それより、知っているか、もうすぐ例の新兵器がここで使用されるらしいぞ」
眉を顰めるファルス。
「本気なのか? あれは、被害が大き過ぎるため、使用を軍事協定で中止しようという話があがっていただろう」
ロックスが皮肉な笑みを浮かべて言う。
「だからだろ。軍事協定で決められる前に使って、この停滞した前線をどうにかしたいんだろうよ」
ファルスが目の前の花壇を見る。
「こいつ等もどこかに移さないといけなくなるな」
呆れた顔をするロックス。
「お前な、自分達の身の危険さえある時に花の心配か?」
ファルスは、真面目な顔で言う。
「ああ、俺達は、自分達の意思で逃げる事が出来るが、こいつらは、違う」
舌打ちするロックス。
「前線の事を何にも知らない馬鹿な奴等に命令されるままに命を捨てる。こんな俺達の何処に自分の意思があるんだよ!」
強めの言葉にファルスが言う。
「俺は、違う。俺は、自分の意思でここに居る」
そういってペンダントの様に首からさげたロケットを広げる。
そこには、ファルスの娘の写真が入っていた。
「ここで俺が踏ん張っている限り、娘の安全は、護られる。前に帰った時に、この花の事を話したら見てみたいと言っていたんだ。だから俺は、この花と共に生き残る」
ロックスが頭をかきながら言う。
「だったら尚更だ! 自分が生き残る事を最優先しろよ。そうでないとこんな戦場じゃ死ぬぞ」
「そうだな」
ファルスは、頷きながらも花壇の手入れを続ける横では、猫が呑気そうに眠るのであった。
そして、遂に新兵器が戦場に投入される事になった。
「この新兵器は、今だ、研究段階だが、いずれ我が国に勝利をもたらしてくれるものである事を確信する」
新兵器と一緒にやって来た本部の将官に苛立ちを篭めてみるロックス。
「嘘八百を並べやがってよ」
そんな時、敵襲を示すサイレンが鳴り響き、慌しく動き出す兵士達。
両者が入り乱れる戦いの中、ロックスは、敵歩兵に詰め寄られていた。
「クソ野郎! こんな所まで敵に侵入を許してるんじゃないぜ!」
接近戦向きでないライフルで愚痴を零しながらも戦うロックス。
そこにファルスが到着し、敵歩兵を倒す。
「助かった。恩にきるぜ」
そう何気なくロックスが肩を叩いた瞬間、ファルスが倒れる。
「おい! どうしたんだ!」
「ドジをやったみたいだ」
ファルスは、腹から大量の出血をしていた。
ロックスは、慌ててファルスに肩を貸して言う。
「本気で馬鹿野郎だな。無茶しやがって!」
衛生兵の所まで運び、ロックスが喧騒の中、手術の成功を祈った。
しかし、簡易手術室から出てきた医者は、首を横に振った。
ロックスは、運び出されるファルスの死体を睨む。
「何でだよ、お前には、待っている娘がいるんだろ! 何で俺なんかを助けて死ぬんだよ!」
その時、物凄い、爆発音が響く。
ロックスが振り返るとそこでは、大量の敵が一部の味方共々、吹き飛ばされていた。
「何が起こったんだ?」
そこにあったのは、噂の新兵器、自動殲滅戦車であった。
自動殲滅戦車は、敵部隊の集中する地点を効率よく砲撃していく。
「何やってるんだよ、あのガラクタは!」
ロックスが叫ぶのも当然である。
自動殲滅戦車は、味方が巻き添えになるのも構わず砲撃を続けていたからだ。
ロックスは、動揺する仲間を押しのけ、自動殲滅戦車を持ってきた将官に詰め寄る。
「今すぐあのガラクタを止めろ!」
それに対して将官は、引き攣った顔で言う。
「そんな事が出来るわけ無いだろう。我が軍は、押されているのだ。このままでは、私にも危険が及ぶ可能性がある。だったら、多少の犠牲を無視して、私の自慢の自動殲滅戦車を使うのが一番の方法だろう」
ロックスは、躊躇無く将官を殴り飛ばす。
「手前は、自分の安全の為だったら部下の命も差し出すって言うのかよ!」
殴られた将官が激昂して基地の幹部に命令する。
「将官に手を上げるとは、軍規違反だ、直ぐに逮捕、いや処刑しろ!」
それに対して、基地の幹部達が言う。
「将官殿は、いきなりの襲撃で混乱なされている様だ。誰か丁重にこの基地で一番安全な場所にお連れしろ」
即座に動く兵士達。
この基地で一番安全な場所、それは、地下の牢獄である。
ロックスは、忌々しげに自動殲滅戦車を見ているときに気付いてしまう。
自動殲滅戦車の目標にあの花壇が含まれていることを。
「あれだけは、やらせねえ!」
ロックスは、ライフルを構えると、自動殲滅戦車に狙いを定める。
「無駄だ、私の自動殲滅戦車にそんな豆鉄砲は、通じない!」
連行されようとしている将官が叫ぶ中、ロックスは、神経を最大限に集中し、弾丸とほぼ同じ大きさしか無い空気穴を狙う。
ロックスがどれほどの狙撃手だったとしてもこん混戦の中、そんな的を捉える事は、不可能だろうと誰もが思った。
しかし、ロックスは、それを成功させる。
空気穴から入った弾丸は、強固な装甲が災いし、内部で跳弾を続け、コンピューターを破壊し、自動殲滅戦車を停止させた。
戦いは、自動殲滅戦車の凶悪な成果もあり、敵軍が後退し、終った。
ロックスは、将官の怒りに触れて軍事裁判を受ける事になった。
しかし、ロックスは、上官に頼み込み、一つだけ我がまま貫き通した。
あの花壇の花を一輪、植木鉢で自分の手荷物として持っていくことを認めさせたのだ。
その後、ロックスは、軍事裁判を受けるために基地を離れた後、再び自動殲滅戦車が起動させられ、大量の敵と一部の味方とあの花壇を吹き飛ばした。
圧倒的な戦果に将官が得意になっていた夜、敵軍の初めての夜襲で将官は、命を失う事となるのであった。
そんな事もあり、ロックスは、報奨なしの退役として軍を辞める事になった。
「ここか」
そう言って、ロックスが向ったのは、ファルスの家だった。
そこに居たファルスの娘に植木鉢に入れたあの花を見せる。
「これがファルスの奴が君に見せたかった花だよ」
「お父さん!」
泣き崩れるファルスの娘。
そしてファルスの妻が言う。
「できましたらその花を譲ってもらえますか?」
ロックスは、頷き、その花をファルスの家に託した。
どこで聞いたか解らないがある新聞記者がこの花を取材しに来た。
「その花には、不思議な逸話がありましてね。その花が咲いている場所では、誰もが安心して夜を迎えられるというのですよ」
記者の言葉にファルスの妻が頷く。
「そんな気もします。だってこの花は、主人の思いが詰まった花なのですから」
新聞に花とそれにまつわる逸話が、掲載されると、反戦ムードが高まり、一気に休戦まで話は、進むのであった。
休戦の話を新聞で見てロックスは、自分で育てた花を眺めながら呟く。
「結局、お前は、娘を護りきったんだな」
そんなロックスの所には、一匹の猫がよく遊びに来ていたが、休戦と共にその猫も消えていた。
「ご苦労様」
八百刃は、戻ってきた月華猫に労わると月華猫が言う。
「完全に戦いを止められないのは、辛いです」
複雑な顔する八百刃を尻目に白牙が言う。
「お前の仕事は、戦いが激しくなりすぎないようにする事。その為にお前の力を帯びた花で夜襲を行わなくしたり、疲労した国から争いの気配を消させたりするのだ」
月華猫が悲しそうに言う。
「でも、それは、次の戦いの為の力を蓄えている事でしかありません」
八百刃は、月華猫の花を見ながら言う。
「人々から争いを奪い取る事は、出来ない。競い合う事でこそ高みを目指せるのだから。それでも、月華猫の花を見て心静かに出来る余裕が必要なの。だからこれからもその力を戦いに疲れた人の為に使って」
月華猫は、本当ならだれより戦いを望まないのに、戦いを司らなければいけない八百刃の気持ちを察して頷く。
「八百刃様のその心が少しでも軽くなる様に努力させて頂きます」
月華猫、戦いに向かないと思われる労わりの力で、戦いをコントロールする、八百刃獣の中でも屈指の仕事量を誇る八百刃獣である。




