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百姿獣が見極める戦の価値

最悪の戦場のお話

 八百刃は、戦いの神だが、全ての戦いを認めている訳では、無い。

 八百刃獣の仕事には、その戦いの価値を見極める仕事もある。



 長い戦乱が続いていた。

 戦いの始まりは、些細の行き違いだったのかもしれない。

 しかし、続いてしまった戦いは、それ自身が戦う意味に変化していく。

 そんな長く戦いが続く戦場の最前線。

 そこには、もはや常識は、通用しない。



 ただ、そこが敵国の領土だったそれだけの事で、男は、殺され、女は、犯された。

 明日をも知れぬ兵士達にとって勝ち取った領地での略奪行為のみが生きる意味だった。

 その少女は、兵士達に犯された後、奴隷のように酷使された。

「さっさと働け!」

 兵士にぶたれながらも働いた。

 その少女は、無言で働き続ける。

 それを見た一人の兵士が言う。

「あの娘、しゃべれないのか?」

「そのようだな。所詮、奴隷の事だ、気にするな」

 別の兵士が切り捨てる。

 しかしその一人の兵士、ルックは、その少女を気にしだした。



 数日後の夜、きつい労働をさせられた後、兵士達の夜の相手のさせられた少女が無言で粗末な小屋に戻ろうとした時、ルックは、一つのパンを渡す。

「食べろ」

 少女は、受け取り頭を下げる。

 頭を下げられた事にルックは、戸惑いを覚えた。

 戸惑いながらもルックは、少女とその仲間達に僅かながらも食料を渡すようになった。

 その中で、少女が仲間から、ヒヤと呼ばれている事をしる。

 そして、ヒヤが言葉をしゃべれないだけでなく、記憶もなく、知り合いも誰も居ないという事実もしる。

 戦いの合間、ルックは、ヒヤに問う。

「俺達が憎くないのか?」

 ヒヤは、首を横に振る。

「憎いんだな?」

 ルックの確認に頷くヒヤ。

「当然だな。それだけの事をお前たちにしてるんだから」

 諦めにも似た感情を持ってルックが言う。

 実際、ルック自身、ヒヤを犯した事があった。

 罪の意識が無いわけでは、無かった。

 しかし、ルックは語る。

「俺達も怖いんだ。俺と一緒にお前を犯したひげの男が居たが、そいつな、一昨日の戦闘で負傷したあげく、苦しみに苦しんで死んだよ」

 ヒヤは、何の感情を見せない。

「悲しんで欲しいって事じゃないから別に良いさ。ただ、俺達も被害者なのさ。こうやってお前達に酷いことしているが、相手だって同じ事をしている。どっちもどっちなんだよ」

 ルックは、空を見上げて言う。

「戦争なんて誰が始めたんだろうな?」

 ヒヤは、何も答えずそんなルックを見続ける。

「解ってるさ、実際に人を殺してるのは、俺達だ。俺達が止めれば済むのかもな」

 ルックの答えにヒヤは、やはり何も言わない。

 ルックは、頭をかきながら言う。

「ああ、そんな理想論に意味が無いって事もわかってる。だけど、そんな事も思っちまうんだよ」

 ヒヤは、今度は、頷く。

 それを見てルックが戸惑う。

「まさか、悩めって思っているのか?」

 再びヒヤは、答えない。

「全ては、俺達しだいって事かよ」

 ルックは、立ち上がった。



 その行動は、最前線から始まった。

 一見すると戦争放棄とも思える、前線兵の進攻拒否。

 当然、何人もの兵士が見せしめで殺されたが、兵士達は、敵兵から襲撃以外で戦いを行おうとしなかった。

 それは、自然と敵側にも伝染した。

 お互いに戦いに疲れていたのだ。

 何時しか、文化人がそれを伝え、お互いの国の内部で争論となっていった。

 時代は、休戦への流れに向かっていこうとしていた。



「休戦など認められるか!」

 一人の将軍が居た。

 彼は、この戦乱を利用して、上り詰めた男。

 戦争こそが生きがいであり、出世の道と疑わなかった。

 そして、男の手には、協定で禁じられていた大量殺戮兵器のスイッチがあった。

「これを発射すれば、休戦など誰も考えなくなるだろう」

 騒乱の時代が生み出した狂気の将軍の馬鹿な判断でしか無かった。

 この将軍の思惑通りに戦争が続いた場合、待っているのは、お互いの国家体制の崩壊、他の隣国から侵略による滅亡しか残っていない。

 それも、男の国には、大量殺戮兵器を使用した犯罪国家の汚名も付く。

 そうなった国の末路は、悲惨な物になるであろう。

 しかし、将軍は、スイッチを押してしまった。



「ヒヤ、もしもこのまま戦争が終わったら、俺と一緒に来ないか?」

 ルックは、自分のベッドで横になるヒヤに話しかける。

 ヒヤが首を横に振るのを見て苦笑いを浮かべる。

「そうだよな、散々な事をしておいて、こんな事を言うのは、恥知らずもいい所だよな」

 しかし、覚悟を決めた様にヒヤを起こして、正面から言う。

「俺は、自分のやった事の償いをしたい。その横にお前が居て欲しいんだ!」

 ヒヤが笑みを浮かべてからやはり首を横に振る。

「お願いだ!」

 必死に頼み込むルック。

 そんな時、後ろから別の少女の声がする。

「ごめんね、そのこは、あちきの部下だから、一緒にいけないの」

 ルックが振り返ると、そこには、髪をポニーテールにした少女が立っていた。

「お前、何者だ?」

 ポニーテールの少女がヒヤに近づきその唇を触れる。

「百姿獣、審査結果を告げなさい」

「はい、八百刃様。この世界の人間は、まだ戦争の闇から抜け出せる光を持っています」

 ヒヤの声に驚くルック。

「お前、しゃべれないんじゃなかったのか?」

 八百刃が頷く。

「あちきが、しゃべる事を禁じていたの。導きも与えず、貴方達が自力で戦争を止める事が出来るかを判断する触媒としてのみ存在させる為にね」

 ルックが戸惑いながらつぶやく。

「何を言っているんだ。まるで神様みたいな事を言ってやがる」

 するとヒヤが告げた。

「この御方は、戦いを司る神の頂点に立たれる神です。この世界の人間にまだ救う価値があるかを判断する為に私を遣わせたのです」

 ルックが驚く中、八百刃が空を見る。

「来る。良いね」

 ヒヤと呼ばれた者は、次の瞬間、その体を変化させながら窓から天に昇っていく。

 そして、その先に広がる大量殺戮兵器を無効化するのであった。

 その風景をまるで夢のような思いで見ていたルックが振り返るとすでに八百刃の姿がなくなっていた。

「ヒヤ、君は、神様が使わした天使だったんだね」

 その後、この神の奇跡は、世界中に広がり、戦争緩和を促す力となるのであった。



「今回は、辛い仕事をさせたわね」

 自分の神殿で八百刃は、ヒヤの姿をとる百姿獣を労う。

「いえ、戦いの中で発生するあの様な狂気も全て、我々の責任ですから」

 八百刃が頷き続ける。

「狂気を生むとしても人から戦いを奪うことは、出来ない。それは、生きる権利を奪うのと同じだから」

 百姿獣がしみじみという。

「ルックがもしあの時、ただ戦うのを止める道を選んでいたら、人としての限界と判断せざる得なかった。自分や自分の大切な者を護る事が出来て初めて、生きる意味がある。八百刃様のお言葉です」

 しみじみとした雰囲気の中、白牙がやって来た。

「ところで、百姿獣の報告書を確認したのだが、ヤオが合流した時間が、分身を生み出して送り出した時間と現地時間で三日ほどずれているのだが、どういうことだ」

 八百刃は、視線をずらして言う。

「いや、タイミングが合わなくって。ほら、大量殺戮兵器を無効化にするって奇跡を見せた方が、効果的でしょ?」

 白牙が百姿獣に方を向く。

「話は、変わるが、現地で美味しい卵料理の店があるって聞いた事は、あるか?」

 百姿獣が首を横に振る。

「あそこは、そんな余裕は、ありませんでした。しかし、近くに卵の生産地として有名な場所があった気が……」

「あの卵は、生卵でも美味しかったな」

 八百刃の呟きに白牙が睨む。

「やっぱりそうか! お前の事だ、タイミングなんて見誤るなんてあるわけ無いからな!」

「偶々だよ!」

 必死に言い訳をする八百刃だったが、白牙に認められる事は、無かった。

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