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ミコート自治州―――3

 扉の前に立つ。自分の服装、身だしなみ、全てに問題はない。それを確認してからドアをノックする。


「失礼します! 出頭を命じられましたジャックです!」


「入りたまえ」


 扉を開けてはいると、中は狭い部屋に多くの書類が押し込まれたような部屋となっていた。家具は中央のテーブルとイスだけであり、部屋の床にはあちらこちらに紙の束が無造作に放置されている。足の踏み場もない、という状況の一歩手前と言える状況だ。それらは全て書類ではなく、報告書の類だろう。突如として指揮系統のトップに置かれた割には律儀にも頑張ってくれているようだ。共和国の軍人は意外と情に脆いのかもしれないと思いながら、背筋を伸ばし敬礼する。略式だが軍人として必要なアレコレはアランに教わっている。


「うむ。解いてよし」


 テーブルの裏にいるのは岩窟を連想させるような老人だった。既に80には入っているだろう、なのにそこには老いを見せる姿はない。白髪に無造作に生えている髭は確実に老化の証だが、それを見せない熱がその瞳には宿っている。この老人はまだまだ戦える。それが目を見て理解できる。その横に立っている中年の男がおそらく副官であるとすれば。


 この老人が、ギアフリード将軍か。


 思っていたよりも歳を取った人物に対して、少々驚く。


「卿が報告で受けたジャックであると判断するが良かろうか」


「ハッ!」


 言われたとおりに構えを解く。その様子をふむ、と声を漏らしながら将軍が眺める。その視線は此方を品定めしているようにも見える。が、横の副官は不安そうな声を出す。


「将軍、この子は少々若すぎるのではないでしょうか?」


 だが将軍はそれに応えず、ひたすら此方を眺めながら、


「卿、名前は」


 この爺耄碌してるのか?


 などとは絶対に言うことはできない。アランの教えその一、軍は軍規が全てであり、それに逆らったヤツは糞のほども価値がない、らしい。


「ハッ! ジャックであります!」


「家名は」


「平民であるためありません!」


「種族は」


 答えにくい所を容赦なく聞いてきた。この街では差別意識は低い為ほとんど問題ないが、他の街だったら選別されているのとでも思われそうな質問だ。だがこの老人がそのような性格をしていないのは解る。この部屋についてきた精霊達が警戒していない。それだけで十分だ。


「人間とエルフのハーフです!」


「ほう、森の民のハーフか。それも人のとは珍しい」


「こっほん、将軍」


 副官の方はどうやら常識的な人物なのか、あまり話題に触れるべきではないと注意を促している。だがそれと変わって、将軍の方はそれを聞いて頷いている。テーブルに肘をつき、笑顔を浮かべて頬杖を突く。


「弓が得意だと聞いた。卿はどんな弓が得意だ」


「短弓を使った狩猟で生計を立てていました! 長弓でも普通の弓でも、弓であるのならばどれでも使いこなす自信があります!」


「森の民は指先が器用であったな。ふむ」


 そこで将軍がいったん言葉を区切る。


「では、卿は魔法に関してはどうだ? イケル口か?」


 意外とこの将軍、フランクなのかもしれない。少しだけ心の警戒を解きつつ将軍に接する。


「ハッ! 魔法は精霊魔法が得意であります! 父よりシャーマニズムとドルイドの知識を教授されています!」


「おい、聴いたか息子よ。これ以上ない最高の人材だ」


 笑みを浮かべた将軍が両手を広げ、歓迎をジェスチャーするが、息子と呼ばれた副官が額に皺を寄せて否定する。


「いい加減にしてください将軍。確かに人材としては最高かもしれませんが若すぎる上に戦の経験が皆無です。人選を選ぶにしたってもう少し別の人物を選ぶべきです。彼では潰れてしまいます」


「失敗と言わないのが卿の甘いところだよ。問題は潰れるか潰れないかの問題ではなく、任務を達成できるかできないかの問題だ。足がつぶれようが腕がつぶれようが歯で、目で射る事が出来ればそれでいい。それが軍人という生き物だ。まだまだ卿は未熟よな」


「将軍が苛烈すぎるだけです!」


 それには全面的に支持しよう。この将軍は今、副官の制止を振り払って何かとてつもなくヤバイ事を企てている気がする。


「ジャック少年よ」


「ハッ!」


こっちに向き直した将軍の視線を受け、姿勢を正す。


「卿は南の森に関してはどうだ? 知識はあるかね?」


「幼少の頃から毎日あそこで父と走りまわり、狩りを習い、先日まで狩りに出ていました! 自分の庭同然です!」


「良く言った! 卿を採用する!」


「将軍!」


「黙れ若造!」


 副官へと向けて将軍が怒声を放つ。それは怒りではなく、未熟者を咎めるような声だ。


「今ここに必要なのは情ではない! ゼロを一へと変える為の要素だ! その優しさは贅沢であり不要な余裕だ。我々には手段はない。選ぶ必要もない。今は平時ではなく非常時だと理解しろ! 勝てない戦いを勝てないままで終わらせるのが軍人の職務であるか? そうなのか? 答えろ!」


 苦い表情を浮かべ、副官が黙る。


「良いか。勝利の為であれば身内でさえ切るのが我々軍人であり、その家系に生まれてしまった卿の運命だ。逃れたいのであれば絶縁しろ。私の家族である限りは利用させてもらうし方針は変えない。伊達や酔狂で百戦錬磨と呼ばれているわけではないのだよ。理解できたかね?」


「……はい」


 突如始まった事態には何も言えない。そこでだまって話を聞くしかなかった。が、その気落ちは少しだけ解る。つまり自分よりも幼いものを戦場に投入するのが嫌だったのだろう。これから何かをやらされるのだろうが、それはほぼ確実に俺の命を奪うものとなるのだが―――


「―――やらせてください」


「君……」


「ほう?」


「やらせて、ください」


 あぁ、前に進むしかない。こんなチャンスはない。帝国の連中は絶対に許さない。森を荒したこと、父の墓を荒したこと、そして俺の思い出を壊そうとしている事。どれも許せない。こんな状況で一泡吹かせる事が出来るのなら、


「なんだってやります。帝国に一矢報いる為なら」


「―――卿、その言葉に偽りはないな?」


 胸に拳を当て、敬礼を取る。


「父と母の名に誓って」


 そうか、ならば、と将軍が区切りながら、報告書の山を退けて二枚の紙を取り出す。一つは精巧なスケッチだ。美しい服装に身を纏った青年の姿が映っている。そしてもう一つはここ、ミコート周辺の地図だ。それも最新版の、森が削られ帝国軍の姿まで描かれている。それをテーブルの上に広げながらそれを押さえつけ、


「時に卿よ」


「ハッ、なんでしょうか将軍」


「卿もまだ十五の少年であろう。言葉は少々崩しても構わん」


 そう言われ、少々困る。さっきは軍人の道とやらと語っておきながら、言葉を崩せとは少々矛盾していないか?


「卿に疑問があるのだが」


 そこでたっぷりタメを作ってから将軍が言う。


「卿―――10キロを匍匐前進で進めるか?」


「……え?」


「やっぱりそう思いますよね……」


 将軍の言いだしたことに軽く思考が停止しかける。10キロを匍匐前進。10キロと言えばここから帝国軍の位置が丁度10キロだ。その間には森が存在するが、直線状に進んで10キロだ。そして先ほど、この将軍は質問してきた。


 森をどれだけ知っていると。


「ふむ、聡い子であるな。あぁ、概ね卿が想像した通りだ」


 そこで腰から短刀を将軍が抜き、それをスケッチに向ける。改めて見るとその青年が魔族の者だというのが解る。それもかなり地位の高い人物だ。服装と角がそれを示している。


「こいつはグラナーダ帝国第三皇子シュバルツヒルト・フォン・ゲオルギア、つまり敵であり」


 短刀を手の平で一回転させてからそれをキャッチする。


「今、我々を相手にしている部隊の総大将でもある。今、この男が一番邪魔だ。解るかね? 簡単な話だ」


 握った短刀をスケッチに突き刺す。


「卿がこの男を殺せ」


 言った。


「匍匐前進で敵陣地まで魔導結界を掻い潜り潜入し、弓による狙撃で始末しろ」


 ―――むちゃくちゃだ。


 まず前提からしてこの男を一撃で殺すだけの力量が要求されている。魔族というだけで殺しにくいのに王族となれば英雄級の実力者だ。それに加えて匍匐前進で10キロを移動するだけの体力と精神力、そして森に配置されているであろう魔導結界を潜りぬけるだけの魔法の腕前が必要だ。いろんな分野における高いレベルの技術が必要とされている。


「ジャック卿はこれをできるな?」


 それは質問ではない。確認だ。そう、此方が絶対に応えると解っていて聞いてきている。返事は変わらない。あぁ、やって見せるさ。王子の一人や二人。帝国の奴らは許さない。まずは王子の頭を射抜いて、生き抜いて、そしてまた狩ってやる。一人残さず、狩り殺す。


「ハッ、ご期待に応えて見せます」


「あーあ……もう知りませんよ……いや、本当に……」


 俯いて顔に手を当てる副官の様子とは対照的に、将軍は声を上げて笑う。


「はっはっはっはっは! 愉快! 実に愉快! 良い気概! 良い覇気だ! 若者はこうでなくては困る! 卿のその心意気天晴れ、ただの死にたがりではなく生への覚悟を見た! 今あらためて卿にこの大任を任せよう。出てきても良いぞ」


「コンッ!」


 可愛らしい鳴き声と共にテーブルの下から金色の生き物が現れる。素早く表れた生物は足元に到着すると、そのまま素早い動きで体を駆け上ってくる。驚いている間に金色の生物は肩を上りきり、そこからジャンプしてテーブルの上へと飛び移る。


「こらこら、行儀が悪いですよ」


「コンッ」


 副官の言葉に対して抗議の言葉を放つ生き物を見る―――狐だ。


「彼女が卿の観測手スポッターを担ってくれる。夜目が利き、同時に魔法にもそれなりに精通している。卿が森を抜ける際に魔導の気配を察知してくれる頼もしい存在でいてくれるはずだ」


 金毛の狐を眺める。


「よ、よろしくお願いします」


 金色って目立つのではないだろうか。まあ、おそらく服の中にでも隠れてもらうのだろうが。


「コンッ!」


 少し戸惑う此方に対して、狐は勢いよく返答をくれる。その姿に呆れるような様子の副官が口を開こうとして、そして諦めたように口を閉じる。なんだか段々とだが副官が哀れに見えてきた。しかし今はそれよりも、


 敬礼する。


「ミコート自衛軍所属弓兵ジャック、任務を承知いたしました」


「ハンターだ」


「はぁ?」


 頬杖を突く将軍は言う。


「任務中はハンターと名乗れ。こういう隠密任務では偽名かコードネームを使うのが常だ。まあ、今回は通信妨害がある為ほぼ意味のないものだが、任務終了時まで卿はハンターと名乗っておけ」


「ハッ!」


「作戦開始時間の二時間前にはここに戻ってくる様に。それでは作戦会議を終了とする。卿の肩にこの街の運命が決まると理解するのがいい。それでは帰っても良いぞ」


「ハッ! ありがとうございました!」


 これが、英雄の始まりだった。

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