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ミコート自治州―――2

 腕を引く。弦を限界まで引けばいいと思っている人間は多い。確かに遠くを射る時はそうかもしれないが、日常的にそうしていれば弓と、弦を痛めてしまう。だから全力で射るのは本当に強く矢を撃つ時のみで、必殺を誓った時のみだ。だからこそ、こんな練習で全力で弦を引く事はない。大事な弓であり、大事な武器だ。こんなことで損耗させてはもったいない。


 だから加減を持って、矢を放つ。


 使うのは普通の弓と比べて若干短い、いわゆる短弓、ショートボウと呼ばれる弓だ。ロングボウと比べて引き絞れる距離も、込められる力の量も違って、全体的に言って威力は劣る。だがその代りに、この短弓という弓は非常に扱いやすく、そして運ぶのに便利だ。


 だから基本的にこの弓を使っている。


「ッ!」


 ロングボウ用の的は100メートルほどの距離に置かれている。それは普通の弓よりも射程距離が長い故にその距離に置かれているので、普通の弓であればその少し前、80メートルがいいところだろう。真直ぐ、正面に向かって射るのではなく、地に引き寄せられる力を利用し―――放物線を描くように弓を射る。威力は下がるが、


「ツァッ!」


 矢が的の中央に刺さる。威力は多少落ちても、それは魔力による硬度強化や貫通力強化を考えれば十分な話だ。狩りにまで魔力による強化を持ち出すのは正直な話、父の教えもあっていい気分はしない。人は自らの力で生きるべきであり、与えられた知識は知識であり、力は力であると。その責任の所在を使って考えろ。良く言われていたものだ。


「よぉ、相変わらず腕がいいな。また真ん中に命中させてるじゃねぇか」


 馴れ馴れしく、軍服姿の男、今は同僚となってしまったアランが髪をぐしゃぐしゃにする様に頭を撫でてくる。


「止めてくれよアラン、地味に髪を直すのが大変なんだよ」


 こいつは俺が寝癖を直すのにどれだけ時間をかけてるのか解らないのか。それに、


「狩りじゃこんな撃ち方話にならないよ。当たっても死なないし。一発で急所に当てなきゃそのまま逃げられちゃう」


「魔法使えばいいだろ?」


 解ってるくせに。


 周りで精霊達がじゃれついてくるのが見える。彼らの事が話題に出たため、小さな風の精霊達が淡く姿を光らせながら、呼んだか確認してくる。


「無駄な事に精霊達を使うのは―――嫌いなんだッ!」


 再び矢を放つ。的に突き刺さった矢の直ぐ横に突き刺さり、ほぼ寸分の狂いもなく中央に突き刺さる。短弓の最大の利点は持ち運びと、短距離における運用での高威力を出せる事だ。肩の周りに集まりだした精霊たちにさようならを告げ、弓を下ろす。


「精霊は―――」


「―――汝の良き隣人であり理解者である。故に我らこそ良き隣人であり理解者であれ、だろ? お前もお前の親父も何回も言うから耳が痛ぇよ。本人たちは喜んで手伝ってんだからもうチョイ出番をやれよ」


「本来なら戦争の道具に弓を使うのも嫌なんだけど……」


 弓の訓練場所となっている所から南へと視線を向ければ、そこには森が広がっている。本来ならあの森の中でのみこの弓を使い、そして精霊達と対話をして、日々の糧を狩りで得て、それを売ったり交換したりで生活する。そんな生活が自分の理想だったのだが、それももう叶わない。


 戦争だ。


 このミコートの南、森を抜けた所に帝国軍が存在している。本来なら超がつくほどの大森林で、抜けるのに数日はかかるほどの場所だが、それは帝国軍の進行に合わせて魔法や武器で破壊されながらここまで進んできた。もうここと帝国軍の間には10数キロ程度しか距離がない。この街にいるだれもが軽い絶望を感じている。


 帝国軍には絶対勝てない。


 連合軍の援軍も到着は間に合わないらしい。既に逃げ出した人もいるが―――既に帝国軍の人間が一部、回り込んで街の様子をうかがっているという話がある。捕まっている可能性が高い。帝国の奴隷制度の話は有名すぎる。


「俺は」


「狩人、だからだろ? それ位解ってるけどな、今は戦争なんだよ、少年」


「少年って言うが俺はもう十五だぞ」


 成人するのが十八のこのミコートでは、もうほとんど大人と言ってもいい歳だ。


「俺は二十だ」


「で?」


「つまり俺は年長者でお前はガキ」


「黙れアラン。レベッカのケツでも追いかけてろ」


「お、おい、そんな事を言うなよ! まるでお、俺が……」


「もじもじすんのやめろ。キモイわ」


 この男、大人を名乗る割には異常に女性に対する免疫がない、というよりはプラトニックな恋愛を夢見すぎている。中々いい体格しているのにその態度は正直キモく、見ていられない。


「ふぅ」


 軽く息を吐き出しながら額の汗を拭う。的には十数本しか矢が突き刺さっていないが、それらは全て今日の練習中に何度も繰り返し使用してきたものだ。練習の為に使い捨てにするだけの余裕は今、この街にはない。


「今日はもうあがりか?」


「あぁ。晩飯の用意しなきゃいけないし」


 父が死んでからすでに三年が経過している。もう既に一人での生活は慣れたが、こうやって様子を見に来てくれる知り合いもいて、あまり退屈しない日々だとは思うが、これももう終わりに近い。帝国軍の脅威は圧倒的だ。ミコートの自衛軍は元々形だけのもので、訓練もなあなあの、弱い軍隊だ。元々交易で成長しているミコートは永世中立を掲げていて、それを捨てて襲い掛かってくる者があれば商工会のブラックリスト行きだ。常識的に考えて争いを起こそうとする国はない。


 なかったはずなのだが、


「……軍服かあ……」


「着ているというよりは着られている感じだな」


「黙ってろよ」


 矢を一本取り出し、その矢じりに映る自分の姿を見る。若干赤い、短めの茶髪に童顔と言われても仕方のない顔。そしてミコート自衛軍の戦闘をあまり想定していない、金属が極端に少ない軍服。見栄えだけはいいが、やはりアランの言葉に間違いはない。それに軍服は少し重い。もっと軽い服装の方が弓を射る時には楽だ。


「まあ、間違ってないんだけどさあ」


「それが認められるだけお前は十分に大人だよ。すくなくとも他の同世代のガキよりか、はな」


 そこで溜息を吐き、アランが真剣な表情を浮かべる。


「おい―――」


「断る。俺は何を言われようともこの戦争には参加する。すくなくともそれだけの理由はある」


「……あー……この時ばかりはお前が年相応のガキであって欲しかったよ……戦争なんてロクなもんじゃねぇぞぉ? 痛いぞぉ? 死んじゃうぞぉ?」


「まるで怪談を聞かせる様に言うなよ!」


 再び溜息を吐きながら弓を背負い、矢筒に矢を戻しながら改めてアランの方へ向きあう。さて、


「俺に用事があって邪魔をしたんだろ」


「ああ。お前、今のミコート自衛軍のトップを知ってるか?」


 もちろん知っている。共和国の方から来た軍の偉い人間が休暇か何かでここへ来たときに帝国がやってきたので、素人に任せず指揮権を渡して代わりにトップに立ってもらっているのだ。名前はそう、たしか、


「ギガファイアー将軍」


「ギアフリード将軍だ! なんだそのいかにも燃え盛っていそうな将軍は! なんか魔法の名前にしたら凄い強そうだぞそれ」


「惜しい」


「惜しくねぇよ」


 で、


「その将軍様が一体どうしたんだ?」


 アランがあからさまに不満そうな顔をする。そこで再び真剣な表情を浮かべ、


「いいか、ジャック―――今のうちに軍を抜けろ。悪いことは言わねぇ、それが一番良い」


 この男は心配しすぎだ。気持ちは解るが、そこまで過保護にされると逆に窮屈だ。


「とっとと要件を言ってくれ」


 はぁ、とアランが溜息を吐き、


「―――ギアフリード将軍がお前を呼んでいる。出頭せよ、だとよさ」


「共和国の将軍様がぁ?」


 自分の様な一般人と共和国の将軍との間に関わりがあるはずもない。親父が実は元貴族の家の出で、その兄弟が将軍様だったらまた話が違うのだろうが、生憎と自分の父親はそんな波乱万丈な人生は送っていない、ただの狩人だ。母親もミコートの街の出身の娘だ。そんな設定はありえない。だからこんな一般兵を呼ぶことなんてありえないのだが、


「嘘じゃないだろうな?」


「何で俺を疑うんだよひでぇなあ」


 まあ、アランの様子からからかわれている可能性を除外する。となると余計に呼ばれる理由が解らない。だが、どうでもいい話だ。あの森を土足で踏み込み切り裂いてきた帝国の奴らは許せない。それだけは絶対に許せない。


 あそこには、父の墓があるんだ。


「出頭してくる」


「あいよ、幸運を祈っているぞ」


 アランに見送られながら、ミコート政庁に設置された帝国軍対策本部へと向かう。

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