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水乃の謎

「ワタったな……」

 見慣れた天井を見つめながら、千早は無感動に呟いた。起き上がるといつも通り朝の支度を始める。

「色々と調べることが増えたな。試してみたいこともあるし、いいタイミングでワタったかもしれない」

 ぶつぶつと独りごちながら制服に袖を通し、難しい顔のまま居間に向かう。

「おはよう……あら、どうかしたの?」

 母は千早を見るやいなや、首を傾げて尋ねてきた。

「ん? どうって何が?」

「怖い顔してたから」

 そう言って眉間を指差す。そこで初めて千早は自分の眉間に皺が寄っていることに気付いた。揉みほぐしながら弁解する。

「なんでもないよ。ちょっと考え事してて」

「そう。何事も切り替えは大切よ。今は朝ご飯!」

 千早は頷いて食卓についた。

「うん。いただきます」


 食事を終え外に出ると、父が日課の精神統一をしていた。いつもは一声かけるだけで通り過ぎる千早だが、この日はふと気になって疑問をぶつけた。

「その精神統一って効くの?」

 父が千早に向き直る。

「さて……気分的なものだな。若い頃からの癖だから。昔はよく混乱する度、こうやって落ち着きを取り戻そうとしていたんだよ」

「へえ。僕もやってみるかな」

「こっちに来るか?」

「いや、今日はいいよ。明日早起きする」

 千早が断って「行ってきます」と言うと、父は一つ頷いて目を閉じ自らの世界に戻っていった。


 この日千早は一番乗りで教室に入った。梅雨の時季にあっては珍しく、いい天気である。教室の窓を一つ一つ開けていく。心地良い風が流れ込んできた。

「おはよう」

 後ろから声をかけられた。千早には確かめずとも声の主がわかっていたが、振り返って挨拶を返す。

「おはよう」

「いい天気だね」

 水乃は外を見ながら言った。

「うん。久しぶりにね」

 千早も外を眺める。グラウンドで野球部が朝練をしている。

「鞍馬君、あの……」

 水乃に視線を戻すと、何か居心地悪そうにもじもじとして俯いている。

「何?」

 千早が返してもなかなか先を続けようとしない。千早が訝しんで更に尋ねようとすると、ようやく水乃は言葉をついだ。

「あの……ゲームはまだ、その、続いてるの?」

 思いがけない質問に面食らった千早は一瞬答えに窮した。待たずして水乃が話し始める。

「私も、その……鞍馬君のやってるゲームに興味があるっていうか……ええと、ごめんね。違うの。鞍馬君が、あの……心配? とも違うんだけど……気になるっていうか……あっ! ごめんなさい、今のは変な意味じゃ!」

 それ以降水乃は顔を赤くして「あー」とか「うー」とかいう意味をなさない言葉しか発さなくなってしまった。次第にその声も萎んでいき、二人の間に無言の帳が降りる。

 千早は水乃がそれ以上何も言えそうにないのを確認して口を開いた。

「ゲームはやってるといえばやってるかな。でも、あんまりクエストこなしてないからレベルは低いまんま。興味あるなら招待しようか?」

水乃は首を横に振った。

「ううん、いい……実は、私もそのゲームやってて。それで、その……ちょっと気になったっていうか……」

瞬間、千早に一つの考えがよぎり思わず水乃の腕を掴んだ。

「ワタリなの?」

「えっ? 何……」

突然腕を掴まれて水乃は驚きに目を見開いた。見る間に顔が赤くなっていく。

「……なわけないか。ごめん、なんでもない。」

 戸惑う水乃を見てすぐに手を離す。水乃は暫く顔を赤くしたまま視線を泳がせていたが、意を決したように口を開いた。

「あの、ね。もし困ることがあったらアプリオリを探すと良いよ。」

「アプリオリ……? 初めて聞いた単語だな。攻略サイトにもそんなの書いてなかったと思うんだけど。何、それ? キャラクター名?」

 水乃のアドバイスに千早が首を傾げる。プレイ自体は殆どしていないが、攻略サイトは何か参考になるかもと読み漁っていた。初耳などあり得るだろうか。

「えっと……キャラクター名じゃないけど、人のことかな。知っている人は少ないと思うし、あまり広まって欲しくないの。探すときは……その、プレイヤーじゃなくてNPC、っていうの? ゲームの中の人に声かけてみて。」

 曖昧な言い方に千早は更に怪訝な表情になった。言葉通りに受け取れば、アプリオリとは隠しイベントに登場するキャラクターで、特定のNPCに話しかけることで発生するということだろう。しかし、これほど回りくどい言い方をするだろうか。そもそも隠しイベントであれば、それこそ攻略サイトに記載があるはずである。

 やはり水乃は自分と同じワタリか、ワタリの関係者なのではないか。そう思い千早が口を開こうとしたところで教室に別の生徒が入ってきた。水乃は慌てたように席に戻ってしまった。

 その日何度となく水乃に声をかけようとした千早であったが、いつもであれば根を生やしたように席で分厚い本を広げて動かない水乃が、休み時間の度に姿を消してしまい叶わなかった。放課後も千早がクラスメイトに話しかけられている間に帰宅したようだ。溜息をついて千早も教室を出た。


 家に帰る前にネットカフェに寄り、水乃の言っていたアプリオリについて調べてみる。

「特にワタリとかゲームに関する事は出てこないな……意味は……先天的……?」

 やはり調べても欲しい情報はなかったが、アプリオリは造語ではなく辞書にもある単語で、アポステリオリという対義語が存在することが千早には引っかかった。

 試しにゲームにログインし、端から節操なくNPCに声をかけてみたが、めぼしい答えを返す者はいなかった。裏掲示板で尋ねることも考えたが、水乃が言った「広まって欲しくない」の言葉を思い出し、ひとまずはやめておく。

「月草がもしワタリで俺のことも気づいてるなら、ユメの人間に聞けって意味だろうな。アプリオリは人名じゃないって言っていたし、アポステリオリも存在するんだろうか……詳しく聞きたかったのに。」

 これ以上はユメに渡ってから確かめるか、明日また水乃に聞く以外方法がない。千早は思考を切り替えて別のことを調べ始めた。

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