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荷馬車の旅

 男爵はすぐさま踵を返し、外へと向かって行く。小男は踊り出さんばかりの足取りで男爵の後に続いた。

「なんだ、結構あっさり決まっちゃったのね。君、さっきの話は本当なの?」

 二人の姿がなくなると、女は興味深々な様子で千早に尋ねた。

「出自のことなら記憶がないのでなんとも」

「あら、胡散臭い。言いつけてやろうかしら」

 千早が適当にあしらうと、女は自らの唇を指先でなぞりながら千早を流し見た。身体は格子に密着している。

「どうぞ、ご自由に。少なくともあなたは僕が“お坊ちゃん”に見えたんでしょう? だったら僕は、虚ろな自分の記憶よりあなたの目を信じますよ」

 意に介す様子もなく答える千早に、女はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「可愛げのないこと」


 数分の後、千早を連れてきた背高の男が現れた。千早の牢を空け中に入ってくると、強引に千早の腕を掴み縄で縛り上げてしまう。縄を引いて千早を牢から出すと、今度は女の牢に入り同じ事を繰り返した。女は「そんなにきつく縛らないで」「ほら、焦っちゃだめよ」などしなを作りながら男をかまったが、男は全くの無反応で黙々と女を縛り上げたのだった。

 男に促され外に出ると、小男と見覚えのない男の2人が千早達を待っていた。男爵の姿はない。

「さっさと詰めろ。旦那様をお待たせするな」

 その言葉が合図であったかのように、千早は後ろから押さえつけられ、体ごと袋を覆い被せられた。千早がとっさに抗おうとすると、腹の辺りを強い衝撃が襲った。息が詰まり、全身が強張る。殴られたのだ。

「大人しくしていろ」

 

 千早は逆さ吊りで外の状況もわからぬままゆさゆさと揺られ続けたが、しばらくして男が立ち止まると、何か硬い板のような物の上に放り出された。ろくな受け身もとれず、したたかに身体を打つ。恐らく女も同じだったのだろう、近くでどさりという音と共に小さく女の悲鳴が聞こえた。

 それと同時に、放り出された板ごと体が大きく揺れ、追って小刻みな振動を千早に伝えながら動き出した。どうやら荷馬車に載せられたようだ。車輪からの強い振動を直に受け、袋の中の埃っぽい空気と息苦しさも相まって気分が悪くなる。

「痛え……」

 千早のつぶやきが聞こえたのか、女が話しかけてきた。

「大丈夫? 私は大丈夫じゃない」

「僕も大丈夫じゃありません……積荷はあまり話さない方が良いのでは?」

「私達が積荷だなんて誰が言ったの? つまんない事言わないで付き合いなさいな。お喋りでもしてなきゃ気が紛れないでしょう」

 女の言い分はもっともであったので、千早はもう少し女から情報を仕入れることにした。

「男爵は奴隷商として僕達を買い付けたんですよね? 男爵自身は奴隷を持たないんでしょうか」

「いいえ、男爵も何人か飼ってるみたい」

 女の言葉に引っかかりを覚える。飼っている?

「奴隷というのは使用人のイメージだったんですが……」

「中流階級だったらね。でも上流階級のお貴族様が奴隷なんか使うわけないじゃない。少なくとも許可証は持ってなきゃ使用人にすらなれないわよ。そうじゃなくて、私達はペットなの。愛玩用」

 それは千早の驚愕に足る情報だった。自分が愛玩用? ありえないと思っていた。それ程華のある見た目でもない自分がこうも簡単に貴族に取り入るチャンスを掴めるとは。

「そういうのは見た目が良くなければいけないんだと思っていました。僕なんかでもいいんですね」

「あら、そう? 私はあなた可愛いと思うけど。でも、そうね。あなたの場合見た目というより雰囲気じゃないかしら。清潔感っていうか高級感っていうか……あまり奴隷になるような人間にはいないタイプだもの。目を引くわ」

 納得いくようないかないような理由だったが、嬉しい誤算である。ペットという限定された役割であれば、計画を練りやすい。

「成る程……男爵は主人としてはどうなんでしょう?」

「さあ? そこまでは知らないわ。でも、男爵のもとに残るよりは更に上の貴族に買われたいわね、私は」

「そうですか……そうですね」

 千早はめまぐるしく脳を回転させ、今後自分がとるべき行動を考えた。ペットなど長く見積もっても5年で飽きられてしまうだろう。捨てられる前に上手く奴隷から脱却し、許可証を得て職を探すには……

「あんまり夢は見ない方がいいわよ。昔のことは忘れて、惨めな生き方に慣れた方が楽だわ」

 女は考え込む千早に何か感じ取ったのか、そんなことを言った。しかし千早にとってそれは、当然納得するわけにはいかない言葉であった。


 永遠かに思われた荷馬車の旅であったが、時間にするとそれ程でもなかったのかもしれない。千早が袋に詰められる前中天にあった太陽は、傾いてはいるものの、まだ空にある。

 千早はその西日を屋敷の一室で眺めていた。袋から出されるやいなや、大勢の女に服を剥かれ、湯の入った盥に放り込まれて痛いほど磨き上げられたかと思うと、あれよという間に服を着せられて部屋に閉じ込められたのであった。部屋には千早の他に人はいない。

 千早に用意された服は、仕立ての良いものではあるが千早には少し大きい。シャツの袖を捲って調節した。

「悪くない待遇だな、本当にペットなんだ。一人一部屋……狭いけど」

 小さなベッドが一つ。それだけで殆ど部屋が埋まってしまっている。

「まさか今日はもうこれでお終いか? 飯は?」

 そういえば朝から何も食べていなかった。思い出せば腹が減る。試しにドアノブを回してみたが鍵がかかっている。耳を当ててみても人の気配はない。仕方なしにベッドに寝ころんで目を瞑った。

「昼寝でもワタるのかな」

 馬車旅で疲れていたのも手伝って、千早の意識は簡単に薄れていった。


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