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闇市

 その日の夜、千早は遅くまで携帯をいじって何か調べていた。開いていたのは、最近習慣となりつつあるワタリの掲示板であった。

 午前1時半、意を決したように携帯を閉じて布団に潜り込む。

「うまくやろう。出来なくはないはずだ」


 アパートで目覚めた千早は、いそいそと起き出し、まずギルドの依頼で稼いだ金を数え始めた。

 ギルドの斡旋する仕事は単純な肉体労働で、一日中身体を動かし続けヘトヘトになっても大した額を貰えなかった。しかも、毎日ギルドに顔を出しているにも関わらず、大抵の依頼が予定人員に達していて、請け負うことができたのは二回しかなかった。

 千早が手にしたのは八百リーグ。日本円に換算すると約八千円だ。その金を握りしめ、千早はギルドに向かった。

 ダンのいるカウンターにまっすぐ向かい、予めウツツでギルド宛てに金を振り込んだ事を伝える。

「ああ、確認できてるよ。二百リーグだね。ちょっと待っていてくれ」

 千早が利用したのはギルドの為替制度である。ギルドが設定するレートに従い、ユメとウツツと、世界を越えて両替することができるのだ。これにより、手持ちの資金と併せて一千リーグになった。

「ダンさん、このあたりでそれなりに見栄えのする服を売っている店はありますか?」

「服屋? なんでまた、せっかく稼いだ金をそんなことに使うんだい?」

「それしか思いつかなかったんです」

 ダンは心配そうに千早を見つめたが、質問には答えてくれた。

「近くの境界付近に一軒ある。しかし、何を考えているのか訊かないが……自分を大切にするんだよ」

 ダンはもしかすると、千早のやらんとしていることを察したのかもしれなかった。


 千早は一人、薄汚れた小路に突っ立っていた。ダンから教えられた店で買った服を身につけている。

 しばらくそうしてただじっとしていたが、ふと後ろに気配を感じて振り返る。いつの間にか背の高い男が間近に立っていた。

「何故こんなところにいる? 私を待っていたのか」

「あなたが誰だか知らないので何とも言えません。でも、確かに僕は待っていました」

「そうか。覚悟はできているか」

「はい」

 そんな問答を繰り広げると、男は千早の前に立って歩き出した。千早も後に続く。

 小路から小路へ、くねくねと曲がるうちに、千早は自分がどの辺りを歩いているのかわからなくなってしまった。もう逃げられない。千早の全身から冷や汗が吹き出した。

 男が止まった。一軒の民家に入り、迷わず書棚に手をかけた。ずらすと、隣家と繋がっていたのか、物置のような空間が現れた。男がさらに床にかけられたマットをめくり、床下格納庫かに見えた扉を開けると、地下へと続く階段が現れる。

 千早はいよいよ緊張や不安、恐怖などが入り混じり、脚がすくんで動かなくなってしまった。

「どうした。今更引き返せない。覚悟は決めたのだろう」

 唾を飲み込み、呼吸を意識する。息を吸い込み、吐く。また吸う。吐く。なんとか自らを鼓舞し、千早は足を踏み出した。


 階段の先は、地下牢だった。牢の中には、千早くらいの歳から30前後とおぼしき年代まで、人種も様々な人間が入れられていた。彼らの視線が突き刺さる。

「僕もここに入るんですか?」

 男は空の牢の前に立ち、扉に手をかけて千早を振り返った。

「そうだ。入れ」

 千早が躊躇していると、男は千早の腕を掴み、強引に牢の中へ放り込んでしまった。乱暴に扉が閉ざされ、南京錠をかける音が響く。

 男が去ると、自らの行動が早計ではなかったかという疑念が、じわじわと千早を侵し始めた。

「ねえ、君、どこのお坊ちゃん? なんで奴に捕まっちゃったわけ?」

 そんな時、女の声が響いた。声の方を見やると、向かいの女が手を振っている。牢から突き出された腕は、妙に白く艶めかしい。

「そう言うあなたは何故ここに?」

 千早は、女から視線を逸らすようにして問い返した。

「あら、答えないつもり? 生意気だこと。まあいいわ、可愛いから許してあげる。あたしはねえ……ふふ、確かに教えてあげる義理はないわね」

「ここに来てどれくらい経つんですか?」

「ひと月くらいかしら。早く買い手が欲しいわ、こんなとこに長くいたら黴が生えちゃうもの。ま、君も頑張って金持ちに選ばれなさいな」

 そう言って引っ込んでいく女の姿を目で負いながら、千早は改めてこの場が人身売買の闇市である事を認識した。ウツツで調べていたのはそういった裏情報だったのだ。

 千早が奴隷に甘んじるのを選ぶに至るまでにはかなりの葛藤があった。普通に職を探せば3ヶ月後には住む場所を失い、日々空腹との闘いになるのは目に見えているし、かと言って娼館に入れば、住と食の保障はある程度あっても、それ以上は望めないだろう。入ったが最後出ることはかなわず、使えなくなれば簡単に放り出されてしまう。

 それならばいっそ奴隷となって金持ちの家に入った方が、貧民街からは出られるし、関わる人間が少ない分やりようがあるだろうと考えたのだ。

 しかし、仕える主によっては最悪殺されることすらあり得る。その意味で、これは千早にとって最大の賭であった。

 そして、千早はもう牢の中にいる。最早逃げ出すことは出来ないのだ。


 千早は静かに待った。牢の中で過ごす数日の間に女が何度か話しかけてきたので、色々と情報を仕入れることができた。

 ここにいる奴隷の大半は、ワタリか、借金で首が回らなくなった者らしい。女は少なくとも前者ではないと言った。

「ワタリって以外と人気あるらしいわ。何人か売れていくのを見たけど、みんなワタリだもの。ま、その後は悲惨でしょうけどね」

「何故ワタリだとわかったんです?」

 千早の言葉に、女は怪訝な顔をした。

「随分世間知らずなお坊ちゃんね。本当に何故君みたいな箱入りがこんなところにいるのかしら?」

 今度は千早が怪訝な顔をする番だった。彼女は自分の正体に気づいていないのではないか?

「だって、ワタリの着てる服って変でしょう。それに、連れてこられた初日は、ここはどこだ! 夢ならなんで覚めないんだ! って大騒ぎするのよ。すぐわかるに決まってるじゃない?」

 千早は納得した。恐らく女は、ワタったばかりのワタリしか認識していないのだろう。千早は初めてワタってからそれなりに経っていたし、服を着替えていたから気づかれなかったのだ。

「ね、ところで……面白い情報があるの」

 女は急に声を潜め、鉄格子に手をかけて顔を寄せた。無論、向かいの千早に聞かせようとすれば、音が反響する地下の中にあっては他の奴隷たちにも聞こえてしまう。それでも女はそういうフリをした。

「もうすぐワルター男爵がここに来るかも。あたしがここに入る前、男爵のお気に入りが一人売れたって聞いたのよ」

「売れた? その男爵は奴隷の卸売りでもしているんですか?」

「そう。一応人身売買は国で禁止されてるから表立って出来ないじゃない? だからこういう闇市があるわけだけど、高尚なお貴族様はこんなとこに来たがらないから。それを利用して商売する金持ちがいるのよ。

 男爵は貴族の中でも侯爵とか伯爵を客にしてるみたい。ま、第三区に住んでて、わざわざ自分の足でこんなとこまで見にくる酔狂なんてワルター男爵くらいだと思うけどね……

 ふふふ、おわかりかしら? 君の家庭教師はこういう事を教えてくれなかったのね。大事な事なのに。私だったら色々教えてあげてたわ……色々、ね?」

 女は艶を帯びた声で笑った。


 千早が牢に入って一週間が経過した頃、女の予想通りワルター男爵はやってきた。後ろには揉み手をしながら見慣れない小男が付いてきている。

「いかがでございましょう? なかなかの粒揃いで、男爵閣下の御慧眼にもかなうかと存じますが」

 どうやら小男はこの闇市のオーナーらしい。

「ふん。ろくなのがおらんな」

 男爵は一つ一つ牢の中を覗き込んでは値踏みしていく。そして、女の前で止まった。

「ふむ……」

後ろに振り返り、千早の牢を覗き込む。

「ふむふむ……」

 じろじろと執拗に眺め回され、千早は思わず顔をしかめてしまう。

「この者は?」

 男爵は千早の方を向いたまま小男に尋ねた。

「ははあ、流石お目が高いですな! この少年は東方の高貴な出身でして、ある事情により国を追われてきたのです」

 小男が言ったのは酷いでたらめだったが、千早は何も言わなかった。むしろ、ワタリである事実を隠すことが出来、さらに常識を知らない言い訳にもなるこの出自設定を、頼みもしないのに作り上げてくれた小男に感謝した。

 男爵は腕組みをして考え込んだ。

「うむ、悪くない……よし。今回は一人の予定だったが、そちらの女と二人買おう。」

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