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覚悟

 貸し出された部屋は、こじんまりとしてはいるものの、日当たりがよく清潔感のある部屋だった。備え付けのベッドに腰掛けてみる。硬い。

 千早は我が身に降りかかった現実を改めて思い起こした。風変わりな青年との出会い、中世ヨーロッパのような世界、ワタリの事……

 ダンの説明を疑うではなかったが、やはり頭の片隅には、これがただの夢なのではないか、という願望にも似た思いが残っていた。妙にリアルな感覚は敢えて無視している。

「こっちで寝て、あっちで起きてまた寝たとき、こっちで起きたらアウトなりけり」

 短歌でも詠んだかのように、字余り、と呟く。

 まだ外は明るかったが、千早はいそいそと布団に潜り込んだ。とにかく早く日常に戻りたい、その一心で眠くもない目を閉じ、羊を数え始めたのだった。


 何匹数えた頃か、次第に沈みゆく意識の中、鳥の囀りが耳に届いた。再び意識が浮上してくる。

「……雀が一万二千さんじゅう……えー……あ……?」

 自らの呟きに違和感を覚え、うっすらと目を開いた千早は、見知った光景に安堵し、再び目を閉じた。瞬間、飛び起きる。

 何度も四方を振り返り、そこが正真正銘自分の部屋だと悟ると、脱力したように倒れ込んだ。

「戻ってきた……」

 枕元の携帯電話に手を伸ばし、時間を確認する。朝の6時半。そろそろ起き出す時間だ。布団から出て居間に向かった。

 台所では千早の母が既に弁当を用意していた。朝食も食卓に並んでいる。

「おはよう。早く顔洗ってきなさい」

 いつも通り過ぎる光景に、ユメの中での出来事を真に受けていた自分がばかばかしく思えた。顔を洗って思考が冴えてくると、尚更その思いは強くなった。当たり前だ。異世界など有るはずがないのだ。

 食卓につき、ゆっくりと米を噛み締めながら、昨晩の夢に思いを馳せる。当時はあれほど恋しかった日常が、醒めてしまえばどうということもない。むしろ、初めに出会った青年にはもう一度会ってみたい気がして、またあの不思議な夢を見るのも悪くない、とさえ思った。

 食べ終えた食器を片付け、制服に袖を通す。準備を済ませた千早が学校に向かおうと玄関を出ると、父親が庭に突っ立っているのが見えた。本人曰わく「精神統一」とのことで、毎朝目にする光景だ。「行ってきます」と声をかけ、家を後にする。


 千早の登校時間は早く、クラスで一番に教室に入る事が多い。静かで清浄な朝の空気の中、一人その日の予習をするのが好きだった。一人、二人と増えていき、ざわめきと共に溌剌としていく教室の気配も。

 しかしこの日は、先に登校している生徒がいた。高校2年になってまだ3日ほどしか経っておらず、顔と名前の一致しない生徒が多い。彼女は誰だったか……

「おはよう」

 熱心に何か読んでいた少女は、千早の存在に気付かなかったらしく、驚いた様子で顔を上げた。

「あ! ……ええと、おはよう。あの、あれ? くらま、君?」

 少女の方は覚えていたらしい。不躾なまでに千早を凝視して、自信なさげに千早の名を呼んだ。

「うん。あの、ごめん、名前……」

「月草水乃です。早いね」

 かく言う彼女の方が早いのだが、水乃は未だ千早を驚きの目で見つめている。

「いつもこれくらい。月草さんこそ早いね。本読むの邪魔した?」

 水乃はようやく千早から視線を外して手元を見た。開いていた本を素早く閉じ、鞄にしまい込んでしまう。

「ううん、平気」

 それきり俯いて話そうとしない。千早はどうすべきか悩んだ。なんとなく気まずい沈黙が流れる中、話しかけるべきか、逆に話しかけない方がいいのか。

 結局後者を選んで席に着く。教科書を取り出して予習に励むことにした。


 その日の昼休み、クラスメイトの一人が千早にある話題を振ってきた。

「鞍馬は知ってる? ウツツとユメの狭間っつーネトゲ」

「え?」

 知っているもなにも、まるで昨日の夢を指すかのようなタイトルだ。そう思ったが口には出さない。ギルド職員のダンがオンラインゲームの存在を話していたのを思い出す。日常に埋もれかけていたユメの記憶が蘇ってきた。

「すっげーよくできてんの。まあ、強くなるには課金しないとだけど、それを差し引いてもハマる! 基本無料だからお前も登録して! 紹介すっから!」

「お前、紹介でもらえる特典狙いだろ」

 一緒にいたもう一人が茶々をいれる。

「ちょっと興味ある。どんなゲーム?」

 千早が尋ねると、誘った張本人が意外そうに目を見張った。

「鞍馬ってネトゲすんの?」

 もう一人も同調する。

「なんかダザイオサムとか読んでそうだもんな」

「太宰は嫌いじゃないけど……なんで? ネトゲもやったことあるよ」

 多くの若者が文学作品を敬遠する傾向にあるのは知っていたが、千早からしてみればただの食わず嫌いである。時代を経ても読み継がれる、それこそが名作の証であり、好みの差こそあれ、面白いものは面白いのだ。それはゲームであっても変わらない。

 しかし今回に限っては、面白さなどはどうでも良かった。そのゲームが、あの夢と関係あるか否か。まさかあの夢は、本当なのか。知らず千早の背を冷や汗が伝った。

「因みにそのゲーム、ワタリって出てきたりする?」

 千早の問いかけに、誘ってきた生徒は身を乗り出した。

「えっ、なに知ってんの!? プレイヤーのことをワタリって言うんだ。ユメの世界で協力していろんな依頼を達成していくのがコンセプトなんだけど」

 血の気が引いていくのを感じる。それはまさに、ギルドで聞いたワタリそのものであった。

 

 千早は午後の授業を体調不良といって早退した。明らかに青い顔をした千早の言葉を疑う者はいなかった。

 しかし、千早は真っ直ぐ家に帰るつもりなどなかった。まずはインターネットカフェに入る。ゲームの実態を確かめねばならない。「ウツツとユメの狭間」と検索すると、上位にヒットしてきた。パソコン画面にゲームのトップが映し出される。迷わず会員登録をクリックした。

 必要事項を入力し、送信したところ、ウィンドウが新たにたち上がってきた。

「あなたはプレミアム会員に招待されています。こちらにチェックを入れて、再度送信してください。全ての登録が完了します」

 登録が終わると、千早はゲームそっちのけで掲示板を読んだ。閲覧制限のかかったプレミアム掲示板を見ると、通常会員向けに比べ、生々しい書き込みが目立つ。

「両替希望。レートの倍出します」

「いい娼館知りませんか?」

「ルームシェアしてくれる方募集※なんでもします」

等、通常会員向けでは有り得ないものも多い。読んでいくうちに、本当に気分が悪くなってきて、千早は席を立った。


 家に帰ると母親に心配されたが、寝れば良くなるから、とすぐ自室に籠もった。とにかく早く眠らなければいけない。確かめねば。そう思い布団に潜るが、焦れば焦るほど目が冴えて眠れそうもなかった。

 仕方なく千早は、台所に向かった。牛乳をカップに注ぎ、電子レンジに入れる。

「何してるの?」

温める直前、母親に見咎められた。

「ホットミルクね。久しぶりに甘いの作ってあげる。持ってってあげるから寝てなさい」

 そう言って追い立てられる。言われるまま自室に戻った千早は、今度は布団に潜らず、胡座をかいて目を閉じた。気持ちを落ち着かせる。

 しばらくして母親が入ってきた。礼を言ってカップを受け取り、一口飲んでみると、口いっぱいに優しい甘さが広がった。

「それ飲んだら少し寝なさい。薬は?」

「大丈夫。いらない」

 息子の様子を注意深く見守っていた母親だったが、確かに大事ではなさそうだと判断したのか、何も言わずに部屋を出て行った。

 あれだけ焦り興奮していた千早の心も、ホットミルクを飲み干した頃には落ち着きを取り戻す事ができた。母親に感謝すべきだろう。再び布団に入る。

 まだ日も沈まない時間であったので、なかなか眠るのは難しかったが、ひたすら目を閉じていると、少しずつ意識がとびがちになっていった。


 眠れそうで眠れない。そう思い目を開けると、見慣れない天井が見えた。硬いベッドの感触。起き上がって周囲を見回せば、そこはギルドから借りた部屋であった。

「……アウトか……」

 本当にまたワタってしまった。千早は絶望感に打ちひしがれることとなった。またこの夢を見てもいいなどと思ったから罰が当たったのか。そんな事を考えながら、溜め息を吐く。

「覚悟を、決めよう。多分ここは、死ぬ気で頑張らないと、死ぬんだ」

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