女神との契約
「元気を出して下さい。」
「ご愁傷様でした」
「お気の毒でしたね」
弔客たちが慰めの話を渡したが、谷口 明人はただ自分を忘れたように上を見ているだけだった。まるで抜け殻になったように。
財閥とは距離があるが、結構豊かな家で生まれて優れた才能で若くして巨大な企業を作り出した男であった。
誰でも憧れそうな成功を果たした男.
だが、彼は生命より大切にした者を失った。
彼がいつも使っていた車両が爆発した。 警察は犯人を探すために働いているけど、犯人を特定することは出来なかった。
彼が消えれば、利益を得る者が少なくなかったためだった。 彼の会社を強制的に買い入れようとしていた財閥グループも少なくなかった。
彼は犯人を捜して復讐することも考えたがやる気は出なかった。
(もはや何の意味もない。)
妻と娘が死んだという声を聞いた瞬間、彼はもう人間として死んでしまった。
涙も出なかったし、何の声も聞こえなかった。 ただ周囲の人々が導くにつれ魂をうしなった操り人形になって言いなりに動いてるだけだった。
彼は葬式がどのように終わったのかも記憶できなかった。
何日が過ぎたのかも彼は知らなかった。 彼は飲食を全廃したまま家中に閉じこめられていた。 腹がへることも渇きも感じられなかった。 秘書は彼の姿を見て首を横に振った後、あきらめて会社に戻った。
彼が倒れれば、病院に移すように家政婦に指示を与えておくことのはかに出来ることが何のなかったからだった。
「四十代初めに金持ちの有名人だし、女はいくらでも選び取ることができるはず。立ち直りが早いといいけど」
秘書室長は舌を打ちながら会社へ向かった。 実際に秘書室の女子職員中では社長を好きな者も狙う者も沢山あった。問題は社長が立ち直りそうに見えなかったことだった。
初めには妻と娘の死に彼が容疑者ではないかという推測も結構あった。 配偶者は最初の容疑者になることはよくあることだった。
だが、彼の落ち込む姿を見た者はまもなくその考えをあきらめた。
一目見るだけでも彼の絶望は簡単に分かることができたから。
多くのことを持っていても、それが決して慰労にならないことがすぐ見えてきた。
『谷口 明人さんですね. 聞こえますか?』
部屋の闇の中に一人で座っていた谷口の目の前に幽霊のように見える白い影が姿を現わした。彼は自分が何を見ているか信じられなかった。でも、す幽霊でもいいから自分の愛する妻、渚に会うことを望んだ。
「渚じゃない...天使?」
反透明な白の光は美しい女性の容貌に大きい翼を一組持っていた。突然現れた天使の姿に谷口の瞳が生き返った。
『天使とはちょっと違います。 戦争の娘、バルキリーといいます。 今まであなたを観察していました。』
「私を見ていて下さったんですか?なぜですか?いや、私の妻、渚に会わせてください。私の命などどうなってもいいんです。」
『妻と娘に本当に会いたいようですね。その人たちを生き返らせてもいいです。もちろん、その代価を払うことができるならばの話ですけど。』
バルキリーの言葉に彼は土下座をしながら願った。
「代価? いや、魂を売れと言うなら売ります。 私の妻を生き帰して下さいなら私に出来ることはどんなことでも喜んでささげます。」
『あら、私を悪魔と勘違いしているようですね。 悪魔とは違います。死神には似ているものかも知らないけど。わたしは女神フレイヤ様の使いです。 私が来たのは女神様の提案があってからです。』
「提案? 取り引きという意味ですか?」
『はい。 女神様はあなたの協力が必要です。 それであなたの妻と娘が死んだ時、その魂をしばらく引き止めておられます。』
「命でも何てもみな差し上げます。 どうか渚に会わせてください。」
『すでに私の左右にあります。 あなたにも見えて聞こえるようにして差し上げます。』
バルキリーの話と同時に彼の妻と娘が姿を表わした。 白衣を着たような姿で言葉どおり幽霊だったが、怖いという気持ちはなかった。ただ懐かしいだけ。いままで一滴も流れ出なかった涙が溢れて落ちた。 幻想でも関係なかった。 彼女をまた見ることができるということだけで良かった。
『フレイヤ様はこの世界の神ではありません。 それで、この世の中で復活させるのは避けなければなりません。 この人たちの魂も行かなければならない所に行く前に女神様の力でしばらくつかんでおいたものに過ぎません。』
バルキリーの話に明人は戸惑うようになった。でも話を聞くことにした。
『ただ、フレイヤ様の世界に復活させるのは出来ます。 そしてあなたがフレイヤ様の世界にくるのは可能です。その代価としてあなたの協力が望まれます。 もちろん断る場合、彼女たちの魂は解放されることで、あなた世界の天国か地獄でいつか再会することができるかも知りません。』
「望みます。 私はどんなことをすれば良いでしょうか? 世の中を滅亡させることにでも協力します。」
『女神様が望むのはそのような協力ではありません。女神様に必要なことはお金です。あなた世界のお金とそれで買える物が必要です。少しだけ誠意を見せれば良いです。 ここに秘密厳守と絶対協力の契約書にサインしてください。契約が結ばれたらこの人たちは女神様の宮殿で復活することになります。 そしてあなたには女神様の宮殿に出入りすることができるアーチファクトが与えられます。』
明人は話がちょっと胡散臭いと思ったか、パルキリーが差し出した書類に迷いなくサインした。
お金が必要だという女神の話はなぜかおかしいと思ったが、かえって信頼できる部分もあった。彼が持っていることの中価値あるのはやはりお金だった。 自分が聞いてみたこともない神が自分に救援の手を代価なしにのびてくださるとそれこそありえない話だった。
『これで良いです。 それではあなたは私たちと運命共同体になりました。 あなたの妻子を守るためにも熱心に努力して下さい。』
「はい?」
契約書には契約が破棄されない限り、妻子の安全はフレイヤ女神が力が及ぶ限り責任をとり守ってくれることになっていた。 その上女神の宮殿に留まることになっていた。自分で家族の安全を守るために何が出来るか理解できなかった。
『あなたのお金はこちら世界の傭兵を雇用するために使われるのです。 神々の戦争は今でも続いています。 残念だがフレイヤ女神様はその中でかなり劣勢になっています。』
「そうですね。 少しは納得が行きます。 先ず食事をします。では渚を頼みます。」
これ以上彼は何も尋ねなかった。事業を守るには慎重さと細心さが必要だが、事業を育てるには決断力が必要だった。
心に決めたあとは、何をするのかだけを優先するのが彼の生き方だった。
バルキリーと渚とおまけ(?)の姿が消えた後、彼は自分の出に残った契約書を見た。それが彼が見たものが幻でも夢でもないことを感じさせた。
(からだがちょっと重いな。)
何日間何も食べなかったせいで体も頭も悲鳴をあげていた。でもやる気を取り戻した彼は微笑みながら動き始めた。食事をする彼の頭にはバルキリーから得た情報を土台に色んな物が描かれていた。
(戦争か。たとしたら、やはり食糧と武器、兵士が要るだろう。)