始まり
「二千年前に書かれたと云われる新約聖書にヨハネ福音書というのがあるだろう?それによると、神様がこの世界を作るとき用いたのが〝言葉〟だって言うんだ。また〝言葉〟は神であったとも言う。僕はゲームをする時いつも思うんだ。この世界が神の言葉で作られたんだとしたら、ゲームは人間の言葉で作られた世界ではないのかなって。神様が〝言葉〟そのものなら、神はある種のプログラムなんじゃないかな?そしてまた僕たちの魂も神様によって作られたある種のプログラムに過ぎないかも知れない。まあでも僕はキリスト教信者でもないし、二千年前に書かれた聖書の話が全部真実とも思わないから、全部戯言になるのかな?」
アースガルドを見た水原の一言
ゲームは大きく二種類に分けられる。一人でするゲームと、多人数でするゲームである。
昔は一人でするゲームが主だったが、いつしか多人数が同時に楽しむゲームが増えてきている。
だからといって一人用ゲームがなくなったわけではない。
みんなで競争し合うゲームも悪くはないが、一人でゆっくり楽しむゲームもまた格別なのだ。
その中で辰巳が楽しむゲームのタイトルは『運命』という。
シングルプレイモードはマルチモードとは違い、難度を調整することも、プレイヤー自身が特別な存在になることもできる。
『運命』というゲームでは、プレイヤー自身が神になり、信者を集め、世界を支配して行く。
辰巳がプレイするキャラクターは美の女神である。この運命というゲームには、いくつもの神のタイプが分けられている。
力と権威の神は暴力と残虐さを以って信者を掻き集める特徴がある。征服神ともいえるだろう。信者を圧倒的な力で捻じ伏せるほど信仰心が高まるような、傍から見るとかなりサディスト的なタイプだ。
美、あるいは芸術の神は愛される神である。美しい容姿や音楽、芸術を通して信者たちの信仰心を高める。
美しいほど信者を集めやすく、信仰心が上がる美の神は、外見を自由に弄られるこのゲームでは反則に近い。
外見を細かく操作することができるので、ウェブサイトにはどうしたら美しい外見ができ上がるのかを数値で表したデータもある。数値をそのまま操作すると、有名芸能人やモデルをそのまま再現することもできた。
最初に辰巳が選んだのは美の男神だった。でもイケメンをプレイすることに妙な違和感を感じ、結局彼が選んだのは美の女神になった。
美の女神は戦争をするのは苦手だが、平和的な布教で信者を確保するのは得意だった。
他にも生産系の神をはじめ、様々なタイプの神を選び、プレイすることができる。生産系の神は特定の職種の守り神として、その職種に従事するものの能力を底上げする特性を持つ。
文明レベルは中世ヨーロッパレベルまでが限界なので、腕のいい鍛冶師を集められる鍛冶神はなかなか人気がある。
だが、辰巳は戦争をするのはあまり好きではなかった。
敵を殺すことに迷いはないが、味方が死ぬのが我慢できないのだ。
それは彼が死の間際まで追い詰められた経験があるのが原因だ。
両親と共に車に乗っていた彼は追突事故に巻き込まれた。そして手前の車が暖房用灯油を運んでいたのが悲劇の始まりだった。
最初の衝突では即死を免れたが、灯油が爆発し、火炎に包まれた両親は死亡、彼も深い火傷を負った。角膜損傷で目も見えなくなってしまった。
痛みと絶望、死にたいと思ったことも数え切れないほどあった。それを支えてくれたのが姉の存在だった。
ある日突然両親を失い、ひとり生き残った弟も集中治療室でいつ死んでもおかしくない状態。
自分がただ姉の荷物に過ぎないなら、彼は自分で死を選んでいただろう。だが姉にとっても彼は唯一の家族として心の支えだった。
全家族を失い独りになる怖さ、それを彼も少しは理解していた。
半年にわたる火傷治療の後、退院することはできたが、ひどい火傷の跡や弱りきってしまった視力では外の生活をすることはできなかった。
両手の指も思うがままに動いてくれない。
両親の保険で生活に不自由はなかったが、一人では生活できない自分が姉の荷物になるのではないかと、いつも気が重かった。
以前は喧嘩ばかりしていた姉が、今はいつも笑顔で優しくしてくれる。
そしてそれが時として胸にくるものがあった。
何もできずに家で時間だけが過ぎていく生活が一年余り続いたとき、脳波に連動する端末が登場した。
少し複雑そうなヘッドギアだが、それを通してコンピューターが映す映像を脳で直接見られる機械だった。生まれたときから目が見えなかった人の一部には無理だったが、事故で視力を失った人はほとんど問題なく使うことができた。
ただ、映像処理をするコンピュータがかなり大きくて重いので、屋外で使う分には問題があったが、屋内ではヘッドギアに付着してある小型カメラの映像を通して日常生活に困らないほどの視力を得ることはできる。
また、この端末を使えば、ベッドに横になってVRゲームができるのだ。但し、この端末で見るVRは夢に似ていた。痛みや味などはあまり感じられなく、視覚や聴覚だけが重点的に提供されるVRゲームは現実とはかなりの違和感を与えた。
依然としてコンピューターが提供するグラフィックも限界があったので、現実と勘違いをするほどではなかった。
ゲームの補給に伴い、脳波端末もそこそこ売れてきた。そして当然のごとくMMORPGゲームが人気を集めた。
だが、他人と競うようなゲームに辰巳はあまり興味はなかった。色んなゲームを少しずつやってみる中で彼が出会ったのが運命というゲームだった。
神となり、自分に仕える人たちを導いていくゲーム。
神の力で司祭を選び、彼らを通して治癒の奇跡を施し、人々を幸せにするゲーム。
コンピュータープログラムによって作られた虚構の存在に過ぎないことぐらいは彼もよく知っている。それでも不幸せな人たちが彼の力によって幸せになって行く姿を見ると満たされることができた。
彼自身が奇跡を求めていたから、それを見せてくれるゲームに嵌ったのかもしれない。
ゲームの目的は大陸の神器を集めるか、他の宗教を排除し単一宗教で大陸を統一するか、あるいは信者の数が一定以上に達し、彼らを十分に幸せにすることだった。
目標を達成すると、ゲームを終わらせることも、続けることもできる。
彼は自分から侵略戦争を起こしたりはしなかったが、侵攻されたら積極的かつ無慈悲に対応した。
戦争による併合よりも文化の力で自然と信者を吸収する形でゲームを進めて行った。多少の時間はかかったが、そのやり方で全大陸を統一し、市民の幸せを一定以上にすることに成功した。それでも彼はゲームを中断せず、続けて行った。
市民たちが自分の庇護の中で幸せに生きていく姿を見るだけで彼は満足だった。人口が増え、不幸要素が生じると、それを解決することを楽しんでいた。
ゲームを通して憂いを忘れること、それがゲームから彼が求める全てだった。他人と競争するのも、新しいストーリーも彼には興味がなかった。
たまに刺激といえるのは、最近のパッチによって外部のユーザーが彼の世界に訪れることだった。
同じ会社で作られたMMORPGブラッドラインとの連携で、彼の治める世界にブラッドラインのキャラクターで乱入することができる。
問題があるとしたら、彼の治めるこの世界にはモンスターも残っていないし、戦う敵もいないということだった。
ある人は平和でいい世界と言って気に入っていたが、ほとんどはたちまち失望して立ち去っていった。時には罵倒に近いメッセージを残すこともあった。
『こんなゲームしてて楽しいか?馬鹿野郎』
『こんな綺麗な世界は初めてです。すごいです』
色んな反応があるのでたまに不愉快な思いをすることもあるが、彼はいつも人々が自由に出入りできるように世界を開放しておいた。閉ざされた世界は怖くて嫌だった。
『神の使い、バルキリーがあなたの世界を訪ねてきました。』
突然のメッセージに辰巳はすこし戸惑った。『ブラッドラインユーザー、OOが訪ねてきました』というメッセージなら結構見てきたが、神の使いが来たなんてメッセージは初めてだったのだ。
『神の使い、バルキリーが接見を求めています』
(アップデートでもしたのかな?こんなのは初めてだけど。まあ神同士の疎通もできるようにするとか言ってたな)
彼は管理モードから顕身モードに切り替えた。女神の体で世界を見て回ったり、直接働くこともできる。女神の宮殿にいた大勢のNPCたちが彼を観とめて尊敬の眼差しと共に跪く。
全NPCの信仰心と忠誠心がMAXなので当然のことだった。
「すごいですね。沢山の世界を見てきましたが、ここまで完璧に統治される世界は見たことがございません」
神の使いが彼に話しかけてきた。容姿はまんま天使だった。ただ、鎧をきっちり着込んでいる所が普段言われている天使との違いだった。
そして後光も天使のリングもない。
(へえ、グラフィックがアップデートされたのかな?少しは違和感を感じるね)
このゲームでは神の振る舞いも忠誠心や信仰心に影響を与えるので、軽薄な姿を見せるわけにはいかない。
品のある姿と権威的な口調が基本だ。ユーザーと会話するときはうざいとか言われることもあるが、相手はNPCに間違いなさそうだ。
「我の為すべきことを為したまでのことじゃ。他に用は居らぬか?」
ユーザーが来たわけではない。用がないはずないだろう。
「私の世界の美の女神フレイヤがあなた様に助けを求めております。ご迷惑でなければ一度、御出でなさいますようお願いいたします」
(北欧の美の女神フレイヤに、天使のバルキリーか。拡張パックでも作ったのかな?)
「左様か。しかし残念だが、我は新たな世界には興味を持たぬ」
辰巳はこの世界に愛着があるのであっさりと拡張パックに移る気にはなれなかった。
「ええ、当然のことでございます。それでも重ねてお願い申し上げます。一度でいいので御出で頂けないでしょうか。この指輪を受け取ってください。私の世界とこの世界を繋ぐゲートを作る指輪です」
そう言いながらバルキリーは彼の手に丁寧に指輪を置いた。
(そうだな。一度ぐらいならいいかも)
辰巳はそんなことを思いながら指輪を受け取った。
日本語で小説を書くのは外国人には難しいです。
変なところがあったら教えてください。
直します。