異能解放
人の世の闇は、姿を持ち、人の目の届かぬ深淵に蠢く。
奇天烈にして奇々怪々——人の間で語られる異常の裏には、常に奴らが潜んでいる。
それらは世界の因果や法則を無視して存在する“歪み”。
人はそれを——"反律体"と呼んだ。
「だから、グロック19をさ、バーンってしたくない?」
白のシャツに灰色のパーカーを羽織った男子生徒が、手を拳銃の形にして何かを撃ち抜く動作をする。
「そんなに銃を撃ちたいんならサバゲーにでも行ったらいいんじゃない?」
どこか呆れたような声で女子生徒が答える。
女子生徒は男子生徒と一緒に見ていたアメリカの映画の再生を停止した。
「違うんだよなぁ、僕は痛いのは嫌なんだよ。一方的に悪い人をバーンって撃ち抜きたいの!」
「そもそも、拳銃を使うような状況に至るまでに警官のあなたは痛い目にあうと思うけれど…」
ピリリリリ…ピリリリリ…
「ごめん電話だ、」
「あぁ、いつものね」
男子生徒はスマホを取り、部室の片隅で電話を始めた。
窓を覆っていた黒色のカーテンを開くと、夕暮れの淡い茜光が木製の床に赤い影を落とす。
簡素な窓からは、芽吹いて間もない萌葱の葉が顔を覗かせていた。
「呼び出しだ、先に帰るね」
「これで3日連続ね、映画研究部副部長にあるまじき早退率よ?」
「映画研究部部員は僕と皇さんの2人だけでしょ」
「こうして部室を貰えてるんだから部活動としては何も問題ないわ。そして、そもそも今日の映画はあなたの持ち込みよね?虚くん」
「だからごめんって、これから1週間は皇さんのおすすめでいいからさ」
持ち込みのDVDと食べかけのポップコーンをスクバに詰め込み、一口分だけ残っていたコーラを飲み干す。
「じゃあ、さよなら」
「ええ、さようなら」
* * *
ピリリリ…ピリリリ…
「ちょっと関口さん!急な仕事の連絡は困るって前から言ってますよね!これで3日連続ですよ」
「すまんなぁ、でもこっちもこっちで切羽詰まっとるんや、堪忍してな。エリアK-18で反律体発生や、対処に向かった班が全滅、推定存在値は星隷以上。」
「全滅?向かった班っていうのは2課ですか?」
「いんや、1課や。抵抗武装では歯が立たんらしかったで」
「1課って…あんなん、ほとんど一般ですよね。なんで戦闘投入なんてしたんですか」
「そんなん言っても人手不足や。事実、反律体の退魔数は1課の方が多いんやで」
「でも今回みたいなケースだと犬死…あぁ、もうすぐ赤羽着きます。地点、駅から離れてましたよね?迎えに来てくれるんですか?」
「レーダーちゃんと見ぃ、対象も駅に向かって移動中や。あ、それとな、今回は新人の見学も兼ねてるさかい、わいは遠くで見守っとるな。エリア周辺の人払いはすんでるんでな、パパっと頼むわ」
「新人?それって誰で…」
___赤羽に到着しました。開くドアにご注意ください。
「おっと、降りなきゃ。一旦切りますね」
* * *
太陽は西の空に沈み、空は真っ黒な闇に覆われていた。時刻は7時を回り、普段なら仕事や学校帰りの人で溢れかえるはずの赤羽駅に人気は感じられなかった。
「異能解放___"七律八刃殲滅機巧"」
虚がそう唱えると、空中に4本の真っ黒な剣が発生した。
「…あれが月之瀬虚ですか」
「あぁ、うちの班きっての退魔師や」
「あの剣のようなものはなんですか」
「虚の異能力や、あいつの異能は七つの術式と八つの武装を操る。なんてゆうても、一度に扱えるのは4本までやけどな。ちなみに、使う武装を縛ることで術式の重ねがけやら威力の底上げやら、異能の応用もできるんやで」
「まるで異能を複数持ってるみたい…初めて見るタイプです」
「そうかぁ、まぁでも初の退魔見学にはちょうどいいと思てな」
「八刃・杖、第六律・解析を付与__」
宙に浮いていた4つの剣の内、1つが杖に変わりシアンの如き青に光り始める。
「見つけた…。第一律・強化」
剣の1つが回転し一回り大きくなる。
剣は虚空を切り裂き、歪んだ空間を顕にする。
大きく割れた口、無数に生えた手足と複数の紅い瞳、黒く光沢のある外殻。その巨体は赤羽駅周辺のビルよりも一回り大きい。
蠢く人の闇"反律体"その姿は禍々しくも悍ましい。まるで深淵を体現するかのような威圧感を放っていた。
「六刃・銃、七刃・鎖」
弾丸が雨のように降り注ぎ、巨体の動きを縫い止める。鎖により、その巨体を拘束する事に成功した。
「四刃・斧──貫通」
虚が反律体の頭上に跳躍する。
「その首、頂くよ___。」
グッシャァァ___
虚の攻撃は反律体の頭と体を綺麗に二分した。
しかし次の瞬間、反律体は分断したはずの頭と体を即座に繋ぎ合わせ、虚を殴り飛ばした。
* * *
ピリリリ…ピリリリ…
「おい虚〜無事かぁ?死んだかぁ?」
「五月蝿いよ関口さん、防御したので大丈夫です。それと…あいつ星隷級じゃないですよ」
「んー?なにゆうとるん虚くん?」
「桁外れの再生力と膂力、卓越した感覚器…間違いなく天壊以上はある。見学者はそこで見ててください。一人で片付けます。」
「天壊やて!?おい待て、独断専行は許さへん!援軍は呼んどるからそのまま待機…」
「__________。」
「おい!?おい虚!!!!!!!!!」
返事のない電話に慌てた様子の関口___。
「どうしました、関口さん?」
「あいつ、一人で天壊級と戦るつもりや…」
「あの…私まだ階級制度を教わって無いのでよくわかんないんですけど」
「あぁ、本家ではうちらの機関とは別の階級制度使ことるんやっけ。まぁ呼び方が変わるだけやから簡単や。」
「はぁ…」
「まず反律体は上から順に神弓、天壊、星隷、蝕滅、侵攻の5つに区分される。次にわいら退魔師、これも上から順に天位、神位、冥位、影位、幽位の5つに分けられる」
「なるほど…ちなみに関口さんと虚くんの階級はどこなんですか?」
「わいは冥位で、あいつが神位や」
「天壊の単独撃破は神位でも難しいんですか?」
「別に不可能っちゅうわけでもないがバックアップを付けるのが基本やな、まぁあいつは神位の中でも戦闘面では上澄みやし大丈夫…なはずやけど…。そういえば氷雨ちゃんは本家では何級やったん?」
「準二級です」
「準?まためんどい概念もってきはったなぁ、まぁウチじゃ冥位ってとこか、わいとお揃いやな」
「そういうのおじさんっぽいですよ」
「なっ!?わいまだ20代やねんぞ!」
「それよりも、あれ…大丈夫ですか?」
* * *
_____ゴフッ…。
土まみれの制服に吐血した跡の残る口元。
虚の様相は見かけの上では絶体絶命といったところだ。
「第五律・虚空____。」
反律体の右半身が空間と共に消し飛ぶ。
真っ黒に消し飛ばされた空間は、周囲を巻き込み渦を作りながら修復を始めた。
反律体は渦に巻き込まれ、残りの肉体の2/3を失った。
しかし、その損失率をしてなお隙を見せず虚に警戒の目を向け続けている。
さらには失ったはずの肉体をみるみるうちに修復させ、既に元の状態に戻りつつあった。
「これで無理なら…仕方ないな…」
虚は落胆の混じった吐息を漏らしゆっくりと立ち上がる。
反律体はそれを攻撃動作と察知し刃のように鋭い前足で攻撃を仕掛けた。
___________瞬間。
「"極下七律八刃殲滅機巧"」
反律体の動きが、唐突に途切れた。
頬を撫でていた風が、触れたまま止まる。
宙を漂う花弁は落ちることを忘れ、時計塔の秒針は刻むべき一瞬に釘付けにされた。
「一応言っとくけど、"時を止めた"なんて大層な異能じゃないよ。極下異能___僕の場合は術式の"絶対化"。加速の絶対化…つまり、僕だけが次の瞬間にいるんだ。聞こえてるかな。まぁ、どっちでも変わらないんだけどね」
そう言い残し、虚はゆっくりと右手を下ろした。
「そしてこれが虚空の絶対化…存在そのものに対する…反定立___。」
* * *
氷雨はキョトンとしたような顔で目を見開いていた。
「いま、何が…一瞬で反律体が消えて…」
関口が深くため息をつき片手で額を抑え込んだ。
「あいつ…つこうたんか、つこうてしもたんか…」
「これ、もしかして虚くんが?」
「せや、あいつの極下異能や。なんも見えんかったが、おそらく今回使ったんは2種類やな」
「極下異能…まさか神威と呼ばれる力のことですか」
「あぁ、本家ではそんな名前やったなぁ」
「あの齢で神威を…信じ難いですね」
「信じ難いも何も事実や、それより車出すで、あいつ今動けへんからな」
「…………え?」
* * *
アスファルトの道路に倒れ込んでいると、黒く塗りつぶされた石の塊は見た目通りに冷たいことがわかる。
少し顔を横に向けて近くを見回してみるとペットボトルや吸殻、プラスチックなどのゴミが散乱していることに気づいた。
いつも思うが、東京がポイ捨てゴミで埋まらないのは誰かが掃除してくれているからなのだろうが、僕はその掃除をしてくれている人を見たことがない。
もしかして妖精がゴミを拾ってくれてたりするんだろうか。
そんなことを妄想してると後ろからエンジン音と強い白色光が近づいてきた。
これが一般車両なら僕は轢き殺されて人生終了だろう。
そうなった時のために遺言を考えておくか…
「おーい!無事かぁ虚ぉ!」
「我が生涯に一片の悔いなし!!!!!」
「おぉ、なんや急に…気でも狂ったんか、ほらさっさと行くで」
倒れていた僕は関口さんの肩に担がれて車の後ろの席に乗せられた。
どうやら遺言は考え損だったらしい…。
* * *
「…その助手席に座ってる女性は誰でしょうか?」
「あぁ、この子は言ってた見学者の子や」
「初めまして、月之瀬虚さん。虚くんでいいかしら」
見学者…そういえばいると言われていた。反律体が想像以上に強くてすっかり忘れていた。
「えーとお名前は?」
「龍皇子氷雨です」
「龍皇子…?」
「せや!龍皇子や!!すごいやろ!!!」
関口が何やら自慢気に割り込んできた
「龍皇子なんて珍しい苗字ですね」
「はぁーー!?お前なにゆうとるねん!天下の龍皇子家をご存知ないんか??」
声を荒らげる関口に一瞬たじろぐ。
ひょっとして何かの名家なのだろうか…。
「皇室直属、天皇陛下の護衛を担う退魔師の一族や」
「テッ…天皇!?」
あまりにスケールの大きな話に面を食らってしまった。
「本来、本家様は現世に関わる事なんて無いんやけど…今回はちょーっとばかし事情があってな」
「事情って…そもそも退魔師に最も必要な技能である"異能力"は血統に関わらず偶発的に誕生する、それなのに退魔師の一族なんて…」
「お前…ほんまになんも…」
「そこは私が説明します」
食い気味に氷雨が説明に入る。
「龍皇子家は……古く、戦国の世にその根を持つわ」
氷雨の声音が、わずかに低くなる。
「元は柳生。名を改めたのは戦後——国そのものが作り変えられた時代よ」
視線を逸らさず、氷雨は続けた。
「発端は、柳生宗厳。その人の異能が、一族の在り方を決定づけた。それ以降、龍皇子は表に立たず、ただ皇を護り……国の“均衡”を保ち続けてきたの」
「肝心なことが聞けてないんだけど」
「あぁ、ごめんなさい…異能の発現についてね。これに関してはシンプルよ、柳生宗厳の異能力は"血律継承"…自分の血統に必ず異能力を発現させるものだったの」
「血律継承…なるほどそれで退魔師の一族か…」
「龍皇子家はできるだけ多くの子を産み、強い異能を持つ者を本家の子として育て、それ以外は分家や孤児として育てるのが習わしなの」
「なにそれ!?思いっきり倫理道徳に反してるじゃんか!」
「そうね、けれど龍皇子の名は一般はもちろん、ほとんどの退魔師にも知られていないから問題にはならないわ」
「___そういう問題じゃなくて…。」
世界観の違う話に言葉が詰まる。
「ちょっと待って…ほとんどの退魔師にも知られてない?」
「…ええ、そうよ」
「関口さん!ほとんどの退魔師が知らないなら僕が知らないのなんて当然でしょう!!?」
さっきまでの詰問に対してためていたストレスをここぞとばかりに放出する
「ドアホ!!お前は1度この話を聞いとるで!それも総監殿からや!!」
「あれぇ…そうだっけ…」
身に覚えのない話に強気が一転して弱気な姿勢に舞い戻る。
「お前は神位でその中でも特別権威を持っとる、重要事項を伝えとくのは当然や、そして、それを覚えてることはもーーっと当然や」
「はは………」
虚の顔が一瞬にして青ざめる。
「あ!そういえば氷雨ちゃんは本家なんだよね、てことはやっぱり異能力も強いの?」
「初対面で名前にちゃん付け…それに異能力の事を聞くなんて、不躾にも程があるわね」
「虚ぉ〜氷雨ちゃんの言う通りや、反省せい」
「まぁいいわよ、教えてあげる。あなたの異能も聞いちゃったしね」
「ええんかい!!!」
「"氷界位転"物質を氷にすることができるわ」
「凍らせる異能?無条件なら確かに強いけど…氷を飛ばしたりはできないの?」
「発動条件は目視、もしくは手で触れるか私の異能で作った氷に触れるか、よ。手で触れれば一瞬で氷にできるけど間接的にだと距離と範囲によって時間が変わるわ。半径10メートルくらいなら一瞬で氷にできる…でも目視だと時間はかなりかかるわね」
「…まぁ、目視で発動できるだけ強いのか…」
「お前、わいと同じ勘違いしとるなぁ…」
「勘違い?」
「私の異能、凍らせる訳じゃないのよ。氷に変えるの、文字通り。制限は時間だけよ、対象がなんであれ確実に氷にすることができるわ。もちろん不可逆よ」
「とんでもねぇぇなぁぁぁ!!!!!!!」
「これは異能の副次効果なのだけれど、氷による物理干渉を受けないっていうのがあるのよね。ちなみにあらゆる攻撃は私の肌に触れた瞬間に氷に変換されるわ」
「飛んだチート能力じゃねーか!!」
「おーいもうすぐ着くで〜」
「あぁ、もうそんな…あれ?ここって」
「国家特務律衡機関本部…ですよね」
関口が車を停め、ゆっくりと振り返る
「氷雨ちゃん、虚くん。ご指名や、総監殿からな」
顔の表面から血の気が引くのを感じる。
背骨の流れに沿って腰から首へと肌が粟立つ。
「氷雨ちゃん…僕ら…終わったかも」




