第7章:過去との決別、未来への賛歌
私たちの「グリーンヴァレー」ブランドの成功は、ついに王宮の耳にまで届くことになった。王国の食糧事情は長年芳しくなく、私の農場がもたらす高品質かつ大量の作物は、国にとって無視できない存在となっていたのだ。
かつて私を「できそこないの妃」と見下していた王都の貴族たちは、今や手のひらを返したように擦り寄ってきた。「ぜひ我が領地にもご指導を」「共同で事業を」という申し出が後を絶たない。私はそのすべてを丁重に、しかし冷静にさばいていった。もう、彼らの評価に一喜一憂する私ではない。
そんな中、最も衝撃を受けていたのは、私の元夫、リオン王子だった。
エリザベスとの間に生まれた子どもは、残念ながら彼女が望んだ王子ではなく、王女だった。跡継ぎを産めなかったことへの焦り、そして何より、リオンの心が自分から離れていくのを感じ、エリザベスの言動はヒステリックになっていった。可憐な花のように見えた彼女の化けの皮は剥がれ、王宮での彼らの生活は、すでに破綻しかけていた。
リオンは、私の噂を聞くたびに、後悔に苛まれていた。彼が捨てた妃は、彼の手の届かない場所で、誰よりも輝いていた。彼はセリーナという女性の本当の価値――その聡明さ、忍耐強さ、そして内に秘めた優しさに、あまりにも遅く気づいたのだ。彼女が演じていた「悪役令嬢」は、愛されない自分を守るための、悲しい鎧だったのではないか。その考えに至った時、リオンは自分の愚かさに絶望した。
ある日、私は王立アカデミーから、農業技術に関する講演を依頼された。迷った末、私はその依頼を引き受けることにした。エドワードの素晴らしい技術を、もっと多くの人に知ってもらう良い機会だと思ったからだ。
講演当日。大講堂は満員だった。私は土のついた作業着ではなく、シンプルだが品のあるドレスを身にまとい、壇上に立った。緊張はしたが、目の前に広がる豊かな畑を思い浮かべると、自然と力が湧いてきた。
私は、グリーンヴァレーでの経験を、自分の言葉で語った。土作りの大切さ、水の管理の重要性、そして何より、作物への愛情。私の話は、小手先の技術論ではなく、農業という営みの本質に触れるものだった。聴衆は水を打ったように静まりかえり、私の言葉に聞き入っていた。エドワードが開発した革新的な農法について説明すると、会場からはどよめきが起こった。
講演が終わると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。私の成功は、決して幸運や偶然ではなく、弛まぬ努力と確かな才能の結果なのだと、その場にいた誰もが理解した。
その夜、王宮から招待を受け、私はエドワードと共に赴いた。控え室で待っていると、そこに現れたのはリオン王子、ただ一人だった。
彼は、以前とは比べ物にならないほど憔悴した顔で、私を見つめていた。
「セリーナ……君は、見違えるほど美しくなった」
「お褒めにあずかり光栄です、殿下」
私は平静を装って答えた。彼は震える声で続けた。
「すまなかった。私は、とんでもない過ちを犯した。君という宝物を、自らの手で手放してしまった。もし、許されるのなら……もう一度、私のそばに……」
復縁の申し出。かつての私なら、喉から手が出るほど欲しかった言葉かもしれない。だが、今の私には、彼の言葉は虚しく響くだけだった。
私は隣に立つエドワードの手をぎゅっと握った。エドワードは何も言わず、私の手を強く握り返してくれた。その温もりが、私に勇気をくれる。
「殿下。お言葉ですが、私の幸せは、もうあなたのそばにはございません」
私はまっすぐにリオンの瞳を見つめ、きっぱりと告げた。
「私の幸せは、この人と共に、土と共に生きることにあります。過去を振り返るつもりはございません」
私の瞳に宿る揺るぎない光を見て、リオンはすべてを悟ったのだろう。彼は力なくその場に崩れ落ちた。私は彼に一礼すると、エドワードと共に部屋を後にした。もう、過去の幻影に囚われることはない。私たちの前には、光り輝く未来だけが広がっているのだから。




