第6章:グリーンヴァレーの奇跡
私の告白をきっかけに、私たちを隔てていた壁は完全に消え去った。エドワードと私は、恋人として、そして事業のパートナーとして、新たな一歩を踏み出した。
彼の才能は、私の想像をはるかに超えていた。二人で共同開発した新しい農法――それは、丘の傾斜を利用して水路を張り巡らせ、雨水や川の水を効率的に畑全体に行き渡らせるという、画期的な灌漑システムだった。村人たちも総出で手伝ってくれ、数ヶ月後、グリーンヴァレーの痩せた土地は見違えるように生まれ変わった。
春が訪れ、作付けを始めると、その効果はすぐに現れた。作物の成長は驚くほど早く、収穫量は前年の数倍にも跳ね上がったのだ。しかも、その品質は以前にも増して向上していた。甘くて瑞々しいトマト、しゃきしゃきとした歯ごたえのレタス、ほくほくとしたジャガイモ。人々はこれを「グリーンヴァレーの奇跡」と呼んだ。
噂はすぐに広まり、近隣の村々から「ぜひ我々の村にも技術指導を」という依頼が殺到するようになった。私たちは農業コンサルタントとして各地を飛び回り、多くの農家を貧困から救った。
私は、持ち前の公爵令嬢としての教育を活かし、経営面で才能を発揮し始めた。収穫した野菜をただ売るのではなく、「グリーンヴァレー」というブランド名を付け、高品質を保証するラベルを貼って出荷した。パッケージにもこだわり、見た目にも美しい商品として売り出したのだ。
このブランド戦略は大当たりした。王都の高級レストランや富裕層の間で「グリーンヴァレーの野菜は絶品だ」と評判になり、注文が殺到。私たちの農場は、かつてないほどの成功を収めた。
そんなある日、見慣れない立派な馬車が村にやってきた。馬車から降りてきたのは、痩せて少し老けたように見える、私の父、ヴァルドリア公爵だった。
「セリーナ……」
父は、活気に満ちた村の様子と、見渡す限りに広がる豊かな農地、そして作業着姿でたくましく立つ私の姿を見て、言葉を失っていた。
「お父様、ようこそグリーンヴァレーへ」
私は静かに頭を下げた。父は私の前に歩み寄り、深く、深く頭を下げた。
「……すまなかった。お前の価値を、親でありながら全く理解していなかった。お前は、ヴァルドリア家の人間であることなど関係なく、一人の人間として、これほど素晴らしいことを成し遂げていたのだな。この父を、許してくれ」
父の瞳には涙が浮かんでいた。私も、ずっと心のどこかにあったわだかまりが、すうっと溶けていくのを感じた。
「もう、いいのです。お父様。私も、感謝しています。公爵家に生まれたからこそ、今の私があるのですから」
私たちは、何年かぶりに、本当の意味で親子としての絆を取り戻すことができた。父はエドワードにも会い、その誠実な人柄と卓越した才能を知ると、「娘を……セリーナを、よろしく頼む」と深々と頭を下げた。
父が王都に帰った後、私はエドワードと共に、夕日に染まる農地を見渡していた。
「エドワード。私と、結婚してくださいますか?」
今度は、私からだった。彼は驚いて目を見開いた後、照れくさそうに、しかし力強く頷いた。
「……当たり前だ。俺の方から言うつもりだったのに、先を越された」
私たちは笑い合った。その夜、村の広場に村人たちを集め、私たちは婚約を正式に発表した。村中が、まるで自分のことのように喜び、祝福してくれた。歌と踊りと、美味しい料理。その輪の中心で、私はエドワードの手を固く握りしめ、かつてないほどの幸福感に包まれていた。悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢は、今、辺境の地で、愛する人々と共に、未来への大きな希望を掴んだのだ。




