第5章:乗り越えるべき過去の影
冬が深まり、畑仕事も一段落した頃、グリーンヴァレーに招かれざる客がやってきた。王都から来たというその一団は、見るからに柄の悪い男たちで、リーダー格の男は私の顔を見るなり、いやらしい笑みを浮かべた。
「これはこれは、セリーナ様。お久しゅうございます。エリザベス様より、よしなにお願いするようにと申しつかって参りました」
エリザベス……その名前を聞いた瞬間、全身の血が凍るような感覚に襲われた。彼女は、私がこんな辺境でのうのうと暮らしているのが気に入らないのだろう。私に恥をかかせ、ここから追い出すために、わざわざこんな男たちを送り込んできたのだ。
男たちは屋敷の中に上がり込もうとし、私の腕を掴んだ。恐怖で体がすくむ。王都にいた頃の無力な自分に引き戻されそうになった、その時だった。
「セリーナに何の用だ」
地を這うような低い声が響いた。振り返ると、そこには鬼のような形相をしたエドワードが立っていた。彼の後ろには、鍬や鋤を手にした村の男たちの姿もあった。
「なんだてめえらは!」
「この土地の者に何の断りもなく、我々の領主様に狼藉を働くとは、いい度胸だな」
エドワードの言葉に、村人たちがじりじりと男たちを取り囲む。いつもは温厚な村の男たちの目には、明らかな敵意が宿っていた。彼らは私を、自分たちの仲間として、守るべき領主として見てくれているのだ。
形勢が不利だと悟ったのか、エリザベスの使者たちは捨て台詞を吐いて、ほうほうの体で逃げていった。
「セリー、大丈夫だったかい?」
「怪我はなかったか?」
村人たちが口々に私を気遣ってくれる。その温かい言葉に、私は涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。
「……ありがとう、みんな。私、もう大丈夫よ」
この出来事は、私に恐怖だけでなく、確かなものを与えてくれた。ここはもう、私が一人で戦う場所ではない。私には、私を守ってくれる大切な人たちがいる。ここが、私の本当の居場所なのだと、心の底から実感できた。
その夜、私はエドワードの作業小屋を訪れた。彼は一人、黙々と新しい農具の手入れをしていた。
「エドワード、今日は本当にありがとう。あなたがいなかったら、私は……」
「礼を言う必要はない。俺は、あんたを守りたかっただけだ」
まっすぐな瞳でそう言われ、心臓が大きく跳ねた。私は勇気を出して、ずっと聞きたかったことを口にした。
「どうして……私を避けるの?私では、ダメなの?」
彼は一瞬息をのみ、苦しそうな表情で目を伏せた。
「……ダメなのは、俺の方だ」
彼は静かに自分の過去を語り始めた。王立農業学院時代、彼の才能は抜きん出ていた。しかし、その才能は多くの貴族の子弟たちの嫉妬を買い、執拗ないじめや嫌がらせを受けたという。ある時、彼の研究成果が、有力貴族の息子に盗用され、あたかもその貴族の手柄であるかのように発表されたことがあった。彼は必死に訴えたが、誰も平民の母を持つ彼の言葉を信じようとはしなかった。
「結局、俺は貴族社会から弾き出された。身分の壁は、どうやっても越えられない。俺みたいな男が、元王太子妃のあんたと一緒になれるはずがない。あんたを不幸にするだけだ」
彼の声は、諦観に満ちていた。その痛みが、私には痛いほどわかった。
「そんなことないわ!」
私は彼の胸に飛び込んでいた。彼の硬い体に顔をうずめ、必死に訴える。
「身分なんて関係ない!私は、あなたの才能を、あなたの優しさを、誰よりも知っている。尊敬しているわ。私があなたを不幸になんてさせるものですか。私があなたを幸せにしたいの!」
驚きに固まっていた彼の腕が、ためらいがちに私の背中に回される。
「セリーナ……」
「一緒に夢を叶えましょう。あなたの知識と技術、そして私の……少しだけある経営の知識。二人なら、きっとこの土地を王国一の穀倉地帯にできるわ。私を、あなたのパートナーにしてほしいの」
それは、紛れもない私の告白だった。彼の腕に力がこもる。私を強く抱きしめながら、エドワードは震える声で言った。
「……後悔、しないか?」
「するはずないわ。あなたと一緒なら」
顔を上げると、彼の鳶色の瞳が熱っぽく私を見つめていた。迷いはもう、どこにもなかった。私たちは、どちらからともなく唇を重ねた。それは、冬の夜の冷たさを溶かすほど、温かくて優しい口づけだった。この日から、私たちは公私ともに、かけがえのないパートナーとなったのだ。




