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第二章 桜の咲く家と、少年の足音〜風花町、初めての家族の午後〜

【Bar風花 第二章】桜の咲く家と、少年の足音〜風花町、初めての家族の午後〜


※本編の続きとなる、完全なハートフル家族回です。

※戦闘・シリアス・恋愛展開一切なし。ただの、穏やかな午後の時間と、新しい家族の始まりだけ。

※離婚・再婚・親子関係に少し触れますが、優しく癒し系のエピソードです。心が疲れている方にもおすすめ。


指輪をはめてから三ヶ月。

風花町の神社奥、桜の花びらが舞う隠れ家で、美和さんと天ちゃんの新生活は静かに続いていた。


今日も庭で摘んだレモンでチキンを焼き、レモネードを作り、座卓を囲む二人。

そこへ、突然のエンジン音。

門の外に立っていたのは、高校一年生の制服姿の少年——天ちゃんの息子、海里。


 「ママのところに行く」と言って以来、ほとんど連絡のなかった息子が、初めてこの家を訪ねてきた。


 桜の庭、柑橘の香り、カウンターバー、ガレージに並ぶバイクとフェラーリ。

 そして、笑顔でエプロンを外す美和さん。


 「はじめまして、海里くん。私は天ちゃんの妻、美和です」


 少し気まずい空気の中、三つのレモネードグラスが静かに触れ合う。


 Bar風花のカウンターとは違う、もう一つの「家」の物語。

 神である美和さんが、初めて本当の家族を迎える午後。


 どうぞ、桜の花びらが舞う庭で、ゆっくりと一緒に過ごしてください。

 新しい生活に慣れてきた頃——指輪をはめてから三ヶ月が過ぎたある土曜の午後。


 風花町の神社の脇、小道を200メートルほど奥へ進んだ先に、ぽつんと佇む平屋の家があった。


 白漆喰の外壁に瓦葺きの寄棟屋根。


 竹垣の門をくぐると、大きなソメイヨシノが枝を広げ、庭いっぱいに桜の花びらが舞っている。


 池の水面に桜が映り、石灯籠の灯りが柔らかく揺れる。


 庭の隅にはレモン、ライム、オレンジなどの柑橘の木が実を付け、初夏の風に爽やかな香りを運んでいた。


 ここが、櫻庭 美和の本当の家——風花町の隠れ家だった。


 玄関の引き戸を開けると、ヒノキの無垢材の床が足に優しく、畳の香りがふわりと漂う。


 12畳のリビングは座卓を中心に、障子窓から庭の桜がまるごと見渡せた。


 壁際には、カウンターバーが設置され、ワインセラーが静かに温度を保っている。


「天ちゃん、味見して」


 エプロン姿の美和さんが、木べらを差し出す。


 今日は庭で摘んだばかりのレモンとローズマリーを使ったチキンのオーブン焼き。


 キッチンには庭で収穫された柑橘類が籠に盛られ、タンブラーにはさっき作ったレモネードが注がれている。


 天ちゃん——正式には櫻庭 あまね——は座卓に腰を下ろしながら一口食べ、目を細めた。


 「うん、最高。……美和さん、結婚してからますますお料理上手になったね」


 「ふふ。毎日、天ちゃんのために作るようになったからよ♪」


 美和さんは左手の指輪をそっと撫で、いたずらっぽく微笑む。


 彼女は相変わらず「天ちゃん」と呼ぶのをやめない。


 それが、二人の「数千年の約束」の証のようで、天ちゃんはもう照れることさえなくなっていた。


 そのとき——門の外で、低く抑えたエンジン音が止まった。


 Kawasaki Ninja 250の、控えめな排気音だった。


 美和さんがモニターを確認する。


 画面に映っていたのは、高校一年生の制服を着た少年だった。


 線の細い顔立ちは、天ちゃんにそっくりなイケメン。


 ブレザーのポケットに手を突っ込み、ちょっと気まずそうに桜の木を見上げている。


 「……海里……」


 天ちゃんの声が、思わず零れた。


 別れた妻が親権を持ち、市内のマンションで母子二人暮らしをしている、唯一の息子——海里かいり)


 風花町から車で一時間ほどの進学校に通う十六歳。


 離婚のときは「ママのところに行く」とだけ言い残し、それ以来ほとんど連絡を取らなかった子だ。


 美和さんが玄関に向かおうとするのを、天ちゃんがそっと止めた。


 「僕が……行くよ」


 引き戸を開けると、海里は一瞬目を逸らした。


 でもすぐに、父親の左手の指輪、そして玄関脇のガレージに停まるフェラーリ・ディーノ246GTとNinja H2 Carbonに視線が止まる。


 「……お父さん、その指輪……本当なんだ。それに……この家すごいな。神社の奥にこんな場所があったなんて」


 声はまだ少し低く、引っ込み思案な少年特有の控えめさを含んでいた。


 天ちゃんは静かに頷き、微笑んだ。


 「入って。……美和さんも待ってるよ」


 リビングに入った海里は、まず美和さんの姿を見て固まった。


 彼女はエプロンを外し、いつもの柔らかな笑顔で頭を下げた。


 「はじめまして、海里くん。……櫻庭 美和です。お父さんの……天ちゃんの、妻になりました」


 海里の目が、わずかに見開かれた。


 「……天ちゃん?」


 美和さんがくすりと笑う。


 「ええ。私、海里くんのお父さんのことを、昔から『天ちゃん』って呼んでるの。幼い頃、神社で一緒に遊んだときから、ずっと。ここも神社のすぐそばでしょう? あの頃の神社と同じ桜が、庭に咲いてるのよ」


 海里はしばらく無言で、二人の左手の指輪を交互に見比べ、庭の柑橘の木や池に視線を移していた。


 やがて、ポツリと呟く。


 「……ママは『お父さんは私たちを捨てて、あの女のところに行ったんだから、連絡なんてするな』って言ってた。だから、ずっと連絡取らなかったんだ。……でも、進学校のテストが終わって、なんか……お父さんの事が気になって……」


 その言葉に、天ちゃんの胸が締め付けられた。


 美和さんが、ゆっくりと海里の前にしゃがみ込んだ。


 目線を合わせて、女神のように優しい声で言う。


 「捨てたなんて思わないで。ここは海里くんの家でもあるのよ。天ちゃんは『いつでも来てくれ』って、ずっと待ってたの。ガレージの私のNinja H2、もし乗ってみたければいつでも乗せてあげるわ。海里くんのNinja 250、ガレージに並べて停めていいわよ……」


 海里の視線が、座卓に並ぶ三つのレモネードグラスに移る。


 「……あのさ、俺、『Bar風花』のこと、知ってる。ママが『あそこにいる女の人に夢中なんだろ』って、よく怒ってた。……でも、今日来てみたら……お父さん、なんか……昔と全然違う」


 言葉を詰まらせる海里に、美和さんが静かにグラスを差し出した。


 「天ちゃん特製の、うちの庭で採れたレモンを使ったレモネードよ。蜂蜜とミントも少し入れてみたの。どうぞ」


 海里は一瞬、驚いた顔をしたあと、小さく、けれど確かに笑った。


 「……いただきます……」


 天ちゃんがホッとしたように座卓に座り直す。


 美和さんは海里を隣に座る様にうながして、自分も腰を下ろした。


 「ねえ、海里くん。もしよかったら、週末とか、長期休みとか……ここに泊まっていってもいいのよ。寝室はまだ空いてるわ。押し入れには天ちゃんの昔の漫画とか、ゲームとかが仕舞ってあるから」


 海里は指輪をもう一度チラリと見て、ぼそっと言った。


 「……美和さん、優しいんだね。……お父さんが、こんなに穏やかにニコニコしてるの、久しぶりに見た。ママといた頃は、いつも疲れ果ててたのに……あの桜、綺麗だね。ママのマンションにはないや……」


 その言葉を聞いた瞬間、天ちゃんの目頭が熱くなった。


 三つのグラスを軽く合わせながら、彼は小さく、けれど確かにそう言った。


 「ありがとう、海里。……これからは、海里と美和さんと三人でも家族になろう」


 障子窓から差し込む夕陽が、グラスに優しく反射した。


 庭の桜の花びらが一枚、風に舞って池の水面に落ちる。


 ガレージの向こうにはフェラーリとNinja H2 Carbonが静かに佇み、駐車場のABARTHが午後の光を浴びていた。


 風花町の神社奥、ぽつんと佇む桜の家で——いつも疲れ果てていた父が、今は穏やかに笑っている。


 美和さんの美貌と、女神のような優しさに触れて、海里の心が、少しずつ開き始めた午後だった。

あとがき


 「桜の咲く家と、少年の足音」、いかがでしたでしょうか。


 この第二章は、ずっと書きたかった話です。

 Bar風花という店は、夜の大人たちの場所ですが、そこにいる美和さんは実は「家族」を作れる人でもあります。

 神様である彼女が、ただの人間の家族に寄り添う姿を、今回初めてちゃんと描いてみました。


 天ちゃんは離婚して傷ついた過去があり、海里くんは「父親は自分たちを捨てた」と思い込んでいた。

 でも、美和さんがいるこの家は、ただ優しいだけじゃなく、ちゃんと「待っている」場所なんですよね。

 レモネードを差し出す仕草一つで、少年の心が少しずつ開いていく——そんな、派手さのない、でも確かな温かさを書きたかったです。


 桜の花びらが舞う庭、ヒノキの床の香り、ガレージに並ぶバイク。

 そして三つのグラスが触れ合う音。


 これが、風花町の「初めての家族の午後」でした。


 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

 少しでも胸が温かくなったら嬉しいです。


 本編ではまだまだカウンターの夜が続きますが、第二章ではこうやって「家」の物語も少しずつ増やしていけたらと思っています。

 海里くんがまた遊びに来る話とか、庭でバーベキューする話とか……もしよかったら、また覗きに来てくださいね。


 それでは——桜の季節が過ぎても、この家はいつでも温かいままで待っています。


天照(Bar風花)

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