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33杯目 神戸ドライブ -桜の下で- 中編

【Bar風花 閑話】神戸ドライブ -桜の下で- (中編)


※本編とは直接関係のない、ゆるい番外編・旅回です。前編からの続きなので、先に前編をお読みください。

※お酒・クラシックカー・桜・再会・プレゼント・ホテルハプニング・甘い夕食が好きな方向け

※戦闘もバトルもシリアスな展開もありません。日常の延長のような、ゆったりしたドライブと心温まる時間です。ご注意ください。


 墓参りの後、246GTは神戸の元町裏路地へ。


 かつてのBar岸本の跡地は空き地となり、桜の花びらが優しく降り積もる。


 涙の後で、元町の街を歩き、春コーデのプレゼントが美和さんの心を温かく染める。


 皇ホテルでのチェックインは、おばあちゃんのサプライズでスイート1室に。


 シャワーや着替えの小さなハプニングが、ドキドキと笑いを運んでくる。


 そして、メインダイニングで神戸牛のコースを味わいながら、今日の想いを語り合う。


 ダッシュボードにはいつもの煙草とライター。


 テーブルにはワインとステーキ。


 窓辺には、神戸の夜景と桜の余韻。


 静かな感動の後で、甘く優しい夜が訪れる。


 Bar風花のカウンターを離れた、美和さんの旅の続き。


 Bar風花へようこそ。


 今日はカウンターじゃなくて、ホテルの窓辺から、桜の断章をお届けします。


 どうぞ、ゆったりとお付き合いください。

 神戸の午後、246GTは静かに元町の裏路地へと滑り込んでいった。


 彼の運転は変わらず穏やかで、アクセルを軽く踏むたびにV6エンジンが「クォン!」と甲高く鋭く切り上がり、

すぐに「フォン……」と余韻を残して静まる。

 

 神戸の街路樹に咲く桜が、246GTの赤いボディに花びらを散らし、春の柔らかな光がボンネットを優しく照らしていた。


 美和さんは助手席で、窓の外を流れる古い街並みをじっと見つめていた。


 首元の淡いピンクのスカーフが、微かに揺れる。


「ここ……元町の裏路地。Bar岸本があった場所……」


 美和さんの声は小さく、どこか遠くを向いているようだった。


 彼は246GTを路地の端に停め、エンジンを切った。


 「ゴロゴロ……」という低音が静かに消え、周囲の静けさが車内に満ちた。


 二人は車を降り、ゆっくりと路地を歩き始めた。


 古いビルの隙間から差し込む陽光が、地面に長い影を落としている。


 路地の奥、かつてBar岸本が入っていたビルは、今はぽっかりと空いた空き地になっていた。


 コンクリートの基礎部分がわずかに残り、雑草が少し生え、風が吹くたびに枯れ葉が軽く舞う。


 看板も、カウンターの跡も、何も残っていない。


 ただ、春の桜の花びらが、空き地の地面に優しく降り積もっていた。


 美和さんは空き地の前に立ち止まり、静かに息を吐いた。


 彼女の瞳が、ゆっくりと潤んでいく。


 「……ここだったんです、Bar岸本……。カウンター8席の小さな店。岸本さんがいつも真ん中に立ってて、私が横でグラスを磨いて……常連さんたちが、夜遅くまで話して、笑って、飲んで……」


 彼女の声が震え、言葉が途切れた。


 彼は隣に立ち、静かに空き地を見つめた。


 かつての入口の位置を想像しながら、美和さんの肩にそっと手を置いた。


 美和さんは涙をこらえきれず、一筋の雫が頰を伝った。


 「取り壊されたって聞いたとき……胸が締め付けられるみたいだった。でも、来てみたら……何もないのに、岸本さんの匂いがまだ残ってる気がするの……」


 彼女は空き地の中央に視線を落とし、そっとしゃがみ込んだ。


 地面に落ちた桜の花びらを指先で拾い、掌の中で優しく包んだ。


 「岸本さん……ここ、なくなっちゃったね。でも、私……風花町でちゃんと続けてるよ。のんびりだけど……岸本さんの味、繋いでいるよ……」


 涙がぽたりと地面に落ち、桜の花びらと混じった。


 彼は美和さんの隣にしゃがみ、静かに言った。


 「……岸本さん、ここにいたんだね。今は空き地だけど……美和さんが継いでるBar風花に、岸本さんの味は生きてるよ。俺も、毎日飲んでる。あの味が俺の居場所なんだ……」


 美和さんは涙を拭い、ゆっくりと立ち上がった。


 彼女は拾った桜の花びらを、空き地の中央にそっと置いた。


 「ありがとう……彼さん。ここに来られてよかった。

岸本さんに、『Bar岸本は無くなっちゃったけど、味は繋いでるよ』って、ちゃんと伝えられた気がする」


 風が優しく吹き、桜の花びらが二人の周りを舞った。


 空き地の向こうに、神戸の街並みと遠くの海が見える。


 美和さんは深く息を吸い、彼の方を向いて微笑んだ。


 涙の跡が残る頰が、春の光に輝いていた。


 「夜になったら……片桐君の店、『Bar Black-Lotus』に行きましょう。岸本さんのお弟子さんがまだ神戸にあるんです」


 彼は頷き、246GTの方へ視線を戻した。


 「うん。一緒に行こう」


 二人は空き地を後にし、246GTへ戻った。


 エンジンをかけると、V6が「ゴロゴロ……」から「クォン! フォン!」と甲高く咆哮し、神戸の裏路地をゆっくりと抜けていく。


 桜の花びらがボディに残り、旅の続きを優しく彩っていた。




 元町の裏路地から抜け、二人は246GTを路肩に停めた。


 彼がエンジンを切ると、V6の甲高い余韻「フォン……」が、春の風に溶けるように静かに消えた。


 車外に出ると、桜の花びらがまだボディに残り、元町の古い街並みが柔らかな陽光に包まれていた。


 石畳の路地、煉瓦の壁、時代を刻んだ看板の文字——すべてが、ゆっくりと息づいているようだった。


 美和さんは涙の跡を拭い、軽く髪を払って微笑んだ。


 声はまだ少し震えていたが、柔らかく穏やかだった。


 「少し……気分転換に元町を歩きましょうか。おしゃれな店がたくさんあるんです。岸本さんのことを思い出しながら、春の神戸を楽しむのも悪くないですよね」


 彼は頷き、彼女の横に並んだ。


 「うん。美和さんが笑顔に戻れるならどこでもいいよ」


 元町の通りは、春の週末ということもあり人波で溢れていた。


 古い煉瓦のビルとモダンなブティックが混在し、桜のピンクと街の色が溶け合うように美しい。


 二人はゆっくりと歩き、ウィンドウショッピングを始めた。


 アクセサリーショップの前で立ち止まり、小さなシルバーのピアスやスカーフを眺め、カフェのテラス席で桜を見ながらのんびりする人々を横目に、路地を抜けて少し奥まったエリアへ。


 一軒のブティックが、二人の目を引いた。


 白い壁に淡いグリーンのアクセントが入った小さな店で、ウィンドウには春らしい軽やかなコーディネートが並んでいる。


 淡いラベンダーのニットカーディガンに、ベージュのフレアスカート、桜色に近いピンクのブラウス……


 どれも、優しくて、でもどこか凛とした雰囲気だった。


 美和さんはウィンドウの前で足を止め、淡いピンクのシルクブラウスに目を留めた。


 シルクのような柔らかな素材で、袖に細かいレースがあしらわれ、春の風に揺れるような軽やかさがあった。


 「……これ、綺麗……」


 彼女の声は小さく、でも心の底から溢れるような響きだった。


 指先がガラス越しにブラウスをそっと撫で、レースの袖が春の光に透けて優しく輝く。


 美和さんの瞳に、ほんの少しの憧れが宿った。


 彼は隣で、静かに彼女を見つめた。


 墓参りの涙、常連さんたちとの再会、岸本さんの空き地——今日という日が、美和さんの心にどれだけ重く、温かく積もっているか、


 彼はすべてを感じ取っていた。


 「似合いそう」


 美和さんは少し照れくさそうに笑い、首を振った。


 声が、かすかに震える。


 「ううん、ただ眺めてるだけ。今日は墓参りがメインだから……こんなおしゃれな服、風花町じゃ着る機会ないし……Bar風花で、カウンターに立ってる私には、ちょっと……華やかすぎるかなって……」


 それでも、彼女の瞳はブラウスから離れなかった。


 桜の花びらが一枚、ウィンドウの外から舞い込み、

ガラスにそっと触れる。


 まるで、岸本さんが「着てみろよ、美和」と囁いているように。


 彼はそっと店内へ入り、店員さんに声をかけ、そのブラウスを手に取って美和さんの元へ戻ってきた。


 さらに、店員さんと相談しながら、オフホワイトのシルクミディスカート、ライトグレーのショートトレンチコート、小さなパール付きのクラッチバッグまでを一緒に選んでいた。


 美和さんは目を丸くし、袋を全部受け取った瞬間、息を呑んだ。


 「……え……これ、全部……?」


 彼は優しく微笑み、袋を彼女の手にそっと重ねた。


 声は穏やかで、でも心の底から溢れる温かさがあった。


 「今夜、着替えてみて。皇ホテルでゆっくりしたり、Bar Black-Lotusに行ったり……美和さんが、少しだけ特別な夜を過ごせるように。春の神戸にぴったりのコーデだよ」


 美和さんは袋を胸に抱き、涙がまたにじんだ。


 今度は、悲しい涙ではなく、温かさが溢れて止まらない涙だった。


 彼女の唇が震え、声が、喉の奥で詰まる。


 「……ありがとう……彼さん……こんな……こんなにたくさん……私、こんな服、着たことない……風花町じゃカウンターに立つ私には……でも……今日、岸本さんに会えて、皆さんに会えて……空き地を見て、胸が痛くて……でも、こんなに温かい気持ちになれて……彼さんが、こんなプレゼントを……私……本当に幸せ……」


 彼女は言葉を切って、袋を強く抱きしめた。


 涙がぽたりと落ち、袋の紙に小さな染みを作る。


 彼は静かに彼女の肩を抱き、優しく言った。


 「美和さんが、風花町で毎日グラスを磨いて、お客さんの話を聞いて、カクテルを注いでる姿……俺は、それが大好きだよ。

 でも、今日は特別な日だから。

 墓参りの後で、少しだけ……美和さんが、自分を甘やかしてもいい日だと思う。

 岸本さんも、きっと笑ってるよ」


 美和さんは涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。


 瞳に残る涙が、春の光にきらめく。


 彼女は深く息を吸い、微笑んだ。


 「……ありがとう。本当に……大事にする。

 今夜、着てみるね。

 風花町に帰ったら、Barで……みんなに見せたい。

 岸本さんの味と一緒に……この服を着て、グラスを磨いて……岸本さんに、『見ててね』って言いたい」


 二人はブティックを後にし、元町の通りをゆっくりと歩き始めた。


 美和さんの手には、新しい春コーデの袋が握られ、246GTの赤いボディが、少し離れた場所で春の光を浴びて待っている。


 桜の花びらが二人の足元に舞い、神戸の午後は、優しく、温かく続いていく。




 皇ホテルのエントランスに、鮮やかな赤いフェラーリ246GTが滑り込むと、ドアマンが鋭い視線を投げ、すぐに駆け寄ってきた。


 夕陽がボディを照らし、散り残る桜の花びらが風に舞う中、美和さんは助手席から優雅に降り立ち、軽く髪を払って微笑んだ。


 声は穏やかだが、心のどこかで弾むような喜びが滲む。


 ドアマンは深く頭を下げ、洗練された礼儀で応じた。


 「お嬢様、会長からご連絡頂いております。従業員一同お待ちしておりました。お車お預かりさせて頂きます。」


 美和さんは小さくため息をつきながらも、目を細めて嬉しそうに笑った。


「またおばあちゃん、勝手に……でも、ありがとう。」


 2人はドアマンに車を預け、ロビーへ向かう。


 皇ホテルのロビーは広大で、贅沢な空気に満ち、大理石の床に夕陽が柔らかく反射し、エントランスから舞い込む桜の花びらが幻想的なアクセントを加えていた。


 246GTの赤と美和さんの淡いピンクのスカーフが、落ち着いた照明の中でひときわ目立つ。


 周囲の視線を感じ、若いカップルがひそひそと囁く。


 「え、あの車……フェラーリ?」


 「女性も綺麗……」


 ベルボーイも微笑みを浮かべて視線を送ってくる。美和さんは頰を少し染め、彼の腕に軽く触れた。


「みんな見てくるね。246GTのせいかな……?」


 彼は優しく笑い、彼女の肩を抱くようにしてフロントへ導いた。


 フロントスタッフが美和さんを認め、即座に頭を下げる。


 若い女性スタッフが目を丸くして視線を交わす。


 「お嬢様、お疲れ様でございます。本日はおばあ様のご指示により、オーシャンビューのスイートルームをご用意しております。チェックインのお手続きをこちらでお願いいたします。」


 美和さんは書類に目を通し、ふと眉を寄せた。


 「……スイートルーム? 予約はシングルルームを2部屋にしてたはずだけど……?」


 スタッフは微笑みを崩さず、丁寧に説明した。


 「はい、会長からご連絡をいただきまして、シングルルーム2部屋をスイートルーム1室に変更させていただきました。お二人でごゆっくりお過ごしいただけるよう、オーシャンビューの最上階スイートをご用意しております。」


 美和さんは書類を二度見し、目を丸くした。


 「え……?またおばあちゃん……シングル2部屋で十分だったのに……スイートって……」


 慌ててスタッフに顔を近づけ、声に焦りが混じる。


 「あの……申し訳ないんですが、シングルルーム2部屋に戻してもらえませんか? 私たち、別々に寝る予定で……」


 スタッフは困った顔をし、コンピューターを確認した。


 「大変申し訳ございません……本日は土曜日で、ホテル全体が満室となっております。スイートルーム以外に空室がなく、シングルルームへの変更は承ることができません……会長のご指示もいただいておりますので……」


 美和さんは一瞬固まり、彼を振り返る。


 頰が赤く染まり、声が小さくなる。


 「……どうしよう……土曜日で満室だって……シングル2部屋の予定だったのに……スイート1室……」


 彼も困惑の色を浮かべ、スタッフに軽く頭を下げてから、美和さんにそっと囁いた。


 「……仕方ないよ。おばあちゃんのサプライズだし、今日はもうこのままにしようか。」


 美和さんは頰を両手で押さえ、慌てた様子で呟く。


 「でも……1室って……私たち、まだ……その……別々に寝るつもりだったのに……スイートだから広いんだろうけど……ベッド、2つはあるよね……?」


 スタッフが優しくフォローした。


 「スイートルームはキングサイズベッド1台と、リビングにソファベッドをご用意しております。ご希望であれば、追加のベッドもお持ちいたしますが……本日満室のため、追加ベッドの手配も難しい状況で……」


 美和さんはさらに頰を赤らめ、彼の袖を軽く掴む。


 「ソファベッド……? 彼さんが寝るの……? いや、でも……私の方が……うう……どうしよう……」


 深呼吸して、自分を納得させるように頷く。


 「……仕方ないよね。土曜日で満室なんだし……スイートだから広いんだし……景色もいいし……じゃあごめんなさい……お言葉に甘えて、私ベッドで寝るから……彼さんはソファベッドで……でも、ちゃんと休んでね?」


 彼は苦笑し、美和さんの手を優しく握り返した。


 「大丈夫だよ。俺、ソファベッドでいい。美和さんがゆっくり休めるなら、それで十分。」


 美和さんはまだ動揺を残しながら、スタッフに頭を下げて鍵カードを受け取った。


 「ありがとうございます……それでお願いします。」


 スタッフは微笑み、「何かご要望がございましたら、いつでもお申し付けくださいませ」と頭を下げた。


 ベルアテンダントの案内でエレベーターで最上階へ上がり、スイートルームのドアを開ける。


 神戸港と六甲の山並みが一望できる大きな窓が広がり、夕陽が海面をオレンジに染めている。


 部屋のテーブルにはおばあちゃんからの手紙が置かれていた。


 美和さんは手紙を開き、読みながらくすっと笑う。


「『美和、ゆっくり休みなさい。車は大事に扱えよ。孫の彼氏さんにもよろしく』だって……おばあちゃん、勘違いして……相変わらず……しかもシングル2部屋じゃなくてスイートにしちゃうなんて……本当に、困った人……」


 手紙を置き、窓辺に立って港の景色を眺める。


 夕陽が横顔を優しく照らし、淡いピンクのスカーフが軽く揺れる。


 ふっと息を吐き、彼に振り返って微笑む。


 ご機嫌な笑顔が部屋を明るくする。


 「まあ……仕方ないよね。土曜日で満室だし……スイートだから広いんだし……景色もいいし……まずはシャワー浴びて、さっぱりしましょうか。着替える前に……」


 彼は頷き、ソファから立ち上がる。


 「うん、そうだね。美和さん、お先にどうぞ。俺は後からでいいから」


 美和さんはバスルームへ入り、ドアを開けた瞬間、「あ……」と小さな声を上げる。


 照明が自動点灯し、広々とした大理石の空間に豪華なバスタブとレインシャワーが広がる。


 鏡が大きく、アメニティがずらりと並び、おばあちゃんのセンスを感じさせる高級感に圧倒される。


「……おばあちゃん、こんな部屋用意して……私、普段家の小さなお風呂しか使ってないから落ち着かないよ……」


 服を脱ぎ、シャワーを浴び始める。


 温かいお湯が体を包み、今日の疲れが溶けていく。


 だが、シャワーヘッドを調整しようとした瞬間、水圧が強すぎて「わっ!」と悲鳴を上げる。


 お湯が勢いよく飛び散り、頭から勢い良くお湯を浴び、全身しょびしょに。


 慌てて止め、タオルで体を拭きながらドア外に声をかける。


「彼さん……! シャワー、勢い強すぎて……びしょびしょになっちゃった……」


彼はドア外からくすっと笑う。


「大丈夫? ゆっくり入りなよ」


 美和さんはバスローブに着替え、髪をタオルで拭きながら出てくる。


 頰を赤らめ、照れくさそうに。


 「ごめん……豪華すぎて、慣れてなくて……浴室水浸しにしちゃった……」


 彼は笑ってバスルームへ入り、シャワーを調整しながら浴びる。


 浴び終え、バスローブで出てくると、ソファベッドに座った瞬間、「ん……?」と声を上げる。


 クッションが柔らかすぎて体が沈み込み、バランスを崩して後ろに倒れそうに。


 慌てて体を起こし、美和さんを見て苦笑。


 「……これ、ソファベッド……柔らかすぎて、座るだけで沈む……夜寝たら、沈み込んで起きられなくなりそう。」


 美和さんはくすくす笑い、ベッドの端に座って彼を見る。


 「ふふ……彼さん、ソファベッドで大丈夫? 私、ベッドで寝るけど一緒に寝る?……もし沈み込んで動けなくなったら、助けに行くからね。」


 彼は照れくさそうに頰を掻き、立ち上がる。


 「大丈夫だよ。美和さんがゆっくり休めるなら、俺はソファベッドでいい。……でも、ちょっと練習しておこうかな。」


 二人は笑い合い、部屋の小さなハプニングが緊張を解き、親密さを増す。


 美和さんは新しい春コーデの袋をベッドに置き、ブラウスを広げる。淡いピンクのシルクが夕陽に透け、レースの袖が優しく揺れる。


 「今夜、着替えてみよう。レストランに行く前に、さっぱりして……この服で、片桐君に会いに行きたい。」


 彼は頷き、静かに。


 「うん。美和さんがご機嫌なら、俺も嬉しい。まずは……夕食にしようか。ここのホテルのレストラン、豪華だって聞いたよ」


 美和さんは目を輝かせ、頷く。


 「うん! 神戸牛、食べたい……今日は、贅沢しちゃいましょう」


 美和さんはベッドルームに戻り、着替えを始める。


 タートルネックを脱ごうと腕を上げた瞬間——「きゃっ!」袖がきつくて髪が絡まり、ブラウスが顔にかぶさって視界が塞がる。


 慌てて手を動かし、「わっ、わっ、ちょっと……!」と悲鳴を上げながらもみくちゃに。


 髪が乱れ、桜の花びらに埋もれたような姿に。


 彼は隣のリビングルームのソファから立ち上がり、慌てて飛んでくる。


 「美和さん、大丈夫!?」


 美和さんはブラウスが引っ掛ったまま、顔を真っ赤にして彼を見る。


 髪がぐしゃぐしゃで、ブラウスが肩に引っかかったまま。


 「……見ないで……! 袖、きつくて……髪が絡まって……うう……恥ずかしい……」


ブラウスを胸に押し当て、背中を向ける。


 彼は苦笑し、優しく「大丈夫だよ。俺、隣の部屋に居るからゆっくり着替えればいい」


 美和さんは背中を向けたまま、小さく呟く。


 「……ありがとう……でも、こんなところで……まるでコントみたい……岸本さんから、『美和、ドジだな』って笑われそう……」


 ブラウスを着て、スカートを履き、トレンチを羽織る。


 鏡の前で髪を整え、くるりと回る。


 淡いピンクのシルクが夕陽に透け、レースの袖が揺れる。


 桜の精が神戸の夜に降り立ったよう。


 鏡の中の自分を見て、頰を染める。


 「……どう……? 似合ってるかな。」


彼は隣の部屋からひょいと顔を出し、思わず息を呑む。


 声が優しく震える。


 「……綺麗すぎて、言葉が出ない。美和さん、今夜は……本当に、春の女神みたいだ。」


 美和さんは頰を染め、スカートの裾を摘まんでお辞儀。


 「ありがとう……彼さんのおかげで、こんな気分になれた。今夜は、この服で……片桐君に会いに行こう。」


 二人は笑い合い、ハプニングが空気を温かく変える。


 美和さんはパールのクラッチを持ち、鏡で髪を整え、ご機嫌に微笑む。


 「じゃあ……レストランに行こうか。お腹空いたし……豪華な夕食、楽しみ。」


 彼は立ち上がり、彼女の肩に手を置く。


 「うん。さ、行こうか……」


 部屋を出て、エレベーターへ。


 美和さんの春コーデが廊下で優しく揺れる。


 廊下を歩く二人を春の神戸の夕暮れが優しく包む。



 

 皇ホテルのメインダイニングは、神戸港を一望するガラス張りの空間。


 キャンドルの灯りが柔らかく揺れ、生演奏が静かに流れる。


 窓際の特等席に案内され、夕陽が沈み始めた夜景を前に席に着く。


 美和さんの淡いピンクのシルクブラウスとレースの袖が、キャンドルの光に優しく映える。


 今日の出来事とハプニングで、心は弾んでいる。


 メニューを広げ、目を輝かせる。


「わあ……神戸牛のコースもある。今日は……贅沢しちゃおうかな。」


 彼はワインリストを眺め「そうだね。今日は特別な日だから。美和さんが好きなものを、全部頼もう。」と言った。


 2人は神戸牛のコース料理を注文。


 神戸牛のステーキ、フォアグラのテリーヌ、


 新鮮な海鮮の前菜、デザートまで次々と運ばれる。


 美和さんはステーキを一口、目を細める。


 「美味しい……こんなに美味しい牛肉、久しぶり……こんな贅沢中々できないよ♪」


 フォークを置き、照れくさそうに彼を見る。


 「彼さん……今日、全部ありがとう。墓参りから、常連さんたちに会えて、空き地を見て……胸が痛かったけど、彼さんが隣にいてくれたから、ちゃんと耐えられた。そして、この服まで……本当に、特別な日になった。」


 彼はワイングラスを掲げ、静かに。


 「俺の方こそありがとう。今日、美和さんと一緒にいられて、俺も特別嬉しいよ。今日の美和さんの涙も、笑顔も、全部……心に残ってる」


 美和さんはグラスを合わせ、くすっと笑う。


 「乾杯……今日という日と、岸本さんと、彼さんの優しさに。」


 グラスを触れ合わせ、ワインを一口。


 美和さんは夜景を眺め、静かに続ける。


 「スイート1室で……ちょっとドキドキしたけど……仕方ないよね、土曜日で満室だし……おばあちゃんのサプライズも、今日は受け入れるしかないか……」


 頰を赤らめ、フォークでステーキを突き、照れくさそうに。


 「でも……彼さんがソファベッドで寝るって言ってくれて、安心した。私、ベッドで寝るけど……もし夜中に寂しくなったら……起こしに行ってもいい?」


 彼はワインを飲み、くすっと笑う。


 「もちろん。いつでも起こして。俺、ソファベッドで寝るけど……美和さんが呼んでくれたら、すぐ行くよ。」


 美和さんは頰をさらに赤くし、小さく笑う。


 「ふふ……ありがとう。今日は……本当に、ご機嫌だよ。彼さんが隣にいてくれるから……全部、温かく感じる」


 彼は頷き、彼女の手を軽く握る。


 「俺も。美和さんが笑顔でいてくれるなら、どんな夜でも特別だよ。」


 夕食はゆっくり進み、今日の出来事を振り返り、時折笑い、時折夜景を眺める。美和さんはデザートのフォークを手に、小さく呟く。


 「食事が終わったら『Bar Black-Lotus』に行こう。この服で、片桐君に会いに行きたい。岸本さんの味を、もう一度感じて……彼さんと一緒に。」


 彼は優しく頷き、グラスを掲げる。


 「うん。美和さん、楽しい夜にしよう」


 グラスを合わせ、キャンドルの灯りが揺れる中、神戸の夜景が宝石のように輝く。


 春の夜が、二人の背中を優しく包み、『Bar Black-Lotus』への道を照らし始める。

あとがき


 神戸ドライブ(後編)、いかがでしたでしょうか。


 前編の墓参りと再会の感動から、中編では空き地の余韻、ショッピングの温かさ、ホテルのハプニング、夕食の甘い時間を描いてみました。


 246GTのエンジン音が旅のリズムを刻み、桜の花びらが優しく寄り添う中で、美和さんの心が少しずつ癒されていく……そんな春の神戸をイメージしながら書きました。


 おばあちゃんのサプライズや着替えのドジなシーンは、ちょっとした軽やかさを加えて、全体を温かく締めくくりたかったんです。


 あの夕食のシーンは、二人の絆が自然に深まる瞬間を描きたくて。


 涙あり、笑いあり、甘さありの、道中になったと思います。


 Bar風花は、こんな風に、カウンターの外にも優しい物語が広がってるんですよね。


 読みに来てくださってありがとうございました。


 この2人の旅はまだまだ続きます。


 また気が向いたら、日常のエピソードを書きたいなと思っています。


 それでは、またいつかカウンターで、あるいは神戸の夜景で。


天照(Bar風花)

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