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26杯目 トリハイと、揚げたてのスパイシーチキン

『Bar風花-kazahana-』

トリハイと、揚げたてのスパイシーチキン


※独立した短編エピソードです

※バー・ハイボール・パイプタバコ・昭和レトロな話・揚げたてチキンが好きな方向け

※激しい展開やドラマチックな事件はありません。ゆるく温かい夜をお届けします


カウンターのいつもの席。

パイプの甘い煙が漂い、氷の溶ける音だけが静かに響く。


美和さんは今日も、丁寧にグラスを磨きながら微笑んでいる。


「今日はどんな一日だった?」


そんな他愛もない会話から、話は自然と昭和の酒場へ。

「もう一杯、トリスを」

あの言葉が飛び交った、活気と煙と笑い声に満ちた時代。


そして今夜、美和さんがカウンターの小さなスキレットで揚げ始めたのは、

黒胡椒ガーリックソルトのスパイシーフライドチキン。

コーンフレークのザクザク衣、熱々の肉汁、ピリッと効いたスパイス。


トリハイのシュワッとした炭酸と合わせると、

まるで昭和の飲み屋のカウンターにタイムスリップしたような、

懐かしくて、でも今この瞬間にしか味わえない、最高の組み合わせ。


Bar風花へ、ようこそ。

今夜は、トリハイ片手に、揚げたてチキンを頬張りながら、

ゆるく、温かく、夜を過ごしませんか

 開店してすぐ、お客さんの居ないBar風花は、まるで時間がまだ始まっていないかのように静まり返っていた。


 微かに漂う桜の花の匂いと、耳障りにならないボリュームで流れる静かな音楽だけが、澄みきった空気の中に溶け込んでいる。


 カウンターの向こう側で、美和はひとり、静かにグラスを磨いていた。


 二十代半ば——おそらく25から27歳のどこか。


 身長165センチほど。


 すらりと伸びた背筋が、カウンター越しでも自然に視線を引く。


 肌は透けるように白く、頬には自然な血色がほのかに浮かんでいる。


 照明の下では、まるで薄い絹を張ったように滑らかだった。


 彼女の瞳は美しいヘテロクロミア。


 右目は深いワインレッド——熟成したボルドーワインのように重厚で妖しく、どこか血の温度を感じさせる色。


 左目は淡い琥珀——朝霧に濡れたバルティック琥珀のような柔らかく透明感のある金色で、青空と朝日を受けて銀のようにきらめく。


 グラスを磨くために視線を落とすと長い睫毛が影を落とし、右のワインレッドが一瞬強く光り、顔を上げた瞬間に左の琥珀が朝の光を反射したように銀色に瞬いた。


 ダークブラウンの髪に、桜色のハイライトが数本だけ、ひっそりと息づいている。


 控えめなその色は、強く主張することなく、ただそこに在るだけで春の名残を思わせる。


 頭のやや高い位置で結ばれたハイポニーテールは、動きに合わせてしなやかに揺れ、


 銀のバレッタが光を反射するたび、桜色の淡い輝きが一瞬だけ空気に溶ける。

 

 左耳には小さなオールドマインカットのピジョンブラッド・ルビーが一粒だけ静かに輝き、右目の深い赤と呼応するように存在感を放っていた。


 服装は白のバーコート。


 美和がカウンターに立つときの姿は、いつも白を基調としている。


 清潔で柔らかなコットン混の生地に、ほのかな光沢が漂う上質な素材。


 シングルブレストで、丈はヒップを軽く覆う程度。


 襟は細めのショールカラーで、首元に優しい曲線を描く。


 前は4つボタンだが、普段は上2つだけを留め、下は自然に開けて動きやすさを確保している。


 その白は、ただの「白」ではない。


 照明の下で微かにパールのような光を反射し、肌の透明感と髪のダークブラウンをより深く引き立てる。


 Hカップの胸は、バーコートのゆったりとしたシルエットの中に自然に収まりながらも、ボタンの間から柔らかな曲線がほのかに浮かび上がる。


 決して強調されるわけではないのに、視線が自然とそこに留まる——そんな絶妙なバランスを持っている。


 白のバーコートの美和の左手に、細く白い肌を静かに飾るように一本の時計が息づいている。


 Patek Philippe Calatrava(パテック フィリップ カラトラヴァ)。


 極めて小さなローズゴールドのケースは、照明の下で柔らかく温かな光を放ち、オフホワイトのダイヤルに並ぶ黒のローマ数字と細いブルースチールの針が、まるでこの店の空気のように控えめで、しかし確実に時を刻んでいる。


 袖口からチラッと覗くその姿は、決して主張しない。


 グラスを磨くために腕を動かすたび、白い生地の下からほんのわずかにケースの丸みが現れ、ローズゴールドが桜色のハイライトと、左耳のルビーと、右のワインレッドの瞳と、静かに、しかし確かに呼応するように瞬く。


 彼女が次のグラスに手を伸ばす瞬間、


 袖が少しずれて時計のラグが一瞬だけ露わになる。


 そこに刻まれた「Patek Philippe」の文字と、ケースバックに秘められたシリアルナンバーは、誰にも見せない彼女だけの秘密のように、ただ静かに存在している。


 高価であることを決して声高に語らず、ただ彼女の指先とともに、Bar風花の夜をそっと、正確に、刻み続けている。


 下は白のスラックス。


 ハイウエストで、すっと脚を長く見せるストレートシルエット。


 ストレッチの入った上質な生地は、動きを妨げず、かつ皺になりにくい。


 裾はくるぶしがわずかに見える丈で、黒のローファーを合わせている。


 靴はいつも磨き上げられていて、カウンターの鉄刀木や黒革のスツールと静かにコントラストを描く。


 この「全身白」の装いは、一見シンプルすぎるように思えるかもしれない。


 しかしその白さが、左耳のピジョンブラッド・ルビーの深紅、右目のワインレッドと左目の淡い琥珀、髪に散らばる桜色のハイライト、銀の髪飾りの冷たい光 といった、美和自身の「色」と「光」を際立たせるための、究極の背景になっている。


 ハイポニーテールが軽く揺れるたびに、白いバーコートの肩口で桜色のハイライトがふっと浮かび、グラスを磨く動作で前かがみになると、コートの胸元がわずかに開き、

白い生地が彼女の肌と胸の丸みを優しく縁取る。


 誰もが息を呑むような美しさなのに、決して主張しすぎない。


 むしろ「白」という空白の中に、彼女の存在そのものが静かに、しかし確実に息づいている。


 Bar風花のカウンターに立つ美和は、この白の衣装を纏うことで、まるで春の夜明けのような、清らかで儚く、それでいて強い引力を放つ存在になる。


 美和はリーデルの薄いリムが光るワイングラスを手に取り、白いリネンの布を指に巻いて、ゆっくりと円を描くように磨いていた。


 布がクリスタルに触れるかすかな擦れる音だけが、店内に響く。


 それはまるで、この空間に許された唯一の囁きのようだった。


 グラスを磨き終えると、そっと息を吹きかけ、曇りを確かめるように目を細める。


 その仕草は無意識に近く、しかし無駄が一切ない。


 満足したように小さく頷くと、次の古いアンティークのブランデーグラスに手を伸ばす。


 誰もいない店内。


 磨かれるグラスの音。


 微かに揺れるハイポニーテールと銀の髪飾り。


 右のワインレッドと左の琥珀が交互に光る瞳。


 そして静かに息づく美和の存在。


 彼女の美しさは、街を歩けば10人とすれ違えば10人が必ず振り返るようなものだった。


 しかし今この瞬間、Bar風花はまだ誰のものでもなく、ただ彼女と、この空間と、訪れるはずの誰かのための時間だけが、そこにあった。


 薄暗い店内には直接照明と間接照明が上手く設置されており、仄かな光が鉄刀木のカウンターを浮かび上がらせている。


 カウンターの上には余計な物は一切置かれておらず、バーマットの上に置かれた1本のバースプーンが入った水の張った大きなブランデーグラスの他には、いくつかの柑橘系フルーツの入った籠が置いてあるだけ。


 天井まであるバックバーには数多くのカラフルなラベルの色とりどりのお酒が種類別にきっちりと並べられ、しかもそのボトル全てが埃1つなく磨き上げられていた。


 カウンターと同じ位の高さに設けられた戸棚の中には、磨き上げられたクリスタル製のグラスが種類別に整然と収納されており美しく輝いている。


 有名な高級グラスメーカーの品やアンティーク品で、非常に高価なものばかりだ。


 席はカウンターに座り心地の良さそうな本皮張りの黒いローチェアーが7脚あるが、それだけで、普通は設置されているであろうテーブル席は全く無い。


 開店直後のこの空間には、人の気配が一切ない。


 ただ、磨き上げられた鉄刀木と黒革のカウンター、透明に輝くクリスタルのグラス、整然と並ぶボトルたち、そして静かにグラスを磨く美和の姿だけが、微かに香る桜の余韻とともに、そこに息づいている。


 ここは、誰かが来るまでのわずかな時間さえも、丁寧に大切に守られている場所だった。


 

 ガチャリ。


 重厚なマホガニー製の扉が、静寂を裂くように小さく音を立てて開いた。


 彼はゆっくりと店内に入ってきた。


 スーツのジャケットを左手で軽く持ち、すでにネクタイをかなり緩めている。


 襟元が少し開き、シャツの第一ボタンも外されていた。


 長い一日を終えた男の、疲れと解放感が混じったような空気をまとっている。


 一歩踏み入れた瞬間、彼の視線は自然とカウンターの奥へと向かった。


 そこにいるのは、開店直後から変わらずグラスを磨き続けている美和だけ。


 彼女は音に気づいても、慌てて顔を上げることはしなかった。


 ただ、ゆっくりと手を止め、磨いていたグラスをそっとバーマットの上に置く。


 長い睫毛が一度だけ伏せられ、右のワインレッドと左の琥珀が、静かに彼の方を捉えた。


 店内に漂う桜の香りが、扉が開いた一瞬だけわずかに揺らいだ。


 外の夜の冷たい空気が入り込み、すぐに暖かな店内の空気に溶けていく。


 彼は扉を静かに閉め、ジャケットをもう片方の手に持ち替えた。


 「……お疲れ様」


 美和さんの声は、いつものように低く、穏やかだった。


 しかしその一言が、開店前の静寂を優しく終わらせ、

この場所が「誰かのための時間」へと移り変わる合図のように響いた。


 彼は小さく息を吐き、カウンターのいつもの席へと歩を進める。


 ネクタイを完全に外し、ポケットに無造作に押し込みながら、ようやく口元に小さな笑みを浮かべた。


 「やっと、来れた」


 その言葉に、美和は答えず、ただもう一本のグラスを手に取った。


 銀の髪飾りが小さく光り、左耳のルビーが深紅に瞬く。


 カウンターの向こうで、彼女は静かに、しかし確実に、

今夜の最初のグラスを準備し始めた。


 Bar風花の夜が、静かに、ゆっくりと始まった。



 「ただいま、美和さん。今日はもう汗だくで……今夜はまずはハイボール、お願いします」


 「了解。いつものデュワーズでいいですよね?」


 「うん、それでお願いします」


 美和さんはすぐに動き出した。


 背の高いハイボールグラスを手に取り、冷凍庫から取り出した大きめの氷を三つ、グラスの中にそっと落とす。


 氷がぶつかり合う乾いた音が、静かな店内に軽やかに響いた。


 次に、デュワーズのボトル。


 白いラベルが照明に映え、彼女が傾けると黄金色の液体が静かに流れ落ちる。


 45ml。


 彼女の目分量はいつも完璧だ。


 ウィスキーの香りがふわりと立ち上がり、彼の鼻をくすぐる。


 続いて、強めの炭酸ソーダをゆっくり注ぐ。


 シュワシュワ……という爽快な音がグラスの中で弾け、泡がふわっと立ち上がる。


 最後にフレッシュレモンを薄くスライスし、グラスの縁に一枚飾って軽く絞る。


 バースプーンで優しく二、三回軽くかき混ぜ完成。


 「はい、どうぞ。ゆっくり飲んでね」


 彼さんはグラスを受け取り、まずは香りを楽しむように鼻を近づけた。


 一口。


 シュワッとした炭酸が喉を抜け、デュワーズのまろやかでキリッとした味わいが広がる。


 冷たさが体中に染み渡り、火照った頬がすっと引いていく。


 「……うまい。ほんとに、今日の疲れが飛ぶよ」


 美和さんはカウンターを軽く拭きながら、にこっと笑った。


 

 「よかった。で、今日はどんな一日だった?」


 彼さんはグラスを軽く回しながら、ふと思いついたように口を開いた。


 「ネットニュースで見たんだけど、最近さ、昭和レトロがまたちょっと流行ってるみたいで。

 古い喫茶店とか、クラシックなバーとか、若い子たちがSNSで上げてるの見てさ。

 ハイボールも、やっぱり昭和の定番だよね」


 美和さんの目がぱっと輝いた。


 彼女はこの話題になると、まるでスイッチが入る。


 「そうそう! 懐かしいよねぇ……私、そういう酒場で働いてた事もあるから、まるで昨日のことみたいに覚えてるの……」


 彼女は自分のグラスにも同じデュワーズのハイボールを軽く作り、カウンター越しに語り始めた。


 「想像してみて……昭和40年代後半〜50年代前半の頃、東京の路地裏の小さなバー。チカチカ光るネオン、煙草の煙がモクモクと立ち込めてる。

 カウンターにはスーツ姿のサラリーマンがずらっと並んでて、みんなネクタイを緩めて、『ハイで!』って一言。

 バーテンダーのおじさんが、慣れた手つきで氷をガチャンと入れて、スコッチをジャッと注いで、ソーダをシュワッと。レモンを絞って、はい出来上がり。

 それを一気に飲んで、『ふぅーっ』って息を吐いて、みんな笑い始めるのよ」


 彼さんは目を細めて、その光景を頭の中に描いていた。


 「活気すごかったんですね」


 「すごかったよ。隣の見知らぬおじさんとすぐ話が始まるの。『今日の株どうだった?』とか『新しいドラマ見たか?』とか。

 女性客もいて、赤いワンピースでカウンターに座って、ハイボール飲んで頰を赤らめて笑ってる。

 BGMは歌謡曲で、たまに誰かが『俺も歌うぞ!』って立ち上がってマイク握ったりね。

 あの頃のハイボールは、安くておいしくて、みんなの友達みたいな存在だった」


 美和さんの声は本当に楽しそうで、まるでその場にタイムスリップしているようだった。


 「でもね……その活気の中心に、実はいつもいたのがトリスだったのよ」


 彼さんが少し身を乗り出した。


 「トリス?」


 「うん。『もう一杯、トリスを』——って言葉、聞いたことあるでしょ?」


 「もちろん。今でも飲み屋で聞くよ」


 美和さんはにっこり笑って、彼さんの空になったグラスに視線を落とした。


 「もう一杯、いく?」


 「……うん。今度は、トリスがいいかな……」


 その瞬間、美和さんの顔がぱあっと花が開いたように明るくなった。


 「きたー! トリハイの時間ね!」


 彼女は楽しそうに棚の奥へ手を伸ばし、四角く細長いボトルを取り出した。


 トリス。


 どこか懐かしくて、でも頼もしい佇まい。


 新しいグラスに氷をカラカラと三つ。


 トリスのボトルを傾けると、柔らかくて少し甘い香りがふわりと広がった。


 「トリスってね、1946年に生まれたんです。終戦直後、まだ日本が本当に何もなくて、輸入ウィスキーなんて夢物語だった時代に、『日本人のための、毎日飲めるウィスキー』としてサントリーが作ったんですよ」


 黄金色の液体が静かにグラスに落ちていく。


 「だから当時のキャッチコピーがこれ。『もう一杯、トリスを』」


 彼が小さく笑った。


 「時代を超えて生きてるフレーズですね」


 「そう。昭和の飲み屋に行けば、どこでもこの言葉が飛び交ってた。会社帰りのサラリーマンが疲れた顔で入ってきて、『トリスで』って一言。

 バーテンダーがニヤッと笑って丸瓶を手に取る。氷入れて、トリスをジャッと注いで、ソーダをシュワッと。レモン絞って、はいどうぞ。

 その一杯で、みんな少しだけ背筋が伸びるのよ」


 ソーダをゆっくり注ぎ、泡がふわっと立ち上がる。


 レモンを軽く絞って香りをプラスし、軽くステアして完成。


 「はい、トリスハイボール、どうぞ」


 彼は一口含むと、シュワッとした後に柔らかい甘さとほのかなスモーキーさが広がった。


 「……やっぱりトリハイ、最高だ……」


 美和さんは自分の分も作りながら、カウンターに肘をついて話を続けた。


 「さっきデュワーズ飲みながら話してた昭和の酒場の活気って、実はトリスが土台にあったんですよ。

 デュワーズやジョニ黒は『ちょっと特別な日』用。

 でも毎日会社帰りに寄る立ち飲みで、愚痴こぼしながら隣のおっちゃんと自然に話して、気づいたら笑い合ってる……その空気を作ってたのは、やっぱりトリハイだったんです」


 彼はグラスを傾けながら、静かに頷いた。


 「特別な一杯がデュワーズで、いつもの一杯がトリス……か……なんか、すごく腑に落ちる」


 二人がそんな話をしていると、彼さんの視線がカウンターの小さな黒板に留まった。


 「……あれ? これ、今日から新メニュー?」


 黒板には白いチョークで可愛らしい文字が書かれている。


 『本日のハイボール専用スペシャル:黒胡椒ガーリックソルトのスパイシーフライドチキン 今夜限定・揚げたて熱々でどうぞ』


 美和さんが、にやりと完全にドヤ顔になった。


 「ふふっ。気づいた?彼さんが来るの待ってたんですよ。今日はね、特別に試作第1号を用意してあるんだから」


 彼の目が一瞬で輝いた。


 「マジで? めっちゃ食べてみたい!」


 美和さんはカウンターの奥に引っ込み、小さなガスコンロにミニスキレットを置いた。


 すでに下味をつけて衣を付けた鶏肉が冷蔵庫から出てくる。


 衣にはコーンフレークを砕いたものが混ざっていて、ザクザク感が約束されている。


 油の温度を確認し、鶏肉をそっと投入。


 ジュワァァァッ!


 という心地よい音が店内に響き、すぐに香ばしい匂いが広がった。(作注:料理は本来は店舗奥で作り提供しますが、演出上カウンター内で調理しています)


 「ちょっと待っててね。揚げたてが一番美味しいから」


 彼さんはトリハイをちびちび飲みながら、そわそわとカウンターに肘をついて待つ。


 美和さんは時折チキンを返しながら、油の跳ね具合や色合いを厳しくチェックしている。


 三、四分後。


 美和さんがスキレットを火から下ろし、キッチンペーパーの上にチキンを取り出した。


 熱々のまま鉄皿に移し、粗挽きの黒胡椒を雪のように降り注ぎ、ガーリックソルトをパラパラと。


 最後にドライパセリを軽く散らして完成。


 「はい、どうぞ。黒胡椒ガーリックソルトのスパイシーフライドチキン、できたてですよ」


 鉄皿の上には、黄金色に揚がったチキンが四つ、豪快に盛られている。


 表面はザクザクの衣で、黒胡椒の粒がキラキラと光り、にんにくの香ばしい匂いが立ち上っている。


 彼はさっそく箸で一つ摘まんだ。


 カリッ!衣が弾けるような音を立てて割れ、中から熱々の肉汁がじゅわっと溢れた。


 一口噛むと、黒胡椒のピリッとした刺激が舌を刺し、すぐにガーリックソルトの濃厚な旨味が追いかけてくる。


 コーンフレークのザクザク感がアクセントになり、噛むたびにスパイスの香りが口いっぱいに広がった。


 「……うわっ、ヤバい。これヤバいって!」


 彼の声が弾けた。


 「めっちゃスパイシーなのに全然キツくない!むしろハイボールが欲しくなる味だよこれ!」


 美和さんは腕を組んで、完全に誇らしげなドヤ顔。


 「でしょー?黒胡椒とガーリックソルトって、ハイボールのキレと炭酸をガツンと引き立てるのよ。特にトリハイの甘みと相性抜群。

 衣にコーンフレーク砕き入れてるから、ザクザク感もバッチリでしょ?」


 彼はもう一つ頬張りながら、トリハイをぐいっと流し込んだ。


 シュワッとした炭酸が口の中のスパイスを洗い流し、次の瞬間にもう一口チキンを欲してしまう。


 「これ……毎日食べたいレベルなんだけど。マジで天才だよ美和さん」


 美和さんは照れ隠しに軽く髪をかき上げながら、でも隠しきれない得意げな笑顔。


 「ふふん。彼さんにそう言ってもらえるなら、今日から正式メニュー入れちゃおうかな〜♪」


 彼はチキンを頬張ったまま、グラスを掲げた。


 「もう一杯、トリスを!そしてこのチキン、もう一皿追加で!」


 美和さんは笑いながら、新しいトリハイを作り始めた。


 「はいはい、了解。でも食べ過ぎ注意ですよ? まだ夜は長いんだから……♪」


 カウンターの上では、熱々のチキンの湯気が立ち上り、トリハイの泡がシュワシュワと弾け、二人の笑い声がジャズのメロディーに混じって、Bar風花の夜をますます明るく、温かく、賑やかに彩っていた。


 外では夜が深まり、路地の街灯が柔らかく光る。


 でもこの小さな店の中では、昭和の記憶と今の時間が、ハイボールの泡のように軽やかに混じり合い、静かに、優しく、確かに続いていく。

読んでくださってありがとうございます。


この話は、

「Barで飲むハイボールと、揚げたてのスパイシーチキンがあれば、それだけで十分幸せ」

という、シンプルで少し懐かしい夜を描きたかっただけの一場面です。


昭和の酒場で飛び交っていた「もう一杯、トリスを」というフレーズ。

今はトリスハイボールなんて、どこでも飲める普通の存在になってしまいましたが、

あの頃の空気感——会社帰りのサラリーマンが隣のおっちゃんと自然に話して、

気づいたら笑い合っていたあの温かさは、今でもちゃんと残っている気がします。


美和さんがカウンターで小さなスキレットでチキンを揚げる姿。

黒胡椒とガーリックソルトが効いたザクザク衣、熱々の肉汁、トリハイのシュワッとした泡。

そんな「今この瞬間にしか味わえない」組み合わせが、

誰かの疲れた心を、そっと温めてあげられたら嬉しいです。


またふらりとカウンターに寄ってくださいね。

次はどんなチキンと、どんなハイボールが待っているのか……私にもまだわかりません。


それでは、今夜も良い夜を。


天照(Bar風花)

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