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20杯目 帰還した響子と、台湾土産の夜

『Bar風花-kazahana-』

帰還した響子と、台湾土産の夜


※独立した短編・番外編です

※バー・カクテル・お土産話・常連の賑わい・ゆるく温かい夜が好きな方向け

※激しい展開や事件はありません。みんなで笑い合える、ほっこりした夜をお届けします


開店間もないBar風花は、いつものように静かで澄んだ空気に包まれていた。


パイプの甘い煙が漂い、エンヤの透明な歌声が優しく流れる中、カウンターの向こうで美和がグラスを磨いている。


そこに、勢いよく扉が開いた。


「ただいまーっ!!! 響ちゃん帰還ーーー!!!」


土産袋をじゃらじゃら下げた山崎響子が、満面の笑みで飛び込んでくる。

日焼けした頰、キラキラした瞳、そして溢れんばかりの台湾土産——巨大なパイナップルケーキ、胡椒餅、魯肉飯、マンゴー飴、生パイナップル……。


「夜市だけで三回死にそうになった!!」

響子の弾んだ声が、静かな店内に春風のように広がる。


美和のヘテロクロミアの瞳が、優しく細められる。

「いらっしゃいませ、おかえりなさい、響ちゃん」


彼はグラスを置いて、穏やかに微笑む。

「おかえり、響子さん。無事でよかった」


今夜は、響子の台湾土産を囲んでの、ちょっとだけ賑やかな夜。

台湾ビールで乾杯し、土産をシェアしながら、響子が語る夜市の思い出、美和が作る特別なカクテル、そして三人で笑い合う時間。


Bar風花へ、ようこそ。

今夜は、帰ってきた常連と、台湾の香りに包まれた、ゆるく、温かく、賑やかな夜を一緒に。

Bar風花 夜の十一時四十七分


 カウンターの端、いつもの席。


 彼はバカラのロックグラスの縁を指先でそっと回し、溶けかけた氷がカチリと優しく鳴るのを聞いていた。


 口元には、いつもの柔らかな微笑み。


 美和さんはカウンターの向こうで、ゆっくりとグラスを拭いている。


 今夜は古いジャズが流れている。


 Miles Davisのトランペットが低く漂い、控えめなドラムとベースが寄り添うように響く。


 外の喧騒は、ここまで届かない。


 三人だけの、静かで温かな夜。


 その静けさを、突然の勢いが優しく破った。


 「ただいまーっ!!! 響ちゃん帰還ーーー!!!」


 扉が勢いよく開き、山﨑響子が土産袋を両手に、肩に、首にじゃらじゃら下げて飛び込んできた。


 日焼けした頬は興奮で赤く、目はキラキラ。


 袋からは熟れたパイナップルの甘い香りがふわりと広がる。


彼はグラスを持ったまま、静かに、でも温かく言った。


 「……おかえり、響子さん。無事でよかった」


 美和さんが穏やかに返す。


 「おかえりなさい、響ちゃん」


 響子はカウンターにドサドサと土産を降ろす。


 巨大なパイナップルケーキ、胡椒餅、魯肉飯のレトルト、タピオカ粉末3kg、マンゴー飴の山、生パイナップル丸ごと一本、カラスミ、鳳梨酥……。


 あっという間にカウンターは台湾夜市の屋台のようになる。


 「夜市だけで三回死にそうになった!!胡椒餅3個連続、小籠包10個、マンゴーかき氷2杯、鶏排デカいの丸ごと、タピオカミルクティー3杯……お腹パンパンで帰ってきたけど、まだ食べたくてたまらない!」


 彼は優しく微笑みながら、静かに聞いている。


 「……すごいな、響子さん…。そんなに食べられて、元気いっぱいで帰ってきてくれて嬉しいよ」


 「食べまくりがツアーの醍醐味じゃん!」


 響が最後に取り出したのは台湾ビールの瓶。


 「まずはこれで乾杯しよ!!」


 美和さんは笑いながらカウンター下の冷蔵庫から同じ台湾ビールの瓶を三本取り出し、栓を抜く。


 淡い黄金色の泡がシュワシュワと立ち、麦と南国の風のような香りがジャズに溶けていく。


三人にビールが行き渡ると響子さんが乾杯の音頭を取る。


 「台湾二泊三日グルメツアー、無事生還!風花に帰還!乾杯ーーー!!!」


 「乾杯♪」


 「……乾杯、響子さん。おかえり」


 三人はグラスは触れ合わず、ただ掲げて乾杯し、一気にビールを飲んだ。


 響子さんが大きく息を吐く。


 「これこれ……夜市の味!」


 美和さんが静かに提案する。


 「じゃあ、このビールで少し落ち着いたところで……響子ちゃんのパインでカクテル作ってみない?」


 響子の目が輝く。


 「やるやるやる!!」


 最初に作ったのは、Southern Comfort Pineapple Lemon Ginger Sparkle(サザンカンフォートスパークル)


 サザンカンフォートスパークル 50ml、フレッシュパインジュース50ml、フレッシュレモンジュース15ml、以上をシェイクしてコリンズグラスに注いで、最後にジンジャーエールでフルアップ。


 レモンの輪切りとパイナップルの葉を飾って完成。


 響が一口飲んで叫ぶ。


 「レモンが入ったことでめっちゃキリッとした!生姜とパインとレモンの酸味が全部合わさって、夜市歩きながら飲んだら最高だよ!」


 彼はグラスを傾けながら、柔らかく笑って言う。


 「……明日仕事なのに、こんな時間に飲んでるけど……2人とと一緒なら、悪くないな」


 美和さんが次のグラスを準備しながら、静かに。


 「じゃあ、次は少し落ち着いた方向に……」


 アルゴンキン カクテル


 ライウイスキー45ml、ドライベルモット20ml、フレッシュ台湾パインジュース20ml。

 以上をシェイカーに入れ、しっかりと振る。


 ストレーナーでクープグラスに注ぐと、淡い黄金色に小さな泡が浮かび、パイナップルの優しい香りが静かに立ち上る。


 響子はグラスを手に取り、まず香りを嗅いでから一口。


 目を細めて、ゆっくり味わう。


「……あ、これ……めっちゃ美味しい。なんか……大人な夜市?」


 彼はグラスをゆっくり傾けながら、穏やかな声で呟いた。


 「……響子さんが持ってきてくれたパインの味が、こんなに優しくなるんだな。静かに飲むのに、ちょうどいいよ」


 美和さんが静かに続ける。


 「このアルゴンキン、昔よく作ってもらってたの…」


 響子がふっと目を細める。


 「……そういえば、美和さんが前に教えてくれた台湾のバー、行ってきたよ」


 美和さんが静かに響子を見る。


 「永康街の『隱酒吧』?」


「うん。地下の狭いカウンター、暗めの照明、古いレコードジャケットが壁一面に貼ってあって……空気がウッドと革と煙草とお香で混ざった、すごく落ち着く匂いだった」



 響子はグラスを口元に近づけながら、ゆっくりと思い出すように続けた。


 「マスターは70代くらいの台湾のおじいさんで、ほとんど喋らないんだけど……私が座った瞬間、『What do you want to drink?』って。

 『パイナップルが好きです』って答えたら、『鳳梨……新鮮的?』って聞いてきて。

 『夜市で買ったばかりです』って言ったら、『那就用新鮮的做吧』って一言だけ。

 それから無言でパイナップルを剥き始めた」


 美和さんが静かに頷く。


 響は核心に触れる。


 「私が『このお店、桜庭美和さんに教えてもらったんです』って言った瞬間、マスターが手を止めて、『美和……まだ元気か?』って。

 『今もバーやってます』って答えたら、『そうか。あいつは昔から変わらないな』って。

 『昔、あの娘が台北に来てた頃にこの店によく来てた…あの娘はいつも同じ席に座って、同じカクテルを黙って飲んでた…』って話してくれた」


 彼はグラスを持ったまま、優しく微笑んでぽつり。


 「……美和さんが台北にいたこと、俺、初めて知ったよ。なんか、嬉しいな」


 美和さんは遠くを見るような目で、静かに言った。


 「昔、ちょっと長い間台湾にいたの…あの店も、その頃よく通ってた。

 マスターは当時からあんまり喋らなくて、でも私が座ると黙ってアルゴンキンを作ってくれた。

 言葉はほとんどなかったけど、グラスを置くときの仕草で『今日も来てくれたな』って言ってるみたいだった…」


 響子はグラスを軽く持ち上げて続ける。


 「マスター、最後にこう言ったの。『美和に伝えてくれ。俺はまだここにいるぞ、って』 『いつかまた、あの娘と一緒に飲みたい。でもあいつは忙しいだろうから、無理にとは言わない』って…」


 響は静かに微笑んだ。


 「マスターの顔、美和さんのこと話してる時だけ、すごく柔らかくなってたよ。古い馴染みって、こういう感じなんだなって思った」


 美和さんはしばらく無言でグラスを見つめていた。


 やがて、ゆっくりとグラスを掲げる。


 「……ありがとう、響子ちゃん。伝えてくれて」


 アルゴンキンを飲みながら、響子がふっと明るく言う。


 「ねえ……せっかくこんなに持ってきたんだし、みんなで食べながら飲もうよ!」


 美和さんが笑いながら小さな皿とカトラリーを用意する。


 胡椒餅をちぎって分け、魯肉飯を温めて盛り、鳳梨酥を三等分、マンゴー飴を一人一つ。


 台湾ビール、サザンカンフォートスパークル、アルゴンキンを飲みながら、次々とお土産をシェアしていく。


 胡椒餅のピリッとした胡椒がビールに合い、魯肉飯の濃厚な味わいがアルゴンキンの余韻を深め、パイナップルケーキの甘酸っぱさがスパークルと溶け合い、マンゴー飴のトロピカルな甘さが全体を優しく包む。


 ジャズのサックスが低く伸び、食べ物の香りとグラスの音と笑い声が混ざり合う。


 カウンターは空の皿とグラスと袋でいっぱいになるが、誰も片付けようとはしなかった。


 響子が最後のパイナップルケーキを三等分にして渡す。


 「これで最後の一口ね。今日、みんなとこうやって食べられて……本当に楽しかった。ありがとう」


 彼は柔らかく微笑みながら受け取り、静かに言った。


 「……こっちこそ、響子さん。 こんな夜をみんなで一緒に過ごせて、俺も嬉しいよ」


 美和さんが静かにグラスを掲げる。


 三人とも、グラスを触れ合わせず、ただ掲げて、小さく、でも確かに。


 「乾杯」


 「乾杯」


 「……乾杯」


 ジャズの新しい曲が流れ始め、Bar風花の灯りは、まだ優しく灯り続けている。


 外の街はもう眠りについているのに、 ここだけは、三人の時間だけが、ゆっくりと流れ続けていた。

読んでくださってありがとうございます。


この話は、「Barに帰ってきた常連さんが、土産を山ほど持ってきて、みんなでシェアしながら笑い合う夜」を描きたかっただけの一場面です。


響子ちゃんの「ただいまーっ!!!」という勢い、

美和さんの「おかえりなさい」という優しい一言、

そして彼の「おかえり、無事でよかった」という穏やかな言葉。


土産を広げて乾杯し、夜市の話を聞きながら、美和さんが作る特別なカクテルを味わう。

特別な事件もドラマチックな展開もない、ただただ「みんながここにいる」ことが嬉しい夜を、誰かの胸に少しでも残せていたら嬉しいです。


Bar風花は、どんな人が帰ってきても、どんな土産を持ってきても、静かに扉を開けていられる場所であり続けたいと思います。


またふらりとカウンターに寄ってくださいね。

次はどんな土産と、どんな笑い声が待っているのか……私にもまだわかりません。


それでは、今夜も良い夜を。


天照(Bar風花)

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