18杯目 マイ・タイと、賑やかな夜の続き
『Bar風花-kazahana-』
マイ・タイと、賑やかな夜の続き
※独立した短編・番外編です
※バー・カクテル・フレア・パイプタバコ・賑やかな常連の夜が好きな方向け
※ちょっとだけ騒がしく、でも温かい夜です。ゆるく楽しんでください
いつもは静寂に包まれるBar風花が、今夜は少しだけ賑やかだ。
カウンターの端から二つ目にはいつもの彼、
隣にはすっかり顔なじみになった山崎響子ちゃん。
美和さんは白いバーコートを翻しながら、
今日は特別に「二人だけのマイ・タイ」を作る。
まずは定番のトロピカルな一杯。
次は彼のリクエストでフル151バージョン——ロンリコ151だけで勝負する、
危険なほど強いのに、なぜか癖になる一杯。
フレアの動きが店内に響き、ライムの香りとラムの熱が広がる。
響子ちゃんの無茶ぶりと、彼の珍しい酔いっぷり。
美和さんの静かな笑顔と、少し照れた表情。
貸切だったはずのカウンターが、
笑い声とグラスの音と、甘い香りでいっぱいになる夜。
Bar風花へ、ようこそ。
今夜は、いつもより少し賑やかで、
ちょっとだけ熱くて、
でも確実に温かい一杯を。
開店直後のBar風花は、時間が止まったように静かだった。
微かに漂う桜の香りと、控えめなボサノヴァだけが店内に溶けている。
鉄刀木のカウンターは磨き上げられて艶やかで、バックバーには埃一つないボトルが整然と並び、クリスタルグラスが照明に静かに輝いていた。
カウンターの向こうで、美和さんがひとりグラスを磨いている。
165cmのすらりとした長身、白いシャツに黒のベスト、Hカップの胸元がわずかにベストを緊張させている。
髪はダークブラウンに桜色のハイライトが入り、高めのハイポニーテールに銀のバレッタでまとめられ、左耳の小さなピジョンブラッド・ルビーが赤く光る。
最も目を奪うのはヘテロクロミアの瞳——右は深いワインレッド、左は淡い琥珀。
視線を落とすと長い睫毛が影を作り、顔を上げると右目が妖しく、左目が銀色に瞬く。
右手薬指の極細シルバーリングの内側には、小さな「月と星」の刻印が隠されている。
美和はリーデルのワイングラスを丁寧に磨き終えると、そっと息を吹きかけて曇りを確かめ、小さく頷いた。
誰もいない店内に、布とクリスタルが触れ合うかすかな音だけが響く。
そのとき、入口のベルが軽く鳴った。扉が開き、先ず山崎響子ちゃんが、続いて彼さんが入ってきた。
響子ちゃんはワインレッドのニットに黒のスカート、明るい声で
「こんばんはー、美和さん、お店まだ開けたばっかり?」
彼さんは黒のタートルネックにグレーのカーディガン、低めの声で「今日は静かですね……貸し切りみたい」と笑う。
美和はグラスを置き、右のワインレッドと左の琥珀が柔らかく光った。
「いらっしゃいませ。本当に今は、貸し切りですよ…」
響子ちゃんがいつもの左端の席に座り、肘をついて頬杖をつく。
彼さんは二席空けて腰を下ろし、コンビニの紙袋から桜餅アイスを出して「美和さんもどうぞ…」と差し出す。
「今日は二人とも早いですね」
美和が小さく笑うと、長い睫毛がゆっくり落ちて上がる。
響子ちゃんが目を輝かせて言う。
「美和さん、今夜はマイ・タイ飲みたい!」
彼さんも頷きながら、
「俺もそれで。あ、何か美和さんのフレア、見たい気分です…」
美和さんはくすっと笑い、シェイカーを手に取った。
「了解。じゃあ、二人だけの特別な時間にしましょうか♪」
鉄刀木のカウンターに氷の音が響き始め、静かだった店内に、ゆっくりと夜の時間が動き出した。
◆
美和さんはカウンターの中央に立ち、ゆっくりと深呼吸をした。
右のワインレッドの瞳が静かに輝き、左の琥珀が柔らかく光を反射する。
「じゃあ……始めますね。今日は二人だけの特別なマイ・タイを作ります。ちゃんと見てて下さいね♪」
David Bisbal の『 Ave María』明るく情熱的なメロディとDavid Bisbalの力強いボーカルが特徴の
アップテンポな曲が流れる中、彼女はまず、バックバーからホワイトラムとダークラムをそれぞれ取り出す。
ボトルを軽く空中でフリップさせてキャッチし、カウンターに並べる——その一連の動きがすでに小さなパフォーマンスの始まりだった。
美和さんはまず、ライムを3個手に取る。
左手を軽く広げてライムを乗せ、右手でナイフをくるり
と一回転させてから、空中でライムを軽くトス→キャッチ。
そのままカウンターのまな板に落とし、素早く半分にカット。
切り口を上にして、ジューサーを手に取らずに直接両手で絞る。
絞った瞬間に鮮やかな緑の果汁が飛び散り、柑橘の鋭い香りが桜の余韻と混ざって店内に広がった。
「ライムは今絞ったばかりのフレッシュが一番。酸味が立つから、甘さとバランスが取れるんです♪」
ジガーを手に取り、絞りたてのライムジュースを22ml正確に測る。
ここで小さなフレア——ジガーを指先で軽くスピンさせてから、シェイカーに注ぐ。
液体が弧を描いて落ちる様子に、響子が小さく「わっ」と声を漏らす。
次にオレンジキュラソーのボトル。
美和はボトルを右手で持ち、左手の甲に軽く乗せて「バックハンドロール」。
ボトルが手の甲を滑るように回転し、くるりと正面に戻ってきたところで、ジガーに22mlを注ぎ入れる。
注ぐときはボトルを45度→垂直→45度と素早く切り替える「ヒンジポア」で、滴一つ落とさず。
「キュラソーは甘さとオレンジの皮の苦味が大事。
これでトロピカルな華やかさが出るよ」
続いてオルジェーシロップ。
ボトルを指先で軽くスピンさせながら、15mlをシェイカーへ。
アーモンドの甘くミルキーな香りが、シェイカーの中で他の材料と出会う。
そしてメインのホワイトラム45ml。
美和さんはボトルを肩の高さまで持ち上げ、軽く後ろにトス→左手でキャッチ→右手で受け直して注ぐ。
「ボトルフリップ」の簡易版だが、動きに無駄がなく、まるでダンスのよう。
響子ちゃんが「かっこいい……」と小さく呟くのが聞こえた。
最後にクラッシュアイス。
アイスバケツからスクープを一回すくい、空中で軽くフリップさせてキャッチ。
シェイカーにたっぷりと入れる。
蓋をして、両手でしっかりとホールド。
ここから本格的なシェイク。
美和さんは肩を軽く揺らし、シェイカーを耳の高さまで上げてから、リズミカルに上下に強く振る——シャカシャカシャカシャカ。
途中で一度、シェイカーを軽く前方に放り投げ、左手でキャッチして再び振る。
わずか2〜3秒の「トスシェイク」。
氷と金属がぶつかる乾いた音が、アップテンポな調べに重なる。
「強すぎると泡立ちすぎるから、軽快にね。冷やして混ぜて、香りを立たせるのが大事」
シェイクが終わると、ダブルロックグラス(クラッシュアイスを山盛りにしたもの)を用意。
ストレーナーを当てて、ゆっくりと注ぐ。
液体が氷の隙間を滑り落ち、淡いオレンジ〜黄金色のグラデーションが現れる。
最後の仕上げ——ダークラム15mlのフロート。
美和はボトルを高く掲げ、ゆっくりと注ぎ始める。
液体が表面に静かに広がり、深い赤褐色の層を作る。
「スタルポア」で、ボトルを一瞬止めてから落とすことで、きれいな境界面が保たれる。
ガーニッシュは、ライムの薄いホイールを指先でくるりと捻ってオイルを飛ばし、グラスの縁に立てかける。
ミントの小枝を軽く手のひらで叩いて香りを立たせ、ぽんと浮かべる。
最後に、細いバースプーンで軽くステアして層をほんの少しだけ馴染ませる。
完成したマイ・タイを、響子ちゃんと彼さんの前にそれぞれそっと置く。
右のワインレッドと左の琥珀が、満足げに細められる。
「はい……二人だけの、今日のマイ・タイ。香りを先に楽しんでから、飲んでみて」
響子ちゃんがグラスを手に取り、鼻を近づけて深く息を吸う。
「うわ……ライムとミントと、アーモンドとラムの香りが全部混ざってる……!」
彼さんは一口含んで、目を閉じる。
「……甘いのにキレがある。最後の方にダークラムの深みがくる。美和さん、これやばいな……」
美和はカウンターに両肘をつき、軽く身を乗り出して二人を見つめる。
長い睫毛が影を落とし、ヘテロクロミアの瞳が柔らかく光った。
「気に入ってくれたなら……よかった♪」
そこから、グラスが空になるたびに会話が弾み始めた。響子ちゃんが突然立ち上がって、
「ねえ!もう一杯いくなら、今日はみんなで乾杯しよ!」
彼さんも珍しくノリノリでグラスを掲げ、
「いいね。じゃあ俺が音頭取るわ。せーのっ!」
「「「かんぱーい!」」」グラスを掲げ、3人で同時に笑い合う。
響子ちゃんが「美和さんのフレア、もう一回見せてよ!」とせがみ、美和さんが「えー、もうちょっと飲んでからね」と笑いながら断ると、彼さんが「いやいや、今だろ!今!」と便乗して大騒ぎ。
美和さんは仕方なく(でも楽しそうに)もう一度シェイカーを手に取り、わざと大げさに肩を振りながらシェイク。
氷の音が店内に響き渡り、響子ちゃんが
「うわー!映えるー!」
とスマホを構え、彼さんが
「撮るなら俺も入る!」
とカウンター越しに顔を突っ込んでくる。
「ちょっと!顔近すぎ!」
美和さんが笑いながら軽く押し返すと、響子ちゃんが
「かわいいー!美和さん照れてる!」
とさらにからかい、彼さんが
「これ絶対スクショ保存な」
とニヤニヤ。そのまま3人で写真を撮ったり、変顔したり、
「次は何作ってくれる?」「今度は俺のリクエストで辛めで!」「えー甘い方がいい!」
と次から次へとリクエストが飛び交い、静かだった店内はあっという間に笑い声とグラスの音でいっぱいになった。
美和さんはカウンターの内側でグラスを拭きながら、右のワインレッドと左の琥珀を細めて、二人を交互に見つめる。
「……もう、うるさいんだから…」
でもその声は、どこまでも嬉しそうだった。
Bar風花のカウンターは今夜、静かな始まりから一転、3人の笑い声とカクテルの香りで溢れかえっていた。
夜はまだまだ、甘く、賑やかに、続いていく。
◆
グラスが空になりかけた頃、彼さんがふとカウンターに肘をついて言った。
「美和さん……今日のマイ・タイ、めっちゃ美味いんだけどさ。もうちょっと、ガツンとくるやつにできない?」
響子ちゃんが目を輝かせて横から口を挟む。
「え、彼さん何? 辛い方向? それともアルコール度数上げたい系?」
彼さんは小さく笑って、
「ホワイトラムを、151に変えてみてほしい。ベースから全部151で作ったら、どんな味になるのか……どうしても気になってる」
美和さんは一瞬、右のワインレッドの瞳を細めた。
「……彼さん、今日は本当に本気だね。ロンリコ151だけで作ると、アルコール度数はかなり跳ね上がるよ。25〜30%超えるくらいになるよ。本当に大丈夫?」
彼さんは小さく頷き、
「うん。今日はそれが飲みたい気分なんだ」
美和は軽く息をついて、でもどこか楽しげに口元を緩めた。
「わかった。じゃあ、今日は彼さん専用・フル151マイ・タイ、いくよ。覚悟してね」
彼女はバックバーからロンリコ151を取り出し、先ほどと同じ黒いボトルをカウンターに並べた。
今度はベースもフロートも同じボトル——アルコール度数75.5%のオーバープルーフ・ラムだけで勝負する。
美和さんはいつものように材料を揃え始めたが、今日は明らかに空気が違う。
ロンリコ151のボトルのキャップを開けた瞬間、店内に強烈なラムの香りが広がった。
ライムを素早くカットし、絞りたての果汁をジガーで測る。
キュラソーとオルジェーを注ぎ、最後に——
ロンリコ151の45mlを、ボトルを高く掲げて勢いよくシェイカーへ。
液体が落ちる音が、いつもより重く響く。
クラッシュアイスをたっぷり入れ、蓋を閉めてシェイク。
いつもより少し長めに、しっかりと振る。
氷とラムのぶつかる音が、店内に鋭く響き渡った。
ダブルロックグラスに注ぎ、最後にフロート用のロンリコ151を15ml。
表面に落ちる赤黒い層は、先ほどのものよりさらに濃く、まるで燃えるような存在感。
ライムを捻ってオイルを飛ばし、ミントを軽く叩いて浮かべ、完成。
美和はグラスを彼さんの前にそっと置き、静かに言った。
「はい……彼さん専用・フル151マイ・タイ。これ、普通に飲むとかなり強いから、ゆっくり味わって下さいね」
彼さんはグラスを手に取り、まずは深く香りを吸い込む。
「……うわ、鼻腔が焼ける……でも、ちゃんとトロピカルな甘さもある」
一口含んだ瞬間、彼さんの肩がわずかに震えた。
「っ……! 喉が、火の海……でも、ライムの酸味とオルジェーの甘さが、なんとか持ちこたえてる……これは……ヤバい。ヤバすぎる」
響子ちゃんが自分のグラス(普通のマイ・タイ)と見比べて、
「彼さんの顔、赤くになってる!匂いだけでわかるもん、めっちゃアルコール臭い!美和さん、彼さん倒れないよね……?」
美和はくすくす笑いながら、
「倒れる前に止めてあげるから大丈夫ですよ。でも……彼さん、どう? 今日の気分に合ってる?」
彼さんはグラスをゆっくり回しながら、珍しく少し潤んだ目で頷いた。
「……完璧。これ以上ないくらい、今日の俺に刺さってる。美和さん、ありがとう。これは忘れられない一杯だわ」
響子ちゃんが「次は私も少しだけ151混ぜてー!」と騒ぎ始め、美和さんが「彼さんの分はこれで最後ね。もうこれ以上は危ないから」と笑いながら彼に釘を刺す。
店内はまたすぐに笑い声で溢れ、151の強烈な熱さと、ミントの爽やかさ、そして3人の声が混ざり合って、Bar風花は今夜、かつてないほど熱く、賑やかに輝いていた。
美和はカウンターの内側で、グラスを拭きながら、
ヘテロクロミアの瞳を優しく細めて二人を見ていた。
「……もう、うるさいんだから」
でもその声は、どこまでも嬉しそうで、どこまでも温かかった。
Bar風花のカウンターは今夜、151の熱い余韻と、響子ちゃんの無茶ぶりと、彼さんの珍しい酔いっぷりと、美和さんの静かな笑顔で、最高に賑やかで、最高に甘い夜になっていた。
そして結局、
彼さん水を飲みながら、響子は普通のマイ・タイをもう一杯頼み、美和さんは二人を見守りながら、「次はほどほどにね」と小さく釘を刺した。
……でも誰も本気で聞いていない様子だった。夜はまだまだ、笑い声とカクテルの香りと、三人だけの馬鹿騒ぎで、とびきり楽しく続いていく。
読んでくださってありがとうございます。
この話は、
「静かなBarが、常連さんたちの笑い声で少しだけ賑やかになる夜」
を描きたかっただけの一場面です。
まずは定番のトロピカルな、但し「常連二人だけのマイ・タイ」
そして「フル151マイ・タイ」という危険な挑戦まで——
派手な事件も大きなドラマもない、
ただただ「今この瞬間にいるのが楽しい」と思えるような、
温かくて少しだけ馬鹿らしい時間が、誰かの胸に残っていたら嬉しいです。
Bar風花は、いつも静かだけど、
大切な人が集まると、こんな風に笑い声で溢れる場所なんだな、
と改めて思いました。
またふらりとカウンターに寄ってくださいね。
次はどんなカクテルと、どんな馬鹿騒ぎが待っているのか……
私にもまだ、わかりません。
それでは、今夜も良い夜を。
天照(Bar風花)




