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14杯目 バイオハザードと、賑やかな夜の続き

『Bar風花-kazahana-』

バイオハザードと、賑やかな夜の続き


※独立した短編エピソードです

※バー・カクテル・ちょっと危ないけど温かい夜が好きな方向け

※下品な客のトラブルから始まりますが、激しいバトルや恋愛展開はありません


静かな貸切の夜が、突然の乱入者で少しだけ騒がしくなったBar風花。

下品な男二人が去った後、残されたのは少し怯えていた若い女性・山崎響子。


美和さんが差し出したのは、キンキンに冷えた「神水」と自家製ジンジャーウォッカで作った爽快なモスコミュール。

銅製マグカップに広がる生姜の鋭い刺激とライムの清涼感が嫌な気持ちを静かに洗い流していく。

それぞれが今夜の気分にぴったり寄り添うように。


そして「ゾンビを超える最強クラス」と呼ばれる『バイオハザード』。


危険な美しさと強烈なアルコールが三人の夜をさらに熱く、賑やかに、でもどこか優しく彩っていく。


Bar風花へ、ようこそ。

今夜は、ちょっとだけ賑やかで、ちょっとだけ危うくて、でも確実に温かい一杯を。

 いつもより少し賑やかな風花の店内。


 普段は静寂に包まれ、グラスの氷がカチリと鳴る音だけが響くようなこのバーも、今日は柔らかな笑い声が時折波のように広がっている。


 薄暗い店内を間接照明とカウンター上のスポットライトが優しく照らし出し、磨き上げられた木目がほのかに光を反射している。


 カウンターの上には、大ぶりのブランデーグラスにバースプーンが挿さったままのものと、色とりどりのフルーツが盛られた籠だけが、控えめに佇んでいる。


 そこに座るのは、この店のすっかり顔なじみとなった彼と、本日が初来店の社会人一年生・山崎響子。


 そして、カウンター越しに穏やかに微笑むバーテンダーの美和さん。


 三人の会話が、心地よいBGMのように店内に満ちていた。


  モスコミュールの入った銅製マグカップを手に、彼はふと胸の内で呟いた。


 「…たまには、こんな時間も悪くないな…」


 来店したばかりの頃の山崎さんは、肩をすぼめ、うつむき加減で元気のない様子だった。


 それが今では、カクテルグラスを傾けながらケラケラと笑い、美和さんと楽しげに言葉を交わしている。


 頬はほんのり上気し、瞳がきらきらと輝いている。


 改めて見ると、山崎さんは本当に整った美人だ。


 170センチ近いすらりとした長身に、ショートカットの明るい茶髪がよく似合う。


 キリッとした目元とすっきりした輪郭が、凛とした印象を与える。


 ただ——残念ながら、というか、彼女自身は気にしていないのかもしれないが、胸元は控えめだ。


(こんな新人が自分の部署に来たら、セクハラおやじどもはさぞ大喜びだろうな……)


 そんな少し失礼な想像をしながら、彼は苦笑を浮かべてチビチビと酒を味わった。


  和の気品を纏った美和さんは、静かに咲く桜のよう。


 対して山崎さんは、太陽に向かって大きく花開く向日葵のようだ。


 楽しげに笑い合う二人の横顔を眺めながら、彼はそんなことをぼんやりと考えていた。


 ふと、彼は新しいパイプを取り出した。 今日はデンマークの名匠アンネ・ジュリーの手によるハンドメイドパイプと、W.Ø. Larsenのクラシックな一本を持参していた。


 パイプは連続使用すると熱がこもり、味が悪くなったり本体を傷めたりする。


 だからこそ、複数本をローテーションするのが鉄則だ。


 先ほどまで愛用していたLarsenを休ませるため、今度はアンネ・ジュリーに手を伸ばす。


  煙草は引き続きGalleriaのBlue Note。


 甘く芳醇なアロマが特徴のブレンドだ。


 小分けにした袋からリボンカットの葉を取り出し、厚紙の上で丁寧に揉みほぐす。


 指先で優しくほぐしながら、ボウルにゆっくりと詰め込んでいく。


 表面を軽く押さえ、火の通りを均等にする——いつもの儀式のような動作。


 ライターの炎をそっと近づけると、柔らかな紫煙が立ち上り、同時に周囲にバニラと軽いチョコレートを思わせる甘い香りが広がった。


 その香りに気づいた山崎さんが、ぱっと振り返る。


 少し驚いたような、好奇心に満ちた表情で。


  「あ、ごめんなさい。煙草、迷惑でしたか?」


 彼が慌てて声をかけると、山崎さんは両手を軽く振って首を振った。


 「いえ、違います! 実は私、普通の煙草の匂いがすごく苦手で……。今日の職場の懇親会も、みんなタバコや電子タバコを吸っていて、正直つらかったんですけど……」


 彼女は少し照れくさそうに笑って、続けた。


 「でも、彼さんが吸ってるこの煙草の香りは全然嫌じゃないんです。むしろ甘くて、なんだか落ち着くというか……これなら全然大丈夫です。すごくいい匂いですね」


 その素直な言葉に、彼は小さく息を吐いて微笑んだ。


 「ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいですよ…嫌なら何時でも言って下さいね」


  紫煙がゆらゆらと天井に向かって昇っていくのを眺めながら、彼は静かにパイプをくゆらせた。


 カウンターの向こうでは、美和さんが新しいカクテルをシェイクし始め、山崎さんがまた楽しげに身を乗り出している。


  風花の夜は、まだ穏やかに続いていく。


 


 「そういえば……私が席を外していた時、あの二人、桜羽さんに何か失礼なことしませんでしたか?」


 話がひと段落ついたタイミングで、山崎響子がふとそんな質問を投げかけてきた。


 彼と美和さんは思わず顔を見合わせる。


 先ほどの出来事をどこまで話していいのか——二人は一瞬、沈黙した。


 その様子を見た山崎さんの表情が、みるみる曇っていく。


 「……やはり、何かあったんですね」


 暗い声で呟く彼女に、美和さんが小さく息を吐いた。


 彼が口を開きかけたのを、静かに手で制する。


 「大丈夫。私が話します」


 美和さんは穏やかだが、どこか冷ややかな微笑みを浮かべながら、ゆっくりと経緯を語り始めた。


 山崎さんが席を外していた短い時間に起きた、桜羽さんに対する下劣な言葉と手つきのこと。


 二人の男がどれほど図々しく、どれほど下品だったか——必要最低限の事実だけを、淡々と。


 最初は無表情で聞いていた山崎さんだったが、話が進むにつれ、唇が固く結ばれ、指先がグラスを握る力が強くなっていく。


 「……あのセクハラ二人組。私だけじゃなくて、桜羽さんにも……」


 声は静かだったが、怒りが底から煮えたぎっているのがはっきりと伝わってきた。


 美和さんはそんな彼女の肩にそっと手を置き、優しく、しかし確信に満ちた声で言った。


 「大丈夫ですよ。あの二人には、きっととんでもないことが起きますから。このお店に、二度と来ることはありません」


 微笑んだままの美和さんの瞳は、どこか遠くを見ているようだった。


 後日、山崎さんから聞いた話によると——あの二人は、その夜遅くにキャバクラでセクハラ三昧を続けていたところ、突然激しい腹痛と吐き気に襲われ、二人揃って救急搬送されたという。


 検査の結果、肝臓の機能が極端に低下しており、以後一生アルコールを摂取できない体になってしまったそうだ。


 さらに追い打ちをかけるように、地元の一部の土木・建築業者からリベートを受け取り、業者に有利な便宜を図っていた事実が発覚。


 二人揃って懲戒免職処分が下された。


 後任の上司はとても穏やかで人当たりの良い人で、山崎さんは心底嬉しそうに話していた。


 ただ、その話を聞いている最中、カウンターの向こうで美和さんがこっそり浮かべた暗い——本当に暗い——微笑みが、ぞっとするほど怖かったことは、ここだけの秘密である。


 

 話題が変わり、山崎さんがふと美和さんに尋ねた。


 「桜羽さん。女性が勧められたら、絶対に注意した方がいいカクテルって、どんなものがありますか?」


 真剣な眼差しで続ける。


 「大学時代も、コンパで潰されたって話、よく聞きましたから……よかったら教えてください」


 美和さんは少し考えてから、落ち着いた声で答えた。


 「そうですね……有名どころだと、ロングカクテルならスクリュードライバー、ロングアイランドアイスティー、カルーアミルクあたりは要注意です。

 モスコミュールもさっぱりしていて飲みやすいですけど、実はウォッカが40mlも入ってるんですよね。何杯も勧められたら、かなり警戒した方がいいと思います」


 「ショートカクテルだと、ルシアン、アレキサンダー、グラスホッパー……コーヒーリキュールやクリームを使った、口当たりがすごく良いものは特に危険です。

 甘くて飲みやすいから、つい何杯もいってしまって——気がついたら立てないくらい酔ってる、なんてことになりかねません」


 山崎さんは真剣に頷きながらメモを取るような仕草をした。


 山崎はふと視線を移すと、少し離れた席でパイプをくゆらせ、カクテルを静かに味わっている彼の姿が目に入った。


 「そういえば彼さん、ほとんど酔った様子がないですよね……お酒、めちゃくちゃ強いんですね?」


 山崎さんが身を乗り出して覗き込むように言うと、美和さんも顎に手を当てて思い出すように呟いた。


 「確かに……この店で彼さんが潰れたところなんて、一度も見たことないですね」


 彼は苦笑しながら肩をすくめた。


 「二十代前半の頃は、ショートカクテルを二桁飲んでも意外とケロッとしてましたからね。

 肝臓の強さには、ちょっと自信があるんですよ」


 その言葉を聞いた美和さんの目が、ぱっと輝いた。


 「成程……どうです? せっかくだから、もっと強いカクテル、試してみませんか?」


 とんでもない提案だった。


 「彼さんなら大丈夫そうですし、私も普段は絶対に作らないような、かなりハードな一杯を作れますよ。

 万が一潰れても、お店の二階で休んでいってくださいね♪」


 ニコニコと無邪気に笑う美和さん。


 そこに山崎さんまで便乗してきた。


 「えっ、私もそんな強いカクテル、どんな味か気になります!

 私も飲みたいです! ねえ彼さん、一緒に飲みましょうよ♪」


 二人の美人から同時に煽られ、彼は内心で冷や汗を流した。


 (……レディーキラーじゃなくて、ジェントルマンキラー・カクテルって存在するのか……?)


 「いや、お酒は適度に楽しむものだし……もっとソフトなやつで、みんなでゆっくり味わうのがいいんじゃないかな?

 あ、そうだ! せっかくだからお二人に御馳走するよ。シャンパン、開けませんか?」


 必死に話題を逸らそうとしたが、美人二人の熱意は予想以上に強かった。


 最後には根負けし、渋々了承してしまった。


 カウンターの向こうで、美和さんが楽しげにボトルを手に取り始めた。


 山崎さんは目を輝かせ、彼は静かにパイプの煙を吐きながら、(……今夜は、長い夜になりそうだな)と、覚悟を決めた。


 風花の夜は、まだまだ終わらない。



 「では、強いカクテルって本当にいろいろあります。マティーニ、ギムレット、ラスティ・ネイル、ゴッドファーザー、スレッジハンマー……もう数えきれません。」


 美和さんは軽く笑みを浮かべながら続ける。


 「そんな中でも『ジャック・ター』は、151プルーフのラムにサザンカンフォート、ライムジュースという組み合わせが最高に魅力的で、捨てがたい一杯なんです。

 でも今日は、レディキラーに続いてトロピカルカクテルの代表格……ゾンビじゃなくて、そのさらに上を行く『バイオハザード』をお作りしますね。」


 ……え、何その名前!? もう名前からしてヤバすぎるでしょ!


 「実はこれ、中洲のとあるバーテンダーさんが、お酒大好きなお客さんと二人で冗談半分で生み出したレシピなんですよ。

 ゾンビを超える最強クラスの強さってことで、当時流行っていたゲームから名前を拝借したんだとか。

 ちなみに、そのお客さんが飲んでいたのを隣の席のお客様が見ていて……帰った後、バーテンダーさんが必死に止めたのに『同じのください』って注文して、三分の一くらい飲んだところで完全に酔いつぶれて、閉店までカウンターで爆睡していたという伝説が残ってる危険物(笑)なんです。」


 美和さんはそう言いながら、バックバーに手を伸ばす。次々と取り出されるボトル——ホワイトラム、ゴールドラム、ダークラム、151プルーフのラム、アプリコットブランデー、そして……スピリタス。


 これだけの強烈なスピリッツがバーマットにずらりと並ぶ光景は、まさに壮観。


 いや、壮観を通り越して一部のボトルからは「近づくな」というオーラすら漂っている気がする……。


 「ラムは定番中の定番、バカルディのホワイト、ゴールド、ブラックを選びました。

 癖が少なく豊かな風味が特徴で、世界中のバーテンダーに愛され続けているラムです。」


 「151プルーフはレモンハート デメララ151。75.5度と強烈ですが、深い味わいとほのかな甘みが魅力なんですよ。」


 「そして……スピリタス。もう説明不要ですよね♪ 世界最強のお酒で、アルコール度数は96度。まさに最終兵器です。」


 美和さんは目を細めて楽しげに説明を続ける。


 隣の山崎さんも、珍しく目を輝かせて聞き入っている。


 続いて彼女は大きなボストンシェーカーと、磨き上げられたクリスタルガラスのコリンズグラスを取り出した。


 「このグラス、普通はコリンズグラスって呼ばれますけど、実は『ゾンビグラス』とも呼ばれるんです。

 名前の由来は……まあ、これから作るカクテルですよ。」


 冷蔵庫から取り出したのは、フレッシュのパイナップルジュースの瓶。


 「開店前に絞ったばかりの新鮮なものです♪」


 カウンターのフルーツバスケットから形の良いオレンジとレモンを選び、手早く洗って輪切りに。


 備え付けの手動ジューサーで鮮やかに絞り、フレッシュジュースを完成させる。


 ボストンシェーカーには、メジャーカップを使わず目分量でサッと注ぎ入れる——ホワイト、ゴールド、ダーク、151のラム、アプリコットブランデー、グレナデンシロップ、パイナップル・オレンジ・レモンの各ジュース。


 軽くバースプーンでステアしてから、小さなリキュールグラスに少しだけ移して味見。


 満足げに頷くと、満面の笑みを浮かべる。


 「よし、完璧。」


 キューブアイスをぎっしり詰め込み、深呼吸を一つ。


 次の瞬間、彼女の腕が鮮やかに動き出す。


 キン! キン! キンキンキンッ!


 店内に響き渡る、軽快で力強いシェークの音。


 少し長めに振ってから、二つのゾンビグラスに均等に注ぎ入れる。


 鮮やかな赤みを帯びたオレンジ色のカクテルが、氷の上できらめく。


 見た目は本当に美味しそう……だけど、中身を知っていると背筋が寒くなる。


 シェイカーの中の氷を数個ずつグラスに浮かべ、最後に——レモンハート デメララ151を慎重にフロート。


 さらにその上へ、スピリタスをそっと重ねる。


 濃いオレンジ色のベースの上に、琥珀色と完全な透明の層が美しいグラデーションを描く。


 危険な美しさだ。


 最後にストローを二本差し込み、一つのグラスにはカットフルーツとマラスキーノチェリーで華やかにデコレーション。


 二人の前のコースターに、そっとグラスを置く。


 「どうぞ。お待たせしました。」


 美和さんはすかさずチェイサーのグラスを差し出しながら、にっこり。


 「飲むときは……本当にゆっくり、ね? これは本物の『バイオハザード』ですから。」


 グラスを見つめる私たちの間に、一瞬の静寂が流れた。


 美味しそうな見た目と、恐ろしい中身。


 これは、飲むか飲まないか……まさに究極の選択だ。


 「お待たせいたしました。こちらが『バイオハザード』です。」


 美和さんは穏やかな笑みを浮かべながら、二つのゾンビグラスをそれぞれのコースターにそっと置いた。


 山崎さんのグラスには特に念入りなデコレーションが施されていて、カットオレンジ、パイナップル、リーフ、そしてマラスキーノチェリーに小さな花まで飾られている。


 見た目はまさにトロピカルパラダイスそのもの——甘くて華やかで、女性なら誰でも目を輝かせるような一杯だ。


 事実、山崎さんはグラスが出てきた瞬間、「わあ、きれい!」と声を上げ、すぐにスマホを取り出して何枚も写真を撮り始めた。


 フラッシュがバー内の柔らかな照明に反射して、キラキラと輝く。


 「山崎さん、くれぐれも……表面にフロートしているお酒は、絶対にストローで直接飲まないでね。そこは本気の危険地帯だから。」


 美和さんが念を押すのを聞き流すように、山崎さんは嬉しそうにストローを挿したままグラスに口を寄せた。


 彼はストローを抜いて直接グラスに唇を付けた。


  最初に襲ってきたのは、スピリタスの猛烈なアルコール刺激。


 96度の純粋な火が口内を一瞬で駆け巡り、すぐに揮発して喉の奥へ消えていく感覚。


 続いて151プルーフのレモンハートが追い打ちをかける——スピリタスよりはマイルドだが、十分に強烈で、深い甘みと重厚な風味が広がる。


 同時にダークラムの豊かなモルトのような香りがふわりと鼻を抜け、三種類のラムが一体となって食道を滑り落ち、胃に熱く落ちていくのがはっきりと分かった。


 そして最後に、甘いフルーツの層が優しく包み込む。


 パイナップル、オレンジ、レモンのフレッシュな酸味とグレナデンの甘さが、三種のラムとアプリコットブランデーの複雑な味わいを溶け合わせ……。


 「美和さん、これ……普通に美味しいですよ。フロートさえなければ、グイグイいけちゃいますね。」


  彼が素直に感想を漏らすと、隣で恐る恐るストローを使って飲んでいた山崎さんも目を丸くした。


 「えっ! ほんとだ! 甘くてフルーティで、ラムの香りもすごく素敵……私、このカクテル大好きです!」


 山崎さんは目を輝かせながら、嬉しそうに一口、また一口と飲み進めていく。


 グラスの中の美しいグラデーションが少しずつ薄れていく様子は、まるで危険な宝石が溶けていくようだった。


 しかし、三分の一ほど飲んだところで、美和さんが静かに手を伸ばした。


 「はい、山崎さんはここまでです。これ以上飲んだら、またフラフラになって帰れなくなっちゃいますよ。この一杯はサービスでお出ししたものですから、ここでストップでお願いしますね。」


 そう言うと、彼女は素早くグラスを下げ、代わりに新しいチェイサーをたっぷり注いで山崎さんの前に置いた。


 氷がカランと軽やかに音を立てる。


 「え~、もっと飲みたいよぉ~!」


 山崎さんが可愛く口を尖らせてブーブー文句を言うのを、美和さんは優しい笑顔で受け止めながら、バーでのお酒の付き合い方について穏やかに説明を始めた。


 彼女の横顔は、照明に照らされていつもより柔らかく美しく見えた。


 彼はその様子を眺めながら、自分のグラスに残ったカクテルをゆっくりと傾ける。


 今日はいつもより酔いが回るのが早い。


 頰がほんのり熱くなり、頭の奥がふわふわと心地よい。


 ……ああ、いつもの静かな『風花』も素晴らしいけれど、こうして賑やかで、少し危うい夜も悪くないな。


 カウンターの向こうで、美和さんが小さく微笑んでいる。


 山崎さんがチェイサーを飲み干しながら「また来ますね!」と元気に言う声が響く。


 彼は最後に残った一口を味わいながら、静かにグラスを置いた。


 「ごちそうさま。……また、来るよ。」


 Bar『風花』の扉が閉まる音が、夜の街に優しく溶けていった。

読んでくださってありがとうございます。


この話は、

「静かなバーに突然やってきた下品な乱入者と、そこから始まる、少しだけ賑やかで温かい夜」

を描きたかっただけの一場面です。


酔った男たちのセクハラ交じりの絡みと、無理やり連れてこられた響子さんの痛々しさ。

それを静かに、でもはっきりと跳ね返す美和さんの姿。


そして、トラブルが去った後の、

キンキンに冷えた神水とモスコミュール、

そして最後に登場した『バイオハザード』。


どれも派手な出来事ではないのに、全部が重なって「今夜はここにいられてよかった」と思えるような、静かで温かく、少しだけ賑やかな時間を、誰かの胸に残せていたら嬉しいです。


Bar風花は、どんな人が来ても、

どんな夜が来ても、

静かに扉を開けている場所であり続けます。


またふらりと寄ってくださいね。

次はどんな一杯と、どんな出会いが待っているのか……私にもまだわかりません。


それでは、今夜も良い夜を。


天照(Bar風花)

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