閑話 久住ドライブ ~赤と白の約束の道~
『Bar風花-kazahana-』
久住ドライブ ~赤と白の約束の道~
※独立した短編・番外編です
※車・ドライブ・高原の景色・無線会話・温泉・蕎麦・夜のBarが好きな方向け
※バトルも恋愛の急展開もありません。ゆるく流れる一日をお楽しみください
約束から数週間。
快晴の6月、GRヤリス(白)とアバルト695トリブート・フェラーリ(赤)が玖珠から九重へ向かう。
無線で繋がれた「風花1」と「風花2」。
九酔渓のワインディング、ミヤマキリシマのピンクの絨毯、牧ノ戸峠の絶景。
狐白も後部座席で尻尾を振って参加。
黒川温泉で体を温め、蕎麦街道で山菜天ざるを平らげた後、美和さんのわがままにより予定変更——日田の隠れ家オーセンティックBar『if…』へ。
赤と白のテールランプが夜のやまなみハイウェイを連なり、サイドカーとブールヴァルディエが静かにグラスの中で揺れる。
Bar風花から始まった約束が、今日という一日になって、ゆっくりと形になった。
どうぞ、助手席から眺める景色と、無線越しの声を一緒に。
※登場する『Bar if…』は実在の店舗をモデルにしており、マスターご本人から使用許可をいただいています。
ただし物語は完全なフィクションであり、実際の店舗・人物とは一切関係ございません。
R8.2.5 彼さんのカクテルをブールヴァルディエに変更
美和さんと彼の久住ドライブは、約束から数週間後の6月上旬の週末、快晴の空の下で実現した。
珍しく快晴の6月の朝の陽光が澄み渡り、青い空に白い雲がゆっくりと流れていく。
彼は白い『GRヤリスRZ High performance Aero performance package』のハンドルを握り、大分自動車道を大分方面へ走らせる。
ヤリスの助手席の上には、ハンディ無線機とヘッドセットが2セット。
事前に美和さんに「運転中も話せたら楽しいかも」と提案したところ彼女が「面白そう!」と即答したので準備したものだ。
周波数はあらかじめ調整済み。
コールサインはシンプルに「風花1(彼)」と「風花2(美和)」。
玖珠パーキングエリアの乗用車専用駐車場に車を滑り込ませた瞬間、視界の中央に鮮烈な赤が飛び込んできた。
そこに停まっていたのは、アバルト695トリブート・フェラーリ。
ボディカラーは「|Rosso Corsa」と呼ぶにふさわしい、深みのある競技用赤。
快晴の朝の陽光を浴びて、まるで液体のルビーが固まったかのように表面が脈打つように輝いている。
光の角度によって、ところどころでオレンジがかったハイライトが走り、黒っぽく沈んだシャドウ部分とのコントラストが極端に強調されていた。
白い「ボンネットストライプ」とルーフにかけて伸びる白いレーシングストライプは、まるでレーシングスーツのラインのようにシャープに引かれ、赤いボディの上で異様に潔く、遠くからでも一目で「あれは特別なアバルトだ」と分かる存在感を放っている。
ドアミラーは艶やかなカーボンファイバー製で、表面の織り目が陽光を受けて微妙にキラキラと揺らめき、赤いボディとの素材感の違いが逆に目を引く。
サイドスカットル(側面のエアインテーク周り)には控えめな「トリブート・フェラーリ」のバッジが輝き、往年のフェラーリを思わせるクラシカルな書体がさりげなく主張している。
ブレーキキャリパーは鮮やかな赤——アバルトの中でも特に派手な「Rosso Ferrari」系の色で、ホイールの隙間からしっかりと覗いている。
ブレンボ製の4ポットキャリパーが、黒いブレーキディスクと対比してまるで血のように赤く光り、止まっているだけなのに「いつでも全力で止まれる」という威圧感すら漂わせていた。
17インチのモモフォージドホイールはマットブラックで、センターキャップのスコーピオンエンブレムだけがクロームで輝き、控えめながらも強いアクセントになっている。
タイヤのサイドウォールは真新しく、白い文字がくっきりと浮かび上がり、まだ走行距離が非常に少ないことを示していた。
フロントはアバルトらしい攻撃的な顔つき。ブラックアウトされたハニカムグリル、フェラーリを彷彿とさせる縦長のエアインテーク、そして小さく尖ったノーズが、まるで獲物を狙う小型の猛獣のように低く構えている。
ヘッドライトは点灯していないものの、昼間の陽光の下でも内部のレンズが黒く光を吸い込んでいて、昼なのにどこか夜の獰猛さを連想させた。
ボンネット上には「ABARTH」と「695」のエンブレムが控えめに鎮座し、トリブートモデル特有の「トリコローレ」の小さなラインがさりげなく入っている。
その小さな国旗の刺繍のようなカラーリングが、全体の派手さをわずかに引き締め、高級感と同時に「本気度」を感じさせる。
周囲の普通のセダンやミニバンの中で、この一台だけがまるで別次元のスケールで存在しているようだった。
エンジンは静止しているはずなのに、近くを通るだけで排気管からかすかに残る熱と、ほのかに香る高回転を想起させる金属とオイルの匂いが漂ってくるような錯覚さえ覚える。
ただそこに静かに停まっているだけで、周囲の空気を支配している一台だった。
よく見ると後部座席の窓から白い物体がもこもこ動いているのが見える。白毛の子狐・狐白がこちらを覗いている。
ふわふわの白い毛が陽光に透けて、まるで小さな雪の精霊のように可愛らしい。
彼がGRヤリスをABARTHの横の空いたバーキングスペースに滑り込ませると、美和さんは運転席からいそいそと降りてきて、彼に向かって軽く手を振った。
今日の美和さんは黒の薄手カーディガンを羽織っていた。
ほとんど透けるような軽さのコットンニットで、深いチャコールブラックが光の加減で時折柔らかい灰色に滲む。
Vネックの開きは控えめながらも、彼女の豊満なHカップの胸元を包む白いTシャツの膨らみを隠しきれず、布地が優しく押し上げられて柔らかな曲線を描いている。
カーディガンの前は閉じていないため、動くたびにその重みのある丸みがさりげなく揺れ、周囲の視線をそっと引き寄せた。
その下の白いTシャツは澄んだ真っ白。
上質な天竺素材で適度な厚みとハリがあり、首周りの細いクルーネックが首筋にきれいな影を落とす。
肩は少し落ちたドロップショルダーで、体のラインを拾いすぎずゆるすぎず。
しかし胸のボリュームがはっきりと主張するため、布地は自然に張りつめ、前が軽く持ち上がるようなシルエットになっている。
裾はジーンズのウエストに前だけ軽くタックインされ、後ろは自然に抜けていて、そのさりげない出し入れが全体にこなれた空気を添えていた。
ジーンズは濃紺に近い深いインディゴ。
洗いざらしの跡はほとんどなく、新品に近いきれいめな色味で、表面にうっすら光沢が浮かんでいる。
スリムテーパードのシルエットは太ももから膝にかけて程よいフィット感があり、膝下からくるぶしに向かって自然に細くなる。
裾はシングルステッチで、ほんの少しロールアップされ、細いくるぶしが覗いていた。
髪はサイドテールにまとめられていた。
右側に寄せて低めに結んだシンプルなテールで、黒髪が艶やかに流れ落ちる。
結び目は細い黒のヘアゴムで控えめに留められ、毛先は自然に内側にカールしながら肩甲骨あたりまで届いている。
顔周りに落ちる後れ毛は数本だけで、耳の後ろをすっきりと見せ、首筋の白さと鎖骨のラインをより際立たせていた。
動くたびにテールが軽く揺れ、そのたびに柔らかな髪の香りがふわりと漂う。
足元は白のバッシュ。
かつてコートで暴れていたような無骨なバスケットシューズだ。
つま先は少し丸みを帯び、厚めのソールが地面からしっかりと体を浮かせる。
サイドのロゴやラインは控えめで、派手なカラーブロッキングもない。
白はTシャツと同じく澄んだ色味で、全体のモノトーンを崩さず、でもどこかスポーティーで軽快な印象を足していた。
アクセサリーは極めて控えめ。
左耳に小さなオールドマインカットのピジョンブラッドのルビーの一粒ピアスがひとつだけ光り、右手薬指には1.2mm幅の極細マットシルバーリング(内側に極小の「月と星」の刻印)が鈍い光を放っている。
その髪の左側、首筋から鎖骨にかけての白い肌が静かに露わになり、そこに一滴の光が浮かんでいる。
それはペアシェイプのダイヤモンド、1.2カラット。
形はまるでゆっくりと落ちる涙の最後の瞬間を切り取ったようで、上部はほっそりと尖り、下に行くほど丸みを帯びて柔らかく膨らんでいる。
極細のプラチナの爪が4本、ほとんど見えないほど繊細に石を抱えていて、ダイヤモンドはまるで宙に浮いているかのように軽やかだ。
金属の存在感は極限まで消され、純粋な光の塊だけがそこにある。
チェーンは極細のベネチアンチェーン。
一見するとただの細い銀の糸のようにしか見えないが、
近くで見ると無数の小さなリンクが複雑に絡み合い、
わずかな動きで光を乱反射させてかすかにきらめく。
美和さんが息をしたり、首をわずかに傾けたりするたび、1.2ctの涙型ダイヤがゆっくりと前後に揺れ、胸の谷間の影と白い肌の間で白熱した光の点が踊る。
その輝きは耳元のブラッドピジョンのルビーとは対照的で、ルビーが「燃える血の赤」なら、このダイヤは「凍てついた月光の白」——二つの色が互いを引き立て合いながら、長い黒髪のキャンバスの中で静かに火花を散らしている。
後ろから見ると、サイドテールの髪の重厚な黒い帯の左側に、極細のチェーンが一本だけ首の後ろを通って胸元へと消えていく。
そして正面に戻ったとき、そこにはやはりあの涙型の光が待っている。
動くたびに、髪はゆらり、ダイヤはきらり。
重さと軽さ、黒と白、情熱と冷たさが、美和さんのたった一つの仕草の中で共鳴し合う。
黒と白と濃紺、そして足元の白いバッシュ。
三色+一色で構成されたその装いは、驚くほど静かで、それでいて静かに目を奪う。
カーディガンの軽やかな透け感、白Tに押し込められたHカップのわがままな膨らみ、濃紺ジーンズの落ち着いた色気、バッシュの無骨な軽快さ、右に寄せたサイドテールの揺れ、そして首元でかすかに光る小さなネックレスが重なり合って、近づくほどに甘く危険な色っぽさが漂ってくる。
気取っていないのに、どこか我儘で、触れたら壊れそうな危ういバランスが彼女の全身から静かに流れていた。
美和さんの美しいヘテロクロミアーー右目は深いワインレッド、熟成したボルドーワインのように、重厚で妖しく、どこか血の温度を感じさせる色。対して左目は淡い琥珀、朝霧に濡れたバルティック琥珀のような、柔らかく透明感のある金色ーーが青空と朝日を受けて銀のようにきらめく。
「おはようございます♪ 快晴でよかった〜!彼さんの白いGRヤリス……実物見ると本当に綺麗で格好良いですね!私の赤いアバルトと並ぶと、コントラストが最高です!」
そう言いながら彼女は後部座席を指さして笑う。
狐白は白い毛をふわふわさせながら、窓ガラスに前足を付けて彼をじっと見つめ、尻尾をブンブン振っている。
彼は車を降り、助手席からハンディ無線機とヘッドセットを取り出す。
「これ、美和さんに貸しますよ。
Bluetoothでスマホと繋げなくても、直接無線で話せる。
運転中も安全に会話できるように、ヘッドセットタイプにしたんですよ。」
美和さんは目を輝かせて受け取る。
「わぁ、ありがとうございます!これで狐白も一緒に彼さんの声が聞けちゃいますね〜。
早速セットしちゃいましょう♪」
2人は近くの自販機でコーヒーと紅茶を買うと、それを持ってベンチに座り、無線機の電源を入れ、周波数を合わせる。
テストで軽くコール。
「風花1、風花2。聞こえますか?」
美和さんの声がヘッドセットからクリアに響く。
「風花2、風花1。バッチリです!すごい、まるで隣にいるみたい♪」
狐白は美和さんの膝の上で尻尾を振り、無線機の音に耳をピクピクさせる。
◆
暫しの休憩を終え、二人は車に乗り込む。
アバルトのエンジンが軽快に唸り、玖珠サービスエリアを先に発進。
白いGRヤリスがその後を追い、赤いテールランプと白いボディが、快晴の道を連なって進む。
九重インターを降り、県道40号線に入ると、ワインディングが始まる。
美しい川沿いの道を進んで行くと、美和さんの声がヘッドセットから流れてくる。
「風花2から風花1。今のコーナー、気持ちいいですね〜!アバルトの足が軽やかで、コーナリングが楽しいです♪」
彼はハンドルを握りながら応じる。
「風花1了解。後ろから見てると、アバルトのラインが綺麗だよ。こっちはGRの四駆がしっかり路面を掴んでるから、アバルトに追いつきやすい。狐白の様子はどう?」
美和さんが笑いながら答える。
「狐白は後部座席でずっと窓から外見て、尻尾振ってますよ〜。『もっと速く!』って言ってるみたいです♪」
狐白の小さな鼻息が、ヘッドセット越しに微かに聞こえる気がする。
九酔渓に差し掛かると、途中の土産物屋手前で美和さんがハザードを点滅させて土産物屋の広い駐車場に入る。
彼も後ろに続き、二人は車を降りる。
狐白を抱いた美和さんが展望スポットへ先導。
「ここで少し休憩しましょう。九酔渓の景色、快晴だと本当に綺麗ですよ。」
断崖の向こうに広がる深い渓谷、川のせせらぎが遠くから聞こえ、風が新緑の香りを運ぶ。
狐白は美和さんの腕の中で景色を眺めている。
狐白白い毛が風に揺れてふわふわと舞う。
彼は白いGRヤリスのボンネットに寄りかかり、赤いアバルトと並んだ二台を眺めながら言う。
「この渓谷、十三曲がりってだけあって、道中も楽しかったですね。無線で話しながら走ると、距離が全然感じませんでしたよ。」
美和さんは狐白を地面に下ろし(リード付きで)、渓谷を見下ろしながら微笑む。
「本当に。無線のおかげで、まるで一緒に乗ってるみたいでした。狐白も、声が聞こえるたびに耳をピクピクさせてましたよ。」
狐白は地面をクンクン嗅ぎ、尻尾を振って周囲を探検する仕草を見せる。
二人はベンチに腰を下ろし、持参した水筒のお茶を分け合う。
快晴の空の下、渓谷の緑と風の音が、静かに二人を包む。
休憩を終え、再び車に乗り込む。
アバルトが先導し、白いGRヤリスが後を追う。
九酔渓のヘアピンカーブを抜けさらに進んで行くと、タデ原湿原に入る。
木々の中を進んで行くと道は徐々に開け、目の前にくじゅう連山の雄大な景色が目に飛び込んできて、更に久住高原のピンクの絨毯が視界に広がる。
ミヤマキリシマが満開の山肌が、青空に映えて息を呑む美しさ。
二人は路肩に車を停め、降りて並んで立つ。
風が花の香りを運び、エンジンの余熱が微かに音を立てる。
狐白は美和さんの腕の中で外を眺め、気持ち良さそうにしている。
「本当に…綺麗。こんな景色を見に、来てよかった。」
美和さんがそっと呟く。
彼は隣で頷き、静かに言う。
「この景色と、二台でここまで来られたこと…無線で話しながら走って…狐白も一緒に…。最高のドライブだよ。」
美和さんは振り返り、ヘテロクロミアの瞳を細めて微笑む。
「帰りは黒川温泉でゆっくりして、蕎麦街道で〆ましょうね。狐白も、温泉の匂い嗅ぎたいって言ってるみたいですよ。」
狐白は小さく鳴き、尻尾を振る。
二人は再び車に乗り込み、アバルトが先導してさらに先に進む。
白いGRヤリスがその後を追い、赤と白のテールランプが、ピンクの絨毯をバックに連なる。
風が窓から入り込み、エンジン音と花の香りが混ざる中、美和さんの声がクリアに響く。
「風花2から風花1。
景色がどんどん良くなってきましたね〜!
こはくも、後ろでずっと外見て尻尾振ってますよ♪」
彼はハンドルを握りながら応じる。
「風花1了解。
この道、標高が上がるごとに空気が澄んでくるな。
白いヤリスが陽光に映えて、まるで雲に乗ってるみたいだ。」
狐白は後部座席で窓に鼻を押し付け、時折小さな鳴き声で参加するように聞こえる。
やがて、九重連山の麓、長者原に到着。
標高約1,000mのこの高原は、ミヤマキリシマの名所の一つ。
二人は駐車場に車を並べて停め、降りる。
狐白は美和さんの腕の中で外を眺め、白い毛が風に揺れてふわふわと舞う。
「ここ、長者原のビジターセンターがあるんです。
自然保護公園を少し散策してから、牧ノ戸峠へ行きましょう。」
美和さんが提案し、二人はビジターセンターへ。
木造の建物は周囲の自然に溶け込み、入口には九重の地形図とミヤマキリシマの写真が飾られている。
中に入ると、スタッフが穏やかに迎え、トレイルマップを渡してくれる。
狐白はリードを付けられ、美和さんの足元でクンクン匂いを嗅ぎながら歩く。
散策路は軽めの遊歩道で、木々の間を抜けると、ピンクの絨毯が広がる。
ミヤマキリシマが満開の斜面が、青空に映えて息を呑む美しさ。
風が花の甘い香りを運び、足元に落ちた花びらがピンクの道を作る。
狐白は草の間をちょこちょこと探検し、白い毛が花びらに紛れて可愛らしい。
「ここ、毎年この時期に来たくなるんです。ピンクの海みたいで……心が洗われるみたい。」
美和さんが立ち止まり、深呼吸をする。
彼は隣で頷き、静かに言う。
「確かに。アバルトとヤリスでここまで来て、この景色を見られたこと……本当に贅沢だよ。」
狐白は二人の足元で座り込み、尻尾を振って花畑を眺める。
白い毛がピンクの花に映え、まるで絵本の一ページのよう。
散策を終え、二人は再び車に戻る。
次は牧ノ戸峠へ。
九重連山の最高地点近く、標高1,100mを超える峠道。
アバルトが先導し、白いGRヤリスが追従。
ヘッドセットから美和さんの声。
「風花2から風花1。この峠道、景色がどんどん開けてきますよ〜!こはくも興奮してます♪」
峠に到着すると、展望台から九重の山々が一望できる。
快晴の空の下、遠くに阿蘇の外輪山まで見渡せ、風が強く吹き抜ける。
二人は車を停め、狐白を抱いて展望台へ。
風が髪を乱し、花の香りと高原の空気が体を包む。
「ここから見る久住……本当に最高です。」
美和さんがそっと呟く。
彼は隣で頷き、無線機を外しながら言う。
「この景色と、二台でここまで来られたこと……こはくも一緒に。最高のドライブだよ。」
美和さんは振り返り、ヘテロクロミアの瞳を細めて微笑む。
「帰りは黒川温泉でゆっくりして、蕎麦街道で〆ましょうね。狐白も、温泉の匂い嗅ぎたいって言ってるみたいですよ。」
狐白は小さく鳴き、尻尾を振る。
二人は再び車に乗り込み、アバルトが先導して峠を下り始める。
白いGRヤリスがその後を追い、赤と白のテールランプが、ピンクの絨毯をバックに連なる。
ヘッドセットから美和さんの声が優しく響く。
「風花2から風花1。次は温泉ですよ〜。楽しみですね♪」
彼は笑いながら応じる。
「風花1了解。狐白も、楽しみにしてるみたいだな。」
エンジン音と花の香りと、狐白の小さな鼻息が混じり合い、この一日が、二人の心に静かに、深く刻まれていく。
Bar風花のカウンターで語られた約束は、こうして、現実の風とエンジン音と花の香りと、白い子狐の温もりと、無線越しに交わされる声に変わった。
そして、二人は知っている——
このドライブは、終わりではなく、また次の約束の始まりだ。
◆
牧ノ戸峠の展望台で、九重連山とミヤマキリシマのピンクの絨毯を堪能した後、二人は再び車に乗り込んだ。
快晴の空はまだ青く、午後の陽光が柔らかく山肌を照らす。
アバルトのエンジンが軽やかに唸り、先導を始める。
白いGRヤリスがその後を追い、赤と白のテールランプが、峠道を下りながら連なる。
ヘッドセット越しに、美和さんの声が優しく響く。
「風花2から風花1。牧ノ戸峠、最高でしたね〜。次は黒川温泉ですよ。温泉入って、疲れを癒しましょう♪狐白も、温泉の匂い嗅ぎたくてウズウズしてます。」
彼はハンドルを握りながら笑みを浮かべる。
「風花1了解。温泉、楽しみですね。温かい温泉、今日一日よく頑張ったご褒美だよ。」
狐白は後部座席で窓から外を眺め、尻尾を軽く振って応じるように見える。
やまなみハイウェイを通り峠を下り、県道を進むと、道は次第に狭くなり、深い森と川のせせらぎが近づいてくる。
黒川温泉の入り口に差し掛かると、木々の間から湯気の匂いが漂い始める。
硫黄の香りと、木の香りが混じり合い、高原の空気に甘く溶け込む。
美和さんがハザードを点滅させて黒川温泉手前の路肩に寄せ、彼も後ろに続く。
二人は車を降り、狐白を抱いた美和さんが先導して温泉街へ。
黒川温泉は、静かな山間の湯治場。
露天風呂が点在し、旅館ごとに異なる湯船が楽しめる。
二人は別々の旅館を選び、事前に連絡を入れておいた。
美和さんは「女湯が素敵なところ」を、彼は「静かな露天がいい」と希望を伝え、近くの旅館にそれぞれ入ることにした。
「じゃあ、別々に入って、1時間後にまた合流しましょう。狐白は私が預かっておきますね。温泉上がりに、蕎麦街道でご飯ですよ♪」
美和さんは狐白を抱き上げ、軽く手を振る。
狐白は白い毛をふわふわさせながら、彼に鼻を押し付けて「行ってらっしゃい」と言うように鳴く。
彼は白いGRヤリスの横で頷き、ヘッドセットを外す。
「了解。温泉で体を温めて、今日の疲れを全部流してくるよ。また後で。」
二人はそれぞれの旅館へ向かう。
美和さんは赤いアバルトを旅館の駐車場に停め、狐白を連れて女湯へ。
彼は白いGRヤリスを別の旅館に停め、静かな露天風呂へ。
美和さんの旅館の女湯は、川沿いの露天風呂。
木の香りと湯気の立ち上る中、ミヤマキリシマのピンクを思い浮かべながら、ゆっくりと湯に浸かる。
狐白は脱衣所で待機し、時折小さな鳴き声で「早く出てきて〜」と呼ぶように聞こえる。
湯から上がると、肌がすべすべになり、疲れが溶けていく。
彼の旅館の露天風呂は、森に囲まれた静かな湯船。
白いGRヤリスのエンジン音を思い出しながら、湯に体を沈める。
快晴の空が木々の隙間から見え、今日のドライブの記憶が湯気とともに浮かぶ。
アバルトの赤いテールランプ、無線越しの美和さんの声、狐白の白い毛……すべてが、心に温かく残る。
1時間後、二人は約束通り駐車場で再会。
美和さんは頰を少し赤らめ、髪を軽く湿らせたまま笑顔で近づく。
狐白は彼女の腕の中で尻尾を振り、彼を見上げて鼻をクンクン。
「温泉、最高でした〜!体が軽くなったみたい。狐白も、湯気の匂い嗅いで満足そうですよ。」
彼も頷き、湯上がりの清々しさを噛み締める。
「俺も。今日のドライブの疲れが、全部流れましたよ。次は蕎麦街道ですね。」
美和さんは狐白を抱き上げ、軽く頷く。
「行きましょう。手打ちの蕎麦で、今日を〆るんです♪」
二人は再び車に乗り込み、アバルトが先導。
白いGRヤリスが後を追い、赤と白のテールランプが、夕暮れの道を連なる。
ヘッドセットから美和さんの声が優しく響く。
「風花2から風花1。蕎麦、楽しみですね〜。狐白も、匂い嗅ぎたくてウズウズしてますよ♪」
彼は笑いながら応じる。
「風花1了解。今日の締めくくり、最高の味にしよう。」
エンジン音と湯上がりの温もりと、狐白の小さな鼻息が混じり合い、この一日が、二人の心に静かに、深く刻まれていく。
Bar風花のカウンターで語られた約束は、こうして、現実の風とエンジン音と花の香りと、白い子狐の温もりと、無線越しに交わされる声と、温泉の余韻に変わった。
そして、二人は知っている——
このドライブは、終わりではなく、また次の約束の始まりだ。
黒川温泉の湯から上がり、体がぽかぽかと温まった二人は、再び車に乗り込んだ。
美和さんの赤いアバルトが先導し、白いGRヤリスがその後を追う。
ヘッドセット越しに、美和さんの声が軽やかに響く。
「風花2から風花1。次は蕎麦街道ですよ〜!黒川から少し下ったところに、名店がいくつかあるんです。山菜天ざる、絶対に食べましょうね♪狐白も、そばの匂い嗅ぎたくてウズウズしてます。」
彼はハンドルを握りながら笑みを浮かべる。
「風花1了解。温泉上がりの体に、手打ちの蕎麦……最高の〆だな。狐白も、楽しみにしてるみたいだ。」
狐白は後部座席で窓から外を眺め、鼻をクンクン鳴らして匂いを嗅いでいるようだ。
白い毛が夕陽に透けて、柔らかく輝く。
道は黒川温泉街を抜け、九重の山並みを背に下りていく。
やがて「蕎麦街道」の看板が見えてくる。
この一帯は、熊本と大分の県境近く、阿蘇の外輪山を望む高原地帯に点在する蕎麦屋の集まり。
地元の湧き水で打たれた手打ち蕎麦と、山の幸を活かした天ぷらが評判の名店が並ぶ道だ。
美和さんがハザードを点滅させて、路肩に車を寄せる。
選んだのは、街道沿いの小さな店——「山里庵」。
古民家を改装したような佇まい、木の看板に「手打ち蕎麦 山菜天ざる」と墨で書かれている。
駐車場に二台を並べて停め、狐白を抱いた美和さんが先導して店内へ。
店内は畳敷きで、囲炉裏の香りがほのかに漂う。
窓からは夕暮れの山並みが見え、静かなBGM代わりに風の音が聞こえる。
二人は奥の座敷に通され、狐白は美和さんの膝の上で大人しく座る。
白い毛が畳に映えて、まるで小さな置物のように可愛らしい。
注文は迷わず「山菜天ざる」二つ。
店主のおばあさんが「今朝採れた山菜ばっかりよ」と笑顔で運んでくる。
大きなざるに盛られた蕎麦は、灰色がかった田舎蕎麦。
コシが強く、香りが高い。
天ぷらは、ふきのとう、たらの芽、こごみ、しいたけ、筍……山の春の恵みが色とりどりに並ぶ。
衣は薄く、サクサクと軽やか。
天つゆは濃いめで、蕎麦の風味を引き立てる。美和さんがまず一口、蕎麦をすする。
「ん……! コシがすごい……!山菜の苦味と甘みが、蕎麦の香りとぴったり合って……最高です♪」
彼女は目を細め、満足げに頰を緩める。
狐白は美和さんの膝から首を伸ばし、匂いをクンクン嗅いで尻尾を振る。
彼も箸を手に取り、蕎麦を口に運ぶ。
田舎蕎麦の素朴な香りが鼻を抜け、噛むほどに広がる風味。
天ぷらのふきのとうはほろ苦く、たらの芽の春らしい爽やかさがアクセント。
天つゆに少し浸して食べると、蕎麦の味が一層深まる。
「旨い……。温泉上がりの体に、この蕎麦が染みていくみたいだ。今日のドライブの疲れが、全部溶けていく。」
二人は箸を進めながら、時折視線を交わして笑う。
狐白は美和さんの膝で大人しく座り、時々天ぷらの匂いに鼻を近づけてくる。
美和さんが小さくちぎった天ぷらの衣を、狐白の鼻先に差し出すと、ぺろりと舐めて満足げに目を細める。
食事が終わり、店主のおばあさんが温かいお茶を運んでくれる。
二人は窓辺の席で、夕暮れの山並みを眺めながらゆっくりと飲む。
ピンクのミヤマキリシマの記憶と、温泉の余韻と、手打ち蕎麦の香りが、心に静かに残る。
美和さんがそっと呟く。
「今日一日……本当に、最高でした。アバルトと白いGRヤリスで連なって走って、九酔渓で休んで、長者原で散策して、牧ノ戸峠で景色を見て、温泉入って……そしてこの蕎麦。狐白も、ずっと楽しそうでしたよね。」
彼はグラスを軽く回しながら、静かに頷く。
「そうですね。無線で話しながら走ったのも、全部が楽しい思い出です…。このドライブは一生忘れられませんゃ。」
狐白は美和さんの膝で丸くなり、満足げに目を閉じる。
白い毛が夕陽に染まって、優しく輝く。
二人は店を出て、駐車場に戻る。
二人は駐車場に戻り、赤いアバルトと白いGRヤリスに寄りかかって、今日の一日を振り返る。
狐白は美和さんの腕の中で丸くなり、白い毛を夕陽に透かして満足げに目を細めている。
美和さんはふと時計を見て、いたずらっぽく唇を尖らせる。
「ねえ……まだ帰りたくないんですけど。」
彼女は少し頰を膨らませ、ヘテロクロミアの瞳を上目遣いに彼に向ける。
銀の光が夕陽に照らされて、まるで子狐のように輝く。
「今日は最高だったけど……もう少しだけ、特別な夜にしませんか? 急だけど……日田の『Bar if…』に行きたいんです。 全日本フレアバーテンダー協会の会長さんがマスターを務めてるお店で……でも、今日はフレアじゃなくて、オーセンティックなカクテルを味わいたいんです。
わがまま、聞いてくれます……?」
彼は一瞬驚いたが、すぐに笑みを浮かべる。
今日一日、美和さんの笑顔と狐白の白い毛と、エンジン音と花の香りに包まれてきた。
予定変更など、むしろ歓迎だった。
「もちろん。 わがまま大歓迎だよ。 日田までなら、夜のドライブも悪くない。 オーセンティックなBar……楽しみだな。」
美和さんの顔がぱっと明るくなる。
「やった〜! ありがとうございます♪
フレアは華やかだけど、今日は静かに、丁寧に作られたカクテルを味わいたいんです。
会長さんの技術は、ボトルを回さなくても本当にすごいんですよ。
狐白も、夜のBarに行きたいって言ってるみたいです。」
狐白は尻尾を軽く振って同意するように鳴く。
二人は再び車に乗り込み、アバルトが先導。
白いGRヤリスが後を追い、赤と白のテールランプが、夕暮れの道を連なる。
ヘッドセットから、美和さんの弾んだ声。
「風花2から風花1。 日田まで、約1時間半くらいです。
道中、夜のやまなみハイウェイも綺麗ですよ〜。到着したら、会長さんのクラシックなカクテル……楽しみですね♪」
彼はハンドルを握りながら応じる。
「風花1了解。夜のドライブ、最高の締めくくりになりそうだ。」
道は黒川から日田方面へ。
夕陽が沈み、夜の帳が下りる頃、二台は日田の街へ到着した。
『Bar if…』は、静かな路地裏に佇む小さな隠れ家。
木の扉を開けると、柔らかなジャズが流れ、カウンターの向こうに会長さん自らが立つ。
今日は何時ものフレアの華やかさはなく、静かに、丁寧にグラスを磨く姿。
オーセンティックなBarの空気が、二人を優しく迎え入れる。
美和さんはカウンターに座り、目を輝かせる。
「会長さん、お久しぶりです!今日はお邪魔します〜。
今日は久住ドライブの締めくくりでお邪魔したんです。
今夜は会長さんお勧めのカクテルをお願いします〜!」
と言った
◆
カウンターの照明が柔らかく落ちる中、俺は二人の前に立った。
「じゃあ、まずは美和さんのサイドカーから作らせて頂きます。」
俺は小さく息を吐いて、道具を並べ始めた。
まず次にメジャーカップでコニャックを45ml。
琥珀色の液体が静かに流れ落ちる。
続けてコアントロー30ml。
オレンジの甘い香りがふわっと広がった。
最後にフレッシュレモンを半分絞って、25mlほど。
レモンの鮮やかな酸味が空気に混じる。
「サイドカーは比率が命なんだ。基本は3:2:1。コニャック3、コアントロー2、レモン1。これが崩れると、ただの甘い酒か酸っぱいだけの酒になっちまう」
氷をギッチリ詰めて蓋をして、しっかりとシェイク。
金属がぶつかる乾いた音が店内に響く。
10秒ほど、力強く上下に振って冷やしながら混ぜ合わせる。
ストレーナーを通して、予め冷やしておいたクーペグラスに注ぐ。
琥珀色の液体が滑らかに流れ、表面に薄い泡がふっと立つ。
最後にレモンの皮を軽く捻ってオイルを飛ばし、縁にそっと乗せた。
「お待たせ致しました。美和さん、どうぞ」
美和さんはグラスを受け取り、ゆっくりと鼻を近づけて香りを確かめる。
「……いい香り」
そう呟いて、一口。
目がほんの少しだけ細くなるのが見えた。
満足のサインだ。次に視線を彼に移す。
「彼のカクテルはブールヴァルディエです。」
今度はシェイカーではなく、ビルドで作る。
まず、大きめにカットした氷をロックグラスにたっぷり入れる。
そこにバーボン45ml。
力強く、樽の甘さとスパイスの香りが静かに立ち上る。
「ブールヴァルディエは、ネグローニのウイスキー版とも言われるカクテル。ベースはバーボンだけど、今日はこれ……少し甘みとバニラのニュアンスが強いものを選んだ。あなたに似てると思って」
次にカンパリ25ml。
鮮烈な赤がグラスの中でゆっくりと広がっていく。
苦味とハーブの鋭さが空気を切り裂くように。
最後にスイートベルモット25ml。
ほのかな甘さと花のような香りが加わり、全体を丸く包み込む。
バースプーンで軽くステア。
氷がカラカラと鳴り、液体が深いルビー色に輝き始めた。
「このカクテルは……最初にカンパリの強い苦みが舌を刺す。まるで拒絶するみたいに。でも少し待つと、バーボンの温かさとベルモットの甘さがじわじわと顔を出して、最後は全部が溶け合って、複雑で、どこか切ない余韻が残る」
グラスを彼の前にそっと置く。
「飲むたびに、少しずつ表情が変わっていくんです。……彼みたいに、一筋縄じゃいかない味」
彼は無言でグラスを手に取り、氷の音を小さく鳴らしながら一口。
数秒、じっと味わうように目を閉じて、「……ん」とだけ小さく呟いた。
美和さんがくすりと笑う。
「彼さん、会長に褒められてるみたいで照れてる?」
「…してない」
彼さんはそっぽを向くけど、グラスを握る指が少しだけ緩んでいるのが分かった。
俺は二人のグラスが半分ほど減るのを眺めながら、
静かに次の氷を用意し始めた。
狐白はカウンターの足元で丸くなり、白い毛を照明に照らされて静かに眠る。
ジャズの音色と氷の音が混じり合い、Bar if…の夜は、静かに、深く、続いていく。
二人はグラスを傾け、時折視線を交わして小さく笑う。
美和さんがそっと呟く。
「今日は急に予定変えちゃって……ありがとうございます。 でも、この一杯で、今日が完璧になりました。」
彼はグラスを軽く掲げ、触れさせずに乾杯する。
「俺も。わがまま、最高の選択だったよ。また、Bar風花で、この話の続きを聞かせて。」
外の駐車場では、赤いアバルトと白いGRヤリスが静かに佇む。
エンジンの余熱が夜風に溶け、今日の記憶が、二人の心に温かく残る。
Bar風花のカウンターで語られた約束は、こうして、現実の風とエンジン音と花の香りと、白い子狐の温もりと、無線越しに交わされる声と、温泉の余韻と、手打ち蕎麦の味と、オーセンティックなカクテルの静かな味わいに変わった。
そして、二人は知っている——
このドライブは、終わりではなく、また次の約束の始まりだ。
夜の道を、赤と白のテールランプが優しく連なり、Bar風花の灯りが、遠くで静かに待っている。
あとがき
読んでくださってありがとうございます。
この話は「ただ一緒に走って、一緒に景色を見て、一緒にご飯を食べて、一緒に温泉に入って、最後に静かなBarで一杯やる」
という、シンプルで贅沢な一日を描きたかっただけです。
赤いアバルトと白いGRヤリス、無線で繋がる声、ミヤマキリシマのピンク、温泉の湯気、手打ち蕎麦の香り、そして夜のカウンターで揺れるカクテル。
どれも派手ではないけれど、全部が重なって「この日は本当に良かった」と思えるような、そんな記憶の欠片を誰かの胸に残せていたら嬉しいです。
狐白もずっと楽しそうでしたよね。
またいつか、風花のカウンターで「次はどこ行こうか」って話ができたらいいなと思っています。
それでは、良い夜を。
天照(Bar風花)




