第六話「初任務」
朝が来た。
空はまだ薄い青。街は眠りの名残を残している。
だというのに、ギルド前はすでに人だかりができていた。
冒険者たちの会話、武器の音、獣の匂い。生きている音が、早朝の冷たい空気に満ちている。
「じゃ、行きましょうか」
ユーニスの声に、永和はコクリと頷いた。
「うん……いよいよ、初仕事か……」
受けた依頼は、“指定区域に現れた低級魔物の駆除”。
森の中に出現した、小型の魔物を三体倒すというものだ。
初めての依頼としては無難。とはいえ油断は禁物。永和の胸は、少しだけ緊張で高鳴っていた。
◇
森までは街から小一時間ほど。
道中、ユーニスが少しずつアドバイスをくれる。
「いい? 森は生態系があるから、できるだけ魔法は節度を持って使うこと。特に、広範囲に影響が出る攻撃は避ける」
「そ、そっか……うん、気をつける」
「あなたの魔力量は異常だから、ちょっとの出力でも地形に影響が出るのよ。威力を抑えて、精度を上げること。今後、絶対に必要になるから」
「は、はい……っ!」
森の入り口に立つと、緑が目に優しい。
陽の光が木々の隙間から差し込む静かな空間。だがその奥には、確かに“魔物”が潜んでいる。
永和は、ぐっと拳を握った。
「ここが、依頼の森か……」
「静かに。聞こえる?」
耳を澄ませると、ガサガサという音。小さく、だが確かに草をかき分けるような気配。
茂みの影から現れたのは、黒い毛並みの獣。猫と猿の中間のような、三本足の魔物が三体、並んでいた。
「……いた」
「ちょうど三匹。ラッキーね」
「うお、マジか。じゃあ二人で……」
「いえ。あなたが全部、やるの」
「えっ」
「初依頼。練習台には丁度いい。……やれるでしょ?」
「えぇ~~~……」
不安の入り混じった声を出しながらも、永和は前に出た。
「そ、それじゃあ……行きます……!」
まずは出力を抑えて、最小範囲で、ピンポイントに……!
「簡易、魔法っ!!」
ドンッ!!
魔物一体が、破裂するように吹き飛んだ。
地面もめくれ、周囲の草木がざわりと揺れる。
「くっ……ちょっと強すぎた……!」
反省しながら、二体目へ。
「これでも喰らえっ!」
ドドンッ!!
木の幹が裂け、落ち葉が舞う。魔物は姿ごと塵に消えた。
三体目も同じように爆破。終わった時には、三体すべてが跡形もなく消えていた。
そして――
周囲の森の地面に、きれいな大円が描かれていた。
爆風で押し広げられた跡だ。樹皮がはがれ、草が吹き飛び、虫の声も静まり返っている。
「……」
「…………」
視線を感じて振り返ると、ユーニスが腕を組んでいた。
口元は笑っていない。
目が冷たい。
「……何してんの?」
「ご、ごめんなさい……」
◇
森の静けさが戻った頃、ユーニスが再び口を開いた。
「で、討伐の証は?」
「え? 証?」
「ギルドに報告するには、“討伐した証拠”が必要なの。角とか爪とか。体の一部を切り取って持って帰るのが基本」
「えっ……でも、俺、魔物を……全部……粉砕しちゃった……」
「……」
「……ご、ごめんなさいっ!!」
◇
もう一度、森の奥へ。
今度はユーニスが前に出る。
目にも止まらぬ速さで踏み込んだかと思うと、彼女の剣が閃いた。
スパッ、と音もなく魔物の首が飛び、地面に転がる。
二体目も、剣が描く赤い軌跡とともに倒され、三体目は脚を斬られて転ばされ、そのまま首を跳ねられた。
どれも、必要最小限の動きだった。
「すご……」
永和は、口をぽかんと開けて見ていた。
倒れた魔物から、ユーニスが角を切り取って小袋に収める。
「これで三体分。これが証」
「うん……ありがとう……」
戦えなかったわけじゃない。
ただ、“倒すだけ”ではダメだということが、ようやくわかった。
街で魔法を暴発させれば、人を傷つける。
森で大爆発を起こせば、生態系を壊す。
魔法は、強ければいいってものじゃない。
(少しずつでいい、ちゃんと“使える魔術師”にならないと……)
◇
街に戻る頃には、日が暮れ始めていた。
ギルドで報告を済ませ、証の袋を提出。報酬は銀貨三枚。
「初依頼、お疲れ様。上出来、とはいかないけど、まあ……無事だったからいいわ」
「うん……ありがとう。ほんと、色々、勉強になった」
ユーニスは軽く笑って言う。
「爆破以外もできるようになりなさい」
「はい……っ!」
二人で並んで、宿へ向かう。
街の灯りが、静かに二人を照らしていた。