第五話「冒険者ギルド」
冒険者ギルドだった。
酒場兼、受付兼、依頼掲示板兼、喧騒の塊みたいな空間。
「うわ……アニメで見たことあるやつ……」
思わず呟いていた。
外から見れば石造りの落ち着いた建物だったが、中は想像の三倍は騒がしかった。
木の机と椅子が並び、壁には巨大な剣や槍が飾られている。天井の梁には獣の剥製が吊るされ、中央にはドーンと長いカウンター。奥の掲示板には紙がずらりと貼られ、右へ左へと冒険者たちが動いていた。
もちろん、冒険者たちの装備もバラバラだった。
鎧を着込んだ大男、爪付きグローブを嵌めた女剣士、ローブ姿の魔術師、スリング片手の少年、弓を背負った獣人。
まさに、「ファンタジー冒険者ギルドの縮図」って感じだ。
「な、なんかすごいとこ来ちゃったなあ……」
「気後れする必要はないわ」
そう言って、ユーニスは周囲に一切目もくれず、まっすぐカウンターへと向かっていく。
周囲の冒険者がちらりとこちらを見ている気がしたが、永和はあまり気づいていない。
ざわめく酒場の奥、白い制服を着た受付嬢が笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。登録のご用件ですか?」
「ええ、彼の登録をお願い。私が同行者」
「かしこまりました。こちらの用紙に名前と職業をご記入ください」
永和はペンを握りしめ、用紙を見下ろす。
「……名前は……」
丁寧に書く。
村上永和
その下の欄――職業。
(職業、職業……まあ、魔術師、だよな)
そう思いながら書きながら、ちょっとだけ、変な感情がこみ上げてきた。
(“魔術師”って、なんか、ちょっとカッコいいな)
書き終えて、ふふっと笑いそうになっていると――
「ふーん、“魔術師”なんだ?」
ユーニスが、じとっとした視線を送ってきた。
その目には明らかに「爆破師でしょ?」という含みがある。
「い、いいだろ別に! 誰が何て書こうと自由なんだからな!」
「そ、好きにすれば」
(くっそ、ちょっとだけ嬉しかったのバレてる気がする……!)
登録はすぐに終わった。血判も指紋も不要。魔力量を調べる簡易的な魔具に手をかざし、登録証――魔術師カードが発行された。
「登録完了です。村上永和様は“アイアン”ランクからのスタートとなります」
「アイアン……?」
「ランクは下から、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドとございます」
(おお、鉱石ランク……! まさにラノベの世界!)
「ちなみに、私のランクはシルバーよ」
「へー……えっ、思ったより低くない?」
「……どういう意味?」
「あっいや! その! 見た目的にダイヤモンドとかかと思ってて!」
「外見ランクじゃないのよ」
口元だけ笑いながら、軽く肘で突かれた。
ギルドカードを受け取った永和は、手の中のカードを見つめる。
《名前:村上永和》《職業:魔術師》《ランク:アイアン》
(俺、ついに冒険者になったんだなあ……)
◇
「依頼はこの掲示板から選ぶの。ランクに応じて受けられる依頼が違う」
「へえ……」
壁一面に貼られた紙。獣退治、薬草採取、荷物運搬、護衛、迷子探し、果ては“ニワトリに似た魔物が暴れてるのでどうにかしてほしい”などなど。
「どれがいい?」
「これとか。森の魔物討伐。指定エリアに出る低級モンスターの駆除、報酬三銀貨」
「……まあ、悪くないわね。森も慣れてるし」
「じゃ、これにしよう」
二人で依頼書を手に取り、再びカウンターへ向かう。
「こちらの依頼、受けたいです」
「はい、では明日の早朝に出発可能であれば、正式に受注という形になります」
「……明日?」
「はい。依頼は基本的に準備を整えてから出発となりますので」
(え、てっきり“じゃあ今から一狩りいこうぜ!”って感じかと思ってた)
永和は少し拍子抜けしたような表情をした。
けれど、すぐに理由を聞かされる。
「早朝に出発しないと、いい依頼は他の冒険者に先を越されてしまいますからね。依頼の取り合いは毎日のように起きています」
「なるほど……」
ゲームとは違う、“現実の冒険者”の姿が見えてきた気がした。
◇
「さて、じゃあ今日は必要なものの準備を済ませましょう」
ユーニスの指示で、永和は小型の腰ポーチ、地図、乾燥食料、応急キット、そして予備の魔導布などを購入した。
あとは、ユーニスが小さな袋に何かを入れていた。多分、結界石だ。
「明日は朝食も早く取って出るから、今のうちに食べ物買っておいた方がいいわ」
「うん……でも結構お金かかるなあ……」
「初期投資よ。どの世界でも同じ」
「異世界でも資本主義……」
日が暮れる頃、ふたりはギルドを後にした。
結局、ギルド内で誰かに絡まれるようなことはなかった。
多少視線は感じたけど、それだけ。
(案外、大人しい人たちなのかも)
ただ、永和が知らないだけで、ちらちらと彼に視線を送っていたのは、ギルドの冒険者たちではなく――彼の隣を歩いていた、ユーニスに対してだった。
「宿に戻ろうか」
「あ、うん」
外はすっかり夜。
明日の“初仕事”に向けて、夜は静かに、確実に近づいていた。