第三話「簡易魔術」
朝だった。
鳥の鳴き声で目を覚ました永和は、頭上に広がる柔らかな空色に、ほんの少し現実感を取り戻す。
昨日は、爆破。
魔物を爆破。
地面を爆破。
そして寝床も、なんか爆破しそうになってユーニスに怒られた。
「……魔術師って、もっとスマートなもんだと思ってたんだけどなあ……」
ぼやきながら起き上がると、隣でユーニスが焚き火の準備をしていた。
フードを脱いだ彼女の金髪が、朝の光でさらさらと揺れる。
「起きた? 水、汲んであるわよ」
「あ、ありがとう……ユーニスって、ほんと頼りになるな……」
「魔力放出しかできない爆破男よりはね」
「ぐっ……!」
思わず刺さる言葉に、永和は地面に崩れ落ちそうになった。
「今日は、近くの街に行くわよ」
「街……」
「えぇ、チィア王国という国の領土にある、ザキカメアという街よ」
その響きだけで、少し胸が高鳴る。
転生して三日目。ようやく“人のいる場所”に行ける。
「街には何があるの? というか、この世界って、常識とか文化ってどんな感じなんだ?」
「歩きながら話すわ。準備して」
◇
森を抜けて舗装された街道へ出ると、視界が一気に開けた。
土と石を混ぜた道の両脇には、点々と木々が並び、遠くに小さな建物の影が見える。
「まず、“アトリア通貨”ってのがこの辺り一帯の共通通貨。銀貨一枚で、街の宿が一泊できるくらい」
「ほうほう」
「チィア王国の言語は“共通語”がメイン。 文字は後で教える。 種族はいろいろいるけど、今の時期は人族が主流ね。 エルフや獣人、ドワーフもそれなりにいる」
「転生者とかは?」
「少ないし、目立つ。だから魔力とか、力を見せすぎない方がいいわ」
「……すでにめっちゃ爆破してますけど」
「そこなのよね。だから、街ではできるだけ大人しくしてなさい。下手に魔術使うと“呪術師”扱いされるわよ」
「それはヤバそう……」
会話を続けながら歩く道中、突然、草むらが揺れた。
「……来たわね」
「魔物?」
「弱い個体よ。永和、やってみる?」
「お、任された!」
草むらから現れたのは、モグラに似た二足歩行の小動物。丸っこい胴体と黒い目、そして鋭い爪が特徴だ。
が――
「いけっ、俺の! 簡易魔術!」
手のひらを突き出し、息を吐くように魔力を放出すると、ドカンッ!という音とともに魔物が煙の中に消えた。
爆風、風圧、土煙。草木がなぎ倒される。
「……ちょ、ちょっとやり過ぎた? あれ、小動物じゃなかった?」
「やっぱり出力が大きすぎるのよ……まあ、結果オーライだけど」
「もう“爆裂高校生”って名前で生きてくしかないのかな、俺……」
落ち込む永和に、ユーニスは肩をすくめて言った。
「威力だけは一流だから、いいじゃない」
◇
街が見えた。
灰色の石造りの城壁に囲まれた中規模の都市。門の前には人々の行列と、警備兵らしき人物の姿がある。
「ここが……街……」
「“レイナード”っていう交易都市よ。冒険者も多くて、転生者には都合がいい場所」
門を抜けて入った街の中は、まるでゲームのようだった。
石畳の道、活気のある露店、行き交う人々の装備や衣装。
金属鎧に剣を背負った兵士。肩にネコを乗せた獣人の女。浮いてる謎の水晶を操ってる魔術師らしき男。
「すご……」
「まずは宿を取るわ。あんた、何も持ってないでしょ?」
「う……確かに」
◇
「部屋は一つしか空いてないわ。二人で使うしかない」
「えっ……」
宿のカウンターでそう言いながら、ユーニスはさも当然のように鍵を受け取る。
対して永和は、耳まで真っ赤になっていた。
(ま、待て……一部屋って、え、同じ部屋ってことだよな? いやでもユーニスは冷静……え、これ、ドキドキしてんの俺だけ!?)
「……なに黙ってんの?」
「い、いや別に!? べつに全然!? ふ、普通に寝るだけだし! 気にしてないし!!」
「……そ。変なことしたら燃やすからね」
「はい! 全力で健全で爆破します!」
「健全と爆破は共存しないわよ」
半ば引きつった顔で部屋に入った永和は、木製のベッドが一つあるだけの簡素な室内に、とりあえず深呼吸した。
ユーニスは荷物を椅子に置き、軽く背伸びしていた。
(ユーニスって、ほんと綺麗だよな……耳のこともあるけど、それでも美人だし、優しいし)
無駄に鼓動が早くなる自分をごまかしながら、永和は気を逸らすように声をかけた。
「そ、そうだ、装備とか買った方がいいんじゃない? 服もこれ転生時のままだし……」
「そうね。じゃあ、買いに行きましょうか」
◇
街の道具屋で、永和はようやく“それっぽい”格好を手に入れた。
黒い軽装のローブに、ベルトポーチ、魔力の流れを少し補助してくれるという簡易魔導手袋。
「これ……俺が払うべきじゃない?」
「いいわよ、出してあげる。あなた、何も持ってないんだし」
「でも、それじゃ流石に悪いっていうか……何かで穴埋めさせてください。働くとか、手伝うとか、なんでもするから」
そう言った瞬間、ユーニスがくすっと微笑んだ。
そして、さらっと言う。
「じゃあ、今日の夜、一つ頼みたいことがあるの」
「……え?」
「……?」
「ええええええええええ!?!?」
部屋の鍵を握りしめたまま、永和の叫びが、レイナードの夕暮れに響いた。