表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/48

第二話「耳の無いエルフ」

「こっち」


 ユーニスの声は、風に消えそうなほど小さいのに、不思議と耳に届いた。


 その背中を追いながら、永和は森の中を歩いていた。


 相変わらず森は深く、木々の間から洩れる光も少ない。さっき狼に襲われたばかりなのに、ユーニスはまるで恐れを知らないようだった。


「なあ、ユーニスって……エルフなんだよな?」


「だったわ。今はもう違うけど」


 彼女はそう言って、ちらりと振り返った。


 その横顔は、淡い月光に照らされて美しかったが、耳のあたりには、やはり痛ましい傷跡が残っていた。


 エルフの象徴ともいえる長耳を、引き千切られた――そう思うと、永和は言葉を飲み込んだ。


「……ごめん、変なこと聞いたかも」


「いいのよ。別に隠してるわけじゃないから」


 そう言ってユーニスはまた前を向く。


「その代わり、あなたのことも教えて。何者なの? “転生者”ってことで間違いない?」


「うん、多分。高校生だったけど……過労死した」


「かろうし?」


「えっと、勉強とか、進学とかで……追い込まれて……まあ、死んだ」


 ユーニスは一度足を止めて、永和を見つめた。


「バカね」


「だよなあ。ほんと、バカだった」


 ふたりは微かに笑って、また歩き出す。


 やがて森が開け、小さな丘のような場所に出た。見晴らしがよく、空が開けていて、夕日が沈みかけていた。


 草が柔らかく風に揺れ、鳥の鳴き声が響く。


「ここなら安全。魔物も少ないし、結界も張れる」


 そう言ってユーニスは腰を下ろし、何やらポーチから石のようなものを取り出した。


「よし、じゃあ少しだけ、魔術の基礎を教えるわ。あなた、魔力だけはとんでもない量があるみたいだし」


「うん、でも……正直、さっきのも、自分でどうやったのか分かんないんだよな」


「本能的な暴発だったのよ。下手したら、自分も吹っ飛んでたわね」


「えっ、マジで?」


「本気で」


 ユーニスは真顔だった。


「じゃあ、まずは“放出”からやってみましょう。何か形にしようとせず、ただ“出す”だけ。感覚的には、息を吐くように」


「息を……吐くように……」


 永和は目を閉じて、両手を前に出す。


 集中する。


 体の奥に、もやもやとした、熱のようなものがある。それを外に出すイメージ。


「――はっ」


 掌から、青白い光が放たれる。


 その瞬間、ドンッ!という空気の破裂音とともに、前方の地面がえぐれた。


 土煙が舞い、草が焼け焦げ、虫が逃げていく。


「……出すだけ、だよね?」


「……ええ、たぶん、それだけよね?」


 ユーニスも呆れたように目を細める。


 ただ魔力を放出しただけで、地面に爆発的な穴が空いた。


「簡易魔術しかできないっていうか……放出しかできない……」


「うん、でもまあ、それなりに強いな」


 永和は笑った。


 ユーニスも苦笑いしていた。


「基礎魔術すら使えないのに、その破壊力。あなた、ある意味いちばん面倒なタイプよ」


「うん、なんとなく分かってきた。俺、どうやら“魔術師”じゃなくて“爆破師”だな」


「はは……ははは」


 ふたりはしばらく笑った。


 夕日が完全に沈むころには、笑い声は風に溶けて消えていた。



「今日はここで寝るわよ。夜に動くのは危険」


「了解」


 ユーニスは手際よく、結界石を四隅に配置し、簡易的な防護魔法を発動した。


 淡い光が四角く空間を包み込み、虫の鳴き声すら遮られる静けさが広がった。


 永和はその場に腰を下ろし、袋から果物を取り出した。


「これ、食べられるやつ?」


「うん。ユルベの実っていうの。甘くて水分も多いわ」


 一口かじると、梨に似た爽やかな甘さが口に広がる。


「うまい……」


「水もあるわ。泉の近くで汲んできたもの」


「なんか……転生してからの方が、健康的な生活してる気がする」


「前の世界、そんなにひどかったの?」


「うん……ひどかった。いや、俺が弱かっただけかもだけど」


 空を見上げる。


 星が、びっしりと瞬いていた。


 地球の空とは違う、冗談みたいな数の星。どこか幻想的で、美しかった。


「この世界って、どんな感じなんだ?」


 永和の問いに、ユーニスは静かに答える。


「大陸は三つある。私たちがいるのは〈テオルナ〉っていう大陸。その中でも今は辺境の〈レインノス森林域〉よ」


「国家とかあるの?」


「あるわ。いくつも。でも、統一されてるわけじゃない。争いも多いし、魔族や魔物もまだまだいる」


「魔族……か」


 ラノベの設定そのまんまだ。


 でも、それが現実だった。


「ちなみに、転生者ってよくいるのか?」


「そうね……年に一人いるかどうか。あなたで……私が知ってる限り、七人目」


「へえ……結構レアだな」


「ええ。そして、だいたい全員、派手に死んでる」


「えっ」


「異常な魔力量、異質な精神性、そして何より……この世界に合わない“考え方”。それが、早死にの理由」


「……なるほど」


 永和は、自分の胸に手を置いた。


 確かに、さっきの爆破だけでも、自分がどれだけ危なかったかが分かる。


「だから、教えるわ。できる範囲で。あなたが死なないように」


「ありがとう」


 そう言うと、ユーニスは少し照れたように肩をすくめた。


「別に、あんたのことが特別ってわけじゃない。ただ、似てる子がいたからよ」


「似てる?」


「ええ。前にいたの。あなたみたいに、魔力だけは多くて、でも制御できなくて……」


 言葉を濁したユーニスの瞳には、少しだけ哀しみがにじんでいた。


 それ以上は聞かなかった。


 夜風が吹く。


 冷たくて、澄んでいて、どこか懐かしい風。


「じゃあ、今日はもう寝る? 明日からまた、練習しないと」


「うん、そうする」


 二人は草の上に並んで寝転び、ユーニスは小さな光の魔法を灯した。


 暖かい光が周囲を包む。


 眠気が、ゆっくりと永和を包み込んでいく。


「……なんか、不思議だな」


「何が?」


「転生してすぐなのに……なんか、ちょっと落ち着いてる気がする。ユーニスがいてくれるからかも」


「……調子いいこと言って」


 ユーニスはそう言ったが、少しだけ笑っていた。


 その夜、永和はぐっすりと眠った。


 異世界で迎える、最初の夜だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
永和、ユーニスちゃんのこと守れるようになるんだぞ
感動しました。胸に手を置いたところとか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ