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第一話「スキルも、剣術も、召喚も…」

 心臓が、ゆっくりと止まっていくのが分かった。


 脳の奥で、ぶちぶちと糸が切れていく音が響いていた。


「……ああ、もう……無理だな」


 村上永和むらかみ とおわは、机に突っ伏したまま、最期の意識でそう呟いた。


 ――あずま高校。自称進学校のその名のとおり、授業は詰め込み、補習は無限にあり、教師の口癖は「国公立が全てだ」。


 毎日、三時間睡眠。昼休みはセンターのマーク模試の自己採点。夜は二十二時に学校を出てからの、塾。


 それを三年間、真面目にこなしてきた。


 それでも、第一志望に落ち、第二志望にも届かず、滑り止めの私立は親に許されなかった。


「国公立以外は進学と認めん。金の無駄だ」


 父親の言葉を思い出しながら、永和は最後の一枚の英語長文問題を見つめていた。


 そして、落ちた。


 目の前が、すとんと暗くなる。


 まるで、深い井戸に落ちていくように。


 静かで、冷たい――死だった。



 目が覚めたとき、永和は自分が裸で、どこかの泉に浮かんでいるのを知った。


 肌は温かい湯に包まれ、空は青く、森のざわめきが耳に届いてくる。


「……え?」


 戸惑い、立ち上がる。湯の中から出た体は、なぜか痛みも疲れもなかった。


 鏡のような水面に映る自分の顔は、そのままの十八歳の姿。死ぬ前と変わらない。だが、確かにあのとき、自分は――


「死んだんじゃなかったのか……?」


 すると、頭の中に、誰かの声が響いた。


『ようこそ、転生者よ』


 反射的に後ずさったが、周囲には誰もいない。


『お前は死に、選ばれし存在として、我が世界に転生した。代償として、能力は一切与えられない。ただし――』


「……ただし?」


『お前には、ただひとつ、“魔力”を与えよう。常人の千倍、万倍の、計測不能な魔力をな』


「……いや、それ、使い道ないと意味なくね?」


 永和は思わず、突っ込んでいた。


 スキルも、剣術も、召喚も、何もない。


 魔力だけあっても、それを使う術がなければ、意味がないではないか。


『ふむ……それは己で見出すが良い。我が世界で、生きよ』


 声はそれきり、消えた。


「……マジかよ」


 泉のそばには、なぜか服と靴と、水筒、そして謎の果物の入った袋が置いてあった。


 永和はそれらを身に付けながら、静かに呟いた。


「……異世界、ってことだよな」


 頭のどこかで、「ラノベっぽいな」というツッコミが浮かんだが、すぐに現実感に押し流される。


 空の青さ、森のざわめき、肌を刺す風の冷たさ。夢ではない。


 永和は、一歩、森の中へと踏み出した。



 森は深かった。道らしい道もなく、獣の鳴き声と、不穏な気配ばかりが漂っていた。


 空腹がじわじわと胃を締め付ける。


 朝も昼も何も食べていない。転生してから時間の感覚が曖昧だが、腹の音がすべてを物語っていた。


「……あの果物、食っとくんだった」


 後悔しても遅い。もう森の奥まで来てしまった。


 そんな時だった。


 木々の向こうで、何かが動いた。


 カサ……という音とともに、低く唸るような声が響く。


「……っ」


 狼だった。


 灰色の体毛に、血の滲む牙。三匹いる。その目は、確実に永和を「獲物」として見ていた。


 足が、震えた。


 逃げても無駄だと直感する。


 目の前の狼は、狩り慣れていた。素人の動きなど見透かしている。


 死ぬ。


 また死ぬ――


「やだ……やだ……!」


 永和は無意識に叫んだ。


 その瞬間だった。


 空気が震えた。


 体の奥底から、溢れ出すような熱が、一気に弾け飛んだ。


 眩い光が爆発する。


 風が巻き、森がうなり、狼たちはその場で動きを止めた。


 次の瞬間――


 ズドンッ!!


 轟音と共に、光が狼を焼き払っていた。


 焼け焦げた匂いと、熱気と、震える木々。


 そして、永和の手は、なおも蒼く輝いていた。


「……な、なに、今の……」


 呼吸が荒い。だが、確かに「使えた」。


 スキルではない。呪文でもない。


 ただ、死にたくないと願った時、魔力が暴発し、敵を焼いた。


「魔力……か」


 その力を、使えるということだけは、分かった。


 そしてその時、背後から、足音がした。


 ぱさり――と落ち葉を踏む、軽やかなそれ。


「……やりすぎよ」


 女の声だった。


 振り返ると、そこに立っていたのは、一人の少女。


 金色の長髪に、黒いフードをかぶっていた。


 けれど、永和はすぐに気づいた。


 彼女の耳が、なかった。


 いや、正確には――引き千切られたように、両耳が欠けていた。


 昔につけられた傷のようだったが、ひどい傷跡である。


「あなた、転生者?」


 少女の目は、澄んでいて、どこか冷たい。


「え……いや、あの、そう……なのかな」


 動揺する永和に、少女は近づいてきて、彼の手のひらに触れた。


 そこにはまだ、魔力の痕が淡く残っていた。


「……すごい量の魔力。だけど、制御がまるでできてない」


「まあ、今初めて使ったから……」


 少女はふっと笑った。


 だがその笑みは、どこか寂しげだった。


「あなたみたいな子、初めてじゃない。だけど、長くは生きられないわ。そのままだと、いずれ暴走して、死ぬ」


「……っ」


 少女の手が、永和の額に触れた。


「名前は?」


「村上永和……むらかみ、とおわ」


「そう……私はユーニス」


 彼女はそう名乗ると、フードを外した。


 耳のないエルフ――その正体を、はっきりと見せるように。


「ついてきなさい。まずは、魔力の扱い方を教える。死なせたくないから」


「なんで、そんな……」


 少女――ユーニスは、背を向けながら呟いた。


「昔、助けられなかった子がいるの。……あなたには、間に合うかもしれないから」


 その背中に永和は知らず知らず、異世界の森の中、足を踏み出していた。

第一話をお読みいただき、ありがとうございます!!

これからどんどん話が盛り上がっていくので、是非たくさん読んで欲しいです!!

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面白すぎてワロ死
とってもおもろしかったです。面白さ倍増したら縦読みでした
最高です。縦読みすると面白さが倍増しました
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