リファインのこと その2
現在ハルジャーが司教となった地区は、今日もみんなの笑顔が光る。
無事に成長した孤児達が、孤児院に少額ずつ寄付をしたり、ルカーニの祖父や伯父の伝手で、作成した衣服や刺繍小物が王都で売られるようになり、収入が増えたことも要因だ。
そればかりでなく、ベルナと結婚したジャックは、孤児や教区の子供達に狩りの仕方や戦闘訓練を行って、狩猟仲間を増やし、毛皮や牙等を衣類作り用に寄付をしていた。
肉はまだまだ貴重なので、毎回教会には分けられないが、産業が出来たことで経済が少し良くなり、生活水準は上がっていた。
就職した孤児達が寄付を出来るのが、何よりの証明である。
孤児達だって今までよりも頑張ってバザーの小物を作ったり、ジャック達大人に付いて森に行き、薬草や果物を採取して貢献していた。
さらに孤児が以前よりかなり減っている。
子供を手放す人が、減ったと言うことなのだろう。
◇◇◇
ルカーニはもうベテランシスターになり、ニルフは神父になっていた。
「お疲れさまです、ルカーニ。少し休憩しませんか?」
「そうですね。じゃあ、少しだけ休憩しますか。
まあ、ニルフ。
これはクッキーじゃないですか? どうしたんですか?」
「ああ、これは欠けたから売れないそうです。孤児院の子が持ってきました。私達にと。はい、お茶淹れましたよ」
「ありがとう、ニルフ。それにしてもクッキーなんて、あの子達だって食べたいでしょうに。
……分けてくれたのね。ありがたいことです」
心から嬉しそうにする彼女を見て、ニルフも嬉しくなる。
「貴女に食べて欲しかったのでしょう。
6才からここで暮らす貴女に。
もし外へ仕事に出れば、甘味を買うくらいは賃金を貰えるでしょう。
そうせずにここで頑張っているのですから、感謝してるんですよ」
「そうですかねえ? 私はもう、十分に幸せだけど」
「孤児院の保育士だって、今なら昔より賃金が上がったのですよ」
「それは良いことですね。子供の世話は大変ですから」
「貴女が一番、子供に関わっていたでしょう。
保育士が殆どいない数年間は、若い貴女が一日中動いていたでしょうに」
「どうでしたかね? ああでも、ニルフが可愛かったことは思い出しますよ。
黒髪の青い瞳で、まだまだ小さい手で私の指を握ってくれた天使。
こんなに大きく成長して、本当に嬉しいわ」
「ルカーニ、私はもう大人ですよ」
「分かってますよ。もう成人してますものね。いつお嫁さんを見せてくれるのか、楽しみです」
邪気なくニコニコと笑う彼女にからかわれ、顔を赤くするニルフは言ってしまいたかった。
「結婚して下さい」と、大声で。
もし言えたなら、良いと言われたらどんなに幸せだろう。
けれど冗談だと思われたり真剣に断られたら、この日常もぎこちなく変化してしまうかもしれない。
そう思い続け、ニルフは18才に、ルカーニは31才になっていた。
(可愛いニルフ。彼は私が拾って育てた子供のようなもの。結婚されたら泣いてしまうかもね)
◇◇◇
そんな穏やかなルカーニとは逆に、異母弟のリファインは彼女の住む場所を見つけていた。
ルカーニが20才の時。
リファインは、王都から遠く離れた子爵邸に訪問していた。
そしてルカーニの母方の祖父母と、彼女の母の兄である伯父のルヴァンに謝罪し、影ながら彼女の援助をしたいと申し出ていた。ルヴァンの妻ルビーナは商会が忙しく、この場には不在だ。
「僕が悪いんです。僕が姉さんを追い出したから。
それでもいつか謝りたくて。
でもまずは僕が出来ることで、みなさんに様子を見て欲しいのです。
協力して下さい、お願いします」
深々と頭を下げたリファインは、涙を浮かべていた。
その姿を見るルヴァンは、彼の様子を、正確には人を雇って伯爵家の動向をずっと探っていたので、リファインの気持ちは知っていた。
けれど下手に手を差し伸べれば、ルカーニが父親に利用されたり、義母に命を狙われるのではないかと懸念していた。
その沈黙を破るようにリファインは告げた。
「ご存じのようにクラビット伯爵家は、姉さんの葬式をあげて、死亡届けも出しました。
僕は余計なことは両親には言いませんし、名を明かすつもりはありません。
遠い将来に、僕か姉さんのどちらかが亡くなりそうになったら、姿を現そうと思います。僕が動けなければ手紙を出そうと。もし姉さんが先なら、一度会いに行けたらと思っています。
出来るならば、シスターになった彼女の為に、教会に援助をしたいと思っています。
…………それも駄目でしょうか?」
ルヴァンも、ルカーニの祖父母も、彼の覚悟を知ったのだった。
「それなら一緒に、ルカーニに寄付を送ってあげないか?
彼女のいる教区は、発展が遅れている。
遠すぎて支援も途中で中抜きされて、僅かしか当たらないそうだ。
輸送賃と言われれば、何も言えないらしい。
酷いだろ? フフフッ」
ここに来て初めて微笑まれたリファインは、嬉しくてまた涙を滲ませる。
「是非僕にも、お手伝いをさせて下さい。
今までは姉さんの捜索に当てた資金を、教会へお持ち下さい。
資金稼ぎに投資も学びましたので、その伝手で王都の商会にも少しは顔も利きます。
長い間人探しで繋がったギルドとも接点もありますので、輸送時の護衛代も僕が資金を出します!」
なんて提案をした彼に、「それはすごいな」と感想を述べたルヴァンだった。
けれどルヴァンは付け加える。
「なあ、リファイン。資金援助も大事だが、お前は伯爵家もちゃんと守るんだぞ。
貴族であるクラビット伯爵家が、後ろ盾としてあれば、ルカーニがいざと言う時に守ってやれる。
もし彼女が望めば、貴族籍にも入れられるだろう。
そん時はまあ、お前の両親が隠居か死んだ後かもしれないけどさ。
ルカーニが結婚して子供が出来れば、お前に頼ることも出来るように、そっちも頑張れよ。
だから、全部なくそうとするな。
良いな!」
「はい、分かりました。いつか姉さんに渡せるように、立派にしたいと思います」
「うんとな。それもさ、あからさまにすると、他の上位貴族に恨まれそうだから、ひっそり金を貯めた方が良いかもよ。
あまり目立つと、お前の両親が散財するだろうし。
特にお前の母親、男に貢ぐだろ?
せっかく稼いでも、それじゃあ辛いからさ。
後お前もちゃんと趣味を持たないと、ルカーニにあった時話が続かないぞ。
まあ結婚したり、子供の話もありだと思うけど。
聞いてなかったけど、お前は婚約者いるの?
え、居ないの?
ああ、母親がトラウマ?
まあ、そうだな。
でも良い人もきっといるから、諦めるなよ。
じゃあ、王都での販売はお前に託すな。
よろしく!」
ってな感じで、販売経路が整ったのだった。
ルカーニの教区から子爵領地までは、ルヴァンが担当し、子爵領地から王都まではリファインが担当した。
そして空の馬車には日持ちする小麦やそば粉、砂糖を乗せて、王都から教区へ戻るのだ。勿論寄付として。
◇◇◇
そんな生活が、人知らず9年続いていた。
リファインは29才、ルカーニは31才である。
未だに結婚していないリファインは、時々長期で子爵領に行く為、恋人がいると噂された。
子爵領にはルヴァンの子で、ジャックの弟ニックが次期子爵として同居している。
その娘が13才となり、婚約者として迎えられるのはないかとの話も勝手にされていたのだ。
可愛らしい少女だが、リファインにはそんな気はない。
「リファインさんは、もしかして男性が好きなのですか?」
淹れて貰った紅茶を吹き出すリファインに、ニックとルヴァンは大笑いした。
「確かに女っ気ないからな。そんな奴は噂になるんだよ」
「違うよ、ケイトリー。そんな訳ない。女性と付き合ったこともないのに、男がどうとか……。僕はショックだよ」
落ち込むリファインに笑うケイトリーは、軽く囁いた。
「それなら白い結婚前提で、私と婚約しましょうか? それならもう、噂されないよ」
「駄目だよ、そんなこと言っちゃあ。
ケイトリーには普通に幸せになって欲しいもの。
それに成人前から意味も知らずに白い結婚なんて、絶対言っちゃ駄目。
悪用されたら大変だよ。
君は白い結婚で良いと言ったとか、言わないとかって」
両親の美貌輝くリファインの顔は、若く美しかった。まだ20代前半に余裕で見える。
そんなおじさんに嫁ぐと気を使わせ、さすがにその日はへこんだ彼だったが…………。
ケイトリーは以前から、父ニックに言っていた。
「もし30才過ぎてもおじさんが独身なら、私が結婚しても良いよ。優しいし、格好良いけど抜けてるから好きだし」
最早、憐れみとも取れる発言だった。
「……お前は、そんなこと気にするな。でもあの美貌に馴れたら、他の子爵領地の男では目に入らないか?
まったく罪作りだな、リファインは」
なんて諦めのため息を吐いていたから、満更ない訳でもないのだろう。
そんなこともあり、少しずつルカーニの住む教区は暮らしやすくなっていったのだ。