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リファインのこと その1

「まだ姉さんは見つからないのか? いったい、何処にいるのだろう? やはり、もう駄目なのか? ああっ」



 ルカーニの異母弟リファインは、家庭教師の授業以外は一切部屋から出ず、食事も部屋で食べていた。


 当時4才の時、義理とはいえ姉が失踪したことで、ショックを受けてしまったのだろうと、まわりの人間は思っていた。

 

 本当は実母による異母姉の虐待を知り、(とど)めのように自らが彼女(ルカーニ)を追い出したことに、強い負い目を感じて打ちひしがれていたのだ。


 その気持ちは10年を経ても変化せず、強制参加の王家のパーティーでは、憂いを帯びた顔を見せることになった。

 美形なガラナルとフランベーナの遺伝子は伊達ではなく、ひょろりと伸びた長身で長い足と美しい(かんばせ)は、多くの女性の心を惑わせた。

 長過ぎる睫毛が瞬く度に、潤んだ金の瞳が輝くようで歓声があがる。



「なんて繊細なお方。守って差し上げたいわ」

「もしかして涙かしら? まだ失踪したお姉さまのことを思って、悲しまれているのね」


「優しいわ。私の婿になれば、生涯お支え致しますのに」

「ほほほっ。貴方のお顔では、選ばれませんことよ」


「なんですって」

「だって……。失踪されたお姉さまも、かなりの美しさだったそうですから。ねえ?」


「……そんなに澄ましていらしても、貴女の顔も私と大差ございませんことよ」

「なんですって。もう1回言ってご覧なさいな」


「まあ、まあ、お二人共。リファインに様は私が嫁ぐ予定ですから、心配なさらずに」


「「「「何ですって! 何を勝手に!!!」」」」

(ああ、何人か参戦しているぞ。何か恐いな、あそこ)


 パーティーに参加している女性達は、老いも若きもリファインに興味があるようだ。


 面白くないのは男性陣だ。

 嫉妬を隠さぬ顔で、鋭くリファインを見てしまう。


 王家主催でなければ、そこそこ人気のある公爵や侯爵令息達は、たかだか伯爵家の人間が騒がれることにプライドが刺激される。


(俺だって格好良いのに。何だよ女みたいに痩せすぎじゃない?)

(顔だけだろ? 俺は金も地位(爵位)も、筋力だってあるのに。見ろよ、この前腕二頭筋。惚れるだろ!)

(くっ、女達も大概にしろよ。選ぶのはこちらなのだから)


 言いたいことがあれど、貴族の仮面でそれを隠す狡猾さは健在だ。涼しい顔で受け流す余裕がある。

 寧ろ騒がしい女達を、見定める機会としている者もいる。



 それほどの地位はなくとも、美形だと自覚する男達は、女性陣の評価に納得がいかない。


(俺の方が鼻筋が通っているだろ?)

(僕の方が可愛い顔なのに。プンプン)

(この俺様の魅力が分からないなんて、お子様だな。夜のマナーも、男の器量には含まれるんだぜ!)

 などと思い、敵対心をバリバリに燃やす。



 けれどリファインはそれらの視線に気づいても、ただただ鬱陶しく早く帰りたいだけだった。

(先月のお小遣いを投資に当てて、かなり利益が増えたから、これで少し遠くまで捜索を頼めそうなのに。

 こんな意味のないパーティーなんて、どうでも良いのに。はぁ)


 もう、ため息も止まらないほどに。 


 嫡子である彼に取っては、将来の伴侶を見つけたり、高位貴族との繋がりを結ぶ場でもあるのだが、普段から引きこもりの(リファイン)には、理解は出来ても受け入れられなかった。


 彼の生きる目的は、姉であるルカーニを探し出し、謝罪して彼の全ての資産で償うことだった。

 彼にとっては、それ以外は意味を成さない。


 10年前の後悔の時から、自分に絶望したたった一つの希望なのだ。


「貴女が望むなら、その場で命も捧げますから。どうか生きていて…………」




◇◇◇

 その様子を知るララナの兄、ルヴァンは、この10年間ずっと彼を見て来た。

 正確には人を雇って動向を探っていた。

 ルカーニの生存が(つまび)らかになり、再び悪意の矛先が向かないように。


 実の父であるガラナルさえ捜索を諦めたルカーニを、(リファイン)は手持ちの資産を増やしながら、内密に調べていた為、警戒していた。


 パーティーに出掛けても興味ない態度を貫き、未だに婚約者も決まっていない。

 彼に甘いフランベーナからも、婚約者を持つことを拒否する彼を許し、「好きにして良い」と許可していた。

 ガラナルに相談することもなく。


 彼女は切れ長の涼しげな目をした、美しい息子をこよなく愛していたので、婚約者となる女に渡したくなかっただけだ。


 彼女があれほど執着していたガラナルは、シワやたるみが年相応に現れ、やや容姿が衰えていた。とは言っても、30代後半の彼は、美形である部類である。

 人によっては優しい雰囲気が加わり、その顔の方が良いと思う人もいたほどだ。いわゆる大人の魅力である。


 フランベーナも同じ年であるので、それなりにたるみも出ているのだが、好みは若い時のままである。

 自分に甘い彼女は、自分は若いままだと錯覚している。


「フランベーナ様はお若いです。

(化粧で隠しているだけでしょ。厚塗り過ぎて笑える。ぷくくっ、必死すぎ!)」


「さすがにお手入れが違いますね。

(高い美容液も全然効いてないわね。シミが増えてるわよ、くくくっ)」


「同世代で一番美しいですわ

(そんな訳ないでしょ? 本当に綺麗な方は別にいるわよ。

 元からあんたくらいの美人は、貴族なら珍しくないもの。似たり寄ったりなのに、一番って! 目が悪いのね、きっと)」


「ほほっ、当然よ。お父様に言って、美容の為にお小遣いを貰っているのですもの。ドレスも宝石も、伯爵の妻資金では買えない物ばかりよ。お父様は私を愛しているのだから、当然ね」


 折檻を避けたい侍女達が煽てるから、本人はそれを信じたままでいる。薄々気づいていても、嘘に縋りたい気持ちは理解できるが。


 だから未だに美しいつもりの彼女は、自分に相応しい(と謎の上から目線で)若い美形が好きなままである。

 息子でなければ、リファインはドストライクだったろう。


 その為に夫のガラナルを放置して、数人の愛人を囲う彼女は忙しい。

「よく孕まないな、勘違いの毒蛾は」と、彼女を昔から知る男達が貶めて揶揄するほど、奔放に拍車がかかっていた。それには彼女を制御出来ない、夫への侮蔑も滲ませて。


 ガラナルはそれらに対し怒りと羞恥し、彼女へ少し控えるようにと苦言を呈するも、逆に怒りを返されることが多かった。


「何ですって。私はリファインと言う後継者を生んだのだもの、少しくらい良いでしょ? 

 みんな愛人の1人や2人いるわよ。 

 そもそも貴方が老けすぎなのが悪いのよ。

 もっと美容に気を使いなさいよ。

 私に相応しい男になってよ!」


 これがフランベーナの言い分だ。

 だが普通に多忙な中年は、王宮の仕事も中間管理職で大変だし、領地経営でもやることが盛りだくさんだ。

 夫の仕事を援助するはずの妻は、男達との交流が忙しくて、家政管理さえ執事に丸投げであるのに。


 若い時は確かに、無邪気な彼女を愛していたガラナルだったが、ルカーニが失踪した頃から本性を現した彼女(フランベーナ)に違和感を生じていた。

 このパーティーの最中でさえ、ガラナルと一曲ダンスを踊った後には姿を消していた彼女に。



(結婚前は情熱的に愛を語っていた彼女は、今では見向きもしてくれない。あの言葉も本心だったのだろうか?            

 それにルカーニのことも……。

 今の彼女は昔と変わってしまった。

 いや、今の彼女が本性なのか?)


 漸く彼女と向き合い始めたガラナルもまた、彼女への愛が冷めていることを認識したのだった。



◇◇◇

 (フランベーナ)とは別の馬車で自宅に戻ると、家令ベンネルに任せきりのリファインについて、気まずそうに尋ねるガラナル。


「リファインは普段、部屋で何をしているんだ?

 勉強のことは優秀だと聞いている。

 他には何をしているのか、教えてくれないか?」


 家令はそんなことも知らなかったのかと、呆れる顔を隠しもせず、「一言では難しいです。直接お聞きしてみては?」と、答えを濁した。


 確かに仕事にかまけ、家庭を省みなかった自覚はあったが、何も教えてくれないのはどうかと思うのだが。


 その為、さらに問い詰めると、「リファイン様に聞かず、私が答えて良いのか判断に迷いますので」と、再び直答を避けられてしまう。


「フランベーナ様や彼女の小飼に聞かれますと、面倒ですので、是非お二人で話すことを推奨致します」


 慇懃無礼なその様子に、それ以上何も言えず口を(つぐ)む。



 そして決意をして、ノックした息子の部屋を訪ねたのだ。


「俺だが、入って良いか?」

「……散らかっていますが、それで良いならどうぞ」

「ああ、構わないよ」


 通されたリファインの部屋は、壁に大きな地図が貼られていた。

 そして至るところに、赤字でばつ印が付けられていたのだ。


 床にはあらゆる分野の本が積み上げられ、部屋を占拠する勢いだ。


(確かに家庭教師からは、リファインが優秀だと聞いていた。

 けれどいくら専門的な学問を学ぶにしても、この本の量は以上だ。

 全部読んだと言うのか?

 それに…………、本以外何もない部屋だ。装飾品も衣類も最低限のようだ。

 いったい、どうなっているんだ?)



 疑問が尽きないガラナルだが、振り返った息子(リファイン)の顔色の悪さに驚愕した。

 パーティーで時々見る息子は、化粧で顔色の悪さを隠していたようだ。


 だって久し振りに近くで見る彼は、蒼白くて痩せていてかなり不健康に見えたから。


「ど、どうしてそんなに痩せているんだ? 食事はしているんだろう?」

 驚いて問う父親(ガラナル)に対し、リファインは本に視線を移しながら答える。


「していますよ。食べないと死ぬでしょう?」


 それだけの言葉なのに、ガラナルは胸を抉られた自分に気付く。


 それは遠い昔に聞いた言葉と、リンク(連結)していたからだ。

「どうせ出て行かなければ、餓死してたわよ」と、かつてフランベーナが放った言葉。



「あぁ、リファイン。お前はずっと、ルカーニのことを気にしていたのか。だから……極力食べずに願掛けでもしているのか?」


 父親の発言を落胆するように、ため息を落とすリファイン。


「お言葉ですが、願掛けが叶うなどとはずいぶんメルヘンチックですね。そんな他力なことは、10年前にやめましたが」


「10年前……」

「ええ、10年前です。力ない私は、貴方と母に姉上の捜索を願いました。

 けれどその場では探すと約束してくれましたが、ついぞ実行はされませんでした。

 使用人に頼んでも無理だと言われました。「奥様に逆らえば命はない」と言われ、引き下がるしかありませんでした。

 だから私は家庭教師に相談し、資金を増やす方法を学びました。

 与えられた小遣いから工夫し、資金を増やしました。それを利用し独自で人を雇い、姉さんを探しています。


 それを貴方は止めますか?

 親の意向に逆らい、姉さんを探していたのですから。


 もしくは資金を取り上げますか?

 元は伯爵家のお金ですから」



 表情を変えないものの、冷ややかな息子の視線に息が詰まる。


「いや、そんなことはしない。フランベーナにも言わないよ」


 するとリファインはニッコリと笑った。

「そうですか? 良かったです。貴方は母の機嫌でも取っていて下さい。これからも…………。

 もう良いですか? 

 意外と忙しいのですよ、これでも」


「ああ、すまないな。失礼するよ」



 ガラナルはやや覚束ない足取りで、息子の部屋を後にした。


 遠い記憶の中で、息子(リファイン)の泣き顔が思い出された。

「僕の約束など、守ってくれる気はないのですね。

 姉さんを探すのは嘘だったのですね。

 僕はもう、お二人を頼ったりしません!」


 それからだ。

 食事で顔も合わせず、滅多に姿も見なくなったのは。


 俺は仕事が忙しく、フランベーナは外出ばかりで、幼いリファインに構ってやれなかった。

 

 いいや、それは言い訳だな。

 子供なんて単純で、すぐに機嫌は治ると思って放置していたんだ。

 

 今頃まで気づかないなんて、親失格だ。


 その間も、あの子は姉を忘れずにいたんだ。

 自分の力を全力で使い、出来ることを積み重ねて。


 どうして、気づかずにいられたのだろう?

 たぶんもう、一人しかいない大切な子供のはずなのに。


 何も見えていないのは自分の方。

 フランベーナの言いなりになる方が楽で、従っていただけだ。

 息子のことなど、何も考えてこなかった。

 関心が薄かったことが、何よりの証拠だった。





 その夜。

 ガラナルは考え続け、ぼんやりとだが答えを見つけることが出来た。


「もう遅いかもしれない。けれど…………、やるしかないと思うんだ。……今まで、すまなかったね」


 そして彼も、自らの身体をかけて動き出すのだった。


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