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それからの事、健太はしばらく悲しみに明け暮れていた。まるでひどい夢を見ているかのようだ。だが、それは現実だ。なかなか受け止められない。どうして1日で2人とも失われなければならないんだろう。何も悪い事はしていないのに。ただ、幸せに生きていただけなのに。それに何の罪があるんだろうか? どんなに問いかけても、答えが見つからない。
「あの時、救えたかもしれないのに・・・」
「確かにそうだ。だけど、あちこちで起こってたから、そっちに回らなかったんだ」
健太は顔を上げた。そこには、隣に住む間宮がいる。間宮は長年寄り添った妻を失った。子供たちは独立し、別の街で暮らしている。阪神・淡路大震災を知って、ここに駆け付けたという。母を失ったショックからなかなか立ち直れないという。
「ひどいよ・・・」
健太は泣き出してしまった。あまりにもひどすぎるよ。
「その気持ち、わかるよ」
「ありがとう」
と、誰かが健太の肩を叩いた。会社の同僚の中村だ。中村の家族はみんな大丈夫だったが、家は倒壊した。避難所で寒そうにしている。
「大丈夫か?」
「家族がみんないなくなって、やる気が起きないんだよ」
健太はやる気が起きなくなっていた。阪神・淡路大震災が起こる前は、守るべき人がいて、そのために働いていた。だが、阪神・淡路大震災で全てを失ってしまった。これから自分は、どうやって生きていけばいいんだろう。全く見いだせない。
「わかるわかる。立ち直ってよ。また頑張ってよ」
だが、中村は励まそうとしている。きっとまた、新しい人が現れ、結婚するだろう。そしてまた、守るべき人を見つけられるだろう。だから、もっと頑張って。
「うーん・・・」
だが、健太の表情は浮かれない。幸せな家庭を築こうと思ったのに、あっという間に消えてしまった。
「しっかりしろよ!」
「なんというか、生きる意味がなくなったみたいで」
中村は思った。生きる意味って、何だろう。今まで普通に生きているけど、生きる意味を考えた事がない。それはいったい、どういう事だろう。
「生きる意味?」
「働いて家族を支えたいという目標がなくなってしまった。亡くなった今、どうやって生きればいいんだろうと思って」
健太は家族を守るため、豊かにするために仕事を頑張ってきた。だが、阪神・淡路大震災で家族を失ってしまった。そして、頑張る意味を亡くしてしまった。これからどうすればいいんだろう。全くわからない。
「健太さん・・・」
間宮も健太を向いた。間宮も健太が心配になった。あまりにもショックだったんだろう。だが、直に立ち直るさ。そして、また歩き出すさ。
「元気出せよ」
「どうした?」
その時思った。もう守るべきもの、愛するものがいなくなってしまった。もう、実家に帰ろうかな? 実家でひっそりと暮らそうかな?
「もう俺、実家に帰ろうかな? 実家で暮らそうかな?」
彼らは驚いた。会社があるのに、何を言っているのか? みんな、健太がまた頑張ってくれるだろうと思っているのに、どうして?
「本当? 今の会社のほうがいいよ」
「家族をみんな失ったんだ。もうやる気が起きないんだ・・・」
健太はもぬけの殻になっていた。家も失った。俺はこれから、どうすればいいんだろう。どんなに問いかけても、その答えが見つからない。
「健太さん・・・」
中村は思った。そこまで言うのなら、実家に帰ったほうがいい。ここで起こった出来事を忘れるために、ここから離れるんだろう。その考えには賛成だ。
「わかった・・・。もう止めないよ・・・」
「こんな理由で申し訳ないね」
健太は申し訳ない気持ちでいっぱいだ。こんな理由で会社を辞めて、実家に戻るのを許してくれないだろうなと思った。だが、すんなり許してくれた。
「いいんだよ」
だが、健太にはやりたい事がある。それは、ボランティアだ。必要ならば、ボランティアに出て、何らかのお手伝いをしたいな。そうすれば、2人を救えなかった罪償いになるのでは?
「で、もう1つ思ってる事があるんだ」
「何?」
2人は驚いた。何を思っているんだろう。はっきり話してほしいな。
「もし必要なら、ボランティアをやってみようかなと」
「ボランティア?」
中村は驚いた。ボランティアをやるとは。どうしてそう思ったんだろう。まさか、阪神・淡路大震災を目の当たりにして、自分もボランティアをしてみようと思ったんだろうか? その考えに、自分は賛成だ。頑張ってみてよ。
「苦しんでる人がいたら、助けたいという気持ちがあるんだ」
「そうなんだ・・・」
健太は思った。1人でも多くのボランティアがいれば、多くの人々を救う事ができたんじゃないかな?
「あの時、1人でも多くボランティアがいれば、助けられたんじゃないかと思って」
「うーん・・・」
「そう思う?」
2人ともその考えに納得だ。止めはしない。頑張ってみてよ。
「・・・、確かにそうだね。あの時、1人でも多くいたらって事、あったよね」
「ああ」
2人とも納得した。あの時、もっと多くのボランティアがいて、救助する人がいたら、もっと多くの人が救えて、犠牲者が減ったのでは?
「だから、行くべきかなと思って。それが、家族を守れなかった自分への仕事だと思って」
「そうなんだ・・・。いいじゃない」
健太はため息をつき、天井を見上げた。そんな自分を、天国の2人はどう思っているんだろう。今すぐ聞きたいな。だけど、目の前に2人はいない。
「ありがとう。とりあえず、3月で神戸を離れて、実家に戻るから」
と、2人は思った。実家に帰っても、また会いたいな。その時には、神戸はどれだけ復興しているんだろう。そして、どんな日々を送ってきたのか、ともに語り合いたいな。
「また会いたいな。これまでの人生を語り合いたいな」
「いいじゃない」
阪神・淡路大震災から、神戸はどれぐらいで復興するんだろう。そして、復興後の神戸はどんな姿になるんだろう。またいつか、一緒に見たいな。
「これから復興するまで、どれぐらいかかるんだろう。わからないけれど、早く復興してほしいな。そして、また行きたいな」
「そうだね」
そして健太は、4月に実家に帰っていった。だが、それ以来、神戸に帰った事はないという。