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それは1995年の1月17日の出来事だった。その日、健太は大きな揺れで目を覚ました。普通では起きない5時46分だ。どうして揺れるのか、わかっている。地震だ。だが、これまでで経験した事のない大きな揺れだ。何が起こっているのか、理解しているのに、焦っている。これほどの揺れでは、家が崩れないか心配だ。そして、火災が起きないか心配だ。
「な、何だ?」
「地震だ!」
声を上げているのは、妻の美幸だ。隣の部屋にいる美幸もパニックになっている。隣にいても、声でその様子がわかる。そしてその部屋には、4歳になる長男の宙もいる。2人は大丈夫だろうか? 健太は不安になった。
揺れが収まり、健太はゆっくりと歩きだした。部屋の扉を開け、隣の部屋に行こうとした。幸いにも、廊下は問題ないようだ。だが、火災の不安がある。
「うわああああああ」
と、宙の声が聞こえた。何が起こったんだろう。健太は扉を開けた。そこには、家具の下敷きになっている美幸と宙がいる。まさかこんな事になるとは。早く助けないと。
「お父さん・・・」
健太は部屋にやって来た。家具をどかそうとした。だが、家具は重たくて、なかなかどかない。
「宙、大丈夫か?」
「大丈夫・・・。だけど、動かない・・・」
と、焦げ臭いにおいがした。まさか、火事だろうか? 今さっきは見えなかったけど、どこで起きているんだろうか?
「えっ!?」
「か、火事!」
美幸にもそれがわかった。早く逃げないと。だけど、下敷きになって動かない。
「美幸!」
と、何かを思いついて、美幸の表情が変わった。何だろう。
「あなた、早く逃げて!」
健太は驚いた。何を言っている。一緒に逃げないと。これから幸せな家庭を築いていくのに。どうしてだ。
「美幸! 一緒じゃないとやだ!」
「あなただけでも生き残って!」
だが、美幸は聞き入れようとしない。3人一緒に逃げようと思っているのに、どうして。
「そんな・・・」
健太は戸惑っている。その間にも、炎が広がっていく。徐々に火の音が大きくなっていく。火が着実に近づいている証拠だ。早く逃げないと。
「逃げて!」
健太は決意を固めた。自分だけでも助かろう。そして、救助を待とう。2人には申し訳ないけれど、早く救助が来る事を祈ろう。
「わ、わかった!」
健太は必死で逃げた。開けると、1階のダイニングが燃えている。まだロビーには広がっていないようだ。早く逃げよう。健太は急いで1階に向かい、裸足のまま外に出た。健太は助かった。だが、2人が心残りだ。一緒に逃げられなかった後悔でいっぱいだ。
「あっ、健太さん! 美幸さんと宙くんは?」
逃げた所で、隣に住む村山が声をかけてきた。村山も地震で自宅が崩壊して、家族そろって逃げたようだ。隣には家族がいる。
「まだ中。早く消防車を!」
健太は寒そうな表情で息を切らしている。白い息を吐いている。慌てて出てきたので、アウターを全く来ていない。パジャマのままだ。戻りたくても、危なくて戻れない。
「あちこちで起こっていて、そっちに回らないんだ」
だが、消防車は他の所に向かっていて、こっちに回らないようだ。
「そんな! 家にはまだ妻と子供がいるんですよ!」
健太は焦っていた。中には美幸と宙がいる。早く助けないと、死んでしまうかもしれないんだ。火災が起きているし、一酸化炭素中毒か圧死、もしくは焼死で死んでしまうかもしれない。
「わかってますって!」
「美幸! 宙!」
健太は白い息を吐きながら叫んだ。だが、家から2人の声はしない。その間にも、火は広がっていく。ついに、玄関から火が出始めた。2階に延焼しないでほしい。そして何より、早く消防が来てほしい。そう願うばかりだ。
「早く来てくれ・・・」
だが、いくら待っても、消防はやってこない。その間にも、延焼していく。2人は無事なんだろうか? とても心配だ。
「どうして・・・、来ない・・・」
近くで消防車のサイレンは聞こえる。だが、目の前には全く来ない。どうしてこっちに来ないんだ。まだ人がいるのに。火はついに2人が下敷きになっている2階に到達した。
「来てくれ・・・。お願いだ・・・」
その時、消防車がやって来た。ようやくやって来たようだ。健太はほっとした。だが、まだまだ安心できない。まだ2人が中にいるからだ。
「やっと来てくれた・・・」
消防隊はすぐに降りて、放水を始めた。これほど多くの火災が起きるとは。まるで空襲が起こったかのようだ。だが、戦争はもう50年近く前に終わっている。
「早く消してくれ!」
「焦らないで!」
健太は焦っている。誰もが心配そうな表情で見ている。だが、何もできない。
「うちの妻と息子がいるんです!」
「わかってますって! 待ってて!」
消防隊は火を消している。だが、火の勢いが強くて、なかなか進まない。まるで焼け石に水だ。だが、あきらめてはいけない。この中には2人がいる。早く消して、助け出さないと。
「くそっ、なかなか消えない・・・」
「頑張って!」
10分後、ようやく消えた。だが、9割は燃えてしまった。2人は大丈夫だろうか? 健太は心配だ。
「ようやく消えた!」
その光景を見て、健太はほっとした。だが、2人は心配だ。
「美幸! 宙!」
だが、2人の声はしない。次第に、もう死んだんじゃないかと思い始めた。
「どうなったんだろう・・・」
救助隊は中に入っていく。2人が中にいると聞いている。早く救わないと。
「見つからない!」
「大丈夫、見つかりますよ!」
「ありがとう」
と、1人の男が美幸と宙を抱えてやって来た。だが、2人は意識がない。まさか、死んだんだろうか?
「美幸さん、見つけたぞ!」
「どうだ!」
だが、男の表情は暗い。どうしたんだろうか? まさか、死んだんだろうか?
「意識がない・・・。冷たい・・・」
それを聞いて、健太は崩れ落ちた。たった1日で2人とも失うなんて。
「そんな・・・。美幸ーーー! 宙まで・・・」
ほどなくして、健太は泣きだした。そして、健太はひとりぼっちになってしまった。