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1人でも  作者: 口羽龍
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 岩屋健太いわやけんたは鳥取に住む62歳の男。去年、母を亡くした。父はすでに死んでいて、1人暮らしだ。寂しいけれど、誰も来てくれない。だが、近くの住民に囲まれながら、日々を送っている。


 健太は今住んでいる家で生まれた。だが、高校を卒業すると、神戸に移り住んだ。神戸の大学進学したのだ。神戸に進学して、会社員として働き、豊かさを手に入れるのが目標だった。大学を卒業後は、サラリーマンになり、問題ない日を送っていた。入社3年目、かねてから交際していた職場仲間、美幸みゆきと結婚した。翌年、美幸との間に子供が生まれ、そらという名前を付けた。これから幸せな日々が始まるんだと思った。だが、今では1人だ。


 健太はいつのまにか泣いていた。手に持っているのは、家族3人の写真だ。これは、家族で撮った最後の写真だ。それ以後、家族3人の写真はない。


「どうしたの?」


 健太は顔を上げた。そこには近所に住む晴恵はるえがいる。晴恵は心配していた。毎年、このころになると健太は寂しくなる。どうしてだろう。


「何でもないよ」

「健さんって、すごいね。今でもボランティアをしてるんでしょ?」


 健太はすでに62歳だ。だが、全くそれを感じさせないと言われている。農業の傍ら、今でもボランティアを続けている。その姿勢は、みんなのあこがれだ。だが、彼らは知らない。どうして健太がこんなにもボランティアに積極的なのかを。ここ最近はよく、能登半島に出向くことが多い。去年の正月に起きた能登半島大地震で、能登半島は甚大な被害を受けた。今でも仮設住宅に住む人が多いそうだ。そんな人々のために、健太はボランティアをしている。


「うん」


 だが、健太は全く驚いていない。むしろ、寂しそうだ。みんなのために頑張っているのに、どうしてだろう。楽しくないんだろうか? みんなと触れ合う事ができて、楽しいはずなのに。


「何か理由があるんじゃないの?」


 だが、健太は言おうとしない。何か理由があるようだ。


「どうしたの? 泣いて」

「いや、あの時の事を思い出してね」


 あの時? 晴恵は全く思いつかない。あの時とは何だろうか?


「あの時?」

「阪神・淡路大震災だよ」


 阪神・淡路大震災は1995年1月17日に起こった巨大地震で、6000人以上の人が犠牲になったという。当時、神戸に住んでいた健太も被災した。その地震で、健太は美幸と宙を失った。そして、故郷を追われた。両親の実家に帰り、農業をすることになった。本当はもっと神戸にいたかった。ずっと神戸にいたかった。なのに、地震で故郷を追われてしまった。何にも悪い事をしていないのに。順風満帆な人生だったのに。あの日、あの時に起こった地震によって、何もかも失ってしまった。健太は1月17日が近づくたびに考える。地震なんてなければ、今でも神戸にいたかもしれないのに。


「そうなんですか。もうあれから30年ですね」

「ああ。あの時はとてもつらかった」


 晴恵は健太の肩を叩いた。慰めようとしているようだ。


「その気持ち、わかりますよ。健太さん以外、家族がみんな死んじゃったんだもんね」

「子供が生まれて、これからもっと幸せになれると思ったのに、あの日でみんな失ってしまった」


 目を閉じると、美幸と宙の顔が目に浮かぶ。だが、2人はもう夢の中でしか会えない。会いたくてももう会えないのだ。


「本当にショックだったね。涙が止まらなかったの、覚えてるよ」

「ああ。もう会えないんだと思ったら、涙が止まらなくって」


 健太は、妻子の事を考えると、涙が止まらなくなる。どんなに時が過ぎても、妻子がいない寂しさを忘れる事ができない。


「わかるよその気持ち。せっかく手に入れた幸せが1日でなくなっちゃったんだもんね」

「あの時、守れたかもしれなかったのに」


 健太は今でも後悔している。あの時、早く救助が来てくれれば、妻子は助かったかもしれないのに。早く来てくれなかったせいで、妻子は死んでしまった。


「どうしたの?」

「ボランティアがそっちに行き届かなかったんだよ」


 あの時の悔しさは覚えている。もっともっとボランティアが行き届いていれば、早く消防が来ていれば、妻子は助けられたんじゃないかな? だけど、もう過ぎた事。妻子はもう帰ってこない。


「そうなんだ」

「あの時は無念だった。自分の力があれば、何とかなったのに」

「そうだね」


 晴恵には、健太の気持ちがわかった。確かにあの時、ボランティアが行き届かなかったのが目に浮かぶ。もし、救助ができれば、生きていたかもしれないのに。今でも健太は神戸にいるかもしれなかったのに。


「だからこの年になってもボランティアをしてるんだ」

「その気持ち、わかるよ」


 晴恵は納得した。だからこの時期になっても頑張っているんだね。感心した。その頑張り、見習いたいな。


「生きていれば、どんな生活を送ってた事やら。きっと幸せな人生だっただろうな」

「そうだね」


 健太は30年前の1月17日を思い出した。どれだけ時が経っても、あの日を忘れる事は出来ない。

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