9 赴任
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「ソラは帰らなくていいのかい?」
日差しが強くなって日中の気温が高くなってきたある日。今日はシュシュ先輩が王都へ帰る日。青星塔の地下二階の転移の魔法陣の部屋でお見送りをした。シュシュ先輩は十日ほどお家へ帰る予定だ。つい先日幻霧が発生したばかりで、しばらくは大丈夫だろうという事で順番にお休みを取ることになった。
「え?王都へですか?」
「転移の魔法陣を使えば日帰りもできるのに」
「…………待ってる人はいないので……」
「妹君がいるんだろう?」
「婚約者がいるので、私は帰って来なくていいって言われちゃいました。一応手紙は書いてます」
私は三通の手紙を書いたけど、返事は一度きり。まあ、そんな感じなんだろうと思う。これからは手紙の頻度も落とそうと思ってる。
「私はここにいるのが楽しいので大丈夫です」
今はバジル君と私でお留守番だ。ちなみにアル様はしょっちゅう王都へ帰ってる。王子としての仕事やお茶会があるって。お茶会はお見合いみたいなものらしい。王子様なのにまだ婚約者もいないからって。王族とか貴族とかって大変だね。平民は気楽だ。
その日の午後
「セルジュ第三王子殿下?」
「久しぶりだな。ソランジュ・フォートレル」
転移の魔法陣の部屋に反応があったので地下に下りてみると、何故かセルジュ殿下がいた。
「どうして……、いえ、ようこそおいでくださいました。本日はどういったご用件でしょうか」
自分の顔が強張るのが分かる。
「相変わらず僕にはそんな感じなんだな……」
「は?」
小声で呟かれて、よく聞き取れないかったけど、多分文句を言われたんだろうな。
「申し訳ありませんが、今シュシュテイン先輩は王都に帰られています」
「知っている。だが先だって幻霧の発生が見られたと聞いているし、調査報告も受け取っている。今は立て込んでいないだろう?」
「今日からしばらくこちらで世話になる。これが赴任書だ」
「は?!」
渡された用紙にはセルジュ殿下がこの落星の谷に三ヶ月程滞在すると書かれていた。
「じゃあ、早速なんだがこの青星塔の中を案内してくれ」
セルジュ殿下はそう言うと私の腕を引っ張って歩き始めた。
「あの、ちょっと!離してください。歩きづらいので……」
「逃げるなよ?」
「逃げません。先程も申し上げたようにシュシュテイン先輩もアル様もお留守なので」
私かバジル君が対応するしかないのだ。
「……アル様……?」
セルジュ殿下が眉を顰めた。
「どうしたの?大声出して……」
部屋にいたバジル君が階段を下りてきて無言になる。そりゃびっくりするよね。
「僕、聞いてないんだけど」
バジル君が私に近づいて来て小声で言った。
「私も何も聞いてないわ。でもこれ……」
手に持ったままの赴任書をバジル君に渡した。
「え?三ヶ月間だけ?ふーん……。なるほどねぇ。まあ、正式なものだし仕方ないね。じゃあ、僕まだ仕事あるから」
バジル君は私に書類を渡すと、くるーりと背を向けて階段を登って行った。
「え?ちょっと、バジル君?」
逃げた?ズルいわ!せっかく殿下を押し付けようと思ってたのに!私一人でセルジュ殿下を相手しろってこと?後で覚えてなさいよ~!
「さあ、案内を頼むぞ。この前はざっと見ただけだから、ちゃんと案内してもらおうか」
セルジュ殿下の声がかかって、私は腹をくくった。嫌だけど仕方ない。地下、一階、二階、三階と案内して四階まで来た。
「この階は私とシュシュテイン先輩の個室があります。ご覧になりますか?」
見せるつもりなんて無いけど、嫌味っぽく聞いてみた。
「い、いやいい。ここは大丈夫だ」
声がうわずってる……?なんか思っていた反応と違うかな?普通の男の子みたい。
「分かりました。五階と六階には特に何もありません。後は屋上になりますけど……」
「見てみたいな」
「分かりました。では上がりましょう」
何となく私とアル様の場所に入られたくない気持ちになって嫌だったけど、仕方ないよね。
「良い眺めだな。落星の谷が見渡せるのか。気持ちの良い風が吹いて来る」
金色の髪を靡かせるセルジュ殿下にはお日様の光が似合う。眩しいけど。
「ここへ来てから王都へ戻ってきてないそうだな。何故だ?」
何でそんな事を把握してるんだろう……。
「特に王都に用事もありませんので」
「妹もいるんだろう?顔を見せてやらないのか?」
「手紙をやり取りしておりますし、婚約者もそばにおりますので問題ありません」
「そうか。…………短い間とはいえ仲間になるんだ。そんなに畏まらないでくれないか?」
「でも、王族の方ですのでそんな訳には……」
「兄上とは随分と打ち解けているじゃないか」
そう言いながら近づいて来るセルジュ殿下。さっきから何なの?油断させておいてあとで不敬罪だって捕まえるつもりなのかしら?その手には乗らないわよ?
「とりあえず、僕の事もセルジュでいい。敬称は要らない。しばらくは一緒に戦う仲間になるんだから」
「セルジュ殿下……」
「セルジュ、だ!」
また腕を掴まれた。王子じゃなければ魔法をおみまいしてやるのに……。
「…………セルジュ様……」
何がそんなに嬉しいの?言う事を聞かせるのが楽しいのかしら。支配欲?もう、何だか面倒くさい……。ここが学園じゃなくて良かった。こんなのご令嬢様方に睨まれて大変なことになる所だよ。
「離してください……」
「っ!すまない。つい……」
「何をしてる?」
グイって体が引かれた。アル様が私の前に出た。
「アル様?もうお帰りになったんですか?」
驚いた。今日はお城でお茶会じゃなかったの?まだお昼にもなってないのに。
「茶会なんて出る必要もない。元々勝手にセッティングされたものだ。断って来た」
「アルベール兄上、我儘を言わずにいい加減に婚約者をお決めになった方がいいですよ?」
セルジュ、様が呆れたように肩をすくめる。
「お前には関係ないことだろう?それにお前もまだ婚約者を決めてないのだから言われたくないな」
「僕はまだ十六歳なので時間は十分ありますよ」
セルジュ様は確か飛び級してるんだっけ……。それにしてもこの兄弟って仲悪いの?すごいにらみ合ってて怖いんだけど。王族って家族関係が複雑なのかな?
「ソラって本当に何も知らないのね」
「彼らは異母兄弟だよ。なんなら王太子である第二王子殿下も母親が違う」
ニナさんとレアさんに話を聞いてもらいながら、今日のおやつをつくってた。果物を潰して氷魔法で凍らせたものだ。今日はちょっと暑いから。あれ?これってセルジュ様にも振舞わないとダメかな……。
「え?そういえば国王様は恋多き方だって聞いた覚えがある……かも?」
パン屋さんのお客さん達が話してたような……。
「元々はアルベール殿下の母上を正妃にしたがってたけど、身分の問題で側妃になったんだ。第二王子殿下の母上が正妃様になってる。セルジュ殿下の母上も側妃だよ」
レナさん詳しい!っていうか私が物知らずなだけだね、きっと。
「そ、そうなんだ……奥さんがいっぱいなんだね、今の国王様って」
「あら!歴代の王様に比べれば少ない方よ!」
ニナさんの言葉にうへぇっとなってしまった。
「あと、アルベール殿下の母上はかなり前に亡くなってるからね」
「え?!…………そう、なんだ……」
知らなかった。お城で一人で寂しかったんじゃないかな……。私はお父さんはお母さんが亡くなった時を思い出していた。私には妹がいたからあんまり悲しんでる余裕が無かったかな。でも後から喪失感と悲しい気持ちがやって来た。
アル様はどうだったんだろう。
後からまた転移の魔法陣の部屋に反応があって、以前視察の時にセルジュ様と一緒に来ていた護衛の騎士様がやって来た。お名前はクレール様だったかな。慌てた様子でセルジュ様がいるかと聞かれたから、いらっしゃってますって答えたら心底ホッとしてた感じだった。なんでも辞令が出てすぐに自分だけここへ来てしまったらしい。セルジュ様、そんなに急がなくても良かったのに……。私は心底そう思った。
やっぱり私もお休み貰って王都へ帰ろうかな……。
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