8 モザイク模様
来ていただいてありがとうございます!
「はっ、はっ、やっ!」
青星塔の屋上に剣を打ち合う音が響く。
「相手の動きをよく見て。動きを予測するんだ」
アルベール様は私の剣を軽くさばいていて、汗もかいてない。私は汗だくだけど。
「はいっ!」
前々から、魔法剣士に憧れていた私はアルベール様みたいになりたくて、会議室にあった模造剣でこっそり剣の練習をしていたのだ。それを見られてた。恥ずかしい……。一応魔法学園の授業でも剣の授業はあったんだよ?成績はそこそこ。私には合わなかったみたいで成績重視のため、攻撃魔法オンリーの戦闘スタイルに切り替えたのだ。でも、やっぱりアルベール様を見ててカッコいいなぁって思ってしまった。
「一人で練習しても上達しづらいだろう。俺が相手をしよう」
ってアルベール様に言ってもらえたのだ。邪魔する訳にはいかないから、アルベール様の訓練が終わった後の夕方に剣の稽古を見てもらえることになった。
「ただし、実戦で剣を使うのは俺がいいというまでは無しだ。いいね」
「はいっ。ありがとうございます。アルベール様」
「アルでいい」
「……、はい、……アル様」
なんてやりとりがあったんだ。なんか恥ずかしい。その時も今みたいに。薄暗くて良かった。
「私、アル様みたいに、強く、なりたいです」
「……今のままでもソラは十分強いと思う。俺のようになる必要は無い」
剣を打ち合いながら会話する。余裕はないけど、この時間が楽しい。
「あっ……」
カランと音を立てて私の手から剣がすっぽ抜けた。手が震えてる。私握力が弱いんだよね。
「今日はここまでにしよう」
アル様が剣を拾ってくれた。そして息を吐きだして座り込んだ私に手を貸して立たせてくれる。
「ありがとうございます」
あたたかくて大きな手。
学園では他の女の子達は手を貸してもらってたけど、私はこんな風に扱われたことは無かった。私も期待してなくてさっさと自分で何でもしてたけど。可愛げが無いとかピリピリしてるとか、そういう所なのかな。私はちょっと落ち込んだ。
「どうした?疲れたか?」
アルベール様の手が私の頬に触れた。ち、近い……。そんな綺麗な顔で覗き込まないで欲しい。顔が熱くなる。薄暗くて良かった。
綺麗な瞳。思わず見惚れてしまう。
王子様なのに私にまで優しくしてくれていい人だな……。
「アル様が王子様じゃ無かったら良かったのに……」
「…………」
「え?」
思わず口をついて出た言葉に自分でも戸惑ってしまった。
「ごめんなさいっ。何でもないです!今日も稽古ありがとうございました!」
「ソラ?」
心配そうな顔に頬が緩んじゃう。私は慌てて距離を取ってお礼を言って階下に下りた。汗いっぱいかいちゃったし、夕食の前にお風呂入らなきゃ。
そうだ!さっき汗臭くなかったかな?大丈夫だったかな?…………って馬鹿みたい、私。私がどうだろうとアル様にとってはどうでもいいことじゃない。さっき自分でも言ってたでしょ?アル様は王子様なんだから、平民の私にはあの星と同じくらい手が届かない人なんだよ。星降りの谷は王都よりも星が近くに見えてるだけ。自分で考えて落ち込んだ。学園にいた時は気にしないようにしてたのに……。私は熱いお湯が出る魔法道具でザバーッっと頭から汗を流した。涙も一緒に。
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「という感じで見てられない訳なんですよ。どうにかなりませんかね?あの二人」
「いや、バジル。見に行かなければいいのでは?そもそも二人の事は二人の問題なのだよ?」
覗いてたのか?とは聞かない優しいシュシュテインだった。シュシュテインとバジルは一階の会議室に続く資料室で採ってきた石の鑑定を続けていた。
「ソランジュは分かりやすいですし、アルベール様もまんざらでもないでしょう?あれ」
「いや、一応一国の王子をあれっていうのはどうなんだい?まあ、確かに彼女がここへ来てから殿下の表情筋は今までにない位働いているとは思うよ。まんざらでもないなんてもんじゃないね、あれは」
シュシュテインは作業の手を止めてお茶を一口飲んだ。
「そうですよね?!僕はソランジュよりもずっと早くここへ来たわけですけど」
「ああ君は早かったね。勤務地が決まってすぐにやって来たんだっけか」
「正直卒業式なんて出たくなかったです」
「学年代表の卒業挨拶があっただろう?そもそも卒業式に出ないと卒業できないよね?」
ぶすむくれたバジルを仕方ないなというようにため息をついて見つめるシュシュテイン。
「まあ、そうなんですけど……。とにかくアルベール様は本当にずっと無表情で、お面でもかぶってるのかと思ってましたけど、何ですか?あの変わりようは?ソランジュは生き別れの妹か前世の妻か何かですか?」
「いや、そこまででは……あるかな」
正直シュシュテインも驚いていたのだ。多分バジルよりもずっと。彼の幼少期の出来事を知っている身としてはアルベールの変化は信じられないほどだ。
「まあ彼も色々あるから、想い人ができても難しいんだよ」
「難しいって……どう見ても特別扱いでしょう?あいつだけ」
「何だい?君も特別扱いが欲しいのかい?」
「……僕達は平民ですからね。実力で立場を守るしかなかったんですよ……。特にソランジュはきつかったと思います。跡継ぎではないにしろ貴族の婚約者ができてやっと安心したと思ったら、相手はとんでもないクズだった」
「エミリアン・ドーミエか。あの一族は揃って碌な噂を聞かないな」
「聞いた話だと、婚約者なのをいいことに課題をやらせたり、チーム戦でソランジュにだけ戦わせたり、雑用や買い物を言いつけたり、誕生日や学園でのダンスパーティーでもプレゼントやドレスを贈らずに無視したり……」
「何なんだ、その害虫は……。挙句の果てに浮気に婚約破棄か……」
いつもにこやかなシュシュテインも流石に眉を顰めた。
「ソランジュが平民なのをいいことにやりたい放題だった。許せるものじゃないですよ」
鑑定してた魔法石を握りつぶす勢いなバジル。ソランジュを妹のように思ってるのは案外バジルなのかもしれない。
「ライバルで戦友か。いいね、そういうのも」
シュシュテインはバジルの手にそっと触れた。
「ほら、傷になってしまうよ」
手の力を緩めたバジルはシュシュテインの手をそっと握った。
「貴女のように平民にも公平な貴族は滅多にいないんですよ……」
バジルは眩し気に目を細め、眼鏡を外した。
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