ミエル
来ていただいてありがとうございます!
※前半はほぼエミリアンの後悔です。苦手な方はご注意ください。
後日談四つめです
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王都の中心からやや外れた小さな古い屋敷。ここは王都の北側で黒の魔獣の事件には巻き込まれずに済んだ場所だった。
エミリアンは後悔していた。
(ソランジュを繋ぎ止めておけば自分だって認められていたのかもしれない。王国での地位だって……)
居間で自分の向かい側に座っているマリエットが今日もぶつぶつと呟いている。
「どうしてソランジュばっかり……。たまたまアルベール殿下とセルジュ殿下と一緒に仕事をしただけなのに。それに神獣と会ったのだって偶然でしょう?タイミングが違えば……、ううん、私がソランジュの代わりに落星の谷へ行っていたらもっと……」
目の前の妻マリエットの姿を見て自分の思考を止めた。
エミリアンはあの黒の魔獣事件の時は調査隊の後方にいた。そこで人々の避難誘導、壊れた建物の中にいる人達の救助などを行っていた。遠くからソランジュとアルベールの活躍を目の当たりにして驚いた。
(あんな恐ろしい魔獣に対して二人とも一歩も引かなかった。それどころか人質を解放し、神獣から力を与えられて魔獣を倒してしまった……)
「…………様?聞いてますの?エミリアン様も、もう少し頑張ってくださいませ!生まれてくる子の為にも!」
実はあの後マリエットの妊娠が判明したので急遽婚姻を結んだ。黒の魔獣の討伐に参加した者達には特別報奨金が出た。エミリアンはそれを急遽行われることになった結婚式と出産費用に充てることにした。元々美人なマリエットだ。ドレス姿はとても美しかったが、実はあの時のソランジュの姿が頭から離れなかった。
「ソランジュは美しかったな……」
白い一角獣の背に乗って、白い神獣と共に空を駆け、悪しき黒の魔獣と戦う姿は女神のようだった。エミリアンは学園にいた頃も最近までも彼女の力を利用することしか考えてなかった。
(僕はソランジュの戦う姿をまともに見たことが無かった。攻撃魔法だけが取り柄の粗暴な女だとしか思ってなかった)
かつての婚約者を褒める呟きは妻の耳には入らなかったようで、エミリアンの物思いを打ち破るように高い声が響く。
「私、何か甘い物が食べたいんです!エミリアン様、買ってきてくださらない?」
どうして僕が……。そう言いかけて口を閉ざす。妊娠中で体調が良くないと言われてしまえば、強く言い返すことはできないのだ。エミリアンは仕方なく上着を取り、屋敷を後にした。美しい妻に貴族としての地位。思い描いていた幸せな将来は思う通りには手に入っていない。
王弟殿下や現王太子殿下であるセルジュから不興を買ったとして、実家であるドーミエ家からは見放されていた。家を出るというので、ドーミエ家が所有する小さな屋敷といくばくかの財産を貰って独立させられた。妻は美しいが貴族ではない。身を立てるには自身の実力のみで何かを成し遂げなければならない。しかし学園で怠けていたせいでその実力も無い。エミリアンは自身を振り返って暗澹とした気持ちになった。
(もっとしっかり勉強しておけば良かった。魔法の訓練ももっと真面目にやっておけばよかった)
石畳の道を見ながら街の菓子屋へ向かった。黒の魔獣の事件が終わり、後片付けもようやく終わった王都。賑やかな街中がソランジュとアルベールの噂で現在も持ちきりだ。黒の神獣の剣士と白の神獣の巫女の物語の本まで出版されると聞いている。ため息が出る。
「まあ!私こんな下町のお菓子じゃないほうがいいですわ」
屋敷に帰ったエミリアンを迎えたのは妻のそんな言葉だった。学園にいた時に一緒に食べて美味しいと笑い合った思い出の焼き菓子なのに……。
「最近は魔獣が強くなってて僕達じゃ太刀打ちできないんだ。だから収入もそんなには望めない。あまり贅沢を言っていられないよ。子どもも生まれるんだから」
「ええ、そうですとも!だからエミリアン様も、もっと頑張ってくださらないと!こんな小さな屋敷では十分に子育てもできませんわ!使用人だってもっと雇いたいのに。王立学園へ子どもを入れるのにもお金がかかりますし!」
王都には二つの王立学園があり、その両方が貴族の為の学園だ。そのうちの一つ王立魔法学園は才能のある平民を受け入れている。
「僕達の子はもう貴族の血をひくだけのほぼ平民だ。よほど魔法の才能がなければ入学を認められない」
「何を仰ってるの?私達は貴族です!それに私達の子ですもの!魔法の才能だってきっと凄いですわ!」
何度も説明した話を覚えてないのか聞いてないのか、持論を力説する妻にもう何も言う気がおきない。
エミリアンはテーブルの上に投げ出された焼き菓子の袋を見つめた。
自分はどこで間違えたのだろうとため息をついた。
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アル様はテーブルの上の焼き菓子を見つめてる。
「………………」
青星塔の食堂のテーブルの上では焼きあがったばかりのお菓子が焼き網の上で冷まされてる。これはさっきアル様と一緒に作ったミエルという焼き菓子だ。蜜をたくさん使った小さな花型のケーキで、焼きたてはふわふわしっとりで冷めるとさっくりしてくる。
「あ、アル様!まだ柔らかいので気を付けてくださいね!」
まだ熱を残した焼き菓子は持ち上げるとほろっと崩れそうになる。アル様はそっと持ち上げて急いで口に入れた。
「これはこれで美味しい」
「ですよね!働いてたパン屋さんではあったかくて柔らかいうちに冷たいミルクと一緒に食べるのが好きだったんです!」
ミエルはノワノワとかネージュと同じで、パン屋さんや下町のお菓子屋さんで売られてる馴染みのお菓子なんだ。
「ほう、これは美味だ。買う時には冷めた状態だったから、これは作る人の特権だね。バジルも呼んでこよう」
シュシュ先輩も一つつまんで気に入ったみたい。
アル様は一つまた一つと口に入れてる。ああ、このままじゃバジル君が来るまでになくなっちゃいそう。良かった、まだオーブンに焼いてるのがあって。あともう少ししたら焼き上がるからそれまでに洗い物をしよう。もうすぐ夕ご飯の準備が始まるから急がないとニナさんとレアさんの邪魔になっちゃう。
「あー!アル様っ!僕の分無いじゃないですか!」
「…………」
食堂に入って来るなりバジル君が叫んだ。アル様はバツの悪そうな顔で無言。あーあ……。
「バジル君!まだ今焼いてる分があるから大丈夫だよ!」
私は慌てて声を掛けた。
「アル様、最近食べすぎじゃないですか?そのうちブクブクになりますよー?」
「その分動いてるから大丈夫だ。魔法や剣は体力がいる」
「それにしても、ほら、顔とかプニっとまずくないですか?太ったらソラに嫌われますよ?」
バジル君の意地悪そうなニヤニヤ顔を見てアル様が私の方を見た。
私みたいな素人のお菓子を取り合ってくれるなんて申し訳ないって思ってたけど、この二人、というかバジル君はアル様をからかって遊んでるんだなって気が付いたよ。アル様とバジル君は仲がいいんだなぁ。この前も二人で変な話をしててシュシュ先輩に怒られてたし。
「大丈夫ですよ、アル様。嫌いになんてなりません。……たぶん」
「たぶんなのかっ?!」
慌てるアル様を見て、ふき出すバジル君。
「うんうん。今日も青星塔は和やかだね」
シュシュ先輩が満足そうに頷いてる。
そうこうしてるうちにふわりとミエルの焼き上がる良い匂いがしてきた。ニナさんとレアさんとアル様とバジル君とシュシュ先輩と私は、今日も楽しいお茶の時間を過ごしたのだった。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
あらすじ
前半 エミリアンとマリエット グチグチ
後半 いつものお茶の時間 青星塔




