6 ノワノワ
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*セルジュ視点あります
ベルドゥジュール王国の第三王子セルジュは、幻霧の発生した西の森での調査を終えてため息をついた。
「最近は魔獣の大きさや強さが変わってきております。凶暴な魔獣の出現も増加しておりますゆえ、殿下がお出ましになられるのは危険です」
セルジュの調査隊チームの一人が苦言を呈した。セルジュはゆくゆくはこの調査隊を統括指揮する立場になる。城で仕事をする事になるだろうが、だからこそ今のうちに現場を知っておきたいと考えていた。
「あまり心配するな。無茶はしない。それにその辺の魔獣に後れを取るような鍛え方はしてないさ」
「殿下の強さは理解しておりますが、しかし……」
学年三位の成績では信用されないか……
歴代の王族で魔法学園を首席で卒業できなかったのはセルジュだけだ。学園に通っていない王族もいるが……。まあ、それは例外としても。今年の卒業生ツートップは驚くべきことに平民の男女だった。首位はまごうことなき魔法の天才。もう一人は類稀なる魔力量の持ち主だ。いつの間にか二人とも落星の谷調査隊の勤務が決定していた。優秀な人材は王都に置くべきだと国王に掛け合ったが、どうしても聞き入れては貰えなかった。大方平民がのし上がるのを良しとしない者達の差し金だろう。
がやがやと騒がしい声が聞こえてきた。どうやら同道していた調査隊の一チームが戻ったらしい。
「大丈夫かい?マリエット!」
「ええ。私は大丈夫ですわ、エミリアン様。それより皆さんお怪我は?治療しますわ」
「ああ、ありがとう!優しいマリエット」
「僕も頼むよ。今日の魔獣は強かったね」
「まあ、酷いお怪我!!」
「マリエットがいてくれて良かった!」
「何だ、あの茶番は」
確か彼らが相手をしていた魔獣は標準よりやや小さい火鼠一匹だったはずだ。
「あんな程度の魔獣を相手に怪我?」
セルジュは眉を顰めた。
「殿下、最近の魔法学園卒業生のレベルは下がっております」
「そのようだな。嘆かわしいことだ」
エミリアンとマリエット。
自分から申し込んだ婚約者を裏切った男と、親友の婚約者を寝取った女か。結局のところ女の妊娠は誤診だったという噂だが……。彼らのような者達と関わり合いになりたくはないな。そう思ったセルジュは彼らと距離を取った。
ソランジュはどうしているだろう?あのような僻地で彼を想って泣いているのだろうか?
セルジュは、魔法訓練の模擬戦で唯一自分を負かした少女の顔を思い出していた。
落ち星の谷からの報告で結晶石が採れたという。この情報は調査隊の組織のトップと王族、城の上層部にのみ共有されている。ちょっと視察に行ってみるかな。王族の責務として。調査隊のトップを務めるものとして。
「別に、会いたいって訳じゃない……」
セルジュは言い訳するかのように一人呟いた。
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「突然ですが、シュシュ先輩っ!先輩の趣味ってなんですか?」
「本当に突然だね、ソラ。一体どうしたんだい?」
私は意を決して談話室でシュシュ先輩に話しかけた。ここ数日発生し続けた幻霧も終了し、みんな思い思いに過ごしている日だった。報告書も書き終わったし部屋の掃除も自分の分担分の掃除も終わったし、少し時間が出来たんだよね。談話室には珍しくアルベール様もいた。バジル君は自室にこもって採れた魔法石を調べている。
「『君って社会常識も知らないし、趣味の一つも無いんだね。貧しい人生だね』ってバジル君に馬鹿にされました……」
「それは……。バジルはソラに厳しいところがあるね……」
「悔しいので、趣味を作ろうかと思ったんです」
「趣味は作るものじゃないと思うんだけどね。何か好きなことや、やりたいことは無いの?」
「…………うーん?」
シュシュ先輩は飲みかけのお茶のカップをテーブルに置いた。
「なるほどね……。趣味の例を挙げていこうか」
「お願いします」
カタンと音がしてアルベール様が私達の近くに座った。
「アルベール様?」
「もしかして殿下もお聞きになりたいと?」
こくこくと無表情で頷くアルベール様。
「こほん。まあ、いいでしょう。まず趣味といえばオーソドックスに読書。それから、旅行に刺繍、収集、料理、運動、ハンドメイド、その他その他……」
「いっぱいありますね、アルベール様」
うんうんと頷くアルベール様。どれにしようか……。好きなこと……。
「そういえば小さい頃はお菓子を作るのが好きだったかな」
「お菓子作り……!いいじゃないか。実益を兼ねている。またやってみればいい」
「でもお菓子ならニナさんとレアさんが用意してくれますし、厨房は……」
「食べたい」
突然、ぼそりと声がした。
「アルベール様?」
そうか、平民が食べるようなお菓子は食べたことないだろうし、興味があるのかもしれない。
「分かりました!ちょっと二人に聞いてみます」
ニナさんもレアさんも快く了承してくれたので、忙しくない時間帯のお昼ご飯の後に厨房を借りることになった。
「あら!ノワノワね!」
「上手に焼けてるね」
焼き上がったのは木の実を使った焼き菓子だ。香ばしい良い香りがする。
「厨房を貸していただいてありがとうございます!実は働かせてもらってたパン屋さんでも良くお手伝いしてたんです」
私が働いていたパン屋さんでは簡単な焼き菓子も売っていた。子ども達にも人気だったと思う。焼き上がったノワノワを網にのせて冷ましていると、アルベール様とバジル君が厨房に入って来た。
「なんか懐かしい匂いがする」
「…………」
アルベール様は何故か少し頬が赤い。無表情に見えるけど、よく見ると感情が分かる気がする。
「まだあったかいですけど、良かったらどうぞ」
皆に食べてもらって、褒めてもらえて嬉しかった。
「なんかこういうの楽しいですね」
自然と笑顔になれた気がする。父さんと母さんに褒めてもらったのを思い出した。
「なんだ、ちゃんと笑えるじゃない……」
バジル君は呆れたようにため息をついてもうひとつお菓子をつまんだ。
「また作って欲しい」
アルベール様はいくつも頬張って何だか幸せそうに見えた。
「おやおや、賑やかだね。ノワノワか!私も貰ってもいいかい?」
「シュシュ先輩!後で先輩にも食べてもらおうと思ってたんです!良かったらどうぞ!」
「まだあったかい。うん、焼きたても美味しいものだね」
「シュシュ先輩も食べたことあるんですか?」
先輩は貴族の令嬢なのにと不思議に思った。
「ああ、学園にいた時はよく買い食いをしてたよ」
シュシュ先輩は身分とかそういうの気にしない人なんだなぁ。だから学園にいた時も魔法訓練の演習で普通に話しかけてくれてたんだ。
「そうだ。突然なんだが、明日、第三王子殿下がこちらへ視察に来るそうだよ」
シュシュ先輩が手に持っていた紙をひらひらさせてそう言った。
「第三王子って……」
うわぁ…………。最悪だ。なんでよりにもよって……
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