シュシュテイン
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シュシュテイン視点です
後日談二つ目です
「ソラが作った菓子が食べたい」
「アル様、昨日も食べてましたよね?」
「もうなくなった……」
空の皿を寂しそうに眺めるアル様。この人はこんな幼子のような顔をする人だっただろうか?っていうか、愛玩動物?いやいや元とはいえ王子様にその表現はちょっと……駄目だろう。しかしあの無表情だったアル様をここまでにさせるとは、ソラも罪な女性だ。
幻霧の発生がやっと落ち着いて、今はやや暇な期間に入っていた。
青星塔の食堂でお茶を楽しんでいた私は、ベルドゥジュール王国元第一王子殿下で、元婚約者候補、そして今はこの星降りの谷一体の領主である(ああ、ややこしいな……)、そして頼もしい仲間で友人のアルベール様を戸惑いの気持ちで見ている。
私はヴェンナシュトレーム家の令嬢ではあるが、三男三女の末っ子で貴族になじめない性格もあってかとにかく全く期待されない子どもだった。当時王家から見放された存在ではあったが、王家との繋がりが欲しかった父の方針で、アル様の婚約者候補に名前を連ねていた。私も私で縁談がうっとおしいこともあって、その気の無いアル様を利用していた。好きでもない殿方に嫁ぐなんてまっぴらだったからね。
ちなみにここ、青星塔ではニナ君とレア君という二人の女性が働いてくれていて、我々未闇の地の調査隊の世話を焼いてくれている。
「シュシュテイン様、今日は珍しい東方のお茶を仕入れたんですよ。いかがですか?」
なんてニナ君が声を掛けてくれたので私は喜んで頂くことにしたのだ。ちょうどお茶の時間も近かったからね。そうしたら、アル様が空になった皿を前に頬杖をついているのを目撃することになったという訳だ。ニナ君が淹れてくれた濃い若草色のお茶を飲みながら、私は何の気なしに、本当に特に何も考えずにこんな質問をした。
「アル様はソラのどんなところが好きなのですか?」
「…………」
うん、それにしてもこのお茶は渋み苦みが私の好みぴったりだ。ニナ君とレア君は有能な女性達だな。彼女達がいなかったらこの青星塔は回らない。感謝してもしたりないくらいだ。
「ソラは…………」
アル様はしばらく黙ったかと思ったら、急に堰を切ったように話し始めた。
ああ、ああ、聞いた私が馬鹿だったよ。ソラが戦ってる姿は美しいとか、妹の為に健気に頑張ってたとかは私も良く知ってるよ。
さすがに魔力は見えないからその美しさは分からないけれど、え?私の魔力も綺麗だって?そうなんだね。
そうだね。お人よしだし、優しくていい子だ。魔獣、いや星獣と神獣にも好かれる面白い娘だね。うん。そうなんだけど……。
おいおい!いや、ドレス姿が可愛いと褒めるのはいいんだが仮にも女性の私にソラは着痩せするんだとか嬉しそうに言うのは何らかの法に違反してないのかい?少なくともマナー違反だぞ?
話が妙な方向へ行きそうになった所でバジルが食堂へ入って来た。
「あんた、シュシュに何言ってんだ!!」
って持っていた本でアル様の後頭部を殴ってた。不敬罪になるのかな?けど、まあ、王子と言っても元だし許してもらおうか。それにしても二人はいつの間にこんなに気安い仲になったのかな?
「何を怒ってる?昨夜はお前が先に俺にシュシュテインの事を自慢してきたんだろう?」
「え、あ、それは……」
「バジル?」
「いや、その、」
「殿方二人で一体何を話していたのかな?」
自分のこめかみがぴくぴくするのを感じるよ。バジルは顔が青くなってきた。
「うんうん、何か余計なことをアル様に言ったのかな?バジルは」
「いや、真面目な話だ。お互いの結婚式のドレスについての」
アル様は至極真面目な顔で話し続けた。
「なんだ、そんなことか」
男二人で恋人のドレスについて話してるなんてちょっと微笑ましいじゃないか。しかしドレスは着る本人の好みに添うものが良いと思うぞ。
「シュシュテインもソラも着痩せするタイプだし、あまり露出度が高いドレスはいかがなものかと話し合っていた。最近は肌を大幅に露出するドレスが流行っていると聞くし、シュシュテインのウエストのサイズはかなり細くて……」
「ストップ!ストーップ!!アル様っ!」
「……君達、何をどこまで話し合ってるんだい?」
「いや、その、二人に似合うドレスはどんなのかって……。周りに見られたくないとか、でも見せびらかしたいとか、そんな話を……」
だらだらと汗をかくバジルと何か悪いことをしたか?とでも言いたげなアル様に私は頭が痛くなってしまったよ。
「あ、シュシュ先輩!ここにいたんですね!あの、報告書の書式が変わったんですよね?……て何かあったんですか?怒ってるみたいですけど」
自室で最近までの探索調査の報告書を書いていたらしいソラが食堂へ入って来た。
私が会話の流れを説明するとソラはアル様に向かって怒った。というより叱った?
「アル様!女の子の体型の話をするなんて失礼ですよ?!それに結婚式のドレスは、私とアル様と二人で相談したいです!」
ソラに叱られてションボリする姿にはかつての冷酷無表情王子の面影が無い。全く無い……。
「すまない。つい、楽しみで……」
そう言って赤面するアル様の顔を見て、ソラは勢いをそがれたようだ。
「仕方ないですね。もういいですよ。あ、そうだ。後でお菓子を作らせてもらおうと思ってるんです。いっしょに作りませんか?」
「ああ」
嬉しそうなアル様の様子にソラも笑顔を返した。
「あ、あの、シュシュ、ごめん」
「楽しみなのか?」
「え?」
「バジルもその、私のドレス楽しみなのか?」
「っもちろんだよ!シュシュが世界で一番綺麗な花嫁さんになると思ってる!!」
「……そうか」
私も甘いなと思いつつ、バジルを許してしまう。
最初、学園でバジルに想いを打ち明けられた時は驚いた。好ましい後輩だと思ってはいたけれど、まさかの有言実行。トップの成績で卒業、魔獣に関する論文で文官への道を開き、私を追って落星の谷までやって来た。最初は熱意に負ける形だったけど、私はバジルの一生懸命さに次第に惹かれていった。今は精神的にたくさん支えてもらっていて、彼無しの人生は思い描けない程になってしまった。
「なら、今回だけは許そう」
ホッとしたように長くため息をつくバジルに思わず笑みがこぼれてしまう。
「バジル、一番はソラだぞ」
「シュシュが一番に決まってる!」
アル様とバジルの言い合いに私とソラは顔を見合わせて苦笑した。
「はいはい!不毛な言い争いはそれくらいにして、皆さんでお茶にしましょうね」
ニナ君が気を利かせて人数分の新しいお茶とたくさんのお菓子を運んできてくれた。
「わぁ!東方のお茶ですね!これ私、好きなんです!嬉しい!」
ずっと報告書とにらめっこだったらしいソラは嬉しそうにお茶とお菓子を見ている。
「……バカップルが二組……」
ぼそりと呟くレア君の声は聞かなかったことにして、我々は六人で楽しいお茶の時間を過ごしたのだった。
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