56 帰ろう、二人で
来ていただいてありがとうございます!
「アルベール殿下が国王に相応しいとの声が数多く上がっておりますのよ?」
「そうなれば神獣の巫女様は王妃様ですわね」
「あははは」
私はお茶を入れてくれたメイドさん達の言葉を笑ってごまかした。いやいやそれは無いですから。アル様が王家から抜けることはまだ他の人達には内緒なんだよね。知ってる人は知ってるけど、国王様との謁見で正式に通達されるんだって。私との婚約の事は何故かみんな知ってるみたいなんだけど……。
何だか周りが変わっていくんだ。あの黒い魔獣を倒してから。私は私で何も変わらないのにね。いつも通りに魔獣を倒しただけ。
私はお城の部屋で考え込んでた。前よりも豪華な部屋でドレスを着せてもらって、何人もメイドさんがいて何でもしてくれる。こういうのって慣れない……。でも国王様との謁見があるまではお城にいなきゃならない。
それに会う人会う人から「神獣の巫女様」とか「神晶石の剣士様」とか「星獣の魔法使い様」とか色々な名前で呼ばれる。私はただのソランジュなんだけどなぁ。神獣っていうのはブランとあの青い魔獣の事で、人と会話できる強い魔獣をそう呼ぶことにしたんだって。シエルとか黒馬は星獣のまま。色々な新しい事実が出てきたからこれから学園に入る人達は新しい教科書が編纂されるみたい。大変だよね。
あの黒い魔獣はまだ呼称が決まってない。いまは暗黒魔獣とか大魔獣とか人によっていろいろ呼ばれてる。私と同じ。本当の名前ってあったのかな?今度ブランに会えたら聞いてみようか……。
「巫女様のお噂も王都で広まってますよ」
「え?」
甘そうな綺麗なお菓子をたくさん持ってきてくれたメイドさんがその中か一つをお皿に取り分けてくれた。今日の私が着せてもらってる若草色のドレスと同じ色。異国のお茶を粉末にしたもので作ってある小さなケーキだった。爽やかな緑の香りがして外に出たくなっちゃうな。
「調査隊や兵士の方々がお二人の戦いを素晴らしいと、皆に触れ回っているようですわ!」
「王都の民の中にも避難所から見ていた者達が大勢いたようです」
「そ、そうなんですか……」
「素晴らしい功績ですものね!」
なんだか凄く褒めてくれるけど正直落ち着かないよ。アル様はとても忙しいみたいだし、シュシュ先輩はバジル君と自分のお家に帰ってしまっているしちょっと心細い。知らない人達に囲まれてると不安だわ。せめて一人になりたい。お城のメイドさんとかって貴族の人達も多いって聞くし、時々睨むような視線を感じることもある。ジュリエンヌ様やあの三人みたいな人達がいたら嫌だな……。
「アルベール殿下がおいでです!」
夕方に近い時間になって、突然のことにメイドさん達が慌ててる。え?アル様来てくれたんだ。嬉しい!
「人払いを。ソランジュ嬢に大事な話がある」
アル様が無表情で告げると波が引くようにみんないなくなってしまった。アル様に会えて嬉しい人もいるのか、ちょっとがっかりしたような雰囲気が伝わった。ずっと落ち着かなかった私はすごくほっとしてしまった。
「ふう……」
誰もいなくなった部屋で私をじっと見つめるアル様。そしてふっと微笑んだ。
「ああ、そのドレス、良く似合う。かわいいよ」
「あ、ありがとうございます」
褒めてもらえて嬉しいのと恥ずかしいのとで顔が熱くなる。アル様は私の手を取ってソファに座った。それから色々な人達のその後の事を教えてくれた。ジュリエンヌ様の謹慎の事やフランセット様の精神状態の事。
「そうですか」
私にはそれ以上の事は言えなかった。シルヴィ様とシモーヌ様はやっぱり帰ってこないんだ。酷いことはされたけど、私の胸は痛んだ。消えて欲しかったわけじゃない。ちゃんと分かってもらって謝ってもらいたかった。
「これでいいか?ソラの気が済まないのであればもっときちんとした処罰を与えることもできる」
「いっ、いいえ!もう十分です」
……もしかして助けない方が良かったのかな。そんなことないって思いたい……。
「ソラが落ち込んだり、気にしたりする必要なんてない。あいつらはその罪に相応しい罰を受けているに過ぎない」
「そうなんでしょうか……。でもやっぱりそんな風にはなって欲しくなかったというか……複雑です」
消化しきれない気持ちが胸の中にあって、上手に説明できない。
「そうか……」
アル様は私の肩を抱いて寄りかかった。
「やはりソラは優しいな。俺はまだあいつらに対する殺意が止まらないよ」
「アル様、物騒ですよ」
「めでたい話もあるぞ」
アル様はテーブルの上のケーキを一口食べた。あ、それ私の食べかけ……。
「え?なんですか?」
「俺はまた暗殺されかかったようだ」
「ええ?!なんでそれがめでたい話になるんです?!大丈夫なんですかっ?!」
私はアル様の襟を掴んでガクガクと揺さぶった。
「い、今、ちょっと大丈夫じゃなくなったんだが……」
アル様は私の両手を掴んで揺さぶりを止めた。
「あ、ごめんなさい。つい……」
「まったく……。見ての通り俺は無事だ。王妃が性懲りもなく暗殺を企てたんだ。今度は毒殺だよ。城下の噂を聞きつけて慌てて計画したようで、国王陛下に筒抜けになってたようだ」
私は思わずテーブルの上のお菓子を見てしまった。これって大丈夫なの?さっき普通に食べちゃったけど。
「噂って、アル様に国王になってほしいってみんなが思ってるっていう……?」
「ああ。あいつは俺と国王との約束を知らなかったようだ。まあ、国王も聖晶石が見つかるとは思ってなかったようだけどね」
王妃様をあいつ呼び……。でも何度も命を狙われたんだから無理もないよね。
国王様はずっと王妃様とその周囲を探ってたらしいけどなかなか尻尾を掴ませなかった。今回やっとってことらしい。王妃様は表立っては処罰されず、表向きは遠方で療養ということになった。心優しい王太子様はお母様に付き添うということで、立太子を取り消されることとなった。
「新しい王太子はセルジュだ」
「え?セルジュ様が?」
そっか。セルジュ様が未来の国王様かぁ。
「あいつはまだソラを諦めてない。王妃になれるチャンスだな、ソラ」
「怒りますよ」
アル様のほっぺたを両手でつねった。軽くだけどね。
「悪かった」
アル様は私の頬を両手で包んで引き寄せた。そっと唇が重なった。
「これで俺は自由になれる。ソラのおかげだ。何もかも」
アル様は私を見つめて笑った。
「魔獣を倒したのはアル様ですよ。……国王様はアル様のこともお母様のこともずっと大切に思ってらしたんですね。いいんですか?王家を出てしまって」
もしかしてアル様の気持ちが変わったんじゃないかって怖かったけど、思い切って聞いてみた。
「王家も貴族も嫌いだ。本当なら関わりたくないが、王国は俺達を手放したくはないらしい」
アル様の即答に安心した。でもアル様を貴族にとどめたのは王国というよりは国王様のアル様への愛情だったんじゃないかなって思うんだ。国王様は愛する人の忘れ形見をそばに置いておきたいんだよね、きっと。
「私もちょっと怖いです。私達のこと同じ人間と思って無い人がいるから。早く星降りの谷へ帰りたいです」
「……そうだな。帰ろう、二人で」
「はい」
二人で帰る……。その言葉がとても嬉しかった。
その夜はゆっくり二人だけで過ごすことができた。お互いのことやこれからのこと、たくさんたくさん話をした。
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