55 彼女達のその後
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鬱展開になっております。ご注意ください。
後書きにあらすじがあります。
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窓の無い薄暗い部屋。清潔だけれど簡素な部屋。
「わたくし……身に覚えはありませんわ」
椅子に座って力無く答えるジュリエンヌ。自分が王妃を襲った黒い魔獣の腹の中に取り込まれ、自分の体が汚されたように感じて打ちひしがれていた。更に王都に被害を与える力の一端となったことを聞かされ、責められているように感じて不満だった。与えられた侍女のようなドレスのスカートをぎゅっと掴んだ。
(どうしてわたくしがこのような場所に閉じ込められなければならないの?まるで牢屋みたいだわ。わたくしは被害者なのに。お父様やお母様に連絡がいってないのかしら……。それに……)
「残念ですが、目撃者がたくさんいるのですよ」
ジュリエンヌはまだ続けるのかとうんざりした。自分がこんな気持ちになっているのにこの取り調べ官は全く自分の思う通りにしてくれなかった。
「そうだとしても、わたくしは貴族ですのよ?たとえ平民を手にかけたとしても罰せられることは……」
「重ねて申し上げますが、ソランジュ・フォートレル様はすでにただの平民ではございません。王国を救った英雄の一人です。貴女を魔獣から救い出したのも彼女なのですよ。貴女を見捨てる選択もあり得たのに彼女だけが最後まで貴女を救おうと動いてたのです。その彼女に対して申し訳ないとは思われないのですか?」
「…………」
ジュリエンヌは見下していた平民に命を救われたことに屈辱を感じていた。しかし平民ならば貴族の盾にあるのは当然だとも思っており、自分が王妃の姪であり高位貴族の令嬢であるという矜持は失われていなかった。
ドアがノックされ、入ってきた人物を見てジュリエンヌは顔を輝かせた。
「アルベール殿下!良かった!来て下さると信じてましたわ!皆様酷いのです!わたくしは被害者なのに、責め立てられてあんまりですわ!わたくしはただ……」
「言い訳は必要ない」
冷たく言い放たれてジュリエンヌの言葉は止まった。何とかいいように言いくるめてしまおうと考えていたがアルベールから放たれる威圧に次の句が継げない。
「俺はお前の罪を証言するためにここへ来た。俺はお前がソランジュに対して魔法攻撃をするのを目撃した。戦時中でもないのに人に対して攻撃魔法を使うことは調査隊の規律違反であり重罪だ」
「そ、それは……。ア、アルベール殿下はあの娘を想うあまりに見間違われたのでは?」
「俺が嘘を言っていると?シエル……あの一角獣が庇わなければ、ソラは確実に殺されていた」
「……っ」
氷のような瞳で睨まれて、口を押えて俯くジュリエンヌに更に取り調べ官の男性が告げる。
「そして王妃様付きの侍女からの証言もございます。王妃様が魔獣に襲われた時、貴女様は現場にいらしたそうですね。それなのに救出を試みるどころが逃亡されたとか……」
「仕方がありませんわ!あんな恐ろしい魔獣、わたくし一人では……」
「認められるのですね。王妃様が逃げ出す貴女をご覧になっていて、たいそうご気分を害していらっしゃいますよ」
「…………」
(王妃様がわたくしの行動にご気分を害された……)
自分が王妃の血縁だとか、高位貴族の令嬢だとかそういったことは全てが役に立たないと悟ってジュリエンヌは絶望的な気持ちになった。
「それからフランセット・イヴェールが以前にソラを未闇の地で置き去りにしたのはお前の為だったと証言している」
「そんな!それはわたくしには関係ありません!そんなことを指示したこともありませんわ!」
「それは事実なんだろう。だが、今までお前が周囲に自分の望みが通るように仕向けていたことは知っている。その件で罪には問えずとも俺はお前を許さない。俺の愛する女性は、俺の正式な婚約者であり今や王国にとっても大切な存在だ。お前ごときに貶められる謂われはない」
「…………」
ジュリエンヌは悔し気に俯いた。
「ソラに感謝するんだな。ソラがお前を救うと言わなければ、俺は魔獣ごとお前を切るつもりだった。王国を守る為に」
「っ……」
アルベールからジュリエンヌに向けられた感情は明確な憎しみと殺意だった。それは暖かい季節だというのに底冷えがする程恐ろしいものだった。
ジュリエンヌはその後裁判にかけられた。手にかけようとした人間が当時平民だったことでそのことについては重罪には問われなかったが、王妃を見捨てたことや魔獣に力を供給し王国を危機に陥れそうになったことが問題視され自分の屋敷での無期限の謹慎処分となった。しかし一度未知の魔獣に取り込まれたという事実が醜聞となり誰からも相手にされなくなったジュリエンヌはふさぎ込むようになった。その結果、謹慎期間が終わっても屋敷の外に出ることができなくなり事実上の幽閉となった。
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「許してください」
黒い魔獣から助け出されたフランセットは命に別状は無かったが、顔に大きな傷が残った。黒い魔獣につけられた傷は治りが悪く、結局生涯消えない傷跡が残ってしまった。友人の無残なさまを目の当たりにしてしまったフランセットは、良心の呵責からか自分達がソランジュやジュリエンヌを置き去りにして逃げたことを取調官に洗いざらい話した。まるでそうすれば全てが無かったことになると思っているかのように。
「許してください。許してください」
やがてフランセットは毎晩同じ悪夢を見るようになった。あの黒い魔獣が彼女達を襲いにくる夢だ。二人が自分を責める夢だ。どうして貴女だけ助かったのかと。
「許してください。許してください。許してください……」
鏡を見るたびに罪の意識に苛まれる。元々気が強い方では無かったフランセットは次第に寝台から起き上がれなくなっていった。
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王妃は前向きだった。フランセット同様魔獣から受けた傷が体に残ったがそんなものはドレスでいくらでも隠すことができるからだ。生きて帰ってこれたのだから十分だ。我が世の春は続いていくのだ。そう思っていた。
「何ですって?!あの女の息子が……?」
「はい……。世間ではあの平民の娘と共に英雄視されているようです」
確かにあのおぞましい魔獣を退けたのはあのアルベールだ。そして自分を助けたのはあの平民の少女。多少感謝してやってもいい。
「……そして、民たちの間では、その……」
気心の知れた侍女の歯切れが悪い。彼女は王妃である自分を助けようとして大怪我を負っていた。彼女の体には自分よりも酷い傷跡が残っているはずだ。
「どうしたのです?言ってごらんなさい」
王妃は優しく問いかけた。
「……はい。アルベール殿下の方が国王に相応しいのではと言われているのです」
「…………っ!!」
王妃はバキリと手に持った扇を折った。それだけは許せない。そう思った王妃の顔は無表情な狂気を宿していた。
その後、アルベールと国王との間で交わされた約束を聞かされていなかった王妃は再びアルベールの暗殺を企てた。病み上がりでの杜撰な計画は国王に筒抜けになっており、今度こそ証拠を押さえられた王妃は息子である王太子と共に失脚することになった。今では親子共々、王都から遠く離れた王家直轄領で療養という形でひっそりと暮らしている。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!
ジュリエンヌ(周囲から距離を置かれる)、フランセット(罪の意識)ともに引きこもり、心を病む。
王妃→ 民に人気のあるアルベールを再び暗殺しようとして失敗。失脚。遠方の領地へ。




