51 西の森へ
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王都の中央に位置する広場。その上空を黒い魔獣が滞空している。
「駄目だ。何度切りつけても再生してしまう」
アル様が珍しく焦ったような表情をしてた。それもその筈だ。黒い魔獣の黒い炎や爪、そして尻尾の攻撃を防ぎながら何度も切りつけるけど、すぐに傷が塞がってしまうのだ。ブランの雷で少しダメージが残るけど、致命的な傷にはならない。
王都の人達の避難はほぼ終わって、黒い魔獣の周囲には魔獣を攻撃する私達以外に人はいない。だけど人々の恐怖の感情は消えていないから、それを食べているのか黒い魔獣の再生は続いている。取り込んだジュリエンヌ様の影響もあるのかもしれない。
地上でバジル君が手を振ってる?私は魔獣から距離を取って攻撃を続けているバジル君達の所へ下りた。
「え?西の森へ?」
「今、魔獣を取り囲むように僕達で包囲網を作ってる。だからソラとアル様も黒い魔獣を西の森へ誘導するように戦って欲しいんだ」
ブランの話とアル様の考えを伝えた結果そういう作戦になったみたい。
「このままじゃキリが無いし、僕達もただ疲弊していくだけだ。人の感情が力の供給源になっているのなら、とにかくこの王都から引き離さなければならない」
「分かった!アル様にも伝えてくる!」
頭上では黒い魔獣との戦いが続いてる。私は再びシエルに乗ってアル様の元へ飛んだ。
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王都の南の外れに貧しい一家が住んでいる。
ここは王都からも遠く王都での騒ぎも届かなかったが、兵士達の命令をきちんと聞いて一家も近隣の住民達も家に閉じこもっていた。この一家には若い夫婦に幼い二人の娘がいる。娘の名前は姉がリリー、妹がデイジー。デイジーは生まれつき病弱だった。
(西の森に行こう!薬草を取りに!)
リリーはおさげに結った蜂蜜色の髪をグッと掴んだ。もう随分前から森に入れなくなってるから、発熱を繰り返す妹の為の薬が無くなってしまった。今も妹のデイジーは苦しんでる。
(ママにはお家を出ちゃダメって言われてるけど、このままじゃデイジーがかわいそう)
幼いリリーは妹の為に家を抜け出した。デイジーの看病に気を取られている両親はそのことに気が付かない。
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「魔獣も出てこないし、今なら魔法石が手に入るかもしれないわ!」
ニコラとの結婚が幻霧や魔獣の騒ぎで延期になってしまっているリリアーヌはそんな事を考えていた。
「もうちょっと大きな宝石が欲しいのよね」
ウェディングドレスはまあまあ満足のいくものをあつらえることができた。でもお金が足りず、アクセサリーには不満が残っていた。
「あの黒い魔獣はお城の方にいるし、今なら森に入っても大丈夫よね?」
多少の恐怖はあったが、魔獣が来たらすぐに逃げればいいと考えたリリアーヌは愚かにも避難所を抜け出したのだった。黒い魔獣が西の森へ追い立てられているとも知らずに。
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私達は順調に黒い魔獣を追い立てていた。
「アル様っ!西の森が見えてきました!」
少しずつ魔獣にダメージが入り始めて動きが鈍くなってきてる!やっぱり力の供給源が遠くなれば、倒せるんだ!
「もう少しだな、油断するな、ソラ!」
「はいっ、アル様!」
そんな会話をしながら、魔獣に攻撃を続けた。地上からも空からも続く攻撃に何だか魔獣が苛々してるように見える。時折吐き出す黒い炎も少し弱まってるみたいだ。
アル様の剣と私の防御魔法の連携で、再び黒い魔獣の羽根を切り落とすことに成功した。片羽根を失った魔獣はバランスを失って西の森の際に落ちていった。
「やった!」
「このまま西の森で奴を倒す!……何?!」
アル様が驚いて見た先には幼い女の子が立っていた。
「嘘?!どうしてこんな所にっ?みんな避難したんじゃないの?」
女の子は手に小篭を持ってふるえて立ちすくんでいた。黒い魔獣を見て動けなくなってるらしい。
黒い魔獣が昏く笑った。体の傷が再生を始めてしまう。
「いけないっ!」
私は風魔法で女の子の前に飛び出した。魔獣の爪がその子に届く前に、防御魔法を展開する。爪が弾かれた瞬間にアル様の剣が魔獣に突き立てられた。
「ソラ!!離れろ!!」
私は女の子を抱き上げて風魔法でその場を離脱した。ブランの雷が剣を伝って魔獣の体に流れ込み、魔獣が濁った雄たけびを上げた。
「大丈夫?」
女の子に声を掛けるとこくこくと頷いた。良かった、大丈夫みたいだ。何とか女の子を守ることができた。見れば手に薬草らしいものが入った小篭を持ってる。
「薬草を取りに来たの?」
「うん。妹の。病気なの。……ごめんなさい」
「もう大丈夫だからね」
泣き出してしまった女の子を抱きしめて、一緒にシエルに乗ってシュシュ先輩の所へ連れて行った。
アル様とブランの所へ戻った私は、再び信じられないものを見た。
「リリアーヌ?!なんでリリアーヌまでこんな所にいるのよっ?!」
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