50 負の感情
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『ええ?そうなってるんだー!』
飛んできた黒い魔獣があっという間にジュリエンヌ様を取り込んでしまった。ブランもこの行動には驚いたみたいだった。突然の出来事でアル様と私が動けないでいると、黒い魔獣はすぐに羽根を広げて飛び去った。
「また大きくなった……は、早くジュリエンヌ様を助けに行かなきゃ!」
「やっぱり成長してるようだな。それにしても一体どこへ行くつもりだ?」
アル様が幻霧の空を見上げた。
『んーなんかいっぱいいるところに行くって』
ブランは後ろ足で耳の後ろをかきながら教えてくれた。
「ブラン、分かるの?」
『うん。もっとたべたいって』
「それは人を?街へ行ったってこと?大変、みんなが食べられちゃう!」
「ソラ、落ち着け」
『んー、ちがう。きもちをたべる』
「気持ちを食べる?」
「どういうことだ?」
アル様と私は顔を見合わせた。
『こわい気持ちとか、なんかいやーな気持ち?ソラとはんたいの気持ち!』
良く分からないけど、街の人達が危ないのは間違いないのかもしれない。
そこへシュシュ先輩達が走ってきた。
「すまない。魔獣を取り逃がした」
「僕達の魔法があまり効かないし、物理攻撃でもダメージが与えられない」
シュシュ先輩もバジル君も疲れた顔をしてる。霧が濃くなってきたから魔法が効きづらいのもあるかもしれない。
「すみません。止められなくて。あの黒い魔獣はジュリエンヌ様を取り込んで成長したみたいなんです。街へ行って人を襲おうとしてるって、ブランが言ってます」
「なんてことだ……。今度はジュリエンヌ嬢か……。早く追いかけなければ、大変なことになる」
シュシュ先輩の顔が青ざめてる。
「王妃様を救ってくれて感謝する」
テオフィル王弟殿下がちょっと離れた所から声を掛けてきた。何故かそれ以上近寄ってこない。どうしたんだろう?
「本当に助かったよ。兄上、ソランジュ・フォートレル。やっぱり君は凄いな」
眩しげに私を見るセルジュ様。アル様が私の肩を抱き寄せた。
「分かってますよ。彼女の顔を見れば解りますから」
セルジュ様は寂しそうに笑った。クレール様がセルジュ様の肩を叩いてる。そして何故かセルジュ様とクレール様も距離が微妙に遠い……?
「えっと、その白い魔獣達は報告にあった仲間かい?その、人の言葉を話すという……」
セルジュ様がちらっとシエルとブランを見た。
「はい。友達なんです」
一緒に来てた兵士さん達も遠巻きにしてこちらを見てる。あ、そうか!シエルとブラン、特にブランが怖いんだ。そうだよね。ブランは体が大きいし、シエルも翼が生えて最初の頃より大きくなってる。……あれ?!
「シエル、あなた翼が生えてる?え、いつの間に?それにちょっと大きくなった?!」
『シエル、魔力もらってせいちょーした!』
ブランが嬉しそうに笑ってる。シエルも得意気な顔をしてる。え?私のせい?魔力をあげすぎたのかな?
「それはひとまず置いておいて、今はとにかく追いかけよう」
アル様の言葉ではっと我に返った。そうだ。それどころじゃなかった!テオフィル王弟殿下が少しだけ近づいて来た。
「我々もすぐに追跡隊を編成して追いかける。だが君達の方が早い。頼んだぞ」
「はいっ」
翼の生えたシエルに乗って、ブラン、黒馬に乗ったアル様と一緒に街へ飛んだ。
街の中で黒い魔獣が人々を追いかけまわしてる。怪我人も出てるみたい。
「そんな……外に出てる人がいるなんて……!魔法で止めるっ!」
私は全力の水魔法を放った。黒い炎を吐いていたから水の魔法なら効果があるはずだ。一瞬は動きを止められたけどダメージが入った様子が無い。
「バジル君が言った通り、魔法攻撃が効かないんだ……」
『ぼくもやるー』
ブランが魔獣に雷を落とした。物凄い轟音だ。
「魔獣の動きが止まった?」
焦げた匂いがしてる。その隙にアル様の剣が魔獣の羽根を切り裂いた。
「やった!アル様!これでもう飛べない!!」
アル様の剣が魔獣を切れたのなら……。私も剣を抜いた。きっと黒い魔獣は体表の魔法防御力が強いんだ。直接皮膚を切り裂いて魔法を叩き込んでやればいい。ジュリエンヌ様を切ってしまわないように気を付けないと。シエルの時のように助け出せるかもしれない。私は剣を握り締めた。
生きていてね、ジュリエンヌ様。私は絶対にあなたを一発ひっぱたかせてもらうんだから!
再び魔獣が街の人達を襲い始めた。逃げ惑う人達の悲鳴と非難を誘導する調査隊や兵士達の怒号が響き始めると魔獣の羽根が再生を始めた。
「え?魔獣の羽根が治った?」
「そうか、『気持ちを食べる』とはこういうことか……。これではこの魔獣を倒すことができないかもしれない……」
アル様の言葉が理解できると、愕然とした。
この魔獣は私達の負の感情を食べるために人を傷つけてるの?それじゃあ、人間がいる限り、永遠に倒せないってことになっちゃうよ……。
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