44 会話と孤独と
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後半部分に少し暗い描写があります。ご注意ください。
『だっていきなりこうげきしてきたんだもん』
どうして調査隊を襲ったのか、というシュシュ先輩の問いかけに白い魔獣は幼い子どもみたいに答えた。表情は分からないけど、むすっとしてるみたい。
『おかえししただけ―』
白い魔獣は私の左隣に陣取って座ってて、右隣にはアル様が私の肩を抱いて座ってる。ちなみにシエルは私の後ろで私の頭に顎を乗せてる……。なんだろ……これ。
「いきなり攻撃を?君は襲い掛かったりはしていないのかい?」
正面に座ったシュシュ先輩は訝し気に尋ねた。
基本、調査隊は襲い掛かって来た魔獣を討伐する。そうでない魔獣は一旦距離を取って様子を窺い観察するのがセオリーだ。まあ、大体の魔獣は襲い掛かってくるから倒すか逃げるかするんだけど。今回はいつもの探索調査とは違うとはいえ、何もしてこない魔獣にいきなり攻撃をしかけるのはかなり無謀な行為だ。しかもこの白い魔獣は恐らく今までに誰も遭遇したことが無いと思う。学園の教科書に載ってなかったしね。
「功績を焦ったのか、自分たちの力を過信したのか……」
シュシュ先輩の隣でバジル君が眼鏡の位置を直しながらため息をついた。
「さっきみたいにいきなり目の前にこの子が現れたから、遭遇した隊は驚いて魔法攻撃をしちゃったのかもしれませんよ?」
「この子って……」
バジル君は呆れたように、嫌そうな顔をした。だって、子どもみたいな話し方してるし、仕方ないよね?
『そう。魔法攻撃。なにもしてないのに、ひとかみずとかかけてきた。だから、かみなりおとした』
白い魔獣は私の頬にすりすりと自分の頭をすり寄せた。毛は柔らかいんだけど力が強くてちょっと痛い。
「えっと、雷魔法を使っただけ?爪とか牙とかで人を傷つけたりはしてないの?その、食べたりとかは……」
私は思い切って聞いてみた。
『だから、食べないよー。ソラいがい、きもちわるいからさわりたくなーい。きたなくなるのいや―』
私達は無言で顔を見合わせた。やっぱりあの惨状を引き起こしたのはこの白い魔獣じゃないみたいだ。
「この子が使うのは魔法攻撃だけなのかな?」
「ならばあの被害者を出したのは別の魔獣ということか……」
アル様は深刻そうに考え込んでる。
『魔法、魔法攻撃。ソラの魔法!きれい!!ソラほしいー!』
「だから、ソラは俺のだって言ってるだろう?やらんぞ」
アル様は私の肩を抱く腕に力を込めて私を引き寄せ、シエルも白い魔獣に向かっていーっと歯をむき出してる。ちなみにアル様の黒馬はとっくに帰っていってしまった。
「ソラって、結構アレなのに好かれるよね……」
「どういう意味だバジル……」
何かを諦めたようなバジル君の言葉に不快感を示したのはアル様だけだった。
「とにかく、我々は王都へ帰還しなくてはならない。テオフィル王弟殿下達が心配なさっているだろうし、王都の様子も気になる」
シュシュ先輩がパチンと手を打って、私達は王都へ帰ることになった。そうだよね。行方不明の人達はまだいるんだものね。早く探しに行かなきゃ。
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歪な木が生える森に濃い霧が立ち込める。
走り疲れたシモーヌは木の根元に座り込んだ。ジュリエンヌに言われてこの作戦に参加したことを心の底から後悔していた。
「早くフランセット様と合流しなければ……」
シモーヌは爪を噛んだ。あの平民女とは違って自分はローブを着ているのだから、絶対に誰かが探しに来てくれるはずだと考えていた。シモーヌには探しに来るべき者達の手が回らないという想像が働かない。
ソランジュは魔法の実力と幸運とアルベールの想いという要素が重なり合ったために無事に未闇の地から生還を果たしたのだが、シモーヌにはそれが無い。
「それにしても遅いわ!!どうしてなの?わたくしはルデュク家の娘なのよ?さっさと助けに来なさいよ」
早くしないとあの黒い魔獣に見つかってしまう。シモーヌは小声で悪態をつきながら、更にイライラと爪を噛む。美しかった爪はもうボロボロだった。
背後に大きな羽音が聞こえてくる。シモーヌは背筋が凍った。
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「あの白い魔獣に全員殺されてしまうなんて……。強いチームばかりの隊に入れたから安全だと思ってたのに。それにやっと逃げられたと思ったら今度は別の魔獣が出てきて……散々だわ」
シルヴィはシモーヌやフランセットとはぐれて歪な木の陰に隠れて辺りを窺っていた。シルヴィは攻撃魔法を使えるが、戦闘はあまり得意では無かった。今回の作戦に参加したのはジュリエンヌに言われたからというのもあったが、主に自分の縁談の為であった。
「どうせアルベール殿下はジュリエンヌ様が持って行っちゃうんだから、わたくしは他の方を見つけなきゃいけないのよね」
あわよくば今回の作戦で同じ隊のメンバーに功績を上げてもらって、自分の価値をつり上げる予定だったのだが、隊はその前に全滅してしまった。
「いつまでもジュリエンヌ様の引き立て役なんてごめんだわ。とにかく何とか無事に帰らなきゃ……。あの平民女だって帰って来れたんだもの!大丈夫よね。ローブも着てるんだし!」
シルヴィは自分を奮い立たせるように明るく言った。
「あら?雨……?未闇の地で?」
頭上に影が差しシルヴィの頬に赤い滴がつうーっとたれ落ちた。
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フランセットはシモーヌ達とはぐれて、自分一人でも王都へ帰ろうとして何度も道案内の魔法を試していた。
「どうして?どうして王都へ帰れないの?」
フランセットは震えながら何度も魔法を使った。自分一人でも何とか王都へ戻ろうとした。
「私は攻撃魔法が使えないんだもの……。このままじゃ危ないわ……。どうしたらいいの?」
いつあの黒い魔獣が追い付いて来るかと思うと足を止めることも出来ずに歩き続けてもうくたくただった。防御魔法を解除することも出来ずに魔力も底をつきかけている。
とうとう座り込んだフランセットの目の前の地面にボトリと真っ赤な何かが落ちてくる。
「………………っ!」
フランセットは声にならない悲鳴を上げた。
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