4 自己紹介と歓迎会
来ていただいてありがとうございます!
翌朝
「え?私達だけなんですか?」
「ああ、つい先日まで他に三人いたんだけどね。高齢を理由に引退してしまったんだ」
青星塔の四階は私達女子の調査隊メンバーのフロアだ。個人の部屋の他に談話室や共同のお風呂、魔法昇降機の部屋や小さな図書室などがある。これは二階の男子フロアも一緒だ。ちなみに三階は一フロア丸々図書室になってる。今シュシュテイン先輩と私は一階の食堂に向かいながら話をしていた。
「どおりで静かだと思った……」
王都の西の森の調査隊のチーム数は三十を超えてる。その他の未暗の地でも最低五チームは調査隊がいると聞いたことがある。それプラス採れた魔法石の解析をする魔法使いや、治療班、それに魔獣の調査や報告書の作成をする事務員とか。たくさんの人間が働いているのが普通だ。ここはかなり不遇の地みたいだわ。
未暗の地の調査、探索には危険が伴う。だから魔法剣士、魔法使い、治癒魔法使い、補助魔法使い、探索魔法使いなど四人から五人のチームを編成して調査に当たる。中でも西の森は調査隊の花形で、魔法石などの資源が多く見つかるのだ。
食堂に入るとアルベール殿下とバジル君がすでにテーブルについていた。なんかすごい離れた席に。テーブルが大きすぎるのもあるけど、そこまで離れて座らなくてもいいんじゃない?
「お、おはようございます。殿下」
「ああ、おはよう」
無表情な方だけど、きちんと挨拶はしてくださるんだ。
「おや、珍しい。殿下がちゃんと食事時間にいらっしゃるとは……」
「……これからチームで調査をするのだから」
「なるほど、親睦を深めようということですね。今までもチームメンバーはいたんですけどねぇ。殿下は単独行動が殆どでいらしたのに」
あれ?シュシュテイン先輩、ちょっと怒ってる?このお二人は仲が悪いの?
「おはようございます!シュシュテイン先輩」
バジル君が立ち上がってこちらへやって来た。
「おはよう。バジル君」
「おはよう。バジル君」
「おはよ」
なんか私には素っ気ないね、バジル君。別にいいけど。バジル君はシュシュテイン先輩に昨日の結晶石についての話を熱心にしてる。
ここの食堂は並べられた料理の中から自分で食べたいものをトレーにのせて好きな席で食べるスタイルだ。料理をつくってくれているのはふんわりした印象の可愛いお姉さんのニナさんとキリッとした印象のキビキビ動くお姉さんのレアさんの二人だ。どうやら青星塔にいるのはこれで全員みたい。
私は二人の話を聞きながら朝食を食べ始めた。
「やっぱり美味しい!」
昨夜も思ったんだけどここの料理はすごく美味しいんだ。ここでこんなに美味しいご飯を食べられるなんて思ってなかったから、感動して憂鬱な気持ちも飛んでいっちゃった。単純だよね。
食事のお皿に影がさした。顔を上げるとアルベール殿下の青紫色の瞳と目が合った。私は慌てて立ち上がったけど、肩を掴まれてまた座らされた。
「?」
「食事、続けて」
アルベール殿下は無表情のまま私の隣の席に座った。えっと私はどうしたらいいのかな?これから一緒に仕事をするんだから、親睦を深めた方がいいの?でも王子様だし……どうしよう?食べながらちらりとアルベール殿下の横顔を見た。
綺麗な男の人だな。短い黒髪はツヤツヤで、肌も白くて綺麗。何よりも印象的なのは瞳の色。青いんだけどうっすらと紫がかる時があって不思議な色……。
「昨日の魔獣への反応速度は良かった。これからもその調子で頼む」
え?褒めてくれた?殿下は王族なのに。もしかして私が平民だって知らないの?学園にいた時は平民のくせに学園にいるんだから、このくらいできて当たり前だってクラスメイトから言われてたのに。まあ、魔法学園は貴族の子弟が通うのが普通だから差別されるのは覚悟してたけど、思ったより辛かったんだ。その分必死で頑張れたところもあるんだけど。勿論友達なんてほとんどできなかった。仲良くしてくれたのはマリエットぐらいで……。あ、胸が痛い。
「あの、ありがとうございます……。でも私、平民なんですけど……」
「……知っている。それがどうか?」
知ってて褒めてくれたんだ。嬉しい……!良かった。そっか……いいんだ、平民でも。体の力が抜けた。
「ふふっ」
「…………何か可笑しかったか?」
「あ、いいえ。ご飯が美味しくて嬉しいなって」
「……そうか。これも食べるといい」
そう言ってアルベール殿下が果物のお皿を私のトレーにのせた。
「ありがとうございます……」
この赤い果物は私の好物で私ももらってきてある。もう一皿食べることもできるけど、アルベール殿下は要らないのかな?まあ、いっか。食べちゃおう。
「ああ、幸せ……」
「ふっ」
え?今アルベール殿下、笑った?笑うと優しい顔になるんだ。学園だったら凄くモテてたんだろうな。あれ?シュシュテイン先輩とバジル君の会話が止まってる?驚いた顔でこっち見てるけど、なんだろ?
朝食の後は同じ一階の会議室に移動した。会議室といっても広い部屋に机と椅子、そして魔法道具が壁一面に設置された棚に置かれているだけの部屋だった。
「さて!まずは自己紹介だね。バジル君からどうぞ!」
シュシュテイン先輩がバジル君を促す。
「えっと、バジル・ギュメットです。18歳。得意なのは探索魔法、鑑定魔法、補助魔法もいけます。魔法石の研究が趣味です」
バジル君は主にシュシュテイン先輩の方を向いて自己紹介した。ああ、なんか分かってきたかも。バジル君ってもしかして……。
「ソランジュ・フォートレルです。17歳です。攻撃魔法全般得意です。その他も出来ます。趣味は……、特にありません。よろしくお願いします」
シュシュテイン先輩に促されて私も立ち上がって自己紹介した。趣味……考えたけど思い付かない……。勉強と仕事する以外余裕無かった。
「アルベール……魔法剣士だ。一応王子をやってる。19だ。魔法学園には通ってなかったが、大体の魔法は使える。得意は剣だ」
「一応って……。まあ、いい。シュシュテイン・ヴェンナシュトレーム。ヴェンナシュトレーム家の三女だ。年齢は19だがもうすぐ20歳になる。一番年長なのでリーダーをさせてもらう。得意魔法は治癒魔法だ。よろしくな。ああ、一応アルベール殿下の婚約者候補でもある」
「ええ?!そうなんですか?未来の王妃様?」
だってアルベール殿下って第一王子様なんだよね?婚約者ってことはそうなんだよね?
「…………婚約者候補」
「おい……いい加減なことを言わないでくれ……。そう言った話は全て断ってる。あとソランジュ、俺は王にはならない」
何故か凄く不機嫌な顔になるバジル君とアルベール殿下。
「え?そうなんですか?」
「第二王子がすでに立太子されてるよ?ソランジュ君」
クスクスと笑うシュシュテイン先輩。なんだかとっても楽しそう。ニヤつきながら殿下の方を見てる。
「今日はよくお喋りになるんですね、殿下」
「…………」
あ、また無表情に戻っちゃった。
「世間の常識も、もっとちゃんと学んだ方がいいんじゃない?君」
バジル君の冷たい視線が刺さって痛い……。
「うう、すみません」
勉強と仕事で忙しくてあんまり他の事興味持てなかったんだよね。無趣味だし。ちょっと反省……。
未闇の地は幻霧が発生しない限りは普通の土地だ。そんな日は私達調査隊の仕事は無い。その代わりひとたび幻霧が発生すれば、昼夜関係なく調査に出ないといけないんだ。例外はあるけれど、幻霧発生は連続しない。つまり昨日幻霧が発生したこの落星の谷はしばらく幻霧は発生しないことになる。
今日は各自思い思いに過ごすことになった。私は少ない荷物の整理と青星塔の中の探検をすることにした。じっとしてると嫌な事を思い出しちゃいそうだし。シュシュテイン先輩に一通り説明してもらったんだけど、自分でも見て回った。青星塔は六階まであって、五階と六階は何もないフロアだった。地下には食料貯蔵庫があって冷気の魔法道具でひんやりした空間になってる。
それから地下二階には転移の魔法陣の間があって、ここと王都を行き来できる。私は急遽ここへ来ることになったからこんな便利なものがあるって知らなかった。ただこの魔法陣は一度行ったことがある場所へしか飛べないから、来る時は当然私には使えなかった。ちなみにニナさんとレアさんはこれを使って王都から通ってきてるんだって。
王都から遠く離れてしまったことで落ち込んでいたけど、よく考えたら私を待ってる人も私が会いたい人もいないんだもの。私が転移の魔法陣を使うことはそうそうないかもしれない。
七階に当たる屋上からは落星の谷が見渡せた。アルベール殿下が剣の訓練をしてて剣風をもろに浴びてびっくりした。しりもちをついた私をアルベール殿下が助け起こしてくれた。次は気を付けよう、うん。
その夜は夕食の時みんなで食堂へ集まって今度はお酒まで振舞われて私とバジル君の歓迎会になった。ちょっとした宴会?私はお酒は飲めないんだけど、王国では18歳でお酒を飲んでいい法律になってるんだ。
「まあ、何はともあれ星降りの谷へようこそ!!」
乾杯の後シュシュテイン先輩に聞いてみる。
「星降りの谷ってなんですか?」
答えてくれたのはアルベール殿下だった。
「外を見れば分かる」
私は窓の外を見た。
「外……うわぁ!!綺麗!!」
満天の星!星空が迫ってくる。星の中にいるみたい。王都の夜空より星々が大きく見える。昨夜は疲れてすぐに眠ってしまったから気が付かなかった。あとで屋上に上ってみよう!
「本当に星が降ってきそうですね!アルベール殿下」
「……仲間になるんだ。アルベールでいい」
「えっと、アルベール……様?」
あ、なんか不満そうな顔……に見える?でもさすがに王族の方を呼び捨てには出来ないよね?
「いやぁ、本当に今日は表情豊かですのね?殿下?ソラ、私もシュシュって呼んでね?」
わぁ!シュシュテイン先輩顔真っ赤!!酔っぱらってる?キャー後ろから抱き着かれた?!結構力が強い。
「シュシュ先輩、そんなにたくさん飲んだんですか?」
「まだ一杯だけだよ……」
バジル君が呆れたようにため息をついた。
その夜の宴会はシュシュ先輩とバジル君が酔いつぶれて眠ってしまうまで続いた。ちなみにアルベール殿下はどれだけお酒を飲んでも顔色も変わらなかった。凄いなぁ。
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